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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2018年10月
リネン日記:22
2018年10月03日
私自身、ものづくりを追い求めることが多く、深みにはまることもある。近江上布の広幅絣プロジェクトも織るだけなら簡単だけれども、染の部分を誰かに頼めるのかというといくつかの捺染工場に頼んでも無理だったので、自分で機材を作って染を実践的に勉強して自分なりの染色方法で広幅の絣織物を実現した。そこに至ったのが、5年ほど前のある失敗経験から。染色を自分でやりたかったが染料会社の方からアドバイスを受けて、自分でやるよりもプロに任せたほうがよいというアドバイス。見本をつくってもらって本番が入っていざつくる段階でその方が消えてしまわれて、自分が染色工場を正月3が日借り切って使った染料などを想像して発注して自分で染めたことがある。染色すらも経験はそれほどないのに、他の人がやったことをデータもなく再現しないといけない状況で苦しかったが、3日間タイムスで寝泊りして、近いサンプルを新たに作り上げた。

そんなどうにもならないほどの苦しみを経験するとやはり自分で最初からやったほうが簡単で今の広幅絣のプロジェクトは自分でやることにして、自分の環境の中でできる形での機材、技法などを独自に生み出した。とはいえ、2年前の雪の多い冬のこと、年末年始2週間で、反応染料による型紙捺染にほとんど寝ないで取り組んだ。これもまた十分な設備もなく、冬で染が乾かず、時間だけが過ぎてゆく、地獄ではあったが出来上がったものに感動をした。プロの出来栄えとはいえないものの量産の世界にはない味があった。

大きな洋型紙を彫るのも工夫をして、おじいさんの頃の2万枚ほどの型紙を広幅で蘇らせることが出来るようになり、海外の人々が驚きをもって観てくださる近江上布のアーカイブが、現実の絣生地となってしかも広幅で再現できるような技術基盤の目処が立った。昔の人が何人も何ヶ月もかけたことが、私一人の手で1週間から2週間ほどでできることになる。今の時代の布が過去の時代の布を超えることができないことが多いが、過去の布をも越えることができる要素を手に入れることが出来た。ゆっくりと働けるようになったら取り組めそうな楽しみの部分。

まあ、数年前の京都での正月3ヶ日の経験がなければ、今の広幅絣を自分でやろうともしなかっただろう。いろんな出会いがあって失敗があって新しいフェイズにたどり着くので、そういう経験がないと話をしても業界でも噛み合わないことも多い。広幅絣織物は、海外の展示会でも織物をいろいろみて歩いておられる方々にどうやってつくったのかと驚かれる。私はそういう驚かれるような違いの分かる方々に出会えることに驚くのである。
2018年10月01日
この1週間ほど、リネンデニムの調整。リネンデニムは、ほとんど業界でも見かけなかったものだが思い切ってトライしたのが2008年のこと。なぜ、リネンでのデニムが難しいと言われたのかということも良くわかった。織りだけでなく、染色にしても、その後の物性にしても、なかなか手ごわい。それでも、出来上がった布をジーンズにしてみるとすごくいい感じで、これはいけると手ごたえ。2010年には、インテキ上海と合同で行われた、国際テキスタイルコンテストで、林与のリネンデニムブラックが、国際応募の中では最高位の総合3位に入賞できたりしてデニムを手がけたことで、普段とは違う雰囲気も味わえた。

リネンデニムも、私が世代交代のときに立ち上げたプロジェクトの一つ。それが10年後の今も、林与の特色のひとつとして生きている。モノをつくるだけでなく、展示会や業界紙である繊研新聞などでも業界のニュースとして取り上げていただき、麻関連のファッションのトレンドを自分の生地づくりから作ってゆけるような感触。ほかに立ち上げたプロジェクトがやわらかリネンストールプロジェクト、リネンキッチンクロスプロジェクト、かばん生地、アイリッシュリネンプロジェクト、オーガニックリネンプロジェクトなど、世代交代の前にはやりたくてもできなかったことを、自分が社長になったのだからやって行くといことで、織りだけでなく、糸、染、加工、製品化も含めて。総合的に織物を考えて行くことになった。

先代は、問屋さん経由での販売に重点を置いたが、私自身は自分が自分で立つことの基本として、自分自身で生地を売るということにも力を入れて、海外の展示会などにも出展し海外のアパレルブランドの方々に自分が作ったものをみてもらうという形を目指した。清水の舞台から飛び降りる気持ちで、はじめて出展したジャパンクリエーションから10年。40歳のころというのは仕事面でも一番ピークのときで、やろうと思えばなんでもできた気がする。10年後の今、あのときの勢いがあるかというと、まだやりたいことは一杯あるのである。