for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記2011年4月
2011年4月
リネン日記:30
2011年04月10日
今日は、思い切って桜を見に清水寺に行きました。すごく良いお天気の一日で桜もほぼ満開の状態で申し分なかったです。その後、大学のときに時々食べてたシェイキーズのピザを食べて店内では1980年代のディスコソングが流れ続けていて、ここだけは変わってないじゃないかと感じました。

新京極や寺町通のお店をじっくり見て回るというのは、高校大学の時にはしたことがなく、ほとんどのお店が生地を主役とするような商品構成のお店がこんなにもたくさんあり、しかも、それらが若い方を中心に人気であるのは、京都というのは着物の町で、布が集まる町なんだと実感しました。

四条河原町には、コエトイロというアンテナショップさんがあって、以前弊社にもお越しくださって一度見せていただければと思ってて立ち寄らせていただきました。ウールやシルクの着物を中心としたアイテムを扱っておられ、着物のお店というとなかなか敷居が高くて入りずらいかと思うのですがとても入りやすいイメージのお店です。

その後、アパレル関係もウィンドウショッピングしました。ベネトンさんにも入ったのですが、なんか、私の中でのベネトンさんのカラーリングがナチュラルなカラー展開に変わってしまっていて、昔のビビッドでカラフルなベネトンさんのイメージも、今のナチュラル志向の流れにあわせてあるのかなあと思いました。
2011年04月09日
小さな郵便物をお送りするときに林与織物と書かれた封筒を使用することがございます。3年ほど前まで、社名は株式会社林与織物でした。麻業界の中ではずっと昔から「林与」で通っておりましたが、私が引き継いだときに「林与」にしたいなあと自然に思いました。先代がいるときにはそんなことは考えてもいなかったので、啓示的なものを感じます。

初代の林與次右衛門商店からはじまり、二代目与一のころは林与織物工場、三代目與志郎のときに株式会社林与織物、そして四代目の私のときに株式会社林与という流れになっています。林与というイメージは、二代目ころから定着していたものと思われます。「林与」ロゴは、昔の近江上布の反物の箱にもあしらわれており、昭和20年代の後半、あるいは昭和30年代前半くらいからは使い始めており、戦後復興した近江上布の反物を入れて京都や大阪の問屋さんに送るのに「林与」ロゴの入った箱が使われました。

近江麻布にも用途の違いがございまして、愛知川の川を挟んで、愛知川地区の機屋というのは服地、能登川地区の機屋というのは座布団地というようなイメージです。服地の世界と座布団の世界とでは、業界が異なるかのごとくに分かれていて、服地をするところは服地専門で、座布団をするところは座布団専門という形だったのです。それは、販売先というのが明確に分かれていたことにあるといえます。

着物屋さんとのお付き合いをするのか、座布団屋さんとのお付き合いをするのかで、専門とする分野が明確に異なったのだと思います。両方を手がけることがなぜ難しいのかは、織機の幅にもあったと思います。服地は1尺ほどで、座布団用の織機というのは倍ほど広いのです。林与の場合でも、昭和30年代後半から、和服が売れなくなったからといって、手織りの座布団をつくることは出来なかったのです。

私の想像ですが、地区ごとに明確に生産物が分かれているのは、強い規制があったからというわけではなく、地域というのが血縁関係で成り立っていることも多く、家業の延長として親戚に仕事を世話するような形で成り立っていたことにあるのだと思います。織物にしましても現代よりも高度なものを作っていたので、ノウハウの蓄積は重要で、誰にしか出来ないというような独自の技術や特色が家系ごとにあったのだと考えます。
2011年04月08日
今日は午前中、生地の撮影を進めておりました。4年ほど昔に織った生地を2ヶ月ほど前に加工に出して上がってきたのをようやく撮影に掛かっています。ロット管理をするために、色糸が余ったりするのを上手に使って着分用の生地を作ったりしたものです。

撮影している途中で電話をいただきました、近くの糸加工工場の社長さんですが、洋装に転換する前のころにはお付き合いをいただいていまして、その工場で加工をされた昔の糸があるので、どうでしょうかというお話で、早速午後には、社長さんがお持ちくださいました。弊社の倉庫の一角に本麻の染糸が何十ケースか置いてあってそれがなにだったか不明だったのですが、それがその工場の糸だったということで新たな発見でした。

林与の先代と同じくらい年代の社長さまなので、いろいろと昔のものづくりのことをご存知です。昔の方というのは一人の方がすべてに精通しておられるのが当たり前で、すべてにおいて職人さんを指導されてきたのが伝わってきます。最後までものづくりのスタイルを守っておられるのがすごく素敵だなあと思います。

夕方は、いろいろなものを出荷しまして、夜には彦根で会合がありました。
2011年04月07日
今日は曇り空、朝から数件のお問い合わせがありました。それぞれ案件は異なっていたのですが、麻のものが本格的に動く暖かさになったのを感じます。いろいろと加工から上がってきたものがございますので、またそういうものをアップしようと撮影を始めています。
この前アップした画像が残念ながら暗かったような気がしてがっかりで取り直しを考えています。

林与の場合、リネンのものは寝かせておくことが多いのです。1年ほど寝かせることで風合いが良くなっているケースが多いのです。倉庫に眠っている30年ほど前のアイリッシュリネン生地などは仕上がりがふんわりとしています。糸のせいというだけではないようです。風合いが良いように思うのはすべてシャトル織のものだったりします。

昨日、海外の紡績会社に問い合わせをしましてリネンの細番手があるかどうかを尋ねました。100番手を超える糸というのはたまにしか作ることがないので、紡績会社にとっても本当に希少なのです。しが応援ファンドの細番手プロジェクトでは今年はアパレル向けに120番手クラスの糸を使う予定をしています。今ある糸を調べてくれるということで、良い出物があるのを祈っています。織ってみないと糸の良し悪しは分からないのですが、細ければ細いほどうれしい気分です。そのクラスの糸となってくると手織りに使うリネンなので、紡績会社にとっても、それほどたくさん流れるものではないのです。

昨年取り組んだリネン100番手高密度、一工夫が必要かなあと感じ別の糸加工のタイプで織りのテストをしようと整経から動き始めました。縦糸の本数が多いので、動かすまでが、一仕事というより百仕事な感じです。普通のリネンにはない、パフパフした風合いが出てくるのが魅力です。きっと、横糸も昨年よりもっとたくさん打ち込めより高密度にできると考えていますが、そう簡単に行くでしょうか。
2011年04月06日
3日連続の良い一日です。一年あっても、これほど良いお天気の日が続くのも珍しい。

今日は、リネンハニカムの台を2台に増やしました。ご注文に対応できる体制が整いそうです。蜂の巣組織というのは、もっと厚いタイプも出来るのですが重くなってしまいますので、織物がそこそこの軽さの範囲に収まるように考えています。

アパレル向けも含めまして、いろんなタイプも増やしていくと面白いかなあと考えていますのでお楽しみにしてください。蜂の巣組織を織るのは普通の織機では織れず、ちょっと工夫が必要なのです。縦に綿の双糸などを使って横にリネンを織るタイプの綿麻のハニカムは構造上作りやすいのですが、リネンを縦にも使うとちょっと織りにくくなります。

ほかに、昨日から生地の収縮のテストを行っています。収縮率のテストというのは、検査機関では50cmくらいに幅落としした生地の上に通常30cm角でポイントをとって洗ってみて、脱水後、平干しして、縦と横が何パーセント縮んだかを見るのです。厳密には、水の温度や洗う時間など決まっているのですが、実際に製品を作ったあとに洗うのと同じような状況で生地を洗ってあげるとより、生地の収縮の問題が見えてきます。

リネンの場合、薄い生地と厚い生地ではどちらのほうが縮むかというと、一概には言えないのです。通常の生地というのは仕上げ工程の最後で幅出しという作業が行われます。その際に、幅を出しすぎれば物性は悪くなります。また、加工時に生地を引っ張った状態で加工すると生地は伸びているので、洗うと縮みやすくなります。

生地を買った後の水通しが必要なのはそんな理由からです。昔はリネンというのはドライクリーニングが当たり前の高級素材だったので、洗濯の問題は見えてこなかったのですが、最近のカジュアルリネンの世界では水洗いすることが想定条件となります。

アパレル向けなどは物性を考えると糸の吟味が非常に大事なのです。同じリネン100%でも、洗えば洗うほど縮むリネンがあったりします。それを突き詰めていくと紡績方法が異なったりと糸の製造工程によって、洋服の物性が変わってくるのです。ハンドメイドされる場合は、よく水洗いをされてお使いになられることを薦められているのはそういう理由からです。

林与の生機のストール生地などは、洗うと経験上2mでおよそ10cm短くなります。幅も60cmが50cmくらいになります。それは生機だからです。林与の定番のソフト仕上げの生地は、水通ししなくても物性を安定させる工夫をしてありますが、念のため水通ししてから使っていただけますとより安心です。
2011年04月05日
今日も本当に良いお天気で、雲ひとつない一日で夕焼け空も何年かぶりの美しさでした。春というより反物を運んだりしていると汗がでるくらいの一日で、今が一番気候が良いときなのかもしれません。もうすぐ桜が咲きそうです。

今日は本麻の反物が加工から上がってきました。最近は本麻のものが非常に難しくなってきているのを感じます。林与では100番手をずっと使用しているのですが、麻機の林与ですらも本麻を織ること自体が難しくなっているのです。他の産地で織られているところでは、もっと太い番手で打ち切れが起こるという問題が生じているようです。中国で高品質のリネン100番手などが紡績されるようになる一方で、国産の本麻織物というのが作ることすらもが難しくなってしまったというのは非常に危惧するところです。

夕方にはDENさんが、林与のリネン100番手のオフ白でつくったブラウスをもってきてくださいました。一年前からお願いしていてようやく出来上がってきました。非常に上品で良い感じです。5月のTEPIAでの展示会で、お披露目しようかと考えています。アパレルリネンで100番手以上のものを提案するのが林与の夢の一つで、これは実現に結びついています。こちらの素材も、サイトにアップしています。布工房DENさんでは、4月9日からスプリングコレクションを開催されます。

今日は、皆様には、リネン100%ハニカム生機の発売をアナウンスさせていただきました。この素材でストールをつくると春や梅雨時の寒いときに活躍するリネンストールになると思います。簡単な作り方は、フリンジも作らずにタオルのように三つ巻きにしてください。タオルとしても使えます。ナチュラルなままでも、そこそこ柔らかいのでフェイスタオルとしても良いかもです。
2011年04月04日
今日は、午前中発送の後、近くのショッピングセンターに行きました。立体駐車場を上る途中に眺めた景色は、快晴のなかの山々が生すスカイライン、遠くは伊吹さんまでがきれいに見えました。お店の中では端午の節句で、「こいのぼり」の歌が聞こえていました。洋服などは夏真っ盛りな感じです。

午後からは、生地屋さん向けに織り上げたリネンの反物を加工に入れる作業です。1ヶ月の時間をいただいたのですが、手元の在庫の糸を使ってぎりぎりの上がり予定です。

3時ころ隣の豊郷町からのお客様が来られました。豊郷町では、「TBSアニメーション、けいおん」を町おこしに商工会などの若手が中心となって動いておられます。けいおんのキャラクターを印刷したTシャツなどを商店街のお店に1種類づつ置くなど、売って利益をあげることよりもより多くの皆さんに地元の商店に脚を運んでもらおうという企画をやっておられます。田舎であるが故かもしれませんが、隣町の小さな商店で買い物をするということがほとんどありませんので、こういう活動というのは観光客の皆さんを呼び込むだけでなく、町を越えた規模で地場の方をPRできる良い方法だと思います。

滋賀県に脚を運ばれる方はぜひ一度、旧豊郷小学校校舎にお立ち寄りください。今の小学校が新しく建てられますが、果たしてどちらが地震のときに丈夫なのかというと、今の建物のほうがキャシャに見えてしまいます。

お越しいただいたお客様のお家も昔から「絣屋」と呼ばれていたそうで、昔は絣を染めておられたのではなかろうかというお話でした。豊郷というのは、伊藤忠、丸紅の発祥の地で、旧豊郷小学校校舎で学ばれた経験を持たれる方が、このように地場のものをPRくださるというのは古き良き時代の人の繋がりを感じます。

夜は、新しい生地の撮影など行いました。徐々に新しい生地をアップしていく予定です。
2011年04月03日
最近は、リネンのシンプルなものから華やかなものへの流れが目立っています。先染のチェック柄や、光沢感のある加工、ジャガードのような織物など、リネンという天然素材を使いながらも華やかな展開を考えておられるブランドさんなど増えてまいりました。

こちらのネットショップでも、先染のものがかなり人気になってきています。昨年がブームだといわれていてタイムラグがいつもあるのが、無地ライクな流れが長く続きましたので、彩のあるものがそろそろ目を引きそうです。

今日は、春のうららかなお天気でドビーやジャガードの文様を考えています。オリジナルの花柄をデザインしようかなあと色鉛筆を握っています。5月にテピアで行われますプレミアムテキスタイルジャパンも近づいてまいりましたので、その場で発表できる2012向けのリネン織物などを準備に掛かっています。

会社にある私の母親が10年ほど前に買ったジャノメのミシンが、小学校にあるミシンと似ていたのでゲストティチャーの練習のときに便利だなあと思ってて、小学校で使ってるのとおんなじなので、簡単ですがおもちゃみたいなあと思っていたのですが、ミシンの入れ物に18万円の明細書が入ってて、家庭用なのに高すぎると思いました。

今日は、4時から自治会の役員の引継ぎ会があります。終わってから、直会がありまして、それほど飲んではいませんが、日本酒で頭が痛いです。
2011年04月02日
以前、これからどんなリネンをつくりたいですか?という質問をいただきました。そのときは、うまく答えられなかったのですが、林与らしいリネンを作りたいと思います。だと思います。

リネン生成とオフ白の定番ソフト仕上げなんかも、エコテックス規格100に基づく有害物質検査をクリアしたリネン糸を使用しています。糊や糸道油もつけずに、1時間に2m程度の低速のシャトル織機で織り上げています。加工も、麻の産地の何十年も続く実績のある加工を選んでいます。あんまり謳っていませんが、定番のソフト仕上は、ハンドメイドの方に使っていただくために、生地の物性を安定させる工夫をしていますので水通し必要のないような仕上にしてあります。

一つくらいの要素が、糸のロットや加工のロット、織機の違いなどで、多少ぶれたとしても、それでも、市販のものとは違う林与のリネンらしいものにはなると考えています。見て触って感じる部分だけでなく、作るコンセプトや工程へのこだわりという無駄な贅沢をしています。それでかつエコなので、こういうスタイルは、織物の世界のものづくりのモデルとして残して行きたいと考えています。突き詰めていけば、なぜ、林与は麻を織り続けるのかという問題に行き着くかと思います。

2011年04月01日
4月になって4月らしい穏やかな一日で、それだけでありがたい気分です。今日の午前中は、細かい作業をするための道具作りをしようとガラステーブルがないかと探しましたが、適当なものがありませんで、賞状を入れる額を見つけましてそれに脚をつけてガラステーブル代わりにします。そのガラスの上に顕微鏡を置いて、ガラスの下で細かい手仕事をするという計画です。

リネンのソフト仕上をカーテンとして考えてくださっているお客様からお電話いただきまして、もうちょっと厚い生地がなかっただろうかと探しました。厚い生地はあったのですが、カーテンとして使う場合には途中に欠点があると駄目なので、要尺分の生地がきれいな状態で用意できるのか測ったりです。

お昼過ぎには、機料屋さんがお見えになられ幻のリネンプロジェクト用の機材の調達を行い始めました。これは、ビンテージアイリッシュリネンハンカチプロジェクトの延長になりl、たぶん過去に誰もが挑戦したことのない細い細いリネンに挑戦をいたします。最初はテスト用に少し織ってみようかと考えたのですが、どうせならと思い、テストではなく、本格的にやってしまおうと必要な材料の調達を進め機を作ります。夕方には、仕事とは別件でのお客様があり、また、夜には染色工場の方が糸を持ってきてくださり染のことについてお話しました。

この1ヶ月で、長年夢にしておりましたリネン計画を前向きに進める方向に動いています。といいましても、その計画に使用する100番手クラスの細番手のリネンは、何種類か、すでに手元に出来上がっており、あとは、それを林与が思っている形にしてもらうだけなのです。そういう計画を手伝ってもらえそうな方が幸運にも見つかりました。それにトライしてもらうことで、林与としましても長年の夢が前に進みそうです。

物事を前に進めるというのは、成功するばかりではなく、できるかできないかということを判断したり、問題点を見つけ、その解決方法を検討することなのです。このプロセスというのは実際に簡単であれば誰にでもできることなので意味は少なく、このプロセスが大変だとそれだけやる意味があるということではないかと思います。

お昼には、評議員の引継ぎのアイテムをご近所の方に引継ぎのために持って行き、夜には、青年育成会の引継ぎのアイテムを次の方にお届けしました。田舎なのに、留守の家が多いので、3回くらい訪問させていただいてようやく引継ぎが完了しました。4月1日なので、ぎりぎりの引継ぎです。夜には、クロネコさんと福山さんに今日の出荷のための荷物を出しに行きました。