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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2015年5月
リネン日記:21
2015年05月31日
今日、近くの道の駅にたまたま立ち寄ったところ。野菜がおいてあるのだが、九州産の表示のものが多い??? 半年くらい前にみたときは地元のものばかりだったのに、道の駅で野菜を取り扱う目的が地元の地産地消のはずだろうけど。

地元で野菜が揃わないタイミングなのだろうか。大根なんかがかなり弱っている。みるものがないより、みるものが有った方がよいということも言えてるから九州から仕入れたものをおいてあるのだろう。生鮮食料品にあたる野菜には、原産地表示が義務付けられている。そして正直に原産地を表記しているのだ。正直なの立派。たとえば、他の地域のある地場産業のお店にいっても値札のついている見本は実際自分で作っているので売らないが、実際に売るものは海外産のものだったりというのが当たり前の時代。職人を束ねる親方がなにをやっているやらみたいな話で、海外産や他産地産でよい話になってくる。

けども、道の駅にとっては、原産地表示というのはやはり致命的といえば致命的な部分もあろう、私が感じたような、何で滋賀県の道の駅に九州の野菜がならんでいるのみたいな、いたしかたのない状態。でも、全国のおみやげ物やにならぶお土産の8割とか9割は海外産であったりするものだろうから、これはこの道の駅に限ったことではない。

産地産を求めると、それは自分で働いて作らないといけないということで、他で買うほうが安くて簡単であろう。道の駅が地元の実際の生産業者にとってありがたいだろうは、通常に流す過程で出来上がる余剰のものを流通させることができるチャンスが生まれるというところだろう。

セレクトされ、置くものを絞られ生産者の自由なマーケティングができなければ、生産者にとっては道の駅は重荷になったりするだろう。案外、売り場というのはバッティングを嫌
うものなので、置くものをセレクトしたがるものだが、そこが作るものと売るものとの立場の違いで、道の駅においても、売り場を立てれば生産者にメリットがなくなるということも起こりえるだろう。
2015年05月28日
今日はプレミアムテキスタイル2日目。全国からテキスタイル企業が集まる展示会では、自社のお客様との出会いのほかに、出展されている経営陣の皆さんとのお話の機会をいただけることが、大変参考になる。

直面している問題というのはみんな同じなんだなあと感じることができたり、また、やはりこういう場所に立っておられる企業さんというのは自分自身で前向きに動いておられるところばかり。
2015年05月27日
今日はプレミアムテキスタイルジャパン初日。朝から午後4時半くらいまではお客様が続いて、最後の2時間はお客様は少な目でした。午後6時半までやるという新しい試みらしく、私自身はいいなあと思えました。

今回気がついたのは、中国からのバイヤーさんの数の多さで、10組くらいは弊社のブースにもお越しです。滋賀県から工業技術センターの方が視察に来て下さり話をお聞きしているとセンターの中のレピア織機で麻を織っておられるそうで、何か面白いものを作ろうとされているのだろうかと。

別件では、あるお客様とのお話の中で技術的な問題で同じ印象をもたれていて参考になることなどもあったりして、こういう問題を改善していかないといい感じのものは作れないという気持ちは同じだなあと思えます。
2015年05月23日
今朝は、朝、浅草寺参り。林与としては、観光するにしても情緒のある場所が好きで、浅草というのは好きな場所の一つなのだが、5年ぶりくらいだろうか。変わっていないようで、スカイツリーが見えたり、浅草寺周辺も綺麗に整備されたりと、変わってしまったところ感じる。小綺麗でないと観光客はなかなか寄り付けないものだろうけども、改築されたり新しく作り変えられたりすると本物らしさがなくなり残念なあ。

10時に会場入りして、キッチンクロスなどの小物の準備。今日は、11時から4時までの短いオープン。お昼過ぎから2時くらいがピークで、3日間、天気にもお客さまに恵まれ、良い感じに東京テキスタイルマルシェは終わった。

テキスタイルマルシェを通じて感じるのは、次の世代の方が活躍されているということで、ばくっと40から50くらいの世代が私の世代だとすると、20代から30代の世代の人の活躍の場があるということがいい感じ。もちろん、年をとっていても良いのだが、ハングリーな精神がないと布には価値を詰め込むことはできないなあと思える。


2015年05月22日
今日は東京テキスタイルマルシェ2日目、昨日の夜はようやくゆっくりとホテルで眠ることが出来て、すがすがしい気分で会場入り、昨日の準備では、十分に準備し切れなかったところがあったので、ようやく、用意した「リネン」「本麻」とかの文字も今朝ダンボールに貼り付けた。

朝からお客様が続いてご紹介をいただくケースも多く、お話を十分にさせていただけなかった感じもする。たくさんのお客さんに来ていただけ多い目に生地をもってきた甲斐もあったというもの、ネットのお客様も何人もお越しいただいて、ネットではなかなか生地の質感というものは伝わらないもので、お伝えし難いものなのと、林与の作っている麻の全体的なイメージを感じていただけたのではないだろうかと思ったりする。

デザイナーさんや業界の方なども会いに来て下さり、お話できる時間があまりなかって、また、PTJも27日、28日と東京国際フォーラムなので、そちらのほうが落ち着いているかもと思いますので、生地の企画などに関しては、27日、28日東京国際フォーラムでのPTJにお越しいただけたらと思います。

PTJも2日間ブースに常駐している予定はしておりますが、お客様が重なるケースが多いので、じっくりとお話を考えておられるお客様がおられましたら、27日、28日とも、閉会後の午後の6時半以降8時半くらいまでの間でしたら開場近辺の場所を見つけてお話も可能ですので、お問い合わせのほうからご連絡いただくか会場でご予約ください(各日各1件から2件だけになってしまうと思います。)。
2015年05月21日
今日はテキスタイルマルシェの準備日+プレオープン。朝10時前に会場について、荷物の到着を待つ。予定通りにチャーター便で荷物が到着して、会場に荷物を運び入れてから、キッチンクロス用の小箱を捜しに外に出る。

外苑前まで歩いて昼食をとりながら、その近くのクロネコの集配センターで小箱を買う。戻ると生地を立てるダンボールがまだ会場に届いておらないということで、作業が中断。3時のプレオープンに間に合うのか。まあ、いろんなことがあるのがイベント。

1時半に段ボール箱が到着して、急いでみんなが準備再開。どこもが1時間ほどで準備が終了して、3時のプレオープンスタート、準備だけでも達成感。プレオープンがスタートして、本当にたくさんのお客様。あっという間に6時になって、レセプションの交流会。食べ物と飲み物があったので、食べようと気合が入ったけど、交流者同士のご紹介などで食べる時間もほとんどなく、2時間が過ぎて帰路。

主催の方からすると4年ぶりの東京でのテキスタイルマルシェで期待と不安の両方ということでしたが、初日のプレオープンの盛況ぶりからすると、残り2日もたくさんの方に生地をご覧いただけそう。林与としても、ネットのお客様に東京方面で生地をみられるお店がありますか、というご質問をよくいただいてきたが、今回のテキスタイルマルシェがよいきっかけとなる。

夜は、スカイツリーを近くから眺めてみたり、明日の朝は浅草寺にちょこっとお参りして、テキスタイルマルシェ以外にも、何か東京に来て東京を味わうみたいなところを楽しむ。
2015年05月21日
2015年5月21日(木)から5月23日(土)までの3日間、産地直送の生地販売会「テキスタイル・マルシェ」が、東京・青山のふくい南青山291で開催されます。林与も出展します。

東京では4年ぶりの開催となる「テキスタイル・マルシェ」。今回も、プリント生地やコットン、麻、シルク、ウール、カシミヤ、プリーツ加工生地、ガーゼといった多種多様の生地を、一般消費者向けに販売いたします。

出展企業は、全12社。国内の帆布の7割を生産しているという岡山の「バイストン」と、綿を主体としたガーゼ素材やワッフル素材などを得意とする大阪の「藤原織布」の2社が初出展となります。

【開催概要】
テキスタイル・マルシェ
開催期間:2015年5月21日(木)〜5月23日(土)
会場:ふくい南青山291
住所:東京都 港区南青山5-4-41 グラッセリア青山内
入場料:無料
時間:
■21日
プレオープン 15:00〜18:00、交流会 18:00〜20:00
※交流会は招待客のみ。
■22日
11:00〜18:00
■23日
11:00〜16:00

【出展社】
宮眞(丹後)、YS企画(京都)、林与(滋賀)、松尾捺染(大阪)、細川毛織(大阪)、島田製織(兵庫)、宏和産業(大阪)、バイストン(岡山)、藤原織布(大阪)、荒井(福井)、福田織物(静岡)、昇苑くみひも(京都)

【出展物】
プリント生地、コットン、麻、シルク、帆布、ガーゼ、ワッフル、プリーツ加工生地、プリーツ雑貨、各種端切れ、綿薄地、ウール、カシミヤ、丹後ちりめん、ポリエステルちりめん、先染め生地、正絹くみひも、アクセサリ―パーツなど
2015年05月20日
今日はテキスタイルマルシェの前日、会場に発送する荷物の準備、朝から運送会社に行って明日の午前中に到着するのかどうかの確認など。帰ってきて、荷物のパッキングならびに、書類の作成や、シャトル織機移設のための段取りなど、追われるばかりの状態を乗り切って夜出荷しようとすると、出荷する荷物が多すぎて断られる流れに、交渉してなんとか、会場に荷物が朝に届くことになり安心。

明日は会場準備、まだ遣り残した仕事を終えないと出発も出来ない。林与の会社案内を印刷したりもしないとならないが、値札もつけたりしないとならない。
2015年05月17日
東京テキスタイルマルシェまであと4日、まだ、テキスタイルマルシェの準備をできる段階ではなく、今日も納期の生地の補修などで一日が終わる。この仕事も普通の力では無理だなあと思うのは、与えられた仕事を確実に一回で形にする力が求められること。

私の場合、たぶん本生産で10回に1回も失敗はしないだろうけども、他の人がやると10回に2回3回は失敗するだろうという辺りが、私が仕事で食べていけているところじゃないだろうかと思う。外の問題をかぶることも多く、それも覚悟して仕事を受けていかないと難しいものだ。みんなはファッション業界はデザインとか技術とかいうけども、本生産での再現性の難しさみたいなところが基本ではないのかと思える。それを握るも人という要素。

新しいものを作らないといけないときに、再現性というものがネックになることが多い。特に経験豊富な人ほど作業の記録をとらないことが多いので再現できることはほとんどないという厳しい現場の現実もある。普通に仕事をすればお金になった時代というのは幸せな時代で、一回限りの仕事を最初の1回目で正しく仕事しないとお金にならない今の時代は昔の感覚からすれば厳しすぎるだろう。
2015年05月14日
例年は誕生日のこと気にしていられない状況が多いのだけど、今日は案外ゆったりとした気分で朝から、いろんな方からメッセージをいただいて返事もできた。

林与がなぜ普通の織物の会社と違って忙しいのかと考えると、仕事をご依頼いただくときに具体的な仕事が決まっているのではなく、林与の可能性を考えて仕事を依頼しようと思っていただくケースがあるからだろう。そういうのを断ると話は簡単なのだがそういうのをお受けすることが、ものづくりできる機屋の力ではないのかと思う。

が、できるできると思っていても、機から作って仕上げ加工まで施して、イメージと違ったりすることもある。そうすると振り出しに戻るということや、見本倒れしてしまうことを受け入れたり。でも、そうやってダメージというかリスクを受け入れるところに、ものづくりしている本質があろうかとも思える。

たとえば仕事なんかでも、働いている人にいうのが、人というのは完璧ではないし完璧を求めていては安全なことしかできないものだろう。新しいモノづくりに限らず、普通のものづくりでもリスクは伴う。私がやったら10回に9回はでき、1回は失敗することもあろうが、ほかの人がやったら10回に7回くらいの成功率だとすると、その差というのは大きい。

本生産なんかで、10回に1回の失敗なら、1回の失敗を挽回するのは3回、4回の正しい仕事を余分にすれば費用面なども挽回できることだろう。本生産で、10回に3回だとその失敗を挽回するのは難しい。分業の作業になって誰もが何をやっているのかわからなくなると、何が正しいのかさえわからずに仕事していることになる。そうなると失敗確立は非常に高くなるもので、途中でストップしてやり直すタイミングを逸してしまうことも多い。

現場の職人の目というか判断も大事で、自分が正しい仕事をしているからといって、最終に正しいものが出来なければ自分のやった仕事も失敗品を生み出しているだけで、仕事としては成り立たないということがわかっているとありがたいが、なかなか、その辺りすらもが通用しないのが今の日本で、そこまでのことになると複雑でありすぎるかのようなメカニズムにとられがち。これも、人の関係が希薄になっていることが原因であろうかとも思える。

日本のものづくりは和、すわなち、チームワークがあってこそ高品位なものが成り立ったのだろうと思える。設備依存の品質管理になったりしてくると原発じゃないけど問題が発生したときに、責任逃れに走り、正しいものをつくるというような基本的使命が失われることも多いものだ。機械が悪いということで結論付けてしまって、機械の悪いという予兆にも鈍感になり、同じように問題は頻発し続けるものだ。

機械をメンテするのは他人の仕事なのかといえば、機械をメンテして正しいものをつくるのが自分の仕事という風に捉えられる人というのは、仕事もステップアップしていけるが、その機械メンテや調整というのは実は人の面倒をみることであるなあと思えることも多い。

どこの機屋も大きくやろうとすれば同じ問題にぶつかっているだろうから、人の多い会社がうらやましいとは思えず、人の多い会社ほどできることが限られてくるだろう。人というのは機械と違って、本来、柔軟に対応できることで、機械の上に立てたり、上回れるとおもうのだが、柔軟に対応できないと人が原因で機械もうまく動かないというありがちな窮地に陥るものだろう。
2015年05月13日
急ぎの案件がいくつかあって、徹夜モード。昨日は食べ放題で体力をつけておいたので、5月の少し涼しいくらいの夜というのは作業するのに心地よい。少し寒いくらいが眠気を誘わず、よい感じ。

急ぎの一本を整経して、糸の糊のざらつきに少し違和感。天然の糊ではなく、PVA系の糊っぽさ。化学糊というのは繊細な糸には不向きだと昔から言われていて、細い糸には今も天然系の糊が使われることがある。合成糊の場合には水を吸わないためなのか、糸がぱさぱさした感じになり、結ぼうとすると糸が壊れるように切れることがある。

明け方1時間ほど休憩を取って、あとは一気に一日の始まり。急ぎの案件もどうやら納期どおりに収束しそうな予定でひと安心。一日でも時間だけでも三日分の仕事に相当する。内容もそれなりに追われてやっているので濃い。だからいろんなとこでマイナスを生み出しても、なんとかやっていけてる気がする。



2015年05月12日
私自身は、工具にはそれほどこだわっていないので、工場に転がっている工具を使って織機を調整する。でも、工場の中に一つしかない工具というのもあって、その一例が小さなモンキーレンチで、調整してどこかの織機の上に置いてしまうと、おいた場所を忘れて、次に別の織機の調整が必要なときに、小さなモンキーレンチを捜すだけで体力と精神力が消耗する。

そろそろその小さなモンキーレンチも、ぐらついてシャキッとしなくなってきたので、買い換えてもよいだろうと、少し良いモンキーレンチを購入。常に携帯できるような小さくて軽くて強そうなのを買った。作業効率は上がるだろう。今は、工具も100円ショップでも売っているが、やはり100円ショップの工具に関しては安かろう悪かろうそのもののことが多く、ものを買うときに品質がピンきりで目利きが必要なゾーンが残っていることにほっとする。
2015年05月10日
普通に織っているだけなら手は汚れないものなのだが、シャトル織機の調整などを行うと少し織機を触っただけでも手が真っ黒に汚れ、手を洗ってもなかなか綺麗には油汚れは落ちないもの。

この手の汚れで思い出すのが、カリフォルニアにいたときにジャガーに乗っていてよく故障したので、自分で直せないときには修理工場に持って行った。正規のディーラーだと非常に修理費用が高いので個人経営のジャガー専門の修理店に持って行くことが多かった。

そこのアメリカ人の店主兼修理の当時50くらいのおっちゃんは、行くといつも修理している最中なので、話を聞くために油だらけの真っ黒な手を洗うところから始まった。受付をしていたたぶんおばちゃんはアルゼンチン人で、ジャップと私のことを呼んだが、悪意はまったくなく、私と話をしようと親しみの気持ちが伝わってきた。年に修理で困ったときだけいくだけなので数回なのだが、クリスマスカードも届いた。

自分が仕事で手を汚して思い出すのがそんな昔の思い出で、手を汚して働くことに嫌な気や悪い気はしない。問題に直面したときに自分自身が修理できる能力がなかったら、たぶん、林与という会社もほかの会社のように織物を織ることを止めていただろうと思う。織機の下にもぐることを率先してやれる人でなければこの仕事は成り立たないだろうと、仕事に関わったときから感じていて、いろいろと覚えたのでなんとかやっていけるのだろうと思うので、手を汚して仕事をすることは大事だと思う。

また、手を汚すだけでなく、仕事のしわ寄せみたいなものの泥を被るのも大事だなあと思える。そういうのを被ろうとしない人が多い中で、だれかが泥を被り片づけをすることで全体が回ることも多い。自分の手を汚すことができなかったら、手を汚すことを出来ない人が増えていったときに、織物の仕事は難しくなるだろう。
2015年05月09日
違う色の糸を2色で柄を織るのは簡単なのだが、糸の色が似た2色を織るのは難しいという問題?があったりします。それは、織物を織っている人というのが一生懸命に柄が正しいかどうかを見極めようとしながら織っているものの見分けがつきにくく、正かどうかわかり難いのですごく不安になります。

織物を織るのには、正誤を判定する判断力は大事で、それは必ずしも視力が良い悪いだけではないのですが、視力が良い若い人は織るのが上手だったりするものです。年をとるとどうしても視力が衰えていくので、キズなど見えなくなるもので、今私も46歳で、同年代以上の人というとなかなか細かいものをみるのは苦手になっておられる人がほとんど。

あと黒い糸を織るのは本当に難しいもので、白い糸を織る場合の5倍くらい神経を使います。麻の場合、縦糸が切れやすいと、糸を筬に通す作業が頻繁に発生し、そのたびにどこの目に糸を通してよいのか難儀します。麻糸が切れやすいことが何倍も麻の黒の先染めを織ることを難しくさせます。
2015年05月08日
東京でのテキスタイルマルシェは22日、23日がメインではあるが、21日午後3時くらいからプレオープンで、夕方6時くらいまで即売があって、夕方6時からはレセプションという形で、主催も出展者もお客さまも一緒に会場で簡単な食べ物、飲み物を手にしながら交流もできるような形式。

テキスタイルマルシェは展示会と違って生地の即売会で、生地の作り手と生地のエンドユーザーが出会えることを一つの売りにしている。普段、ものづくりしている人たちが販売をしているので、各産地の定番的な生地なんかを知ることができるメリットがあるのではないかと思う。

林与も、リネン100%や本麻を中心に、特色のある生地を展示および即売させていただこうと考えておりまして、インターネットでも、関東方面で生地をみることができる場所がありませんかとお尋ねいただくことが多いのですが、林与の生地の実物をご覧いただく一つの機会ではあります。
2015年05月06日
今日は連休の最終日、この連休にかなり追いつけた気もする。織機も修理と調整でかなり織り易くなった。織機というのは同じ状態でも糸が異なればうまく織れないことが多いもの。そんなことはどこの織機のマニュアルにも書いていないけども、現場が織機を触ってそれぞれの糸に対応しないといけない。

シャトル織機はもう国内で生産されていないが、レピア織機ももう別注でなければ生産できなくなているという。これは、国内の機屋が少なくなってレピア織機に対する需要がほとんどないということに起因するだろう。

10年ほど前、別の場所のある工場が新しい織機を数台入れたというのが最後に聞いたレピア織機の新古品が動いた珍しい話。海外だと普通にレピア織機でも新品が手に入る。新品が手に入るだけでなく、同じ個体がたくさん流通しているので、メーカーの部品が無くなっても、中古で部品が入手できメンテナンスも容易なのだ。今、日本で新品を入れたら最初はよくても長く使おうとすると苦戦すること多いだろう。

海外のメーカーも7年とかの償却期間で織機や紡績機械を新しく更新するようなスタイル、それが止まるとその会社の存続も危ぶまれるのだ。シャープの亀山モデルなんかもその一例にはまってしまうのかもしれない。繊維関連でも設備投資をし新しい織機を入れたところが廃業を決められるケースも多い。
2015年05月05日
子供の日なのに、今日も仕事しながら車で外を何度か走ったが、子供の姿あまりみかけない。田舎では高齢化が進み過ぎて子供は引っ張りダコで、忙しすぎて、こどもの日に道端で遊ぶなんてことも少なくなっているのだろう。

今日は、織機の移設に際して、工場の中にどのように配置するのかとか、工場だけでは手狭なので近くの空き工場を借りてそこにも設置を考えているため、高さなど大丈夫か調べた。

私としては人が少なくなっている分、織機の台数というのは余計に必要になる。できる限り多くの台数を移設したいと思うなか、限られたスペースにどこまでうまく詰め込むことができるのか。今、元気に動いている織機もできるかぎり残して、作業する人が少なくなる中、多様なものを作れるように環境を残したいと思う。

今の時点では自分が将来、織機を片付けたりすることを想定もせずにできる限り動かし続けることを考えたいと思っている。アウトソーシングとか、リスクヘッジとか、のまったく逆の考えで、自分でやって自分で重荷を背負ってみたいのが、なくなりつつあるのでよいんじゃあないかと思う。

今まで織機をまもってこられた工場の経営者たちはまさにそういうものを正面から受け止めて、ものをつくる環境を自分の体を使って働くことで守ってこられた。機械を譲り受けるだけでなく、そういう立場の人というのが消えていく流れの中で、機械もさることながら人という要素が強くなければ残りえないだろう。

今日も織機を8台ほど動かしているなか、そのうち6台の調整が必要となり、中途半端な気持ちではその一台も調整することはできないだろう。誰かが直してくれるの期待していたり教えてくれること期待しているようでは仕事なんてやめたほうがよいだろう。できる限り自分の力で取り組んでみることが、最終的に意味のあることなんじゃあないかと思える。

とことんまで追い詰められて救う神にであえることもあろう。最初、シャトル織機を入れ戻したときも、10台のうち9台がまったく織れないというような状況で、何十縦もの見本を受けて本生産の予定が先にあった。そこで、見本をなんとか乗り越えた後で、答えがほんと偶然見つかって、織れなかった9台が順調に織れるようになった。紙一重のところで、神の気まぐれに助けられることもある。

機械を動かせるようになるのは最初のところで、食べていくためには感性を形に変えるようなところがないとならず、また、織物の設計というのは将棋とかの世界と似ているなあと思える。また、単にデザインだけでなく、商売としての勝算をもって見本をつくる。勝負師的な要素が必要な気がする。自分が張らないと他人任せだと商売が始まらないことも多い。
2015年05月04日
たとえば、土地神話、年金、終身雇用制度、財政赤字、年功序列型賃金制、しいては、高速道路、原発、全頭検査、地球温暖化問題とか、共通するのは無理な考え方で、どうしても成り立たたないのだが、その場の勢いで行ってしまい、無意味な領域まで発展してしまう。

土地神話の成り立った背景には、信用創造の仕組みが機能していて、年金を当てにしたり、年功序列型賃金制、終身雇用制度などの相乗効果がある。金融商品など適切な説明が大事だとされるが、国とかの制度は正しい説明がなされないことが多い。後で問題が起こるのを承知でその場しのぎで逃げるスタイル、そろそろやめにしないか。次の世代がいびつな構造の中で生きないとならず可哀想。

原発なんかでも爆発することを想定して推進するべきだが、爆発する想定だと国が認可できないということがそもそもの矛盾なのだ。爆発する想定こそがまさに安全意識というものだろう。危険の存在を否定することのどこが安全意識なのかと思えるところで、危険は危険でそれに注意をすることが大事ということ、危険そのものを無くそうとするから矛盾が生じることも多い。

爆発した後も放射能の拡散データを隠匿するなど国民の人命や健康被害よりも、推進してきた国や電力会社の保身が優先されたというのも恐ろしい話なのだが、自らの保身のためには何十万人の健康や命すらもどうでもよいという姿勢が感じられる。情報の開示という面ではチェルノブイリのほうがまともだったろう。

石棺化で多くの犠牲を伴ったチェルノブイリを馬鹿にする風潮が日本にはあるが、福島も似たような運命を辿る可能性は高かった、紙一重に、人が完璧でなく地下から大量の放射能物質が海に漏れ出したことがチェルノブイリ化を偶然に防げたというだけのこと。今、放射能が海に漏れ出すのを防ごうとするなんて、本質に気がついていないのではと思うが、放射能を留めてどうやって収束するつもりなのか?内外の非難は浴びるだろうが、母なる海に助けを請うべきだろう。
2015年05月03日
今日は休みに関わらず織機の移設の段取りを組むために4月末で終えられた工場で打ち合わせ、すごいなあと思うのは人の能力で、この経営者の方は10人分の仕事を一人でこなすような力を持っておられる。

普通だと気の遠くなることをいとも簡単にこなしていかれる、だから、一人でも会社を綺麗に終えられることができるのだ。何トンもあるボルトでとめてある工場内の骨組みを一人でばらして、20代、30代の建築関係の人でも一人でやれといわれたら引いてしまうことを重機も無しにワイヤー数本使って平気でこなされる。

この方が織物をやめられてしまうのは本当にもったいのない話なのだが、自分の葬儀の段取りまで、出来なくなってからでは遅いということで今されているそうで驚く。神はいないと以前書いたが、この方には神様という言葉が当てはまるのだろう。

午後から会社に戻って5台、それぞれ症状は別に調子が悪くなったという織機を修理、調整する。ほんと1台2時間も格闘すれば、問題は解決して織機が動くようになるのだ、やればできるのになかなかこういうのが出来ないものだんだなあと思う。
2015年05月02日
今日は、車で走っていても外は30度。5月のゴールデンウィーク、いい感じ。今日も倉庫で出荷の作業、外が天気よいだけで中で仕事していても気持ちいい。休憩にちょっと外に出てみる。

仕事というのも自分で作って自分でするからやりがいがあるのかもと思える。ほかの人から自動的に仕事を貰う状態が続くとそれは理想的な状態なのかもしれないが、当たり前に思えて怠惰な仕事になりがちだ。