for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記
リネン日記
リネン日記:3680
«前のページ 1 ... | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | ... 184 次のページ»
2016年07月23日
今日も、勢力的に店舗を展開されているブランドの方とお電話でお話していて、やはりブランドの立ち上げから人の面を一番に大事にされて、ブランド哲学的なものが普通以上に強く存在しているのがそのブランドのほかとは違う感触なのかと思える。サラリーマンっぽいものづくりじゃない度胸みたいなものがあって自分が切り開いていくというあたり。ほかにも同じくそういうタイプの方がブランドオーナーでやられていて、ものひとつ作るとかじゃなくって、ものを作るために、縫製部門をつくるとか染色部門をつくるとか、環境から作り上げていかれる。

外にはいくらでも作業できる環境もあるだろうが、満足できないとなったときに自分の中で満足のできるものを作る環境を持とうとする覚悟。外に頼んでいるうちは、商品だけに注目していればよいけども、中で作るとなると出来上がる不良品や人の問題など自分がつくるという本質が圧し掛かってくる。でも、それをやられているところが結局はものづくりされているブランドさんとして強いなあと思えるのだ。

けども、普通の考えというのが蔓延する中で特別を守ろうとすると大変だろうなあと思える。わからなくて普通、できなくて普通、失敗して普通が、日本のものづくりのスタンダードになりつつあって、人というのは様々で変わることも難しいのであって、高付加価値的なものづくりの中では、正しいだけでなく、素敵なものをつくろうとできるような、特別な考えを理想としている人を集めてしないと仕事の安泰なんてないんだろうなあと、また、そこで皆さんそこで苦しんでおられるのだと、いろんなものづくりを自身で手がけておられる社長や経営者の方々と話していてもそういうこと思う。
2016年07月22日
仕事していてひとつ頭を抱えるのが、探しておられるようなものが世の中には存在しないだろうものだったりすること。今日の仕事のお客さまも、すでにうまく仕事として成り立たせておられるが、製品の品質面でいくつかの問題を抱えておられ、それを解決しようとすると、1.5倍、2倍と費用が掛かる話になるだろう。値段を抑えてやっておられるので歩留まり悪いというのもよくわかる。

問題が起こらないように丁寧な工程をすればよいのだが、値段を抑えるためには、それをその方たちが自分の時間を使って自分でできればよいだろうと思える。糸にしても丁寧な加工を加えてゆけば品質は上昇していくが、たぶん、その費用を目の前にすると今のままのほうがよいという結論になられるだろう。成り立たせるためにはいろんなほうほうがあると思うが、外に解決を求めるとそれなりに費用がかかるので、自分のできる範囲で対応をされるのが最善だろうと思う。

私自身だったら、お金を払ってでもベストだと思う方法を駄目元でも試すか、あるいは自分の時間を使って自分でそれを一つ一つ改善し、どちらにしても値段というものは上がってしまう。たぶん、自分でやられたほうが、自分の時間と手間を使うので値段に対する意識も変わってくるだろうと思う。値段が高くなる原因が生産者側にあるのではなくて企画側にあることが多いものであり、自己解決は必要であると思う。
2016年07月21日
仕事をやっていると、やれることが増えていく人が多いと会社全体も進化していけるのだろうけど、繊維関連の会社では個々のできることが固定されたままで全体としては生産量が減る流れの中で衰退の流れからは逃れられない。人というものはなかなか変われないものなので、できる人というのは最初からできることが多いし、できない人というのはいつまでもできないものであるというのが多いのが普通だろう。


昨日は人材派遣関連の方が午後から来られて県がやられている企業への人材支援の案件の説明を受けた。飲み込みが早い、遅いというのが長い目でみても、プラスとマイナスに分かれる。飲み込みの遅い人というのは飲み込む努力をして実際の仕事をこなすことをすればそれはそれで仕事となりよいと思うが、それができないのが飲み込みが遅い人の体質的な弱点だろう。わからないことがわからないまま続いたりするが、どんな作業でも一日もかからないうちに覚えられる作業がほとんど。それを覚えないでわからないとかできないとかいい続ける。

職人とてもひとつの作業ができると勘違いも多いのだが、実際にその知識や技術が生かせるかどうかは別の部分。仕事をもったいぶってのタイプの職人ほど簡単な仕事も難しい。そういうことは企業単位でもみられて、仕事をもったいぶっている会社というのはいつのまにか仕事をしていない会社になるので、仕事をしていない会社を食べさせていくのは大変なこと。規模を大きくいえば、国もそう。仕事しない国になったときに、その全体を食べさせていくのは至難の技。先進国がなぜ、技術のないとされる途上国に追い抜かれていくのかという単純な問題につきる。
2016年07月20日
ガチなものというのは、機屋それぞれが独自の思い入れで生み出してきたものである。ところが、機屋が廃業してしまうと、それまで継続して商品を扱われていた機屋の問屋さんなどのお客さんが商品の継続ができなくなり困られることになる。2年ほど前に廃業される機屋さんの問題でも、機屋さんが、自分のお客さまが困られるので機を動かしてくれる人を探しているという話で打診があった。今回も別の地元の機屋さんが廃業を10年ほど前にだろうかされて、そのお客さんからの商品供給の依頼で加工工場さん経由で林与につくれないかという話が来る。

加工工場さんも、間に入って商売するというよりも、そういうお困りな問題に対して相談にのって解決しようとする。私も同じように自分の今やっている仕事があるなかで、ご相談も受けお困りであるということからお受けする。コンニャク糊加工の細番手ものなので準備費用なども相当掛かり産地の他さんが受けられて同じようなものをやるのは、技術的なことより資金的な面とリスク面で難しいんじゃないかと思える。十分な見本費用となると貰うことは難しいし、見本をやって失敗でお金をもらえなくてもそれでも構わない覚悟でないとこういう仕事というのはできないものだ。何十年も守り続けられていたような商品を一回の試作で再現するという話なのだから。できたからといって、それで食べていける本当の約束も何もなく逆に採算があるのかが心配ではある。

困られているという話で、助ける気持ちで受けることはあるが、一番大変なのは、困られている人以上に助ける側がお金が掛かること。単発の仕事だと新しい商品を生み出してもそれを成り立たせることがまず難しく持ち出しで終わる。業者的なお客さんは自分が売れて儲かるなら注文が出てくるだろうが、企画自体が当初の想定どおりの需要を引き出さなければ、実際の注文に繋がることもない。出来上がったら出来上がったで、最低発注量が大きすぎるからとか、後出しで値段が通らないとかの話も多いのがよくある話。
2016年07月19日
ようやくビンテージアイリッシュリネンハンカチができあがりまして、ご注文をいただいております分の、ご発送を本日から行わせていただきます。大変おまたせいたしました、おつくりするのに糸の糊付けから始まってやはり1年以上かかってしまいました。今後のご注文をいただく分に関してのご発送予定は、8月末から9月になる予定です。

暑い、暑いとバテ気味だった、林与の体もとうとう暑さに慣れたか。炎天で、30度越えた日中でも涼しく感じるくらいに。暑いながらも風が通っているからだろうか、快適モードでの仕事。台風2号も卵で消えたといわれ、雨の少ないカラッとした夏になりそうです。庭ではセミが、一日中、夜中3時でも鳴いています。一方で、イエカやウンカのような虫は、駆除されてしまったか、夜電気をつけていても少ないですね。

先日、ビニールハウスでトマトを育てられ、各地の販売所に置いてもらって販売されている方のお話を聞くと、なぜあんなに安いのだろうかというお話。想像ではあるがビニールハウスの設備でも数百万円では収まらないだろうと思えるほどのもので、外からみると最新の設備でうらやましいなあと思えても、やはり商売というものは常に思い通りにいくとは限らないもの。地域の販売所や道の駅のようなところでも、スーパーと同じく県外の産地のものが並んでしまうことも多い。

同じ種類の野菜でも生産者名が書かれていてチョイスがあるのが本物らしくっていいと思う。野菜の見た目にも違いがあって、生産者によって違いがあるのが普通。そこに作っているもののプライドみたいなものも出てきてよいのではないかと思える。本来は、そういう作り手を売るのがマーチャンダイザーの役目であったり物流の役目であったりしてもよいものなのだろうが、それがなかなかできないのが多くの問屋さんやブランドさんの壁だったりする。

最終、農家は自分で動いて解決していくしかないだろう。それは繊維でも同じなのかもとテキスタイルマルシェのような作り手の顔のみえるような売り方。問題としたら、それぞれの農家に与えられた場所が小さいことだろう。一軒の農家が食べていくことは、販売所の人たち数人が食べていくことくらいには大変である。畑違いではあるが農家の方たちが自立的に食べていけるように方法はないものかと考える。
2016年07月18日
今日は朝から五月晴れのようなカラッとしたすがすがしい一日。蒸し暑い夏のジメジメ感もなく。今日は、彦根の夢京橋あかり館さんにリネンの手ぬぐいを届けるのを母親が準備している。あかり館でもリネンアイテムはよく売れていると館長さんがおっしゃってくださっていて対応を考えていかないと。

倉庫にて、検反機のメートル表示が正しく動かず、基盤のコンデンサーの問題を疑ったが、今日、本当の問題が見つかった。布の表面を転がるローラーの中にセンサーが入っているのだが、それの配線がインシュレーターロックというもので、固定されているのだが、その固定したときの閉め方が配線を潰してしまって断線状態を生み出しているようだ。

インシュレーターロックをはずして配線のつぶれた場所をほぐしてテープを巻いて様子を見る。カウンターが正確に動く。わずかなことなのだが、こういう固定作業ひとつでも力任せにやってしまうと、いつか問題が起こってくる。力の加減というのが上手にできるとできないとでは仕事としては雲泥の差。力任せにインシュレイターロックを締め付けただけで、原因が分からなければ、頭を悩ませる問題が目の前なのである。基盤をばらして検査する前にその原因が見つかってよかった。この検反機は何十年も故障知らずなので堅牢性と信頼性は高い。

今日もシャトル織機に問題があるということで行ってみると、シャトルを打つスピードが片方、早すぎる、誰が織機の部品を交換する際に調整もずらしたのだろう。織機が壊れそうなほどに苦しがっているのが分からないと、織機はどんどんと壊れていく。力任せに叩けばよいのではなく、ゆっくりとキャッチボールするように余裕を持ってシャトルが右から左にやり取りされるのが理想的なシャトルの動き。
2016年07月17日
原発行政が隠匿体質で本当のリスクを国民に知らせていない。そのひとつが使用済み核燃料をどう処理するか。臭い臭いロンドン条約、日本の使用済み核燃料がプルサーマル用にイギリスで処理されるという形を作るために利権で成り立ったようなもの。海洋投入を禁止した時点で原発は詰みだったのだが、それが国民にも知らされていない。

アメリカなどが原発から撤退したのにそれを丁寧にも日本企業が買収して始末ごとを買って引き受けるような話で、そのために国内の法律もプルサーマル推進、福島原発爆発で、利益に目がくらんでやってたイギリスもそれを投げ出して、原子炉の使用済み核燃料の行き所はなくなったという致命的な問題が発表されていない。

それがどこにいくのかというと、8000ベクレル以下は日本全土に撒くような基準ができてしまった。アスペストを道路に埋めるのとどちらが安全なんだろうか。アスベストを埋める以上にやばいよ。不用意にいわゆる世界のお荷物を利権族が大丈夫と引き受けて日本の国土が放射能汚染になる。福島原発だけの問題ではなく、すべての原発の使用済み核燃料の行き所がなくなってしまっている大きな問題。それすらも公表せずに、原発を稼動し続けて、本来は遠洋投入されないと危ないものを日本中に埋めることになる。

災害ひとつでその地域は危ないし、災害救助すらもができなくなるのである。爆弾を地下に埋めるよなもので、防災意識があればそんな馬鹿なことはだれもしないだろう。発電所の利益がそんな大きなマイナスで生まれてよいのかと思える。原発行政の隠匿体質からすれば、自然豊かな貧しい地域に遠洋投入されるべき使用済み核燃料が埋められることになる。

詳細を知らされずに、貧困市町村行政だと使用済み核燃料を薄めた残土を引き受け、田舎の農村の奇病なども起こりえない。土に雨が染みて放射能性物質が地下水に流れ込むということなどの想定もあるまい。1000倍は危険といわれる体内被曝。原発と関連のない地域の地産池消すらも安全性すらも脅かすことになる。日本の行政の約束ごとの管理能力は10年ないだろうというのが実態。たいてい担当者が変わるとすべて責任は消えて、当事者が逃げて被害救済のための新組織をつくって窓口させて終わり。戦争から70年、ストロンチウムはその2倍の半減期、地下に1メートル程度に埋めると、行政程度の責任意識と管理意識の業者さんなら幼稚園の砂場の土にもなりかねない。

放射能漏れを隠匿する行政体質、やはり、担当者や行政の責任者を極刑で対応するくらいしないと国民の命よりも、そういうものたちの欲や保身のほうが優先されてしまう。
2016年07月16日
今日は、ご近所のご不幸があって御通夜のお手伝い。葬儀ホールでのおとなり数人が受け付けのお手伝い。私以外は、60歳以上の方ばかりで、話題は、過去の病歴など皆さんが摘出手術を経験されていて、そろそろ私もそういう経験をすることになるのだろうか。私自身は病院に最後行ったのは、たしか8年ほど前で尿路結石。なんか、今、病院にいくと悪いところが見つかって入院とか手術とかに繋がりそう。

この前、大阪の説明会で、地下鉄降りて会場に向かうの10分ダッシュしたら脚が前に動かなくなって、とうとうそういう年なのかもしれない。途中、コンビニでお茶かって、最ダッシュ。会場に着いたら一人、イスに座ってる中では、ヘトヘトのヘトヘト。御通夜が終わったあと、今晩は、愛知川の花火、今年は、高く上がる花火が打ち上げられるそう。解決策はソーラーパネルに水をまくという方法らしいが、林与の麻布を引いて水をまけば麻布が水を吸ってさらによしなのだが。今年の方法で問題があるなら、来年、無償で生地くらいは提供したい。ぜひ、大空に広がる迫力ある花火が上がってほしい。

林与の前の道から花火がまっすぐに見えるのを生まれてはじめて知った。これってでも偶然過ぎてすごい。ケヤキの木が切られて見えるようになったという話を隣の何でも字のことなら知っているおっちゃんが教えてくれた。イスさえあれば、花火がみられる。おばあさんが老人ホームに入る前に部屋に篭っているおばあさんが花火をみたいというので、事務所の3階に連れて行って窓から小さく見える花火を見せたのを思い出した。

みんなの子供のころの思い出が世代を超えて花火には詰まっている。私自身は花火のことよりも、夜店のクワガタが頭の中で一杯の少年時代。他愛もないことに夢中に熱くなれるということが大事なんだと思う。大人になってもそういう部分を持っている人は強いだろう。それが仕事に対して連日発揮できているような人だと玉や珠なんだわ。スポーツのプロと仕事のプロってなんら変わらないくらい厳しいと考えるのは間違いなのだろうか。スポーツでも仕事でもそれで食べていきたければ実力がないと駄目なんだろうと思う。実力というのは才能ではなく、才能のある人ほど時代の変化に対応が難しく、あれはできないこれはできないという壁が多い。
2016年07月15日
テロという言葉の本当の意味は何なのかというのを、教えてもらったことがある。いわゆる日本で定義する大量殺戮とかがテロではなく、人々を恐怖に貶め自由意志を奪い従わせようとすることである。

ワシの言うこと聞かんかったら潰すぞ、みたいな連中が日本でも多いが、テロそのものなのだ。ある政党の都連とか、執行部が決めていうこと聞かなければ除名みたいな政治体系というのはテロ的であるが、それにも気がつかないと危ない。政治というのは独裁政治的になりがちで自分がすべて。形だけの民主主義で、法律や規則などにより、独裁が横行することになる。

原発が爆発して放射能がもれても、隠匿するのもその顕著たるもので、原発が世の中のためではなく一部の利権のために動いている。国民の命や安全というのもそういう利権と比較すれば優先順位は下。いくら原発に5重の安全をしようが運用するものが利権意識の連中では正しい行動はできない。設備の安全じゃなく、日本の原発行政のメンタリティの問題。せめて放射能漏れをいち早く国民に報告できるように、旧ソチェルノブイリ以上の体制は必要であろう。政治家も、旧ソの政治家以上の情報公開意識はもつ必要である。

原発は一例にすぎず、年金問題でも巨額の不明なお金が消えている。実際には悪徳企業みたいなことになっていないのか、だれも本当のことは分からない。年金記録が消えてしまっているなんて、執行している責任者たちが、将来払うつもりがそもそも何十年もなかったのだよ。だから、60歳なったらが、65歳になり、70歳になる。そのうち、75歳、80歳になるだろう。高速道路は将来無料化されるから利用料を払ってみたいな、詐欺同然のこと、国も一般と同じくらいの法律意識をもたないと、国民が国を信じることで最初の話と全然違うということが多く一般にはそれは詐欺。年金定期便とかも、将来にそれが本当にもらえるかも保証は誰もしていません、年金集めるためのにんじん的な数字、ということ大きな字で書いておかないと駄目だろう。朝三暮四の話を思い出すが、そこまで国民も馬鹿じゃないが我慢しているだけというの気がつかないとならない。

国のため思って国民が騙されているとおもいながらも年金を払っていようがそれを運用している人間には騙している意識すらもまったくないのが一番の問題だろう。強制している側には何の責任感や義務感もなく、信じたものや騙されたものが悪いくらいの感覚が普通なのは怖いことである。だらしないことをするのに法で縛り、執行する側のモラルが微塵も見えないのはいかがなものか。枡添都知事みたいなことがあっても、政治家から彼に対する批判は少ない、それが政治家の普通のことだったりするのが今の日本の行政。追い討ちは、元判事が二人も出てきて、問題ないという。10代の子供じゃない、60代とかがそんな感覚で、国を牛耳っても日に日に悪くなるばかりだろう。これからの若者たちがかわいそうである。
2016年07月14日
ある織物関連の方が、織ってもらっているところがありえない織の問題ということをブログに書かれていた。工場が年を取られてできなくなっておられるということだろう。林与も以前は出機さんがあったので他人事とは思えないところがあり、来るところまでこられているのを感じる。情のある方だからそういう失敗もかぶって織り賃払ってそのB反の片付けもなされるのだろう。

林与も出機さんの末期では4回やって全反ほどが全滅という大きな問題の片付けをしていても、出機さんというのはお金はまだかという催促される感覚なので、何十年の経験があるからといって仕事の本当の辛さを知らないものである。私の場合には作るたびに糸の支払い、従業員の給料の支払い、出機さんに織って貰うための準備、お客様との約束、がつねに付きまとうから、正しい仕事が当たり前に思うのだが、実際に自分で失敗の責任を被られない方には、仕事してお金を失うというような感覚はわからないところだろう。

これからの人に知ってもらいたいのは、日本だとクリエイティブなことをすれば地場産業が救われるような発想は幻想で、簡単な仕事でも正しく仕事をできるようにならないとならないところで、そういう部分、若い人も理解して仕事には入ってきて欲しいのである。案外、地場産業系でも、年配の方が以前のように商売が儲からなくなったときに考えるのは手抜きであることが多い。クリエイティブというのは同じような側面がある、センスというのは古今東西共通というものではなく、評価されるときもあれば評価されないときもある、また、評価される場所もあれば評価されない場所もある。ようは、責任探しをせずに自分が責任を取る覚悟でクリエイティブなことをやってほしいと思う。クリエイティブそのものを否定するのではないが、自分がクリエイティブなことをやって評価されなくても別の方法で生きていく道は探して欲しい。食べていけるまで、クリエイティブな部分はそれに見合った別腹で動いてもらいたいのだ。

これは青色ダイオードの特許の件ともつながる。普通に会社の仕事をこなして、別腹で開発していればすべて正しい評価となっただろうにと思うところ。偉大な発明をした人でも、自分が養われていても、今度は、ほかの人を養うという部分がみえていないのは残念な気分がしたのは事実。けど、問題は裁判官の常識のなさ、6億で手を打った発明者の一般人に通じるモラルが見えるが、払うべきは1200億とかいう裁判官、国の税金で養われている裁判官自身が個人で手にしたい額なのだろうけど、力のある人が、国家や会社や他の人を養うという感覚すらないのが怖い。国家なんてものにしても、実質、支える気持ちのある人の労働で成り立っているだけのことなのだ。立場とか口だけでは人やその家族までもを支えるなんて絶対に無理な話。

突然話は変わるが、テキスタイルマルシェの会場にも来ていただいて、流しの洋裁人の原田さん、自分で歩いて行商とか、やる人はやるのであってほのぼの系に見えても中身は自分を支えて、ほかの人を支えるくらい強い。大人ってそうじゃないと自分ひとりも支えていけないと思う。林与の生地でも、原田さんの財布なかの出せるお金のすべてをいただいて、使っていただくと重荷になるのではと非常に心配するところもあったのだが、注文があって、ほとんど生地なくなったというようなお話でうれしかったところ。主催で林与をPR下さった北原くんや原田さんのお客様にも感謝なのである。

またまた話は変わるが、今の繊維は、昔と違ってマイナス部分も動いているのでそれを乗り越えて成り立たせないといけないところがある。日本全体が海外生産に移行しているので、ものづくりの側面から考えると、日本企業といってもそのほとんどが海外企業の営業窓口であるようなところがある。

国内というのは実質的なリスクを背負う部分とか、ものづくり企業がものをつくる部分とか弱めて、リスク少なくスマートな生産みたいなことを考えて、海外では現場もしっかりで企業がリスク背負って生産していて正しく利益を上げているようなところを感じる。高度成長を成し遂げて、ハングリーさがなくなって、仕事をつくることや目の前の仕事もこなせなくなってはお手上げだろう。姿勢からして実際に働いている海外企業や海外の人のほうが正しいような気がする。

大臣もやった大学の経済の先生が生産性を上げてGDPを伸ばすとか、おいおい、そんな程度で伸ばせる生産なら海外に移したほうが簡単だよと小学生が言いそうなほどに、大臣や大学教授レベルの感覚も落ちている。日本が海外の生産現場と競争させられて大変な苦労しているのをまったく知らないという現実。この方は、行政が海外に生産が移っていくのを助けるような政策ばかりやって、企業努力で国内に生産が残るとでも思っているのだろうか。国の経済の舵を取った人でも、自分が反対に舵を取って、この船は正しい方向には行かないよ、では困る。

旧の共産主義国が低落しがちな自由主義経済を普通に越えていき始めている中で、政策が旧共産主義国のようにがんじがらめの法律で規制ばかり吸い上げて国の指導に従えみたいになって、外資には自由に日本の法律も及ばず市場を取られて、内弁慶な国家行政って、江戸時代の悪徳奉行そのものじゃないのかと思う。

なんで、原発関連では死者や健康被害が出ていても環境庁や労働基準監督局も動かないのだろう。一番あかんじゃないのか。国にしても高濃度の残土はアスベスト以上に危険なものなのだが、それを全国にばら撒くようなことやるのは駄目だろう。水俣病やアスベスト、HIV、C型肝炎、などのたびに反省の言葉たれるけど、国が、避けられる別の方法もあるのに、利権にまみれて多くの人の健康や命を奪っては駄目だろう。体内被曝すれば危険性は数千倍なんだという当たり前の事実もわかっているのだろうか、チェルノブイリの石棺化した管理のほうが多くの消防士などの死者を出したが、意図的に見えない無限大の危険を日本中にばら撒くよりましだろう。

危険なものを推進した旧ソ連の片づけを、いざというときには国民の命を守るために自分の命を投げ出す覚悟を決めた消防士たちが片付けたということでそれはそれでひとつ筋が通っているような気もする。普通、民間企業が残土をばら撒くようなことをやったら日本全土を汚染に貶める極悪企業として国に罰せられるだろうが、原発のように国が絡んでいれば、合法化してこれをやってよいのか。汚染土をばら撒く話でも、原発と同じで管理できるとか安全といって、撒いた後のリスクや責任をまったく考えていないのが、原発行政の変わらない体質そのもの。豪雨や台風の土砂災害だけで道路も流されて一発だろうが、どこのいいかげんな口が管理できるといっているのだろう。原発行政は素人の隠匿行政、やばいんだよなあ。
2016年07月13日
今日は午後から大阪ハンドメイドフェスタの説明会。はじめての出展になる。心配していたよりも準備は簡単そうで、販売する商品に準備の重点を置いた方がよいと思える。

大阪府の方から声を掛けていただき、関西ファション連合の一員として出展させてもらうのだが、非常に自由度が高くて、会社の特色を出して売りやすい。集団出展というのは、何かみんなで作って発表みたいな形が多いが、それが売れたとしても食べていけるのは一人か二人だろうと思える。個々の企業の特色を最大限に活かすような出展が大事ではないのかと思える。

大阪の商社の方が、手頃な小物が人気という話。キッチンクロス増やさないとならない。家に帰って考えたが、来た人が面白いと思ってもらえるためには、やはり生地をたくさん持っていこう。
2016年07月12日
最終日のテキスタイルマルシェは、雨の中、お客様少な目。今回の9F全体の手芸雑貨テキスタイルマルシェを昨年の7月とくらべると、出展のみなさん全員が去年より全体的に活気がないという印象。これは消費税の話どころではなく本質的な日本の経済の赤信号であろう。この一年で、経済はそうとう落ち込んだのを感じる。百貨店でもお客様の流れが多いのが無料のイベント、テレビCMでの有名犬が広場に来たときにはそれを楽しみにしていたお客様が実物をみようと人だかりができ活気が生まれる。

国内経済が活発化させるとか、夢のない話で経済活動というのは自然に活発化していかないとならないだろう。国規模のプロジェクトにしても、東京大阪間が、新幹線で2時間が、リニアで1時間になってもそれほどすごい話でもないのだが莫大なお金がそれに費やされる。子供のころから憧れの話が、まだ、2045年というのも、日本の国力の低さをあらわしているだろう。東海道新幹線においては、わずか5年ほどで作り上げられてしまうものであったが、技術というものの高さを見せ付けた。しかし、今の日本にはその力はない、何十年も掛けて利権の絡んだ馬鹿高い重荷を背負うだけになりそうで、やることというとリニアを普及させるために従来の新幹線を廃線に追い込むことくらいだろうか。新幹線は終焉を迎え、全国リニア化に進むだろうが逆に住みにくい世の中になってそう。

飛行機でも関空を立ち上げて伊丹を閉じるみたいなことやったら国内旅行の利用者は迷惑だろう。関空までのアクセスが費用も高く大変なのだ。日本はまだ鎖国思想が根強く続いているのか、利権の独占できる出島つくりたいのだろうけど。そろそろそういう権威主義でのインフラ開発はやめないか。国際競争力がどんどんと落ちてゆくだけ。
2016年07月11日
今日はテキスタイルマルシェが終わってから打ち上げ。普段一人で仕事することの多い人というのは、私もそうかもしれないが外からすると驚くようなぶっきらぼうなことを言うものなのだろう。男性人の口の悪い件の話が出ていて、女性人が冗談交じりに指摘。

どういうあたりで、話をするのかというのは集まる面子次第なんだろうと思う。私自身はテキスタイルマルシェで、ほかの会社さんが取り組まれていることなどを聞くと自分もがんばらないとなあと思うことも多いし、ほかの社長さんたちと話をすることで、自分の感覚というのがどの程度一般的には通用するのかというのも雰囲気がつかめる。

自分を殺して人に合わせることのできる聞き上手な社長さんというのは立派だなあと思う。聞いておられるのに私が喋っているときにでも、その方の聞き上手に驚いてしまうことが多い。経験が豊富なので自分の体験のように聞いてくださり、また、聞いた後適切な助言なども下さる。テキスタイルマルシェではないが、話をすると自分が上か下か、勝ち負けで話をしようとする方もおられて、それって話する目的じゃないと思う。

林与なんて、やるからにはとことんというところがあるので、自分が動くときにはやるからにはとことんなところまでやってしまうところがある。それがあるから普通は普通にやってできないことが5倍10倍の時間を使ってできたりする。外の社会というのは日本のものづくりにそういうところを求めてくださっているのだろうと思い、林与のような会社には合ったスタイルではないかと思える。別のアプローチとしては量産型で価格競争力で勝負するような会社さんもあるだろうが、林与の場合それは無理な話。

お客様などでも弊社の生産環境や生地に興味を持ってくださるが、ベクトルが同じだと相乗効果が期待できる。ベクトルが逆方向だとブレーキとアクセルを踏むようなものづくりになる。林与という会社はものづくりに関しては自由度の高い会社で、手元にある材料でそれなりのものを作り上げることができ、何か作ろうとするときにアイデアが形になりやすい。会社にある着分などでもひとつに10万円とか掛かっているものが多く、作らずしてもそれを見れば大体こういうことだなあというイメージがつかめたりする。

そういう着分をみて、これが全部売れたらよいのにねえとかいってくださるお客様も多いが、洋服をつくられる方というのは、上手な人が、一日二日の作業で洋服が作れたりする。織物の場合は、何人もが、一つに何週間の時間を掛けて作業し、外部に対してもサンプル扱いで費用も掛けてあるので、10万円でそれと同じものを3m作れといわれても商売としては成り立たないことが多い。

テキスタイルマルシェでお隣の澤田さんが、過去のハンガーサンプルを手ごろに販売されていた。プロの私の目からするともったいないなあと思えるくらいなのだが、糸商なので、どのサンプルもデータさえあれば再現が可能ということ。それを聞いて良かったと、安心したと同時に、織物と編み物はそこまでも違うのかと感じる。糸を売るためのサンプルで、糸に強みを持っておられるのが味噌なんだろう。
2016年07月10日
今回のテキスタイルマルシェで見つけた面白いもののひとつに、棉生テキスタイルさんの、パンダとかのキャラクターがプリントされた綿の布が柿渋染めでハギレとして販売されていて、なんでも柿渋ですねえと。かわいい子供用のキャラクターの白地にブルーのパンダが柿渋に濁って、私的にはちょっとシュールに感じる。

CHICAさんのところでは、マネキンの顔が棚に飾ってあって常にそれが私の目には一番目に入ってしまって違和感。でも、林与のリネンちゃん、ラミちゃん、ヘンプくんみたいなものかと考えると、似たようなこと自分もやっとるんで経営努力のひとつなのかも知れないとも思えたり。

吉田さんとところでは帽子なのだが、私なんかは髪の毛がうすいので帽子を被るのが良いのかもと思いながら、携帯でもすぐ失くすので、帽子は確実にどこかに置き忘れてしまうタイプで、みんなに迷惑を掛ける。そういうの考えるとフードつきのフリースが私には良い。

会津木綿のはらっぱさんのところでは、棚に飾ってあった赤いかばんがかわいくきれいに見えた。リネンであんなのができないかと思うが、リネンは厚織りしても綿よりも腰がないのでかっこいいリネンかばん案外難しいのだ。会津木綿が着尺幅を守ってそれでフル稼働というお話、小物アイテムなど展開されて機場が回されているのは大変参考になる。そうなると縫製との融合も大事。会津木綿の色使いなども特徴的でそれを大事にしておられるのも価値の源だろう。
2016年07月09日
今日は、依頼を受けていた大きなテーブルクロスを朝に作り上げて店頭でのお渡しが完了。朝は雨が降っていてお客様は少な目、お昼過ぎから会場全体が混雑。午後からは近くのクロネコの営業所から発送。午後3時以降は落ち着いた感じで、お一人お一人お話しながら対応。

今日は最後のお客様がリネンを扱っておられる卸業者の方で、うまく染まらないという問題を抱えておられるお話。そういう原因不明なことが起こりがちなのも私自身も、織り以外にも、いろんなトラブルに悩まされながら仕事しているので、責任をもって企画するというのは実際の作業をする人よりも大きな責任が付きまとう。原因がわかってもそれに対応できる会社とできない会社があるもので、国内もだんだんと海外と似てきているのも事実。一方で、やり直す時間もない計画で本番の計画が進むことがほとんど。1

終了後、まいこ先生と南さんと食事。終電に乗れて帰ったが、能登川のひとつふたつ手前で降りたお客さんが、黒い財布を電車の座席に忘れられそれに気がつき。能登川の駅員に届けて、本人に必ず届けてあげてと厳しい目に駅員に伝える。お金も数万円入っているけどそれよりも各種カードなんかも入っていてなくされて相当困られていることだろう。無事に届くことを願う。

駅前の格安チケットの自販機が3000円を飲み込んで最後の1000円が認識できず動かなくなる。困った話だが、機械化社会ってそんなものと割り切って、隣の販売機で買った。3000円は面倒だが後日対応しよう。JRも京都大阪間は極端に安くしている。1660円ほどかかるが、区間を組み合わせて使えば、1280円。なんか間違っているような気もするほどの差額が生まれる。まとめて買うほうが損な料金体系。
2016年07月08日
今日はテキスタイルマルシェ3日目。朝、乗用車のバッテリーが上がってジャンパーケーブルを探す。見つけるのに手間どり、見つかったが作業時間なく軽バンで出発。出発前にすでに体力消耗で、大阪駅でちょっと休憩して電話など数件済ませてから百貨店のバックヤードに入る。

一番最初のお客様は繊研新聞の馴染みの方でテキスタイルマルシェを覗かれるというのは珍しい、初日もリネンの糸商さんが得意先回りの前に顔を見に来てくださったり、東京テキスタイルマルシェでも、滋賀の地元の方が様子を見に来てくださったりと、テキスタイルマルシェも林与の数少ない情報交換の場であったりする。話するなかで教えてもらうことは多い。

今日は朝から多くのお客様、午後4時くらいまでお客様が続いて、外は雨が降りだし、それ以降はお客様は減って食事休憩。食堂がもう閉まってて、コンビニで100円セールの赤飯おにぎり4個とお茶。非常に美味。外を眺めながら阪神百貨店は立て替え工事中、先月の阪神さんでのイベントのことが思い浮かぶ。

今日は9時の閉店後、配置換えなど。少しコンパクトにまとめて、でも、林与ロゴ看板はより大胆に見える。今晩は林与パンフ印刷しよう。多くの方が新しいお客様で林与という会社があるということを知っていただくことは大事。最近は、いろんな作家の先生のご紹介などで林与にたどり着いてくださるケースも多く、恵まれているなあと感じる。
2016年07月07日
今日は2日目。「林与」ロゴ看板が、阪急うめだ本店9Fの壁に取り付け完了しました。昨日は殺風景だった林与の売り場が、ちょっと気合が入ったように思える。昨日までの暑さにうだるような疲れもまったくなく、調子が上がってきました。お客様もたくさん来ていただいて、初日に来て下見されたお客様がもう一度来てくださり生地を買って下さるケースも多かったです。

夜、帰って夜11時前の出荷。出荷したうちのひとつが、東京のハンカチ屋さん向けだったのだが、運送屋の責任者のにいちゃんが、ここは会社なのと聞いてきたので、「お店、世界一有名なハンカチ屋さん」というと、ほかの同僚に聞いてもその同僚も、そのハンカチ屋さんを知らず。でも、こうやって私の出荷先を覚えてもらっておくと役に立つときもある。たぶん、次に送るときには私が言う前に、「世界一有名なハンカチ屋さんあてやね」って。

今回のテキスタイルマルシェでは、京都のお店が多いか。Y’Sさん、大江さん、アートファイバーエンドさん、川端商店さん、綿生さん、京都の染めのプロ集団さんと半分が京都の出展。京都って、昔は林与も問屋さん経由の仕事がほとんどだったけども、問屋さん以外にも実際の工場でもたくさんある。それを見せないようにしているだけで、普通の家やビルに見えて中は工場というところも多い。
2016年07月06日
今日は阪急うめだ本店テキスタイルマルシェ初日。朝の8時に百貨店到着で準備開始、なぜか暑さに弱くなりすぎで、一人準備しながらも一人オーバーヒート。なさけない。何が問題か、エアコンが動いておらず、着ている綿のシャツが暑いのだ。

つくるときめき文具雑貨マルシェの中の一角での開催で、10時の開店と同時にお客様の流れは多い。
2016年07月04日
今日はテキスタイルマルシェで出品する反物を梱包して車に積んで、阪急さんの納品業者に持ち込み。反物を外で準備しているときに、今年一番くらいの大雨。夏の雨そのもの。暑くてウダっていたので、この雨は嬉しい。

大阪には夕方5時ぎりぎりに着いて、帰りはパーキングエリアで5回も休憩。疲れてちょっと寝るの繰り返し、帰ったら夜10時。いくつかメールなどは対応をしたものの、ほとんど仕事のできなかった一日。
2016年07月03日
英知の詰まったものといえば、普段使っているパソコンなんかがあるだろうが、自動運転の限界もパソコンの限界と同じ程度であろう。業界の利益に傾倒しすぎて消費者の心理行動なんてものも理解しないと、自動車事故は増えるだろう。

現在の自動運転自動車というのは、信頼性が低すぎて、しかも、人との衝突も1秒程度前にアラームがなっている。まさに大事故につながりそうな状態。メーカーも注意書きを書けば責任が逃れられる程度に考えていると、自動運転の導入は、自動運転自動車が開発されたがゆえに起こる事故が増えるだろう。オートマ自動車も便利だが、アクセルとブレーキを踏み間違えるとかの問題や、ハウリングして勝手に自動車が動き出しての問題など、便利な裏には事故を誘発する問題も存在する。

合法としてしまえばそれで終わりなのだろうが、飛行機ですらも、飛行に影響があるからと携帯電話など無線機器を使わないようにしているのに、普通の自動車レベルでそれを上回るような、電波障害が起こらないとは限らない。パイロットでも飛行不能に及ぶような不可避な状況を、一般の普通の運転者が遭遇する確立はもっと高いだろう。

日本メーカーが利害対立問題が絡むアメリカで自動運転自動車で死亡事故を起こしたら全車リコールとか、調査するアメリカの組織の判断次第なのである。自動運転だけですむのかという問題もあるだろう、リモート運転というモードに進化する可能性もある。コンピュータウィルスじゃないけど、誰かに勝手に乗っ取られて事故みたいなことも悪用すれば可能になったり、コンピュータで起こる犯罪と同じことが起こりうるのだ。将来は、タクシー会社が無人タクシーみたいなものすらも検討しているというが、なんか兵器開発と同じような路線で開発ありきで、儲け話が先行してしまって冷静な目が足りなくないのか。

自動運転自動車も、事故が起こるとは想定しておらず原発と同じ。人間が注意していても事故が起きるのに、人間が注意しなくなってしまえば事故はもっと起きて当たり前と思える。今の信頼性の高いといわれる自動車でも機械的ではなく電気的になり意味不明なバグ連発。家電製品でも注意しないといけないのがコンデンサーの問題で、1年ほどでコンデンサーが劣化し始める。法律を変えるくらいに政治力のあるメーカーなら、人命くらいの問題は度外視で利益重視で推し進めることができるだろう。

メーカーの日差しが強かって本人が運転していても同じく事故は起きたとか責任逃れすぎる態度にも驚く。横からの衝突を想定してのブレーキは働かないとか。開発している人たちの感覚にも問題がすでにある。トレーラーの色がとか理由にもならんけど。開発する人の部分に限界を感じる。日本メーカーにしても自動車産業の巨大企業になれば、たれがどうプログラムしてどういう問題があるのかとか担当者でもわからんことが多いだろう。
«前のページ 1 ... | 75 | 76 | 77 | 78 | 79 | 80 | 81 | 82 | 83 | 84 | 85 | ... 184 次のページ»