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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2010年01月13日
今日は、ネット関連の会社に問い合わせを行ったり、大学の先生への相談の依頼、統計調査の件で東京に電話したり、商標登録の件、秋冬物の件、今の生産中の仕事の件、助成事業関連の予算修正の件、加工から反物が上がって件、出荷、台湾の友達が日本に出張で来る件、アパレル関連のBtoBサイト登録の件、など連絡などやるべきことがたくさんありました。

そのほか、JCの説明会の案内もいただきました。インターテキスタイル北京の振込み依頼もFAXで届いていたので、中国への振込みも週明けにはしないといけません。今日、染め上がってくる予定の糸が2日ほど遅れるとのことで、後の納期のほうが相当厳しくなりそうです。来週もかなり時間が詰まっているので、どうしたら良いものかと考えている次第です。

今日は、夜、非常に冷え込んでいます。近江湖東地域は、クリスマスに1回、年明けに1回、2月の頭ころに1回、合計3回雪が降るというのが私のイメージでが、今年の冬は今までの冬の中で一番雪は少ないですが、これから、その分たくさん降るのかもしれません。

20年ほど昔、今の工場を立て替える前までは、瓦屋根の工場でした。子供のころ、その工場のトユには、冬になると、直径20cmくらい、長さ1mくらいのツララがずらっとならんで、そのツララを壊れないように取るのが楽しみだったのを思い出します。冬らしい日記を書いたので昔のことを思い出しました。
2010年01月12日
今日は、彦根の高校にお邪魔しました。3月に行われます彦根の鉄砲サミットのキャラクターを作るために、ひこねの組合が今までに着ぐるみをつくったノウハウを高校の先生に伝えることで、高校でのゆるキャラ着ぐるみ製作に一役立とうというのが目的です。私のほうは組合の別の用事で高校のほうに同行いたしました。

稲枝の商工会から持ち出した「ひこチュー」を、校長室で、今日はじっくりと眺めることができまして、本当に手間隙掛けて作ってあることに感心しました。想像以上に軽く丈夫にできています。こういう技術を服飾に応用できないものかと思いました。

着ぐるみを着ることで人気者になれるというのもひとつのファッションかもしれません。昔、アメリカのハロウィーンパーティで、本物のパンプキンを切り抜いて被って、パンプキンマンになり、仮想コンテストNO1になったことがあります。ハロウィーンパーティというのは、コスプレパーティなので、自分以外に変装することを楽しむところが大人っぽくなくっていいですよね。

今日は、大学にもお邪魔させていただこうと計画していたのですが、時間があまりなく、大学は今度お邪魔いたします。仕事以外で、地元の活性化のために動くことが多いですが、なにか地域のお役に立てればと思います。そんな活動のなかで、いろいろな方との出会いがあって、ヒントをいただいてものづくりが進んでいきます。
2010年01月11日
今日は祭日で会社のほうは休みでしたが、加工工場は祝日返上で稼動していて助かりました。お正月前から、すごく急いでいる商品がありまして昼からはそれの仕上がりをまっていました。

反物があがってきたのが午後5時過ぎで、待ち時間に、昔からなじみの検査のおじさんと話をしていました。麻業界のことはよく知っておられ、毎日、検反場でたち仕事を淡々としておられ、立派だなあと思います。最後、林与の反物が時間に間に合いそうになかったので、事情を説明して割り込みで巻き上げてもらってもって帰らせていただきました。夜7時半に佐川に持っていってなんとか今日の便に乗せることができました。

夜には、麻のほうの組合でお使いになられる本麻生地などを検討していました。明日は、服飾系の彦根の高等学校に打ち合わせにいきますので、今の高校生が服を作るのに興味があるのかなあというところが、興味のあるところです。

若いデザイナーさんとは最近いろいろなプロジェクトが始まっていますので、地元滋賀からもそういうデザイナーさんが国際的な舞台に羽ばたいてもらいたいなあと思います。麻布を織ることに興味をもってくれるような高校生にで会えたらすばらしいですね。
2010年01月10日
今日は、午後から南彦根の珈琲館という喫茶店で2月20日に行われます講演会などの打ち合わせをいたしました。理事長の会社をお借りしての打ち合わせの予定が、今日は大阪に行っておられるということで場所を変更しての打ち合わせでした。
今日は、成人式ということで、喫茶店内にも着物姿の女性が一人お客様でおられました。今の時代、着物はやはり目立ちますよね。

着物というと、2年前の夏に作ったリネンの浴衣を思い出します。ブラックウォッチのリネン浴衣でした。リネンで浴衣を作られた方ってほかにも居られるのでしょうか?本麻だと浴衣に良いのですが、リネンは66番手クラスでも厚い感じがしましたので、ファッションショーで着てくれたモデルさんは暑かったそうです。今年の夏は、また、細番手プロジェクトの一貫として、リネン100番手を超えるクラスのリネン浴衣を織ってみたいと思います。

今、ビンテージアイリッシュリネンの100番手生成の服地を織っていますので、それを夏の特別なシャツを作ろうかと、作っている林与自身が一番楽しみにしています。本当に特別なリネンのシャツといことで、ジャパンクリエーションの場で、本物のアイリッシュリネンの世界を実感してもらおうと思っています。
2010年01月09日
今日は、午後から組合関係の件で事務局長が来られて書類つくりをしました。そのあと加工工場の社長が見えられ麻の組合のほうでやっておられる事業に関しての商品を見に来られて、私は加工方法やプリント関係などのお話をお聞きしました。

昨日の新聞の中には、リネンのトレイサビリティの話もあったのですが、ほかにも林与の中国進出に関する記事も載せていただきました。ファッション業界では、日本が今まで世界の高級ブランド品購入のNO1だったのですが今では中国がそれを抜く勢いです。世界で一番安いクラスものが生産される一方で、世界で一番高いクラスものが中国で消費されるような時代になって来たと思います。

私は、20年ほど前、カリフォルニアにいたのですが、そのときのアメリカの流通のシステムには驚いたものがあり、それがまさに、今の日本のファストブランドです。次は、中国企業が本格的に日本に進出してくると、ファストブランドを超えた、より安いワンコインの時代になり、ファストブランド的な量販でも太刀打ちできないような時代になるのではないかと考えています。

中国の展示会でも思ったのですが、林与は日本企業なのに、中国で布を作っていると思っているところが多いようで、中国のどこで生産しているのかたずねられます。それは、海外に進出している繊維関連の日本企業が、総じて日本での生産というものをしなくなって中国製品を扱われている点にあると思います。

展示会で「どこで作っているのか」とか「いつから仕事をしていますか」と聞かれて、「日本の自社で作っていす。100年以上の歴史があるのですよ」という話をすると、中国の方もそういう特別な要素を期待して日本企業のブースに来られるようで、生地の見た目だけでなく、ものづくりに関するバックグランド的な話を詳しく説明を求められ、ものを見て、値段、ロット、納期、決済方法だけで話が済むような商品ではないという点がほかとは違って新鮮なようです。
2010年01月08日
林与も、麻やリネンに関する正しい知識を消費者に伝えなければならないと考えているのですが、今日、業界関連の新聞を眺めていましたら、ようやく、リネンの大手さんもリネンのトレイサビリティを明確にしていかれるとのことでした。

現在リネン業界においては、大手さんのものも含めて中国紡績糸がアイリッシュリネンに化けて販売されているというのが実情で、今ではというより、10年ほど前からでしょうか、アイリッシュリネン糸と呼べるものを日本中の糸商が手配することはできなくなって久しくなっています。15年ほど前でも、北アイルランド紡績の糸を何銘柄か林与は品質重視で使い続けていたのですが、高価なために使えるようなアパレルさんというのも限られてきており、北アイルランドでの紡績というものを廃業が続いて2004年には完全に火が消えたということです。しかしながら、日本では、リネンに関しては適切な情報が、糸の販売元から伝わっておらず、大量のアイリッシュリネン糸がトレイサビリティもなくどこからか生み出され、生地になって販売されてしまっているのです。

本当のアイリッシュリネンを知っている方ならご存知かと思うのですが、アイリッシュリネンの色というのもありまして、一般にゴールド系な感じです。エジプト系のダルな黄色っぽいのとは違って、艶のあるゴールドなのです。ゴールデンアイリッシュと呼ばれるキリリィというブランドなどの糸は、ほんとゴールドでした。ハードマンズ社も昔の北アイルランド紡績の頃の生成糸はゴールドっぽいです。アンドリュース社のものも生成はゴールドっぽかったです。ほかにも林与の在庫に眠るアイリッシュリネンは今では手に入らないゴールドカラーのものが多いです。今では、高級リネンの標準カラーになってしまっているイタリア紡績糸を初めてみたときには、アイリッシュリネンとイタリアンリネンの色の違いに驚いたものでした。

北アイルランド紡績糸にしてもイタリア紡績糸にしても、糸の価格が高いので、その値段が通るブランドさんというのが本当に少なかったですから、林与のリネンというのは、当時高いといわれたリネンの中でも本当に特殊な世界でした。

今のリネンのグレーっぽいものは、ベルギーやフランス産の原料を使用しているなあと感じることができます。イタリアンリネンっぽいカラーです。今の高級糸と呼ばれるクラスは、イタリア紡績ものにしても中国紡績、昔あった韓国紡績ものにしても、原料の出所が同じなので、同様のグレーカラーに統一されている感じです。1亜、2亜の区別や、あとは格付けみたいなフラックス原料のグレードや紡績技術の差で糸の良し悪しが決まってきます。

また、リネンの糸の原料の産地というのは、出所が正しければ、作柄の悪いとしには、どの銘柄のものも一様に同じ悪い性質がでます。ベルギーにしてもフランスにしても国境を境にした隣接した限られた地域でのフラックスの栽培なので、作柄や天候が悪いときには悪いなりにどの銘柄にしてもその癖がでるのです。糸質が悪い年には、良い糸がまったく手に入らないような状況に追い込まれたり、リネンに対する需要が伸びると、出所は限られているので世界的な原料不足に陥ったりします。紡績会社も糸商さんも在庫というものをほとんど持たない時代になって来ているという裏返しです。
2010年01月07日

今日は、1月7日、お粥を食べる日ですね。皆さん、お粥をお食べになられましたか?林与が食べましたお粥は、草がまったく入っていない、お湯だけのお粥でした。草を入れるの忘れたのかなあ。

今日は、夜に組合のほうの委員長会議があり参加いたしました。彦根の「繊維ものがたり」講演会のほうは2月20日に彦根文化プラザ、エコーホールで行われますが、その講演会のほうの準備も進捗状況などの報告もありました。

ほかに来年度事業に関しての意見交換や、補正予算についての金額の話しなどありまして、来年度、彦根の縫製業界のプロモーションの件についての話も出ました。

皆さん、ひこにゃんブラというをご存知ですか?ひこね繊維協同組合が作って販売をしている商品で、全国的なメディアにも取り上げられました。詳しくは、ひこね繊維協同組合のホームページをご覧くださいね。

ひこね繊維協同組合ホームページ http://www.hikoneseni.or.jp/

2010年01月06日
今日は、加工屋さんのひとつが仕事始めでした。加工の指図帳というのを最後のページまで使い切ってしまっていて、朝、新しい指図帳をもらって加工に出しました。この日記をごらんの皆さんは「加工」という言葉に馴染のない方が居られるかと思います。

普段、生地を生地屋さんや問屋さんに売っていても担当の方は、生地を「加工」しなければならないということをご存じないことがあったりします。たとえば、洋服向けの細番手の麻糸というのは、弱いので、縦糸には糊を付けて織ったりします。織るときに、横の糸には織りやすいように水で分解する油を塗ります。

加工においては、糊抜きをして、洗って油分を落とすのです。それだけではありません。加工に投入する前に、麻の場合は毛羽が多いので、その毛羽を焼きます。そうすることで、表面がきれいな織物になるのです。

加工は、成分を落とすだけではありません。やわらかくするために柔軟材や選択したときの物性をよくするために熱でセットされるような樹脂を添加したりもします。また、表面に変化をつけるのも加工と呼ばれます。ワッシャー加工、タンブラー加工、そのほかいろいろ。

水につけたキバタが乾くと縮んでいますので、幅だしという工程を経て、表面が一様な織物が仕上がります。加工だけでもたくさんの人の手がかかり、通常は加工に出してから1週間くらいは待たないと織物が加工からあがってきません。単なる洗濯ではありません。
加工方法により、ひとつのキバタが何種類もの風合いや表情の織物に化けるのです。

織りあがったキバタをお店にそのまま並べてあるようなケースはほとんどなく、なんらかの加工を施して織物は、お店に並ぶのです。キバタというのは経糸がアップアンドダウン、横糸は比較的まっすぐな状態ですので、加工をすると、横糸がアップアンドダウンするため、横方向にリネンの場合、15%ほど縮むのが普通です。加工前に、127cm幅くらいのキバタが110cmくらいに仕上がります。

加工方法を決めるのは加工屋さんの仕事ではなく、織物を企画するものが、加工屋さんに加工方法を指定して加工してもらうのです。林与の場合、実績のある定番の加工が多いです。定番以外の加工は、10年とか着ることを想定した高級な麻ものには品質的な実績の面でも心配なのと、あと、流行に流されないようなベーシックな加工方法のほうが何年も着続けることを考えるとよいのです。

服の形も、ベーシックな形のものを選ばれるほうが、麻というのは丈夫なので、流行に左右されず何年も着続けることが可能です。
2010年01月05日
今日は、午前中に金融関係にご挨拶に回り、組合のほうで休み中に私が進めていました件を事務局のほうに伝達しました。会社に戻ってからは、初出荷を3社にいたしました。

染工場のほうが今日が仕事始めだったので、新年のご挨拶と年末にお願いしていた数件の染の進行状況を確認いたしました。今日は、あわただしい一日で、今年の仕事が本当に始まったんだなあという実感です。

でも、この忙しさというのが、作ることがタイトになってしまったがための忙しさではないのかと思います。無駄をなくすために、サンプル、着見本、本番という流れでのものづくりとなり、究極のエコではあるかもしれませんが、単純に考えても、製造工程自体が、物価の差を抜きにしても、コストと時間が3倍くらい掛かるものの作り方になっていて、国内でのものづくりの手法というのは忙しいだけで終わることも多いのです。

彦根周辺の国道沿いなども、常に新しいお店がオープンし、3年~5年しかもたないのが当たり前の時代で、もう、代々やっていくような商売というのは、もう日本では生まれてこないのかなあと思います。
2010年01月04日
今日は、仕事始めでしたが組合のほうのことで動いていました。明日から縫製組合のほうの事務局も動き出すので少し準備的なことができたかと思います。

会社のほうはマフラーの縫製とか、検反や加工出しの準備とか、内部的には本当に静かなスタートです。それでも、お電話や年末に書いたメールに対してのお返事などいただいたりして、外の世界も今日が仕事始めのところが多いんだなあと、新年の実感です。






2010年01月03日
正月三が日も今日で終わり、今年は1月4日からスタートのところも多いようで、林与も明日から仕事始めです。加工工場などは6日からということで、まだ、少し時間があるので、その間に加工出しの準備をいたします。

今日は、新年のご挨拶も兼ねて、電話、メール、FAXでいろいろな方との連絡を取りながら、明日から始まる仕事のほうの段取りもいたしました。私自身の仕事とは別ですが、頭の中で整理しておかないといけない案件が3つくらいありまして、うまく進むかどうかわかりませんが、うまくいけばと思っています。

麻織物をやっていると、冬場というのはピークの時期で、一年のスタートという印象はありません。学校とおんなじで3月末というのが一年の終わりという感じで、4月くらいから翌年ものの企画に入ります。

今年なんかは、今から今年の春夏向けの素材開発に取り組もうと思っています。リネンのチェック柄なんかが人気ですので、新柄を組んで展示会などを通じてたくさんの皆さんに見ていただきたいなあと思っています。
2010年01月02日
今日は、冬の伊吹山の山頂を目指したのですが、雪のため途中で断念して、新しいジャンパーを買おうとお店を回りました。私のポイントはどれだけ軽い感じで暖かいかということです。たくさん試しに着てみて、一番、暖かいものを探して買いました。

昔、8年間ほど、冬には毎日ほど着ていたバックにアイスホッケーのチームのロゴの入ったメイドインUSAのダウンのパーカーがあって、それを着ていると毎日幸せだったのですが、残念ながらあれを凌ぐようなものはいまだ見つかりません。それは、ブランドのものという訳でもなく、特別高い訳でもなかったのですが、不思議なダウンパーカーでした。

今回のジャンパーも、結局は帽子のついたパーカータイプにして、仕事がしやすいように、サイズは大きめのLLを買いました。私の仕事のポリシーに、問題があれば、一番に機械の下にもぐりこんで直すという姿勢を貫いています。仕事をするときに着る服は良い服である必要はなく働きやすさ重視です。

タイトルにあります、「静かなお正月」というのは、昔、子供のころに感じたお正月の賑わいや楽しさというのが今はないなあと思うのです。1月2日から開店しているお店とかもそれほど混雑している雰囲気ではありません。大きな神社の初詣よりも、地元のほとんど人手のない神社への初詣に意味を感じるようになりました。

卓球をしようと卓球台のあるボーリング場を探したのですがなく、インターネットカフェみたいなところで卓球を見つけたながらも一緒にいった社員たちが身分証明ををもっていないということで利用できず、代わりに、賑わいを求めて、ショッピングセンターのゲームセンターに行きました。子供のころあれほど好きだったコインゲームに自分自身が熱くはなれず、大人になってしまったんだなあと感じましたが、エアホッケーは熱く楽しめましたのでまだまだ子供の部分が残ってて安心しました。
2010年01月01日
あけましておめでとうございます。お正月ということで、午後から家で姉夫婦と妹夫婦が焼肉の準備をしてくれ食べました。焼肉は正月料理ではありませんが、とにかく、お腹いっぱいでした。

ビールもお歳暮にいただいた「DOPPO」という岡山の地ビールを飲んでみました。飲みやすいながらも深みのある味でした。甥っ子たちが、カードバトルのようなものをやっていたのですが、聞いても意味が分からない世界です。この前生まれた姪っ子は、ちょっと大きくなっていました。

今年は、新規のリネンのものにさらにチャレンジして林与のオリジナルな世界を深めたいなあと思っています。この一年皆様のご支援をよろしくお願いいたします。
2009年12月31日
今日は、大晦日皆さん一年ご苦労様でした。会社の仕事のほうは、昨日までで仕事納めだったのですが、サンプルの依頼を受けていた件がありまして、夕方郵便局に行きました。年賀状を出す人の行列なんかも心配したのですが、二人しかお客さんはおらずスムーズに出せました。

年越の食べ放題のレストランでの食事会に呼んでいただいておりまして、そこに参加させていただいて、肉をたくさんいただきました。おいしかったです。会社のほうの寮でも年越の食事会があり、1年の最後の4時間ほどはコタツに入ってテレビを見ながら年越をしました。メインは、鍋の中に野菜とか肉とかいろいろなものが入ってもちを一パック分2kg入れたすごくお腹いっぱいになる料理でほかにも変わった料理を食べました。

外は雪がちらほろで、空を眺めると頭の真上くらいに月が浮かんでいました。雲が流れるように動いていているのですが、月が走っているかのように見えて、時がめまぐるしく流れているような気がしました。
2009年12月30日
今日は、仕事納めの皆さんが多い中、彦根の縫製工場の事務所で、繊維組合の来年度事業に関する打ち合わせがあり、たくさんの案件に関する情報交換ならびに議論させていただきました。

今日、特に感じたことは、不透明で前向きに進めない要素があると前に進めにくいので、とりあえず、できる限り情報を集めて、前向きに動かなければできないなあと思うのです。外の情報、内の情報の両方です。

先日は大阪の会社に訪問させていただいて、資金力以上に大事なことが回転ということで、それこそが、実力かもしれないと感じたわけで、伝統的な産業が技術はあっても新しいものを生み出せていけない背景もそのあたりかと思うフシが多いのです。そのためには人材の最大活用ならびに人員の刷新という要素が基本的な前提であるということを感じました。

昔、ソフトウェアの開発に携わったときに思ったことですが、能力の違いで、一ヶ月かかる人もいれば、一日でできる人もいる。それは能力や経験の差であってほんとに能力のある二人が同僚にいたのですが人を超えた神様の世界でした(高校時代にも神様クラスが一人いました)。競っても能力でそういう人に勝つのは無理ですから、一生懸命やるしかないなあと悟りました。でも、単純な作業においても、似たようなことがいえる時代です。でも、少しちがって、やることが分かっていてもいてもやらないから前に進まないという話です。
2009年12月29日
もう、今日辺りが仕事納の企業が多いようで、今日、加工工場に仕事を持って行きましたが、お休みに入っておられました。染色工場も同じようです。

午後からは、お客様が2件ありまして、1件は不動産関係、もう1件は出機さんでした。出機さんも仕事の方をやってはもらいたいのですが、新しいものなどつくるときに企画しているものがすんなりと作れないので、だんだんと難しくなってきています。

夕方には、出荷の方をやりまして、今日は非常に冷え込んでおりますので、仕事を早めに終えました。
2009年12月28日
今日は、県のほうから、ご紹介をいただいた本町の繊維関連の会社にお伺いして、海外との取引に関する体験談などを聞かせていただきました。滋賀県にゆかりのあるということで初めてお伺いさせていただいたのですが、貿易に関すること以外にもいろいろなご経験を聞かせていただき、人生経験をもたれているかたの強みというのを切に感じました。今のものが流れにくいといわれる時代に、新しい商品を開発して開発するだけでなく確実に流通させていくような企画を生み出していかれる話を聞いて、ものを企画される側でありながら流通も下支えされているところに、何か答えがあるのではないかという思いがしました。

私自身も深く考えつづけているのが内部での人材の育成の必要やどうやって仕事をまかせていくかという問題です。仕事を自分で生み出していくことのできる人材を育てるためには、自分のやっていることを手伝わせるのではなく、意欲をもって自分で動ける人材を中に外に見つけ譲っていくという形がベストなんではないかという気がしました。やる気のない人をどうモーティベーションするかということに無駄な力を使っているようでは前に進めないのは当たり前で、モーティベーションをもった人とどれだけ動くかこそが、物事をやる上での鉄則ではないかと思いました。

お話を聞いて思ったのが非常にたくさんの経験をもたれているのに、世代交代的な必要性を常に頭においておられ、若い者を立てるということをされているので、全力で仕事に打ち込みたい意欲をもった若者が勤めるなら、力強いアドバイザーがおられる会社でうらやましいなあと思いました。
2009年12月27日
昨日は、午後から長浜の布工房さんにいきました。リネンの細番手のプロジェクトで、商品化するシャツなどに関しての打ち合わせです。通常では服にすることがほとんどないリネンの100番手超クラスの織物を、シャツやブラウスにするというびっくりな企画です。ショップだけでなく、縫製工場を持っておられ日本の5大アパレルの製品を請け負っておられたわけですが、技術のある職人さんというのがだんだんといなくなっていかれて、仕事の依頼があってもものをつくるのが難しくなっているそうです。

通販や百貨店の話などもしたのですが、手一杯で、なかなかボリュームをこなすような仕事は難しいそうで、とりあえず、今回の県のほうのプロジェクトの詳細をお願いいたしました。メンズ、レディース各10枚くらい、いろいろな柄のシャツ、ブラウス、ワンピースを試作してもらい、生地としてだけでなくジャパンクリエーションなどの場で製品の形でPRさせていただけると思っています。

技術的には、量産の面では今のところ110番くらいが限界なのですが、数年後には、120番手超クラスでのシャツやブラウスが出来上がることになります。高いものが売れないといわれる時代に、リネンや麻の最高級ラインをつくり続けていこうというのが林与の独自のスタイルです。

私自身は、日本の伝統的な産地でものをつくりつづけていると国際的な展示会や市場においては値段は10倍高くても10倍の価値があるものとしてみてもらえることを非常にありがたいなあと思っています。逆に、本当の中国ブランド企業が日本国内に進出してきたときに、今、勝ち組といわれるファストブランドや量販店ですら10年後には高いから厳しいといわれる時代がくるのではないでしょうか。

昨日は夜、ひこねの組合の忘年会があり。今日は、その忘年会で出た新しい話題などを前向きに検討、また、講演会の準備のために動いておりました。2次会で、久しぶりにひこねの袋町に飲みにいきましたが、どこのお店も以前と比べるとお客さんの数も少なくほんと寂しくなったものだなあと思いました。
2009年12月26日
「フェアトレード」という概念が、ありますが、それが本当にフェアトレードなのかというと、日本国内ですら、フェアトレードな概念が成り立っていない現状がありますので…。ファストブランドといわれる中国ベースの量販系が一人勝ちのスタイルが続いていますので、その中で、フェアトレードを謳うことにどこまでの正当性があるのかというレベルに来ているかと思います。フェアトレードという概念を活用されたい方ですら、そのコストを自分で負担できるかというと駄目なのが現状です。ビジネスありきのフェアトレードというのが日本のフェアトレードの現状です。

私自身は、ものづくりをしている人間ですから、フェアトレードの概念には大いに賛成をしているのですが、フェアトレードの概念を振りかざしておられる方が、ものづくりと関係のない方だったり、ものづくりの現場をしらないことが多いのです。果たして1割、2割のコストアップでその概念が貫けると思っておられると、結局はプロジェクトとしての永続性が保たれません。

話は変わってしまうかもしれませんが、USA for Africa みたいなブーム的な弱者の活用に終わってしまう危険性があります。今の日本メーカーを中心とした紡績業界が本当に、途上国の生産に携わられる外国人を支えられるかというと不可能だと思います。日本の国内ですら、工場の閉鎖、リストラで産業を閉鎖しているのが本当のところです。

国を含めて強者が利益を得るための、その場凌ぎに終わらないような、真の意味でのエコやフェアトレードが謳われないと意味がないのではないかと考えます。弱者保護を謳い文句に利用するレベルでのフェアトレードならやらないほうがましかもしれません。弱者保護を謳い文句にするからには、長期的な永続性のある計画が必要であると思います。
2009年12月25日
今日は、ひこねの組合の理事長が中央会のほうに出向いていかれたのですが、午後3時ころ電話をいただいて、中央会のほうから北川陽子さんのやっておられるファブリカ村をご紹介されたということで、私も昔から業界で顔なじみであったので、一緒に北川さんのところに向かわせていただきました。

一年ほど前にも、ファブリカ村が改装になる織物工場だった工場のなかの二十年ほど眠っていた2台のシャトル機械を林与に移したような経緯もあり、つい先日、半田付けの野瀬精機さんご夫妻とお話したときにもファブリカ村に行かれた話をおっしゃってたので、気にはなっていたのですが、今日、オープン後初めてお邪魔することになりました。

ファブリカ村の活動は、北川さん自身が長年取り組んでこられました、染のほうだけでなく、県内の現代アート作家さんたちの作品を皆さんに見てもらえるような場所を提供するようなコンセプトで、店内には、焼き物やステンドグラスなどの作品が並んでいます。店内は広々としており、昭和初期のベルト式のシャトル織機2台が中央にあり、そこがかつて織物工場であったことを偲ばせます。

陽子さん、お母さん、妹さんのご家族で運営されており、一人で尋ねられても近江の織物の歴史の一片を感じていただけるかと思いますし、また、グループで行かれましてもテーブルのほうでワイワイと時間をすごしていただけるかと思います。ミーティングなどの会場としても貸りることができるそうです。

ファブリカ村ホームページ http://www.fabricamura.com/about/index.html
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