2022年02月16日
5年10年というのは仕事をしている間にいつのまにか過ぎてしまい、5年10年前のことでもこの前みたいな感覚が普通だったり。今、5年先のことを考えると今の延長を貫いてゆくような形しかないだろうと思う。5年10年あとにできることが増えているのかというとできることは逆に減ってしまって、繊維の世界では今やっていることもできなくなっているだろう。
私自身は変わらないで作業をし続ける方向で産地の織物文化を残したいなあと思う。それは普通に思えるけども、本当に難しいことになってしまっていて、それなのに、サステイナブルとかいってても新しいもので置き換えてサステイナブルではどうしようもない。続いていることを儲からないからといって駄目なことのようにとらえることは大きなものを見失ってしまって、後になってそういうのを失ってから復活しようみたいなことが、たとえば近江上布の歴史の中にもあった。
林与の近江上布の染料のことなども資料には残っていて、昭和に復興した絵絣の近江上布がどうやって作られていたのかなども伺いしれる。与一爺さんが京都の染料メーカーとやり取りしながら、堅牢な染を研究して色の深い絵絣の近江上布を作り上げた。60年以上前の織物が今つくった織物以上にしっかりとしていて60年前のものだとはまったく思えないだろう。
5年10年後というのも何代にもわたってやっている仕事ならなるべくは変わらないほうが良いのである。それほどに地道な作業を積み重ねてなりたつような本質的な仕事だから、続けてゆくためには基本の部分は変わらないほうが良いのである。話をしていても繊維の世界に向いている人と向いていない人というのは歴然としていて、向いている人というのは同じようなことを考えていて実践もされている。
林与も先代から私に変わったときに180度の方向転換したことがいくつかある。問屋さんや糸商さんだけを窓口に商売していた先代、私自身はそういうお付き合いも残しながら直接メーカーやブランドと話をして自分自身のモノづくりとしてPRして行く形を取った。優雅に見える商売スタイルよりも、地道な仕事スタイルのほうが大事だとは仕事を始めた日から思っていたので、優雅な話にあこがれて仕事している人たちというのは覚悟がないのでなかなか難しい。
昨日の夜からは書類のこと普通の経営者ならそれが仕事なのだろうけども、私自身は一番大事なのは作業の部分だと思っていたりするので、そういう作業に使える時間は数時間は限られている。今の状況というものを数字に落とし込んで、それをもとに1年後、2年後、3年後、4年後の数字を予測してゆく。繊維業界において、このコロナ禍で数字を落とさなかったのはなかなか大変だったのではあるけども、コロナが日常化してきた今後、繊維業界全般が回復に向かうのかは微妙なところではある。
本質的なお金を使った素材よりも、ロゴが付いているだけで十分見たいな企画が増えてくるだろう。高級ブランドがコンビニや100円ショップのアイテムにならんでも不思議じゃない時代に突入はしていて、コンビニや100円ショップの店頭こそが一番華やかな舞台みたいなイメージが若い世代を中心にあったりもして馬鹿にされがちだった世界がいつのまにか流通も牛耳ってしまっている。
昔ながらのタバコ屋やお酒屋ですら店の前にタバコや酒の自動販売機を置いて手抜こうとしたのに、コンビニでは自動販売機なども置かずに対面販売で、人間が自動販売機のように会計を器用にこなす。まあ、タバコの自販機やお酒の自販機の規制も裏では、巨大資本が牛耳るコンビニに有利なような動きがあったんだろうけどもと思う。
なんか、そういうありきたりな流れに飲まれずに昔ながらの駄菓子屋がのこるとか、スーパーが残るとかあったほうがよいだろうと思うけども、田舎ですらもが東京と変わらないような商売ばかりになってしまうのは、田舎が追従することが生き残れる道的な国策の一つなんだろうと思う。田舎の食堂すらももはや経営者が変わると継承は難しいので、田舎も全国的なフランチャイズばっかりになってしまう。
コンビニやフランチャイズが多くの人々の生活を満たすもよしだろうけど、昔ながらの何かが残っているというのも大事なことだろうと思えるところ。それは普通とは違う、特別の価値。