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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2021年05月16日
先代のころに綿の糸の仕入れ先の一つだった岐阜の糸商さんからはがきが届いて、昨今の事情でこの6月末で廃業するという連絡をいただいた。この10年くらいはお取引がなかったので、最後の詳しいお話を聞くこともできなかったけども、コロナで取引先が困難になられたとか、困難な状況が多く、糸商を続けていくことが難しくなられたのだろうと想像する。

普通だと、高齢であることや跡継ぎがないことが廃業の理由になったりもするが、細かい事情が掛かれずに仕方なく廃業ということで、このコロナ禍の繊維不況に起因する廃業に思う。

テキスタイルマルシェ企業さんの多くも、常に種を蒔いておられるような企業さんばかりなのに、今のコロナの影響で1年前は大丈夫でも、2年目の今は、今までにないほどの厳しいなあと思うような状況。仕事があるのが当り前だった繊維関連の企業さんにとってはまったく先行きが見えない致命的な状況だろうと思う。2か月後に迫ったオリンピックも中止の可能性も高く、やっても問題が山積みで、中止なら遅くなれば遅くなるほどダメージは大きくなる、早めの判断が求められたろうと思う。上層部は、コロナと戦って勝とうと考えているが、国民は犠牲を被るばかりで、負けを認めてコロナ対策するとかがよいんじゃないだろうか。

国民のことを考えない人たちが、国をボロボロにするならボロボロにしてもよいだろうけど、結果に対しての責任をとってほしいものだが、国会議員を辞職したとか笑える程度の責任感で、それは一般の人の普通の苦労もしらない程度の責任感。今の小中学生のほうが厳しいモラル。
2021年05月16日
今日は、テキスタイルマルシェチームのZOOMミーティング。久しぶりに顔をみれてよかったなあと思える方々。私自身は会議中もZOOMがなんで画面が切り替わったりするのかもよく分かってはいなかったりだが、スタッフは学生時代もZOOM授業で慣れているということで準備してもらった。

こういうのができんと今の時代にはついてゆけないということなんだろう。初めてZOOMを使ってみて、テキスタイルマルシェチームはみんな対応しているあたりが、今時のことも自己解決して対応できるので、前に進みやすいんだろうなあと。

皆さんの近況をお聞きしていると、繊維関連はやはりコロナの影響を大きく受けて不振状態。林与もアパレル衣料関連は店頭がやはり昨年の影響や今の緊急事態宣言の影響もあって動きはありえないほどに低調。衣料用の素材に特化してた昔なら、見本はつくるも本生産が数がつかないという流れで、見本でマイナス、本生産でもマイナスみたいな状況となってただろう。アパレルでは普通だった展示会ベース受注と呼ばれる概念が非常に難しいというか成り立たないのがこのコロナ禍での状況。

今、ワクチンなどの普及がコロナの拡大を抑えることが可能になりそうな状況ではあるけども、ワクチンを打てばマスクは不要とか、またCDCがやっちゃってるから、混乱は必至だろうなあと。CDCも一連のコロナ対応では、マスク不要論や害悪論やったりCDCの存在すらが多くの犠牲を生むことに。政治的になりすぎてしまっているのだろう。
2021年05月14日
5月に入った時には今月は誕生日の月だなあと思っていたが、あわただしく過ぎて、朝起きてメールやメッセンジャーでお誕生日おめでとう。今日は14日で、誕生日と思い出す。月日が早く過ぎすぎて50過ぎても中身はまだ学生時代で止まっているようなところがあって、今も若い人と一緒に仕事していても自分の中では学生時代の仲間意識のようなものがある。

私なんかよりも仕事をしようとする意識は高いような気がする、正しくしようとする意識も問題を乗り越えようとする意識も高いと思う。私も、若いころからそういうスタイルだったので多くのことを自分がやって乗り越えてきているので8割9割の大丈夫なところは無視して、1割2割の問題にみえるところだけを徹底的に考えるから、早く答えにたどり着けるんだろうと思う。

今日は縦繋ぎでタイイングマシーンでつなぐのが難しい問題でタイイングマシーンの刃が折れてしまったりや、シャトル織機のピッカーの水平の鉄の棒がかなり歪んでしまったりと、呼ばれていってみるとなんで?と思うことが多いが、そういうのは初めての人には起こりがちが現象で、それが起こる前の違和感に気が付いていなかったりしてそのままで起きてしまうとか。

仕事をしようとする姿勢には間違いがないのでそこが一番大事なところで、覚悟決めてわからないところがあったらわかるようにして意味が分かって作業を進めてゆくことが大事。作業を進めるときには違和感を感じることが大事で、そのためには、徹底的に作業手順の揺らぎをなくすことが大事。何十回やっても毎回同じ結果が出せるように作業を最適化することが大事で、何十年の職人でもそれができている人とできていない人とでは、作業の正確やスピードが大きく違って、作業してプラスの人と作業してもマイナスの人に分かれる。最適化された手順での作業は無駄がないし間違ったときには違和感を感じる、キーボードに例えるとブラインドタッチしてタッチミスしたときに、ミスしたことを感じるのと似ている。ミスしたときにはいつもと違う気持ち悪さ。

織機を動かしたときに違和感を感じるかどうかが大事で、織機が動いている音で違和感を感じることも多い。目ではタイミングを追うことができないが、音だとタイミングを追いやすい。音が悪いからといって、機械が壊れているというよりも、ピッカーの棒が汚れて摩擦が大きくなって戻りにくくなって、シャトルをきれいに叩けずシャトルのスピードが落ちて挟むとか。完全に壊れているとかじゃないので、そういうメンテに近いような問題を大きな問題が起こる前に防げるか。
2021年05月13日
物事というのはタイミングが本当に大事で、思い切って大人買いするようなことも大事だったり、勢いのあるときにほど奢っていないでその金銭的な余力で種を蒔いておくことが大事で、勢いのなくなった時にはその時間的な余力で種を蒔いておくことが大事だなあと思う。

良くないパターンが本業で儲かってそれを金満なものに垂れ流してしまう駄目な成金パターンで、経営者としては典型的なカモパターン。そして仕事がなくなって厳しく緊張しないといけないのに、もう本業も以前の厳しさに戻れなくて、良い時代の昔話ばっかりで、仕事に対する本質がない。

地道な仕事をやってない人というのは、いつまでも地に足がついてない、今は、70,80の人がふらふらしてて、最後まで地道なことから逃げるような話。次の世代をどう食いつぶして生きてゆくかみたいな、これから生まれてくる子供たちにどう自分たちの将来の面倒をみさせるのかばかり考えている今の日本。

考えているレベルはウイグルの人口抑制の問題と同じやで、生まれながらに公務員や、今の世代や引退世代の奴隷では次の世代は気の毒。



2021年05月12日
インターンの女の子が、手織りの研修を終えて楽しかったといっていた。手織りだと失敗したと思ったら戻ってやり直せるのが安心だと。一方で、林与の仕事は一回勝負のことが多いのでプレッシャーがあると。

今日も、スタッフがまだまだ慣れない整経作業で本生産の整経。部分整経でひとバンドごとに整経順番にやってゆくのだが、その次のバンドを始めるときの目合わせがまだまだ慣れていないのでうまく行きにくい。

私も最初の時に目合わせが広く間が開いたり重なってしまったり、機械的に送りを送る方法をやりたくって仕方なかったが、機械的に送りをつける方法のほうも案外広く間が開いたり重なったりするので、自分の目を信じての目合わせの方法でやっている。

整経作業というのは目合わせの失敗で、隙間ができたり重なったりして、巻き取りに苦戦するようなら織るものもうまく織れなくなってしまうので、人間の作業の精度が高さが大事で、整経を失敗すると交通事故の物損事故くらいのダメージで何十万円から100万円とかの失敗につながる。

整経を外に出している企業が、整経をしてもらえるところがなくなってきてといわれるのもそれも分かる気がする。たぶん、普通の織物作業の感覚だと10回に3回は失敗に終わるだろう。サンプルなどの時は、糸を割ったり残った糸を片付けるで、織物を織る以上に整経作業のほうが手間と費用が掛かる。

先染めの色柄は簡単にシュミレーションできても、実際の織物が同じように簡単には作れないのはそのあたり。また、整経の一回の失敗で全部の作業がパアになるも普通。昔と違って今は一回の材料を正しく準備して一回で上手に使えないと、失敗したから他の仕事で挽回するというのも難しい。一回勝負で何でも正しくこなしていく力がないと食べていくんが難しい繊維の現場。同じ繊維業界でも日本の繊維業界の現場は昔と今ではまったく違う業界になってしまっている。
2021年05月12日
昨日は、インターン生が1本の整経が終わって、巻き取りを私が行う。整経の荒巻作業を確実に教えてから、次の難関の巻き取り作業。麻糸というのは切れるので巻き取り作業が難しい。巻き取り巾に合わせてのフリンジの調整などミリ単位の調整が必要で、そのあたりが経験と勘で、微調整もひつようだったり、巻き取り作業の中で、補正が必要だったり。それを教えるのは教えるが、聞いても意味がわからないだろう。

最初に聞いても意味の分かっていないことというのは、次に聞いても意味が分かっていないままということが多く、聞いた本人が分かろうとする様な努力がないと、いつまでも分からないままだろうと思う。それが結局出来ないままにつながる。

スタッフは今日はキッチンクロスの縫製と加工。ミシンのアタッチメントを使った縫製を経験。アイデアはいろいろと広がっていても現実的な一つ一つに甘さがあるように思うので、そういうところを実際の作業をこなしていくことで、自分の手の世界が売れるレベル品質に近づく。
2021年05月10日
今日も母親にいうのが、私が2歳3歳のときにちゃんとしないさといって今も少しの仕事も面倒で嫌な親の世代。田舎社会だと自分の子供が自分のもの感覚で自分たちの面倒を見させる役。自分の子供だけでなくほかの家の子供が自分の面倒をみるとおもってたりが普通の感覚で、逆にその辺りはわきまえるべきなのになあと思うことも多い。

戦争なんかも田舎ほど、地域の子供を自分たち可愛さに差し出した親が多いのも田舎のどうしようもない人たちで、人間味が足りないというか自分可愛さが立ちすぎて、自分の子供を犠牲に差し出して生きるどころか、ほかの家の子供までもが自分の道具。

それが地域社会的な和の精神。90や80の人がほかの社会から見ればどうしようもない腐ったような奢った感覚で自分が地道にものごとするじゃなく、ほかのものにやらせるというのがよいことのように、子供未満だったり。

私が20代の時にマルチは駄目だよと教えてあげたひとでも60過ぎてまだ人としては周りを考えていて、その上の世代で学校の先生もやっていたような人が世間知らずでほかの人を利用して自分ために子供たちが自分の考えた通りに動くとの想定で、それ以外だとその子供や親を批判する。

学校の先生でもない一般が引いてしまうような世の中。普通に仕事持った人が無理してそれを支えているのに、そういう人の代わりにはならずに、新しいことを立ち上げてほかの人を指揮しようとする。自由な時間があってうらやましいなあと思う。

ほかの人は自分よりも下で自分のために動くという感覚の公務員や先生たち、きれいすぎて恵まれすぎて浅すぎるような人生で、自分がほかの人のために働くとか底辺を経験するとかの覚悟すらもなく、上から目線。

母親にしても、自分自身が働く覚悟もなく、自分たちは大変だから子供を4人産んだとか、アホなこと一生言ってないで自分ら1日でも働けばよいのにと思うが、やらないひとというのはどうしようもない。

30代の時に、3日寝ないで立ち仕事で、4日目の朝7時に交代で昼12時まで寝るを1か月やったこともあるが、朝10時になると母親が、あんたいつまで寝てるのおじさん来ているわよ、の世界。家の中でも理解しあえない世界があってどこまで吸収しようとしても追い込んでくる。あんたちゃんとしなさいの人たち。
2021年05月09日
権力主義というものに近い世界に支配欲がある。同じ会社同士なのに大きいところはなぜか繊維関係もマイルールばっかりが多い。しかも、日本の時給の一番高いといわれる商社関連のMなんとかリンクさんも支払いが納品仕切り後の6か月後とかで、あなたの会社は非人道的なことはやってませんかみたいな誓約書を求めてくる。

CSRってそんなもので、一番間に入ってMぬいているだけのものが、偉そうに仕切って、繊維業界の地獄を作り出している。その勝者さんも間に入れたくないけど、ブランドさんから頼まれてその商社をいれてほしいということ、直接の仕切りのほうがなしな世界が、繊維業界にもあって、商社がなんで仕切るのかと思う商社がつぶれれば被るのは機屋で、商社こそがちゃんと支払うかどうかの信用を機屋が審査するのが商売の常識の話。

ちゃんと日本の時給が一番の商社がエシカルなことできていますかという話で、見た目のよい給料が末端が犠牲になって吸い上げているだけのこと。そんな商社には入ってもらわずに直接に決済もしたいなあと思うのは当たり前。個が責任を持ちたくなくなると自分の責任を保険でカバーしたくなってくる。そういう保険掛けている人とは本気の仕事はしたくない。

あるオーガニックやってる商社の代表の方と話をしたときに、商社がリスクを被るのが当たり前でそれが商社の仕事という話。まともな商社感覚の人だなあと思ったが、本と珍しい話で、損も普通に自分が被るのが商社の仕事でなければ、商社の意味もあるまいし、P仕切って偉そうにする意味もあるまい。そうでなければ存在が邪魔で私が個人の信用と信用で商売を進めたほうが本当の商売。

商売するなら自分の財産くらい常にかけて商売していないと無理な話で、自分が商売で儲けたいのにほかの人の経験や財産によがっての商売ならかかわってもらわなくてもよいし、あなたは私が阿那賀に対して何ができるのかを求め約束させるけど、そういうあなたが何の約束の覚悟もなく、私に近づいてくるのが今のウイグルの問題そのもので、日本国内がウイグル化してしまって、海外に逃げているから、本気で大手の人たちも自分がウイグルの人の覚悟以上に日本の繊維考えてやりませんかの話。
2021年05月08日
この1週間はかなり内容の濃い一週間だった。終わってみると2日前のことが遠い昔のように思えて、一つ大きな山を越えることができたので、まだまだ、やらないといけない案件は多いが、気持ち的にはよい感じで次の仕事に取り掛かれる。

今日は、新たな整経を二つ建てて、私は工場と倉庫で反物を探す。それと並行して、生地に洗いを掛けたり。

糸の大きめの箱を運ぶときにドアの門に指を当ててしまって、ひとさし指の甲の皮が1cm角ほど薄く捲れて、水で洗い流して消毒してマスキングテープで応急処置。何事もなかったかのように、痛みも引いて良かった。

長い一週間が終わって、スタッフもお疲れ様でした。


2021年05月07日
スタッフにとっては、林与の仕事は、学生のときとは、まったく違う動きだったろうと思う。実際の仕事を受けてこなすということは、なかなか長年の経験者でも難しい仕事で、地道な作業の積み重ね、いわば、自分の時間と苦労が布に置き換わるような作業。

仕事を始めて1か月でシャトル織機でかなり高度な高密度の織物や、本麻の黒など、私でも気合の必要なくらいの織物を経験してもらう。もちろん、失敗が起こるのはわかってそれを乗り越えてもらうのも大事なことの一つで、今まではっきりとわからなかったことなどが一つ一つわかり始めてきただろうと思う。とにかく、負荷の高い一週間を全力で動いてくれてご苦労様でした。

インターン生は麻組合で手整経を学んでよい経験になったようである。織物工場での本生産の仕事とは違うような、手織りの世界を知って、将来、そういう方向に進むことを考えたり、そういう素材を使ってみることや扱ってみることを考えたり、広い視野を持つことは大事だろうと思う。

私がよくいうのに、手織りで食べていくことはなかなかむつかしい世界なので、織物工場で働いて、余力で手織をするみたいなのが現実的ではないのかと思ったりを話したりする。逆もまた真で、織物工場で働いている従業員というのは仕事として織物をやっているだけで、自分で織物を手織しようとしたりはしないもので、そのあたりが趣味の手織の人よりモーティベーションの面で弱く、作業に発展性や総合性がないところだろうと思う。

麻に関する知識にしても、本職の人間よりも趣味のお客様のほうが知識が豊富だったりして、本職ならお客様や専門家以上に広く深く、自分の経験に基づいた知識を持っておくのが理想だろうとは思う。
2021年05月06日
今日は奈良の倉庫に納品、倉庫から近かったので。そのあと店頭を訪れる。弊社の生地を使った商品も発見してお店の店員さんともお話しして奈良観光はせずに途中京都の将軍塚から京都市の景色を観てから滋賀に戻る。

スタッフの女の子はこの1週間、本生産に付き合ってくれてお疲れ、私以上に織機とも付き合ってくれたと思う。林与で仕事を始めて1か月で最初の仕事をしっかりとこなしてくれたが、大変だったろうと思うが、最初から一人前の仕事。織るだけでなく、検反、修理、出荷などもこなしてくれて、普通の経験者以上の結果を出す。

インターン生は今日から、麻組合さんで手織体験。林与では、シャトル織機で職人さんでも真っ青クラスの強烈な糸切れなどを経験しているので手織りは楽しく学べるだろう。
2021年05月03日
今問題になっているオーガニック認証の国際基準というものそのものが、実質的には各国のオーガニック基準が基準で、各国のオーガニック基準に包まれオブラートになってて、グローバルオーガニックテキスタイルとしての基準は存在していないという実情がある。緩い国のオーガニックほど世界中に出回りやすく、厳しい国のオーガニックほど世界中に出回りにくい。

第三者的な認証機関の実行部隊が株式会社で監査する時には、その国の基準に縛られてしまう実情がある。認証機関の実行部隊はオーガニックうんぬんじゃなくって規定通りの検査や査察するだけで、実際はどうなのかの責任は負わない組織。それ自体の考え方がオーガニックの概念から反するような部分もある。2008年から2010年くらいをピークにして、2011年にインドのオーガニックコットンの生産量が半減したのも、認証機関がザルな認証をしてて、それが厳格化されたためである。

たとえば、エシカルなことは本当に面倒だとかいう人が、そういう組織の検査員だったいして、やめたいんだけどやめさせてもらえないという程度で多くの問題から逃げているのが、営利主義に便乗のオーガニック、日本の厳しい繊維基準は国際スタンダード以上で、国際基準が逆に低いレベル。ヨーロッパでは、100%でなくても、95%以上だと100%を謳えるようなルールがあって、それが厳格化され始めたけども、今また、95%以上だと100%を謳えるような動きが出始め、オーガニックにもそれが波及し始めている。エシカルナことを面倒だと思っている程度の検査員だと、ウィーグルの問題も面倒で組織自体もウィーグル問題にはだんまりだろう。

大丈夫大丈夫で認証してしまったものが増えて、大量にでまわって本当か嘘か分からなくなって、半減の話。認証機関がちゃんと仕事する覚悟もなく金儲け主義手ペナルティを受けるような現実がオーガニックにはあったりして、認証逃れみたいなことの発端が認証機関自体にあったりして、そういうところは繊維業界のプロが厳しくしてきしていかないと、エシカルどころか認証機関の営利目的の偽装で消費者騙しにつながるだけのこと。

日本の大手SPAも日本のエシカルなことが面倒な権威主義だけのおっさんとつながってるのがみえて、日本の大手SPAのエシカルナプロジェクトがラベル依存で第三者機関の認証をうけているで逃れては駄目で、国際的な認証機関が普通に責任逃れが普通だという現実も分からないと駄目だと思う。日本の大手SPAが国際的な認証機関の認証を得ているからというレベルでは、その認証を与えている人がべつにどうでも良い人だったら、日本の大手SPAの商品が2010年あたりの二の舞そのもの。

それがオーガニックはラベルじゃない話で、ラベル付けて安く大量にうって流すのがオーガニックじゃない話。裏側をしっている林与からすれば、日本の繊維の厳しい基準以下の商業オーガニックがはびこって、日本の地道に正直に作業しているものが食べていけないのを作るのが、日本の厳しい繊維基準では日本で食べていけない人たちは増える。

産地偽装、オーガニック偽装、それが企業がやってるだけで認証を与えて食っている人間が逃げては駄目で、日本の繊維業界で消費者に対する偽装を許容することで食べていくような人たちの末路だったいもする。自称オーガニックの権威が一番駄目な自分が働く覚悟もない爺さんで、本当か嘘なのかも分からないような、くすぶりな爺さんが日本の繊維業界の厳しさも知らずに食いつぶす。

エアコンの効いた部屋で末端のオーガニックを支える人間を下にみる爺さんごめんね、それが一番オーガニックでは腐った日本のオーガニックの従来正直に日本の繊維業界を支えて働いてきた人を欺くような世界で、日本の繊維業界が衰退する原因にもなって、なぜそれが、サステイナビリティなのかも意味不明。安く大量に売って何百億も設けるのを自慢の大手SPAのサステイナビリティ、すべての地道な活動をアンサステイナブルにしてしまいオブラートに包み、権威主義の働くことが面倒な人の面倒をみるのが面倒なだらしない認証機関の爺さんレベルの日本のサステイナブル。

エシカルを食いつぶすなら日本的の厳しい繊維基準すらも理解していないなら、国際基準なんて薄すぎて偽装だからやめたほうがよいよ。プラスチックなものまぜたオーガニックの世界を広げようとしている連中だったりする。従来のコットン100%のほうがまともで、遺伝子組み換えよりもアカンようなオーガニックの概念だと思うよ。
2021年04月29日
一昨日、昨日と1時間程づつシャトル織機を練習したインターン生が、今日はキッチンクロスの経糸の縦繋ぎも終わり、午後からシャトル織機の本生産の台を動かす。

無謀といえば無謀だけど、本麻の100番手の黒の台。本麻は切れ易く、しかも細番手の黒なので糸が見えない。何十年の経験の職人でも勘を養っていなければ織るのは難しいし、正しく織れる人は少ない織物。何が目的なのかというと、経糸切れの処理の練習をひたすらするのには良い。織物の仕事が何なのかが分かる。

仕事なんてやっているうちに見えてくるものがあって、やらない人にはみえてこないものがある。私自身はそういうあたりが布の価値を生む上でも大事で、よく、特別の布がほしいとか、手間の掛かる世界のモノづくりとかいうけども、普通の糸の切れない織物からすると何十倍は難しい織物。麻織物の中でも、リネンの40番手のオフ白クラスと比べると5倍、10倍難しく、織るのにも時間が掛かると思う。

3か月ほどのインターンの間に、このクラスの織物が普通に織れるようになれれば、一般的な仕事の質としては何十年の職人さんクラスでも難しい織物と分類され努力も伴うので、繊維関係の他の道に進んだとしてもこなしていけることは多いだろう。何十年の経験者が無意識にできることを20代の若い人がすぐに習得してできるくらいでないと、今の時代の繊維の仕事というのはなかなか難しいことだろうなあと思う。

何百本と糸が切れても、淡々とあきらめずにすごい速さで直そうとする行動力みたいなものがあれば、私にはそれがあったりするので、他の人にもそれがあればこの繊維不況の中でもできる仕事というものはいくらでもあったりするので、そういう実際の目の前のことに対して答えを出してゆける行動力を持つことが大事なんだろうと思う。
2021年04月28日
昨日まで原因不明のキズで苦戦していたスタッフが今日は一人でキズを作ることなく織れるように、しかも、今日2か所できた傷に関しても原因を私に説明してくれる。もう一台の本麻も、今までは縦切れで織機にべったりと張り付いて直していることが多かったけど、横糸を交換するだけで織れるような感じで、傷も少なく1日に織れる長さも長くなってきた。

並行して、今、加工のことにも取り組んでいて、新しいスタッフも一生懸命に作業。そして、インターン生は、今日は本格的な経糸つなぎ、そして、最後の1時間は、シャトル織機を練習。インターン生も本格的な仕事モードに近づいて、5月にはシャトル織機を自分一人で動かすようになっているだろう。

若い人の成長のスピードは速く、仕事を経験したもの勝ちのようなところがある。素直な気持ちで仕事に取り組める若い時にいっぱい経験を積んで自分が何でもする姿勢を身に着けてそういう姿勢が途中で止まらなければ、人生で自分ができることも人一倍になるだろう。

他の人がいなくても自分が仕事をできて、他の人にも上手なやり方を教えることができて、やればできるという自信とあとは自分がやるだけという覚悟。毎日、1時間程度は座学で仕事ができる人の考え方とかの話。目の前の仕事や作業をせずに、私の考え方を語ることで、自分たちの考え方との相違や違いがあることを知って考える機会になるだろう。働く側の立場の視点だけでなく、自分たちを雇う会社側の視点も、考えられるかどうかで、自分自身が仕事して自分に与える評価も変わってくるだろう。

しょうもないことをべらべら語って仕事していないように見える私が苦も無く実際の作業を器用にできるのをみてもらうと、最初ある力の差も分かり、そのひとつひとつの作業にある力の差を数日経験すれば若くても当たり前にこなして行ける分かるだろう。自分には無理だと思っていたことが数日で出来るようになり、超えられないと思った壁が数日で超えられるようになっていく。

若い人たちだから教えやすく、違うところは違うと指摘して自分が苦手な方法でも最終的に作業を速く確実にできるようになってもらう。習得すればそれが一番簡単な方法だと分かるだろう、私の作業の方法はそういうのの集大成みたいなもので、素直な気持ちがあれば同じようにできるようになる。

仕事なんて強制するものじゃないし、仕事する本人の素直に経験することと覚えたことを実践していく本人の覚悟が大事。繊維のような地道な仕事に向く人と向かない人があって、それは人生観の違いみたいな部分も大きい。
2021年04月27日
シャトル織機を織始めているスタッフが、織ることに自信をなくしている感じ。私が織ると問題なく織れるのにスタッフが織ると2メートル織らないくらいに一度目飛びのキズになる。私の織り方と新しいスタッフの織り方では同じように見えて何かが違い、私が確認しても違いが分からない。

一生懸命にシャトル織機を織ろうとしているのに、なぜキズが出るのか分からないから織ることに自信がなくなる。何十メートルかは余裕をもって整経をしているので、問題なく織れるように最初の今の段階で正しく織れるを経験させてあげたい。本生産をストップして、じっくりと何が問題なのかの検証。

なんとなく見えてきた問題の原因と、私と新しいスタッフの織り方の違い。今まで織った20mほどは、没にしてその生地を自分で使って何かつくればよいだろう。大事なのは、自信を持って織れるようになること。私の場合、時間がないので、織るときには直線的な作業で、縦切れ横切れなどを直すのは、普通の何十年の職人さんの3倍くらのスピードでは作業する。その結果、普通の職人の何倍もの経験を短時間で積む。新人の子とはたぶん10倍以上のスピードの差があるだろう。

そういう初心者と私のスピードの差を埋めるためにも、当たり前に正しく織れるというところにたどり着くことが大事で、私の言ったことを守って作業してくれているので、私自身もアドバイスしやすく、コツさえつかめば私と同じように織れるだろう。

とりあえず、今日は、何メートルかキズをつくらずに織れたので、明日もその調子で問題なければ、たぶん、正しいおり方にたどり着いた。普通の織物ならキズにならないのだけども、すべてのソウコウが毎回動かない綾織物。シャトルが移動するときに十分な初速がついていないと移動中の糸をすくってしまうからだろうと思う。それが起きないようなおり方に誘導できたかどうか。
2021年04月26日
仕事を初めて数週間のスタッフとインターン生、私が今考えていることはものをつくることじゃなくて、ものを作れるような人を育てること。ひと世代前の人たちもものをつくることはできたけども、本質には迫れなかったあたりがあって、本来の日本のものづくりの考え方みたいなものを養いたいなあと思っている。

私も日本全国で素材を別としても織物関係で接する方々というのは、その業界をつくっておられる方がほとんどで、私自身がそういうのを超えたヤバさがあって、そういうのを仕事始めて数週間の若い人たちに仕事って、本気でやってる人たちはそんなもんだよという正直だけども厳しさみたいなものも伝える。

私自身は、仕事を始めたその日から伝統工芸士や何十年の経験者の面倒をみる立場。日本の麻業界ではピンのものづくりの親方とされた先代でも自分の親なので親が傾いてしまっているときにその面倒をみる立場で、それは自分の親の親が苦労して田舎の人々を食べさせていくような精神で、そのさらに親のヨジヨモン爺さんにつながる精神。

ありがたいことにまだまだ粗削りすぎるけどもこの2週間3週間で、最初来た時よりも普通のサラリーマン職人の何年もの覚悟を持つように、それは日本の伝統工芸が業務的な損得に落ちて、他の業界の普通のサラリーマンの覚悟もなく、生き延びるみたいなのに繋がって、業界の先生たちが外の趣味の素人n人たちにも働くという自分の時間をどう使うかで楽して食べて意向だと通用もせずに終わってしまう様な世界を残念に思う。
2021年04月24日
今日はインターン生は、初めて経糸をつなぐ縦繋ぎの結び方の練習。縦繋ぎは何千本の糸を手で繋ぐ作業なのでスピードが命なのだが、その指の動きというのは習得しにくくて、苦戦する人も多い。

インターン生も最初は少し要領を得ないようで、ゆっくりと順番に糸と指の動きを説明してもなかなか同じようにはできない。私が教えているとプレッシャーがあるかもしれないので、スタッフが教える形に交代してスタッフの提案で糸も太い色糸に替えて、再度じっくりと取り組んでもらう。

現場に何十分かして、「できたか~?」と戻ると、ちょうどその時に初めてうまくゆるみのない状態で縦繋ぎが結べたタイミングで、「できた!」とできた本人自身が一番大喜びの時。よかった、よかった。

一度できてしまうと、もう次からは簡単で、あとは回数を練習して早くなることが大事。縦繋ぎは前かがみになっての作業なので、初めて1日掛けて数千本つないだ後は腰痛を経験する人も多い。何回か作業すると慣れて腰も痛くはなくなるのだけども、縦繋ぎにしても頭で理解するのと実際にやってみるのとでは違うし、実践的にやれるようになるという意味はまた別である。

最初から縦繋ぎが早い人が、縦繋ぎの仕事ができるのかというとそれもまた別の話で、覚悟がないと投げ出してしまう。地道に仕事だと割り切って坦々とこなして行ける人が残れる世界。1日8時間とか10時間、縦繋ぎを坦々とこなす仕事というのを経験してもらうことは仕事って何だろうかと考えることにもつながる。
2021年04月22日
2週間のスタッフが初めてタイイングマシーンで糸をつなぐに挑戦といっても、今日は、タイイングマシーンで糸をつなぐ準備を説明しながら、ある程度つなげるところまでいったら、交代の形で。麻糸はタイイングマシーンで繋ぐときに切れてしまいがちで、切れた時の判断を間違うと、繋ぎ間違えが多発することに。

なぜか、私は仕事の手順を教えてできる感じになったときに消えることが多い。私が横にいるとやっている本人がやらねば前に進まないという意識が減るだろうし、自分自身で分からないときにも聞くのじゃなくて考えてみることも必要だろうと思うから、自分で一回やってみて、分からないことがあれば、迷ってみればよいし、考えてみればよい。そういう中でコツもつかめてくる。

実際に、本生産をしている織物を初めての人たちに目を離して任せるということは勇気のいることだけども、いつかは私がいなくても自分で自信をもってやっていける力をつけないといけないし、新しいことをやっていくときには、教えてもらうじゃなくって自分自身が自分で生み出していくような要素が必要で、他の人がやっていることくらいは教えてもらうでなく、一緒に仕事して初めの一回で習得して次からは自分がやっていくみたいな人が次の主役候補。

教える側も多少の失敗なら自分が被って直して乗り越えて行ける力がないと難しいだろう。私自身、教えてもらって仕事をしたという経験よりも、実際に一緒に仕事を初めてやってそのときに次からは自分がやるみたいな感じ。一緒にやっているときも、経験者の人が苦戦しているのをみると、こうしたほうが良いのになあとおもうことも多いし、自分がやるときには、従来のやり方もできるだろうけど、より早く正確にできる方法でやって、より高度なものが作れるようになる。

ひと世代前の職人さんたちが超えられない壁を越えてゆかないといけないのが次の世代であって、通用しなくなった旧来の繊維の考え方にも理解を示しながら、それを被りながらも新しい物事を成り立たせてゆく。
2021年04月21日
今日は整経の一日、糸をカウントして割ったものの最後足りなくなってしまった。整経というのは、巻いていくほど荒巻ドラムの1周が長くなるので、糸のカウントを大きくしておかないといけないのだけども、今回は余裕を見ていても最後ほとんどの糸が10mから25mほど足りない大ピンチ。

糸をぎりぎり使いすぎないように余裕をみておいたので、その糸を急遽足りない分だけ割りなおして交換しながら最後にようやくゴールしたかと思いきや5mほどまだ足りない話で、最終バンド以外の他のバンドを2回分減らして対応。思った以上に糸を食ってしまう。でもその分、長くは巻けているはずなので、最後はそれなりになんとかなった形。

整経というのは、織るということよりも大きな全損的な失敗につながることが多いので、先を結果がどうなるかを読んで作業を進めないといけないことが多い。糸のロット管理なども大事な要素で、残った糸をもとの箱に戻したり有効に活用できるかできないかも作業する人の能力で結果が変わってくる。

手織りの時代には糸を粗末にすることはなかったが、大量生産の時代になって残った原材料や製品というのはのゴミのような感覚が蔓延して、お金だけを残そうとする企業モデルがはびこったことが、日本のものづくりが弱くなった一つの要素。欧米型の大量生産型のものづくりに移行して、日本の特色であるもったいないとかの感覚が消えてしまって、残ったら捨てるが当たり前になった。そういう感覚だと材料にもお金を使いたくなくなるし、つくるのにもお金を使いたくなくなる。それでいて、価値のあるものを生み出そうというのは矛盾ばかりではないのかと思う。

林与が、ものづくり企業らしい要素は、糸商さんや生地商さん以上に、糸在庫や生地在庫などを持っている部分で、それを自分がどう料理してゆくかがものづくり企業の力なんではないかと思う。残ったから使えないから捨てるようではものづくりの力が足りないような気がして。作る側が作られたまだ使えるものを気軽に捨てるようになっては、地球環境にとっても悪い話につながる。

2周分ほどいた数百グラムの糸でも数千円の価値の糸、なにかにつかえないかとビニール袋にしまって活用を考える。林与の倉庫に眠る1トンを超える戦前に績まれた手績みの糸や数トンのアイリッシュリネン糸。糸がというよりも原材料からして今ではもう手に入らなくなった別格の良質の糸。世間からすれば無価値に思えるかもしれないけども、そういうのを残しておいていつか使いたいと思う私にとっては大事な糸。希少な糸だけでなく、自分が良い糸と思って買った糸や良い布とおもう布の価値は私にとってはいつまでも普遍で、残っているからといって処分するようなものではない。今後はつくることはさらに難しくなる。

数年前にできたことが数年後にはできなくなるというのが今の日本の繊維業界で、海外もそうなのだが、子供たちが働いて大人が働かないような次世代依存型の階級社会が世界中に広がって、昔はできたことも今の人たちは禁じられてしかも、そのひと世代前の問題や社会問題の解決を強いられる。あとになったらというかそのときでも次の世代からすればうすっぺらい感覚の駄目なことするのを正しいと強いられてその片づけを次の世代が背負う。次の世代に背負わせるような感覚ばかりで生きてると次の世代が苦労する話。それが本当に今の日本の社会の問題だと私は思う。

私が仕事を初めて1年2年で、何十年の経験のある方が自分の面倒をみてもらわないと困るという話。次の仕事を始めたばかりの世代が何十年の経験者の生活やその家族の面倒をみるのも普通に受け入れ読みたいなだらしない感覚が蔓延していて、そのあたりから考えてゆかないといけない話。何十年の経験があってもその人たちというのは仕事し始めたときから面倒をみてもらう経験の積み重ね、それが長続きすることもない話で前の世代が解決しようとしない問題は、次の世代が取り返しのつかないほどの重荷を背負って解決してゆかないといけない話。

でもそれは、昔良かった日本の繊維業界ではよく聞く話で、日本社会の問題の縮図そのものだろうと思う。自分が他の人の面倒をみる経験がない人というのは、そういう仕事経験やそういう人生経験が長いほど人というのは変われないもので、そのあたりが働いて食べて行ける人と食べてゆけないひとの差につながる。それでも人の心を信じて支えて助けて見せようとするが、自分自身が自分の人生を捨てて寝ないで働いていてもそういうのにマウントしてくる経験者も多く、成り上がってしまって、まともに働く気持ちや、まともな仕事の感覚のなくなった経験者というのは手が付けられないものだなあと思う。
2021年04月20日
インターン生が免許はもっているけども教習所以外での車の運転が初めてで、住んでいるところから会社まで5分の距離を通うのも車が便利だし、夜道だと自転車よりも安全に思う。最初の一週間は車の運転を教えることも社会経験の一つで、会社の軽自動車を運転できるように練習。

1週間で自分で運転ができるようになって、駐車場のバックパーキングもできるようになったようで一安心。自動車が運転できると自由に動ける範囲が広がって、自分が運転して他の人を乗せる立場になれば、頼めば他の人が送り迎えしてくれる立場とは違う感覚も芽生えてくるだろう。

田舎というのは自動車がなければ行動範囲が狭くなりすぎて、社会生活も難しいことが多い。若いうちに自動車の運転だけでなく、自動車のトラブルなんかも乗り越えていくのも社会勉強の一つだろう。

私もアメリカに行ったときにホストファザーが、自動車を買うのを手伝ってくれたり、問題があるときに面倒をみてくれた、そして、自分自身が車のいろんな問題を乗り越えることができるようになり、今の織物の仕事にも役立っている。たとえば、自動車のタイヤ交換くらいが自分でできないと織機の面倒をみることはなかなか難しいんじゃないだろうかと思える。

インターン生から、自転車の傘立てが壊れた報告をもらったときも、私が直すのではなく、自分で直してみるように誘導、100円ショップに行って自転車用の傘立てを買って、自分で取り付けてみる経験。自転車のライトもくらいということで、100円ショップの自転車用のライトと電池を買って、取り付けてみてもらう。自分自身で取り付けてみるというところが大事で、できたことによって自信がついてくる。

多少の失敗は人生経験で、失敗して分かることもあって、失敗するのを当たり前に自分自身で乗り越えられるような経験をつけて、その次には他の人に対して教えるとか他のできない人の面倒をみられるようなくらいになると自分のことだけでなく世の中全体も見えてきて一人前。若い人たちは健全な精神を持っていて社会貢献したいと考えている人も多いけども、頭の中だけでなく、自分でものごとをする経験を積んで地力みたいなものをもって行動に移して行くことが大事だろうと思う。

お金を払って他の人にやってもらって解決という方法もあるだろうけども、自分の中に力をつけるためには、自分自身ができるかぎりの工夫をして自分でやってみて解決するという方法。ものづくりをしていく人だとそういうのが大事じゃないのかと思う。

今日は一日、会社外での社会経験。新しい人との接点も生まれて、他の人がしている仕事なんかもみえて、それを自分がやってみるということが大事。仕事というのは業種が違えど共通する要素があって、できる人の仕事というのはできない人の面倒をみたり、一緒に働く他の人の問題を解決するのが、できる人の仕事になってくる。
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