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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2013年8月
リネン日記:22
2013年08月27日
小物サンプルを作ってもらう予定が出来ないという話になって、とりあえず、私自身が裁断をするということに決めて、サンプルの縫製業者さんを新たに捜す展開に。どこもが仕事を抱えておられる中で急ぎの仕事をそこに入れるというのは難しい話。

何とか、各方面をあたって作ってもらえるところを見つけて出来上がるような流れに持っていけそうで、動くといろいろな人との出会いもあり、それを受けて下さる方もあって、自分で動くと自分が働いても持ち出すようなことも多いけど経験なんかは増えていくもの。

常に思うのは、最終商品までも供給できるような力の必要性、布が変わるだけで同じ商品でも、見栄えと意味がまったく違ってくるもの。
2013年08月26日
昨晩は、隣組の食事会で久しぶりの日本酒。日本酒で体が熱く、夜は仕事をする気持ちになれず、朝早くに起きてシャトル織機の調整を始める。今日は一日涼しくて動くのがまったく苦にならない。シャトルでのリネンの厚織が出来ない問題と戦う。

すべてを完璧に近い調整を施したのに、密度が上がらず筬が外れる。これは縦糸の問題、ビームの送り出しを調整を繰り返すがうまく行かない。巻き取りが足りず、ダブってしまう現象が起こる。布の巻取りを確認、ドロッパーの高さや、バックレストの動き、ヘルドノ高さ、打ち込みのタイミング、あぜ棒を入れたり、どれも正しい。

それでも問題というものはある。結局、夜の9時頃、ビームの送り出しのギアを締めるネジが完全に閉まっていないのが見つかった。すべてが氷解。今まで何十センチしかまともに織れなかったものが、何十メートルと安定して問題なく織れる。

昼が過ぎ、夕方が過ぎ、途中、たくさんの電話をいただいて、進めないといけない案件が一杯な状態で、9月末まで仕事がほとんど埋まって、10月の中ごろの仕事の話が進み始める。10月は展示会が3つある予定で、そのひとつがインターテキスタイル上海。今日は業界紙の方が取材にお越し下さるということながら、手一杯すぎてゆっくりとはしてもらえない状況ながらも、とりあえずアポイントをとった。

とにかく、今日は涼しく過ごしやすく作業に集中ができた。1日だったが、1ヶ月に匹敵するような気がする。
2013年08月25日
今日は雨が降って涼しい一日、夏も終わったかと思うほどですが、空気に秋の透明感がないので、まだ6月の雨の日のような気配。今年の夏は特に暑いといわれ、野菜なんかも水不足で高値。

今日は工場で機械の修理。どうしてなんだろう、シャトルのステッキの羽根のネジの頭が取れている。仕方がないので、他の織機から部品と取ってきての応急処置。うまく行かないので、ステッキも移すと調子よく動く。

ネジを締める緩めるの力加減などができるできないでは同じ仕事をしても大きな差になってくる。今日も字の寄りで、今の子はマッチのすり方も知らないという話だが、それは、その子供の問題ではなく、オール電化な社会の歪。物を燃やすことのすべてが害悪のように禁止されてしまうと。いざ、災害というときにも自分で生きていく力すらも備えていないということになる。社会もあんまり傾き過ぎないようにしないと駄目だろう。

昔はどこの家でも風呂を炊いていたが、それが火災の要因になったことはあっただろうけど、火の元の管理という面では、当時の人の能力は高かったといえる。お風呂に入るのも蛇口からお湯が出ることなく、自分で家の中で火をくべて炊かないとならない。そんな生活こそ、トータルで大きくエネルギーを節約していた時代ではないだろうか。電気なんて個々が節約しようが、発電所が、原子炉を火力を炊き続けている限り、何のエネルギーの節約にもならない。

それぞれの家がお風呂を炊いていたことが、雨をもたらす原因となったと思う。小さな粉塵が空に舞うことで雨の核となって、雨が降ることを引き起こす。人の生活が、自然に雨をもたらして、発生した熱を冷ます働きをする。神社の祭りなんかでも、火を炊いたりすると雨をもたらすというのが経験的な法則。木などをくべて火を炊くことにより、水蒸気を含んだ上昇気流を引き起こさせ、舞い上がった熱が冷まされたときに、雨となって降り注ぐ。自然の力を使った祈りの儀式である。

こんなに暑い夏なのに雨が降るのが珍しいというのも、電気に依存する生活になってしまっているからだろう。水の循環がないことは、地球温暖化の大きな原因となる。地表に関しても雑草ででも覆われていることこそが地球温暖化を防ぐ手立てとなる。雑草が生えるということにすらも、地球環境を一定に保とうとするような要因がある。わざわざ植樹して綺麗にみせたいのは分かるが、地球環境を守ろうとするときに雑草でも十分じゃあないのかと思う。そういう雑草の下に新たな生命が育まれるのである。グリーン化してもあらたな生命というのはいやだというエゴ的な緑化だと歪が生じ、トータルな意味で生態系が保護されることはないだろう。それが人に降りかかってくる。補完的に生えてくる雑草などの存在の意味も見つめる必要があるのではなかろうか。
2013年08月24日
今年は、米は結果、豊作なのだろうと思える。もう、刈り取りが終わったところもある。台風も来ていないのに倒れてしまっているところも多い。滋賀県というのは平地の95%以上を農地に使っているのではないだろうか。近江上布、近江米、近江牛というあたりが、近江を代表する特産品、いずれにしても良質の水が豊富というところが一番の長所。

しかしながら、農業というのは戦後守られてきたといわれる業種ながらも、個々の農家の問題というよりも国策として今では使い物にならず見捨てられてしまうような方向に誘導され続けてきた。自立して生きることの難しい業種の一つである。TPPでは、壊滅状態に陥る可能性は高い。大手のアパレルSPAの世界で一番安いところで作り上げる手法がすべてを飲み込むという形になるだろう。結果がわかってTPPに向かうのはよいけど、大丈夫大丈夫のごまかしでTPPに向かうと、繊維産業と同じような道を歩むであろう。

織物の文化というのはどの国にでもあるものだが、一方で、それが国の特色として扱われることが多い。農業も同じで、外国産の農作物に置き換えられてしまうと、人が生み出すという文化の基本的な部分希薄になり、楽は出来るのだが、苦労した国のほうが経済も文化も発展はする。トタン屋根でやっているうちは長続きするけど、社屋を建て替えて優雅な気分になるともう後戻りは出来ない。

いつの間にか日本の国も仕事が安定ということが基本であるかのように扱われてきたが、その結果、海外との競争にさらされた産業というものが日本から消えて行ったがそれは当たり前のこと。為政に携わるものは海外との競争というものを念頭において、経済や競争というのは国内だけのことではないという基本を理解している必要があろう。
2013年08月23日
先日、京都の染めの専門家であられるお友達の方が、林与が京都の三条京阪に事務所を持ったということで、趣味の木彫りで「林与」ロゴを作って、奥様とお越し下さいました。製作途中の掘り出すタイプの林与ロゴを見せていただいていたので、そちらが仕上がって、もう一つ、掘り込んだタイプの林与ロゴも届けて下さいました。どちらも世界に一つだけの林与ロゴで、手作りの味わい漂うアイテムです。スマートなプリントとかと違って揺らぎがあるので好きなのです。

そんなアイテムが届いたその場所で、ご夫妻に、生地の紹介をしていると、今までいくら探しても見つからなかった、パッチワークバージョンの初代の林与ロゴが、突然、出てきました。しかも、反物の上に顔を出す形であったのに、いくら探してもそれに気がつかなかったのは驚きです。木の林与ロゴが届いて、初代の林与ロゴが見つかったというのも、本当に不思議な話。

林与ロゴの件に関しては、始めてジャパンクリエーションに出る前日に思い立って、展示会の展示物の準備などもせずに、一日掛かりで作り上げたパッチワーク布看板。ハンドメイドチックで自己満足の世界。私自身、布の世界というのは完璧に綺麗な世界でなくても良いと考えるので、自分で作り上げた味のようなものを感じさせたいと思うのです。

中国やパリの展示会も一緒に歩んできた友達のような存在だったのに、昨年のインターテキスタイル上海では、電車に乗ってしばらくして、ロゴ看板を忘れたことに気がついて、常に心の中で探していたものでした。この春のプレミアムテキスタイルジャパンでは、切り出しタイプの2代目の林与ロゴ看板が登場しました。でも、やっぱり、初代のロゴ看板への思いは強く、見つかったときには本当に嬉しかったです。今度はなくさないようにしたいです。
2013年08月22日
今日は東京、昨晩、作り上げた商品が出荷が間に合わず持ち込みする。新幹線に乗って東京です。新幹線にしても、私が生まれる前に開通して50年近くになろうか。新幹線というのは、単に、列車部分をつくればよいのではなく、鉄道の部分も大事。リニアの話も沸いてはいますが、これから人口が減る流れの中で、リニアに収束をしていくものでしょうが、各地に沸いた空港建設ブームもそうでしたが、短期的な考えでものごとを考えると後々大きな負担になっていくことのほうが多いものです。

そのことはモノづくりにも共通していて、商品があればよいのではなく、商品をつくることのできる環境というものを持っていないと難しいということ。今あるものづくりの現場をつぶしてしまったとして、新たなところを探すような考え方というものは、ものが消耗品というよりも生産する工場自体が消耗品で、中で働く人なども消耗品のための消耗品に過ぎないような考え方なんじゃあないだろうかと思えます。

日本の中では使えるものがゴミのように扱われ、この国ほどエコの意識が低いのではないのかと思うことも多いのです。海外では空き缶にしても、リサイクルが自然に回るようにシステムが出来ています。地上デジタル化で、多くの使えるテレビがゴミとなってしまったことも、買い替えを促すリサイクルというのも個々の努力を無意味にするようなところがあろうかと思います。数年しか使えない家電製品、政治が主導したリサイクルブームの中で、物がゴミとなり物の価値というものは落ちてしまったというのを実感します。

東海道新幹線もリニアが出来上がったあとは、政治的にリニアに乗客が誘導され廃線になる可能性は高いであろうと思われますが、これから人口が減る日本で、今の新幹線ですらも十分すぎるのに、他が弱っている流れの中でそこに贅沢に資本を集中してしまうと、出来上がったときに成り立たないとわかっても遅いのです。

滋賀県にも空港建設ブームがありましたが、出来たときに自立できるものであればよいけど、伊丹の国際路線を引き継いだ関空ですらも成り立たせるのが難しく、ましてや、レストランなどが国道沿いに出来てもすぐにつぶれてしまうような状態があるのに、その何万倍ものリスクを背負うようなことがあると、一つの県の財政が破綻してしまうようなことになります。国家や市町村の財政などでも破綻することも多いので単なる笑い話ではないのです。

この話というのは、着物の話に似ています。近江上布のハギレをみて、着物用の生地がないかとお尋ねを下さるのですが、その方自身、すでにお持ちの着物を堂処分しようか迷われているのに、新しい着物をご検討されているというような馬鹿よねえ、おかしな話だと上品にもご自身で仰られます。

最近、私も電気屋さんなんかに行って、ほしいなあと思えるものがほとんどないのも私自身が末期症状なのか、家電業界が末期症状なのか迷います。一年二年で壊れてしまうことが当たり前の大型の商品だと、新しく並んでいても一年二年後には粗大ゴミ寸前状態。使い込んだとか、使い慣れたとか、愛着が沸くとか行くまでに終わってしまいます。
2013年08月21日
今日は午後からお客様、2年ほど前に弊社の生地を反買下さって好調で、出来上がった商品の画像も見せていただきましたが本当に素敵でした。これからより定期的な生産に向けてという嬉しいお話をいただきました。

アパレル向けではありませんが、1点が何十万円もする高価なアイテムの外装に使われる素材として弊社の生地を選んで下さいました。このように順調な話になるように動いていただく覚悟をもって最初から接していただいていたのでしょうが、オリジナルなもので継続できるものをということで弊社に打診下さって、それが現実の形となったのはありがたいお話です。

夜には、イギリスからメールが入りました。日本でも高級ラインのお店を展開されているブランドの方からです。嬉しかったのは、その方が林与のこと覚えて下さったこと。また、私自身もその方というのは、単に素材を捜しておられるだけでなく、自分で趣味として手織りをしているといわれたので、布に対する思いやりの気持ちをもっておられることお話していて伝わってきたので、僅かな商談の時間でしたが冗談交じりに楽しかったのよく覚えてました。

海外のブランドさん経由で林与の近江上布の柄が日本の店頭に並ぶこともあるのかなあと、林与の近江上布柄ですが、生地アーカイブコレクションとしては海外の生地をみてこられた方でも、力強い生地が数千柄というボリュームなので驚かれるのです。ビンテージアイリッシュリネンプロジェクトをしていて、今の表情とは違う昔のリネンの風格を追い求めましたが、多くの生地を扱われているイギリスの方などからは、アイリッシュリネンなんかよりも、あなたの家が昔作り上げたもののほうに専念しなさいと親身にいっていただけます。国内の展示会で展示していて、近江上布柄に注目される方というのは、生地を見る目があると感じます。
2013年08月19日
今日は空気が変わりました。夕方には、久しぶりに雨が降って空気が洗い流されたような感触。長い夏がそろそろピークを過ぎて終わろうとしているのを感じます。空気の中に涼を感じることができます。

今年の夏は仕事も、なぜか山場。こういう山場を乗り越えないと同じ仕事にしてもできることできないこと大きく違ってくるだろう。普段の仕事では発揮できない力を発揮するのが、追い込まれた状況での仕事の力。今はできても、この先、同じ気力が続くのかというと。

ずーっと、調子の悪かった一台が、この1ヶ月手を入れ続けたので、調子よく動き始めた。使えば使うほど調子が良くなるのが当たり前なのだが、この流れに持っていくためには、すべてを正しく仕事するということが大事。糸一本の通し方だけでなく、走り方を直してあげるのも当たり前。

今日はリネン40番手、この糸は非常に良い。良いというのは糊をせずに織ることができるというだけでなく、織り上がった生地を触るとしなやかさがある。使い込めばよい風合いになるだろう。この世界、糸でハズレをつかむのとアタリをつかむのでは、同じ仕事でも結果が違ってくる。糸を見る目が大事。
2013年08月17日
林与のある豊国地域というのは地蔵盆が非常に盛んな地域、他の地域の地蔵盆の話を聞いても、小学生の子供がひと夏こってりと地蔵盆の準備にのめり込むというのもこの地域の特色なのかもしれません。今は大人がホウガン集めについて回っておられ、子供たちの安全を重視した態勢ながらも、ほとんど口出しをすることなく付いて回っておられるだけの状態であるというのは、子供たちの自主性を尊重する上で大事です。

今年は盆明けの今日が地蔵盆、盆と地蔵盆が重なり気味で、早すぎるのではないかとも思えるのですが、お盆で帰省されている方も地蔵盆を楽しめる日取り。たくさんのお客さんがどの地蔵尊にもお参りすることになりそう。今日は、少し過ごしやすい晩で、林与は工場の中で織機を相手に終わらない地蔵盆。
2013年08月16日
今日は、隣の家の軒下で、帰省されている息子さん夫婦が、お孫さんに目隠しをしてスイカ割り。子供の頃の経験というものは、大人になってからの経験とは違い、スイカ割りすらも人生の一部であるかのように刻まれるもの。

子供の場合、目隠しをしていて、下からスイカが見えたとしても、目隠しの中で目を瞑って正直にスイカ割りをできたりする。昔から、食べ物を粗末にしてはならないという日本の文化の中で、スイカ割りは例外的に認められてきた。割るだけでなく割ったものを食べるから良いのだろう。

今日は、午後から急ぎの仕事分の生地を、縫製工場に持ち込んだ。夕方の分で、一先ず、急ぎの分は終了で、長かった数週間の緊張状態から開放。明日からは自分自身のやらないとならないアイテムの分に取り掛かれる。

夕方、倉庫で反物を準備しに行く途中、畑の野菜に水をあげているおばあさんに、「暑いねえ」と声を掛けられた。朝は冷えて涼しいながらもこの夏一番くらいの昼間の暑さ。夕方の出荷までとりあえず、がんばって、そのあと、ちょっと涼みに食品売り場へ買い物にでも行こう。
2013年08月15日
終戦記念日に思うことというのは、「愚直さ」というものだろうかと思います。日本にしても1万年も遡ると移民からなる国ということになりますが、日本にたどり着いた人々というのは愚直に生きることを強いられてきたのだろうといえます。

日本の繊維におけるモノづくりというのが海外に劣るものが多くなり始めているのも、結局は、スポーツに励む中学生のような「素直さ」や「愚直さ」というものが、大の大人から欠如しているからだろうと思います。中学生のように無心に現状を受け入れて仕事に没頭するようなことができれば、そのこと自体がなかなか実社会では難しいことですので、差となって表れて来るものです。

毎日、同じに見えても上手になろうと考えて作業をしている人というのは確実に上達していきます。一方、何十年の経験を持った人でも一日サボり始めると素人未満のモノづくりの積み重ねの日々ということになります。

国際化の流れの中では、自分のスタイルを失わせられたところが大きいかと思います。他からするとすごいことが、どんぐりの背比べをやってしまうと、もう元に戻ることはありません。楽をしていると長続きはしないというのは、世の中がうまく出来ている証ではなかろうかと思います。さまざまな講演会などでも壇上に立たれている先生が利権に満ちた欲の塊のような方だと厳しかろうかと思うことも多いものです。
2013年08月14日
昨日、今日と朝がよい感じに冷え、夏を楽しめる感じです。火照った体を朝、外で冷やしていると、なぜ、外にいるだけでこんなに気持ちが良いのだろうと思えます。工場の中での気を使う作業が増えすぎて、逃避行動が気分的に起こっているのだろうか。

朝は東京からお客さま、お昼からは京都からお客様。お盆の間ならまだ外が動いていないのでお会いさせていただきお話できる時間が取れるということで、お盆に弊社にお越しいただくことお願いしました。

お盆のときでもよいということで来て下さる場合には、私自身も落ち着いた状態でお会いできるのでありがたいです。落ち着いた状態でお話していないと、お会いするだけでよいのならまだ、お会いしやすいのですが、企画を考えていくことになる場合、落ち着いた状況でないと、話をしても企画に進めることが難しい場合も多いのです。

2013年08月13日
普段は、お茶か100%ジュースと決めているのですが、この暑さ対策のため、100%ジュースをシャーベット化して楽しむことに嵌っています。900mlのトマトジュースを冷凍庫で1時間ほど冷やしたことから始まったのですが、100%ジュースなどもよい感じに半分凍って半分解けている感じで、喉越しが非常に冷たくてよいのです。100%ジュースをぐい飲みする以上に時間を掛けて楽しめます。

こういうことからもなぜ麻に冷感があるのかということ考えます。公定水分率が高いということは、水分を多く含んでいるので、空気よりも水の熱伝導は30倍、要するに、麻を着ると麻に含まれる水の温度が伝わってくるのです。一方で、なぜ、汗をかくと暑苦しいのか。体温と同じ温度が体に跳ね返ってくるからです。

髪の毛を乾かすドライアの温度は200度以上でもやけどしませんが、100度の水だやけどしてしまいます。湿度の高い日本では、空気中に水分がたくさん含まれているので、体に対しての熱伝導は大きく、暑苦しさを感じるのです。これが、砂漠だと水分補給は必要ですが35度以上でも案外快適だったりします。

2013年08月12日
汗ばんだ手で縦糸繋ぎをタイイングマシーンを使って行うと、電気が汗を伝わって感電、ぴりぴりと痛いなあと思いながらも急ぎの気持ちでつなぎ終えて、これだと困るのでアースをどこに繋いだらよいのか考えました。アースを織機に繋いで電気を逃がしてあげるのが一番良いようです。

林与の場合は、社内でタイイングマシンを使って糸をつなぎますが、よく聞く話ですが、タイイングマシンで糸を繋ぐ仕事を職業としておられる人もおられます。現場の織子さんがタイイングマシンを使いこなすということは難しいというのが一般的な認識のようですが、タイイングマシンにしても昔は一台で自動車が買えるほどのものでしたが、現在は安価な中古なども出回っていますので、織物工場さんで手の空いているところなどは自分自身で経つなぎをすることがよい練習になるだろうと思います。

日本でも手で何千本もの糸を繋ぐ会社も珍しいかも知れませんが、林与の中では、当たり前にその作業生きています。他のものができないと言った時に、私自身がその作業に当たるというのも林与のスタイルです。私自身が恵まれているのはそういう何でもやらしてもらえるチャンスというのはめったにないということです。

昔、大きなコンピュータ工場で働いたときに複雑な工程を経て基盤など出来上がりますが、それぞれの人というものは無力に近すぎるのです。誰が誰でもよいというレベルにまで作業工程が簡素化されて人というものの作業が単純作業に徹しているのもこれが本当に理想の姿なのかと思いました。

職人と呼ばれる人にしてもできないという言葉を発することが多く、仕事を知らない初めての人以上に仕事の上達というものは見込めないというのが、どの織物工場でも直面している問題ではなかろうかと思います。なぜ、産地で織物を織る工場が消えていくのかを考えるときに分業体制でやっていたことが、誰かが辞めたときにすべて出来なくなるということが多いようです。

今の時代のように火も自分で使わなくなったときに、日本人が総消費者的になって、太古の人々ができたことも現代人ができないというパラドックス。仕事で働いている人々にしても誰かにやってもらうことばかりというのでは駄目で、どこまで自分がやるのかを広げることが独自性を残し生き残る道につながる。

別に無理して独自性を追い求めなくても良いと思うけど自分が何ができるのかということはしっかりと最大化しておかないと、繊維だけの仕事に関わらず、40歳、50歳で食べていくことが出来ないという人がゴロゴロ。覚悟を決めて目の前にあることを一つ一つこなしていくことが一番の上達の早道。それを逃げると逃げ癖がついて、長くやってもその仕事では食べていくことは難しくなる。
2013年08月10日
今日は、東円堂の盆踊大会、江州音頭です。東円堂の旧の集落というのは、私自身、子供の頃にあった行事というのは今もあり続けている感じで、30年以上昔の小学生の頃から古めかしいことをやっているなあと思っていたので、今の若い人たちにとってはもっとギャップあろうかと思います。

滋賀県のことを江州という呼び方をするのも、今は、納得が出来るのですが、小さなころはオーストラリアと同じ呼び方をするの変だなあと。今は解決していても、今の滋賀県ではなかなか、江というものの存在を身近には感じないので違和感はあるままです。滋賀県では戦後、江がほとんど埋め立てられてしまい、湖岸の様相が大きく変わりました。

安土城にしても琵琶湖岸の城で、絶景そのものだったと思います。周囲を自然の堀に囲まれた島のような城、地理的に日本のへそのようにある琵琶湖を抱える近江、その中でも、地理的に中心的な安土、日本を統一するのにふさわしいような場所と考えたのではないでしょうか。今は、ただの小さな山の上の城跡のようにしか見えませんが、近江の魅力というものは今とは違ったところにあったと思います。

盆踊りも、滋賀県でも踊られることが少なくなってきましたが、そういう文化を自分たちの力で残していこうという地域である東円堂。理想的な社会というものの捉え方が違うのかなあと思える部分です。良いところもあれば悪いところもある。地域の人々の献身的な行為を上に立つものが食いつぶさないようにすることが大事だろうと思うところ、これがなかなか難しい。
2013年08月09日
暑すぎて、冷蔵庫のお茶やジュースがなくなったので、先日、栄養ドリンクを飲んだ。すると、左足の内部に違和感が、これは以前、パリの展示会に行ったときに足の中が液状化するような現象で悩んだのを思わせる。栄養ドリンクが足の鈍痛の原因だろう。

ジュースですらもそうだが、オレンジやりんごをそのまま食べるのとジュースとして飲むのでは、同じ100%であっても、人体という要素を考えると大きな違いがある。噛んで食べると体が運動をするしアミラーゼという分解酵素が大量に体内に回る。ジュースとして飲んだ場合、100%であっても体というのは吸収しやすいので、逆に怠け癖が実につく。

ましてや、栄養ドリンクなんぞは、体を退化させる大きな原因。吸収性を高めたものなどは体が退化してしまって、栄養の吸収が難しい人が飲むものだろう。厚生労働省が、以前、健康補助食品を推進したことがあったが、気持ち悪いほど業者との癒着で、タブレット化されたものから栄養をとる行為、体には害でしかないこと健康に携わるものがどうして気がつかないのか。同じに見え、金が儲かるほうをよしとするのだろうが、本質的に同じじゃないところ、専門家なら分からないとならない。

ジャンク産業ほど利益を上げるので、お金儲けを目的とすれば専門家にしても、どう摩り替えるかが仕事となる。大手のハンバーガーチェーンが食育教育に口を出した時期があったが、自分の会社自身が栄養のバランスの取れた食事を提供できない食育の駄目駄目なのに、子供たちの食育の先生になってプロパガンダとは恐ろしい。

今日は夕方、盆前にとお願いしてあった染糸が染まりあがって来ました。これで、お盆の間に仕事ができる。織物の仕事というのは、注文が入らないと進行できないことが多いのですが、自分自身がやると決めて、お客様についてきてもらうのも一つの方法で、今回の場合も時間がないので、糸を先に見込みで染めて納期に合わせます。

織物の仕事というのは目先の損得だけで動いていると続かないものだと思います。仕事をやっても儲からないくらいにつぎ込んで用意を先にしておかないと仕事に対応することは難しいもので、それは問屋機能そのものなのかもしれず、仕事の範囲を広げていくことは大変であろうけど一番大事なことで、もののすべてが見えてくるきっかけになり、最終的には自分の作りたいものをお店に流していくことに繋がります。今すぐ手に入るものをほしがられる方ばかりになっているから。

お盆前に上がってきてほしかった反物も上がってきました。ありがとう。自分の会社だけでなく、他の会社にいる皆さんががんばってくれることで、仕事がうまく行くのを感じます。仕事の関係では、仕事を与える側も貰う側も両方がお客さんのような関係、良い関係が長く続くことを願う気持ちが両方になければ成り立ちません。
2013年08月07日
8月に入って本格的な暑さが続き、これこそ夏というイメージの今年。節電することは何も他の人のためならずで、自分のためになるのではなかろうかと思います。冷房に慣れていると冷房を掛けていてもまだ満足できない体質になるものだというのは、昔、カリフォルニアの英語クラスの先生が暑がりで寒いほどの冷房。また、大阪のコンピュータプログラミングの会社も室内が寒すぎる。外に出ると、外の暑さには5分も耐えられないほど体が熱さに対して弱くなってしまっています。

熱中症という言葉は子供のころには聞かなかった言葉、暑いときに走りこんだり、体を動かして鍛えることが大事だとされていたけど、今、冷房がキュンキュンに効いた塾で勉強する子供たちにとっては、外で運動をするのは少しのことでも厳しい話でしょう。暑いときに水分を取るなというのが一つの鍛え方でしたが、林与も、常に水分をたくさんとってこの夏を乗り切ろうとしていますので、もう昔には戻れない気もします。

コンビニやスーパーなど冷房は20度くらいまで下げているところが多いように思います。外が暑く中が涼しいというのは楽園を作り上げることができ、それだけで、天国がそこにあるかのような錯覚。今年の夏は、せみがけたたましく鳴き、田舎にいながらもこの30年ほどの生態系の急激な変化に関していつも心配しているサイレントスプリングはまだ遠いなあというのをありがたく感じます。

本当なら、川で涼むのでしょうが水の流れない川。人々のつくりあげたダムも、地球温暖化に大きく貢献をしていることになろうかと思います。川の水辺の生物が死んでしまって、人だけが生き残ろうとしても、自然の恵みを受けることないため、お互いの奪い合いのような世の中しか生まれないでしょう。
2013年08月05日
今日は、朝、お盆前に仕上がり予定のP下の反物を3反、徹夜モードで朝投入。加工工場から帰ってきて休もうと思ったのですが、4件電話で、そのまま、午後2時からのミーティング。夕方5時から出荷など準備をして、途中電話もいただいて、代わりのものに出荷準備で午後7時ぎりぎりで出荷完了。

なんだかすごく疲れ果てて、暑さも伴って、出荷の終わったあと、ドラッグストアーでプレミアムモルツ350mlを一缶購入。普通だとお茶かオレンジジュースを大量に飲むのですが、今日はこの一缶で十分、食べ物も要らない。染み渡る感じを満喫しながら夜中までs熟睡。本当に長い1日がようやく終わった感じ。
2013年08月04日
20年ぶりくらいに、サンディエゴにいたときのルームメイトだったメキシコ人のクリスティーナがフェイスブックで私を見つけて連絡くれました。サンディエゴのアパートを英語クラスの4人、日本、オーストリア、メキシコ、韓国でシェアして住んでいたのですが、懐かしいなあです。あの頃から考えると年齢も2倍になってしまっているものの、あのときのスピリッツというものが今も仕事の考え方の生きているなあと思うことが多いものです。

若かったあの時以上にがむしゃらな感じの林与ではありますが、昔の友達が今も私のことを覚えていてくれることはありがたいことです。当時クリスティーナは、たしか18歳、飛び級して通訳の専門学校を卒業してカリフォルニアに語学留学。ボーイフレンドのディエゴとのメキシコでの結婚式にも招待いただいて、結婚式の晩は飲みすぎて、二日酔いの翌朝はモーニングテキーラ。

サンディエゴのアパートでの4人での生活も、周りから見ると素敵だったようで、アパートにいると、いろいろな友達がアパートに遊びに来て、常に誰かと、ご飯、ジャグジ、テニス、買い物、なんかのパーティ。サンディエゴでの生活は連日イベントが多すぎて思い出せないほど。クラスメートに日本人も私以外に3人いたけど、暗黙の了解で日本人同士で友達になることは避けて、お別れパーティのときに始めて日本人4人でしゃべった。そんな日本人同士が意図的に避けあうようなこともあったからか、後ろめたい気分も残るサンディエゴ。

あの頃、今のような人生を想像していたかというと、仕事というものは学校での勉強のように、もっとビジネスライクに頭でできるものと考えていたフシがある。人生というのは自分で切り開いていくものだし、仕事というのは意欲次第だと今は思う。苦しい状況であっても前向きに動いていれば力を貸してくれる人はいつも現れる。そんな流れで、今の状況があるのだといえる。
2013年08月03日
L25HDのキッチンクロス、いろいろな方から、気に入ったといっていただけるけど。なかなか作るのが難しい。今日も整経して巻き取り、織り出し、糸がL25と太いのでシャトルの管に巻くことのできる糸では、50cmほどしか織れない。横糸の管巻きや、交換作業が忙しい。

なぜ、L25HDが出来上がったのか、不思議な縁を感じる。ときどき字の会合などで、公民館で洗いものなどしていて、綿の薄いフキンで、拭いても茶碗などがべとべとでそれをそのまま使うというのは気持ちの悪いもの。自分がキッチンクロスをつくろうとしたときに、リネンの機能性に着目して、キッチンクロスというと薄いものが多いが、しっかりとした厚いものをつくろうとして、自分の中でもリネンの吸水性のテストなどを繰り返した。

もう一つの思いは、使えば使うほど味のでるリネンというものを作りたいと思って、これもしっかりと織ることで、とことん丈夫なフキンとなった。最初につくって、5年以上になるが、形も変わらないままとりあえず5年間作り続けたことで、L25HDがきっかけとなって多くの出会いもあった。不思議な布である。

多くの方にも、多くの新しい出会いをもたらすことができる布ではないのかと思う。L25HDは大判なので、小さくカットしていただくと、1mでも、3枚から4枚、小さなキッチンクロスが出来上がる。小さくても十分な吸水性を持つので実用できです。また、2m続きでバスタオルに使っていただくケースも多い。ほか、しっかりとした布なのでカバンに使っていただいたり、小物作りに使っていただいたりと、普通の洋服向けの布以上に応用性のある布が出来上がった。なぜ、こんな布が一発で出来上がったのか不思議な縁を感じる。

しかも、10色展開を最初からしようと思ったのも偶然のこと。かわいいんじゃあないかと思って、仮に10色作って、それがそのまま5年ほど続いている。ベストじゃなくても作ること続けることで、自分自身でもそれがベストに思えてくる。林与のロゴ看板と同じ感覚。自己満足の塊かもしれないが、そんな感覚の布作りを増やして行きたい。同じもので続くものを増やして行きたい。