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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
シシャモ
2021年02月24日
昨日、サンマを近くの天平フーズ系列の五個荘食堂で久しぶりに食べておいしかったので、今日も夕飯は魚にしようと思って平和堂の中の魚屋に、ブリのアラがなかったので、シシャモを2パック。40匹くらい入っていて1パックが200円。お店の人もこれは安いからぜひかってという本日お勧めのアイテムだが閉店間際でかなり売れ残っていた。ちょっと痩せ気味なシシャモなのが残念だが、そういうのこそ誰かが店主の意気込みに応え買って楽しめる気もして2パック買った。採れたシシャモが常にベストば状態ばかりじゃないし、外れっぽくってもシシャモを大事に思う気持ちは本当に大事だと思う。

家に帰ってフライパンでパター風味のマーガリンで適当に10匹くらいづつ焼いて適当に醤油をかけて食べる。シシャモらしい、ニガさもあって、それが白身だけを食べるよりもカルシウムやほかの分からんものも丸々食べることができて良いんじゃないかと。10匹づつ焼いても4回食べられて、一パックでも十分楽しめていい感じ。

焼くにしても、フライパンじゃなく、コンロで網で焼けばもっとよかったろうけど、炭火ならもっとよかったろうけど、IH使ってフライパン。それで本当にいいのじゃと思う。持続可能というのは、自分ができる範囲で自分のことには贅沢もせずに、できる限り自分が生み出すものや働く人を支える環境を維持するためにお金を使う。

しょうもない話だけど、貧乏な学生のほうが社会人以上に自分で生きていく力を普通に持っていたりして、貧乏な学生に精神的に負けるようで、良い生活を求めていては誰も心にも響かないし、そういう人を他人事に応援する人はたくさんいても、実際に自分が雇って家族も含め一生の面倒を約束してくれる人というのはほとんどないだろう。

私も多くの繊維関係のブランドのオーナーさんや経営者と話すけど、みんな他の人を支えるために働いているような人がほとんどで、自分自身は他を支えるマイナス覚悟の持ち出しでやってられる方も多い。働かずして他を食うばかりを考えるのが今の勝ち組的な考え方、私自身はそんな働かない勝ち組になりたくないなあと思う。苦労してなんとかなっていけばそれでよいし、次の世代にしても、他を食って成り立たせるが当り前のビジネスライクだと日本の地場産業的なものは偽善的で最後終わるだけのこと。地場産業が同情を集めるならそれなりに覚悟して働かないと、偽善的に同情を煽って働かずして覚悟もせずに成り立つだけでは、最終の消費者が満足するものもできないばかりになる話だろう。

最終消費者にとって、まともなものがつくれなくなったら林与でも終わりだと思う、その戦いは業界の中にあったりもするので、まともなものをつくろうと自分が問題を解決する人が集まってものづくりしないと駄目だと思う。最終消費者にとってまともなものをつくるろうとする感覚が本当に大事で、それがみんな自分の狭い責任逃れの範囲で責任逃れて海外のモノづくりにも負けてしまうような話が今の日本のモノづくり。自分がそれで食べていくなら覚悟決めてやらんかなあ。