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リネンや麻を織る日々をつづっています。

リネン日記

火災

2016年04月28日

昨晩出荷のときに、地元の縫製関係の社長さんと会って、ふだんお世話になっている加工工場さんが火災に見舞われたそうで、4月末までは納期の案件で忙しいといわれていたので、忙しいときに想定外のことが起こり気の毒なお話だなあと思う。

その社長さんとお話していても、縫製もとくに小ロットの案件をできるところが少なくなってしまっていて、いろいろな話が入ってくるけれども、キャパ自体が限られているのでできる量も限られている。林与も同じで、仕事はあってもそれをこなせる人手が足りない状況。

先進国だと、新興国よりも楽な仕事で食べていけるというのは妄想ではないのか。先進国のほうが仕事内容は新興国よりも高度でなければならないのにと思うが、先進国のほうが教育を受けているのだが、教育というものが仕事にとってはマイナスなことも多く、働く能力のある人をみつけることが難しかったりする。集団意識が強いとものづくりは強く、個人主義の人が集まってもものづくりは難しい。組み立てやセールスなんかは、独立採算性みたいなものが成り立つが、織物なんかでは、前後の影響を受けてのトラブルが多いので企業外も集団意識が働いていないとうまく回すことは難しいだろう。業界にも、明らかな失敗しても働いたのだからお金は必要というサラリーマンタイプの業者さんも多い。熟練の機屋さんにあまり仕事がないのも

教育というものは実践的でないとならないのかなあと思える。実際、学生よりも社会人のほうが能力が劣るということも多くあって、一番よい例が、小学生が始めてミシンを使うと1時間でクラス全員のカバンを綺麗に仕上げるけど、大人だとミシンと材料が目の前にあって、かばん作りましょうといっても私はミシンはできないで終わることが多いだろう。大人というのは子供以上に、好き嫌いが激しく自分勝手が許される。

昔、ある小学校での経験なのだが、女の子が準備をして準備をした途端、それを遊んでいた男の子が横取りする。その男の子の問題というよりも、日本社会の縮図だなあと思える。チャイムが鳴って、時間が来たのもわかっていたが、一番最後にその準備していた女の子が縫製の番になって、仕上がるように5分ほど付き合っていると、あとで校長室で、校長先生からは時間は守ってほしいと注意された。父母から子供たちがお腹がすいて苦情が来たらどうするのだと言われる。

人それぞれ、生き方や視点が違うので、謝罪をして反論はしなかったが、大人が子供未満の時代。私よりもその女の子のほうが気の毒で、このくらいは女の子でも我慢しているのだからこの学校では我慢なんだろう。校長先生に注意されても女の子のかばんが出来上がるほうが大事で、真面目にやっている女の子をチャイムが鳴ったからといって見捨てることはできない。小学校としては特別なケースなのかもしれないが、日本の行政にも、この校長先生みたいなタイプが多く、そういう人が窓口になっているとややこしい。


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