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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2016年07月02日
自動運転の死亡事故に責任が取れない自動運転車。メーカーが自動運転は補助的な機能ということで責任逃れをする。自動運転で、コンピュータが安全と判断したときにいきなり判断を求められて困るのは運転者だろう。今回の事故も自動運転でなければ起こらない事故だったろう。それを利用者の責任で終わらせればこういう事故はなくならない。

なぜ、自動運転を推し進めるのかという問題がある、そこには利権が大きく絡んでいる。日本の自動車業界が進んでいるといえども、死亡事故なんかがあって、自動運転で死亡事故があれば製造メーカーの企業責任が問われ、その責任を逃げれば企業はほぼ潰される。原発とおんなじで、企業の利益が裏にある政治問題なのである。

自動運転なんてものは、死亡事故につながる可能性があるからやってはいけないと注意するくらいが、事実の話で、作っているメーカーがそのような態度なんだから。車だけでなく、原発や船舶や航空機の自動運転で、機械が危険というが安全装置を利用者が無視してはずして、事故が起こったとかわからんでもない。

たとえば、織機というものは自動に運転できるようになっていて、縦糸切れ横糸切れで自動的に止まる。縦糸も横糸も切れていないのに、運転にしても止まるときがあって原因が不明だが、そういうときにやるのが、縦糸切れ横糸切れの感知を殺して織るとか。大きな問題につながることが多い。今朝も、何も悪くないのに止まるとかの問題があって、結局、センサーを強くしすぎて横糸切れが起こっていないのに、横糸切れを感知するようなレベルまでセンサーが上がってしまっていた。織機に問題があったというよりも、程度問題なのである。

自動認識も同じで、画像に移ったものを分析する日差しが強くて、画面が真っ白になれば、コンピュータでも認識は不能なのが当たり前。程度を調整する作業というのは、カーナビが、方向音痴になってビルの中を走るのを元に戻すくらい難しい。カーナビで問題が発生したときには、自動車を運転するよりも難しい問題に直面する。

日差しが強くてトラックに巻き込まれて死亡事故、たぶん人が運転していても同じように死亡事故につながった可能性もあるだろうが、人だったら言い逃れできない自己責任な死亡事故。人を殺したら、過失や犯罪者として責任を追われただろう。機械がすると人にまた責任が及ぶが、製造者ではなくて利用者に責任が及ぶというのが怖い味噌。

機械がやったら仕方ないとかPL法などの観点からしてもありえないだろうと思うが、弱きに責任を追及するのが法律。法律の判断ではなく、そこには目的が潜むことも多い。政治判断が裏にはあって運転しているものの責任を追及するというのが結論。人に対してはコンピュータに対してよりも厳しい判断が下る、そういう前提のもと、自動運転を安全だと推奨するというのは危険行為に近い。原発を安全だと謳うのと似ている、事故が起こったときに、何が問題だったのかということを解明しようとしても、利権の絡む政治問題が裏にあるので、本当の原発の問題には追求が及ばない。

今の時代のビジネスというのは、法を超えていくところに莫大な利益が存在するように思える。法に従っていては、自動運転車なんてものはそもそも開発できない。法律を好きなように変えることが出来て、失敗が起こっても潰されないくらいの力を持つものが裏にいると大きなビジネスチャンスが実現する。たとえば、YOUTUBEだって、著作権の侵害だらけだがOKで、アマゾンでも同じく著作権の侵害が絡むがOK、GOOGLE EARTHなんてのも肖像権やプライバシーの侵害が絡むがOK。アメリカ企業には、日本の行政システムは規制が及ばない。不逮捕特権のある大使扱い。

諸外国の法律を超えたものが適用され、それがアメリカのビジネスチャンス。日本企業が同じことをやると会社は当たり前の法律の壁にぶつかり確実につぶれる。ビジネスが、政治的に成りすぎて、成功するものを失敗するものが最初から決められてしまってケースが大半であるのは残念ではある。巨大成功ビジネスが、海外の政治力のある胴元ビジネスばかりになって残念ではあると思う。

アメリカは、今回はたまたま製造がアメリカの企業だったが、基本、製造という部門の責任を嫌い、サービス業的な部分でノンリスクな部分で権利を行使し、自分の好きなように法律をつくったり改正したりする。ディズニーの著作権が絡んで、著作権の期間が延長されるとか。ディズニーの裏にも法律を牛耳れるような力が存在するのも事実。

力を駆使して、ノンリスクに金儲けができるのはスマートなのだが、まともなリスクをかぶって仕事している人を潰すような法律も多くなってきて、そういうノンリスク層ばかりに資本が集中していくというのはどうかなあと思える。資本主義の現実なので仕方がないことなのだろうか。

昔、ある方に、繊維の仕事って、現実的には、デザインや企画じゃなくって、資本力だという、つまらない、さびしい話をしたことがある。夢を砕くかもしれないけど、それ以上に強い力で、成功するのも資本力や組織力という、そういう業界のつまらなさを乗り越えてもらいたいと思って正直な話としてしたものである。デザイナーになられたが、切り口がその方らしくって、そのブランドはこらからさらに大きくなっていかれるだろうと思う。私自身も代々の老舗の看板で商売しているところがあるが、看板ビジネスで既得権益におごりすぎていないかという気持ちになることが多い、何十年の経験の人が正しくものがつくれないとか売れなくなっても、プライドだけが高く残るとかが現実業界によくある話なので、気持ち的にはそういう本気のゼロからでも自分がやるぞみたいな方が繊維業界を担っていって欲しく応援もしたい。いろんな方ともお話しするが、強いと思うのは自分のお金を守ったり時間や手間を節約する人ではなく、お金や時間や手間を仕事に費やせる人、カネとかチカラじゃない人間的な本質的なところに惹かれる人が強いと思うし、宣伝広告費じゃなくって、そういうところがブランドビジネスの根底であってほしいと思う。

日本国内でも林与の生地って高すぎるといわれるし、ヨーロッパに行ってもいわゆるヨーロッパのリネンより高いといわれ驚かれる。林与も田舎の零細企業なのに、それで商売が成り立っているのだから恵まれすぎているなあと思え、逆にそういう恩恵を受けるからには前線の兵隊でなければならないと思える。

昔の業界の兵隊さんで、現在業界の重鎮で国際的な場で講演されたり先生中の先生な方たちも、昔はサラリーマンながらも、サラリーマンの枠を超えて仕事され無理難題を乗り越えられて役員になられるのも当たり前とお話を聞いていても思う。そういう方が、展示会で私を見かけると声を掛けてくださり応援くださる。林与も、普通だと死んでしまうのじゃないかとう一線も度々も仕事が絡んで経験をしているが、そのくらいじゃないと厳しい時代の産地の織りの現場なんてものも守っていけないであろうと思える。繊維をとりまく環境からして行政がブラックということもある。たとえば、国の方と話をしても、日本のものが海外の新興国に高く売れるはずないという頭でありながら自由貿易やTPPとか、企業経営者が会社存続のためにがんばろうとしても、国の役人が海外でのリップサービスや自分かわいさに日本の繊維業界に大きな負担になる爆弾を仕組むことも多い。

身売りして役人が生き残る、アメリカをはじめ新興国にも負けるのも当然だろう。役人が世辞判断するのだろうが、経営判断としてはミスが度重なる。諸外国の繊維産業よりも日本の繊維産業が一番成り立たせるのが厳しいという結果を招く。繊維で起こったことが、ほかの業界にもおよび、大手の家電メーカーが窮地に立たされる。政治家や役人にとって、諸外国との駆け引きの中で国の身売りを招くようなことは諸外国の国益につながり簡単なのだ。力のない政治家や役人は交渉が下手なのでそれをやりがちで、その尻拭きは、繊維関連の家族経営企業が担うとか、厳しい話なのである。

狂牛病問題でも、国内の蓄牛農家は厳しく規制され無駄な費用。アメリカ牛肉は危険性があっても、輸入可能。なんじゃそれはなのだが、国内に、大手を守り零細を苦しめるような行政の体質があって、国内の規制にしたがうまともな業界が傾くのも国策のひとつで当然だろうなあと思える。力関係で生きている人というのは力に弱い。
2016年06月26日
百貨店のイベントでは、昔のアイリッシュリネンのお話などをさせていただいて、林与が本来理想とし追い求めるリネンの風合いなんかのお話もさせてもらった。昔のアイリッシュリネンなんかは、単なるラベルではなくて、実際に風合いが今のリネンとはまったく異なるのである。昔のアイリッシュリネンの風合いをしっている方々は、昔はリネンってこんな感じだったという話になる。そういうものを追い求めているのは、リネン業界でも私を含め少数派なのかもしれないがアイリッシュリネンというのは単なるラベルじゃないと思う。

実際に産地偽装問題なんかでも食品では謳いとした文言において他産地の牛肉を使って、全国的にテレビニュースになりすべてリコールで信用も失う話であるが、織物においても海外産や他産地産が産地物として販売されることが多いだけに消費者が一番くらいにセンシティブに捉えている問題なのを感じる。繊維においても産地偽装や品質偽装で企業イメージやブランドイメージが台無しになるケースも多い。商売をするからは、本質的なところで消費者の信頼を裏切らないというところが一番気をつけないとならないところだろうと思える。

先日も、地元の業界の組合の理事長が起こしになられお話したときも消費者の判断が一番大事ということを言われていて共通の認識があるなあと感じたのである。日本の繊維の世界では昔からどうやって偽装して金儲けするかという業者とまともな業者があるのを消費者もしっていて、昔のほうが着物なんかに対しての一生に一度の買い物なんてのもあったから、偽装のないものを手がけるのが商人の信用に繋がった。近江商人なんかがはるばる地元の織物を遠方まで持ってきたのを本物であると信用して消費者が使ってくれたのが原点にある。今の時代というのはどこの産地にいっても産地産の生地が手に入るかというとそれも難しいところがある。近江湖東産地でも、海外や他産地に生産が移り、産地での麻織物の生産は壊滅状態に近い、ある地元の社長さんももうすぐ産地で機屋はなくなるだろうという話を私にもされるが、そうなったら近江湖東産地も麻織物の産地ではなくなり、他産地産生地を扱うかつての産地となってしまう。

その部分は自分だけ損得のことではなくて、自分で織り続けることが産地を産地として存続させるひとつの役割というか意味にもなろう。織物を織るというのが生地の産地用件であっても、技術の高度さ、その製造作業にかかる手間とリスクの大きさ、設備維持の大変さから、機屋というものは廃業の道を選ばないとならないのだろう。2年ほど前に高齢で廃業された機屋さんがある方から能登川地区では自分のところともう一社しか残らないだろうといわれていたという話で、それが結果実際の話になり実際に生産されていた最後の2社のうちの一つであった。もう一社も火事に逢われて復活されてやはり気持ちからして仕事に前向きであられるところが存続をされている基本であろう。林与とは織っておられる分野が異なるが、同業者としてしっかりと織物を織り続けておられる姿勢は尊敬するのである。年をとって正しく織物の仕事をして、競争にも勝ち残って行くなんてことはなかなかできないことである。年をとると仕事に驕りが出て技術はあってもまず正しいものを作るところまで行く事ができなくなるものだ。

私も50歳手前になってきて、リスクを背負って産地で織物を継承できるような人を育てるというあたり考えている。織物会社に勤めておられた何十年の経験の人でも織機をもって独立されてもそれが続くことはほとんどない。産地に新しいコンセプトで入って立ち上げられた機屋さんがあったが、さまざまの工程が付きまとうので所帯はどんどん大きくなって、売れない1年、2年続くと資金的に持たなくなるものである。機屋というのは洋服を作るアパレル以上に、人、物、カネ、技術、時間が必要となり。一つの試作するのに洋服なら1万円ほどの生地代プラス自分の技術くらいでがんばれば数日で見本完成だろうが、織物の場合には、一つの布を作るにもその10倍のお金と時間が掛かるものである。
2016年06月25日
自分で判断と行動を繰り返していると、いろいろな人とのつながりが生まれてくる。自分で10回のチャンスを求めて1回を引っ張ってくることによって、その失敗した9回で、人の冷たさ温かさなんかも知ることもでき大事なのだと思える。そういう9回の失敗をしなければ安全に生きていけるだろうけども、見えない本質ってあろうかと思う。日本の繊維業界が全般として苦しんでいるのも、そういう安全なものに守られたい人が増えてしまったから、衰退のマニュアル的な軌道に乗ってしまっているだけだろうと思える。

力関係に依存していると、10回に9回成功かもしれないし、人間関係もうまくいっているように見えるけども、外部からみると本質が薄いという部分は否定できないだろう。サラリーマンみたいな組織的な状況で物事が進んでしまって、自分の命を仕事に掛けるみたいなところすらなくなる。苦戦されていることの多い大手アパレル企業にしても、サラリーマンの集大成みたいなところがあって縛られすぎていて、傾きかけた組織というのは大きくなると解決方法は崩壊するしかないのだろうと思う。

大手企業でも国が救っていなければ、たとえば勝ち組の自動車会社でも数年前に消えていた可能性すらある。そのとき国は、法律を作って、全体とすれば従業員給料と関連企業の社員給料に相当する休業補償を税金から数兆円を出して経営を支えた。それがなければ経営危機が表面化してその会社は経営がより悪化していただろう。共産主義的モデルが大企業に対して働いたことでその大企業は生き残れた。国民の税金の力で生き残れているだけのことで日本企業なんて、そうでもしないと数兆の利益をあげることはできないのだ。法律がそういう優良企業でも経営の波で存続が難しいラインにできあがっていて、法律による経営危機を支える国からの救済がなければ優良企業でも存続は難しい。

力に奢ると、物事にたいする苦労が馬鹿らしくなるところがあるだろうが、実際、苦労している人を一度でも笑ったらおしまいなのである。そういう人に苦労はできない。日本の国にしても中国を笑っているうちに中国に追い越されてしまったところさえある。日本のアパレル業界で一番の勝ち組といわれるところも実質的には日本製でなく中国製という現実。5年10年で物事は実際に仕事したもの勝ちで移り変わってゆく。楽して苦労している人を笑っている人というのはまったく大したことないけど、苦労している人ほどものごとの本質を知り力強いものはないと思う。
2016年06月24日
携帯電話を、阪神百貨店のイベント準備の日に会社に戻って紛失してから、1週間。今日見つかった、どこで見つかったのかというと。なんと工場1Fの織機の横の机の上に、判りやすいように普通に置いてある。それが今までなぜ見つからなかったのかという話なのだが、探している時間もないほどに、毎日、会社に戻ってからも百貨店にもっていくものの準備に追われていたのもひとつの理由。私自身、会社でものを置くときにあとで探すのに困らないように、必ず探しやすい場所に置くようにしているのだが、それでも焦っていると見えなくなるものだ。

普通の方のように、いろいろと自分のことの準備をすることがなかなかできない。たいてい、ほかの人の仕事の問題を解決するのに時間を使って私自身の準備ができないとか。何か物事をするときに重い腰を上げないといけないようなときも、その役割を経営者なので私が担うケースが多いのだが、そうでもしないと普通のちょっとしたことが壁になって、仕事なんて前に進めることなんてできないものだ。

今日は、英国のEU離脱のニュースが飛び込んできたが、それが民意なら結果を受け入れるのも国民なので仕方のないことだと思え、国民が望んでいないようなことが行われている状態のほうが安定しているのかもしれないがそれは国民を騙してしかなりたたない状態であろう。日本だと国民投票にしても、そのまま記入しないで投票すれば現状維持に賛成みたいな、ごまかしをやるだろうなあと思う。英国は先進国でもまだまともなんだよなあ。

国民投票を嫌うのは、権益におぼれている後ろめたいことのある為政者である。国民として国を支えていく気持ちもない。東京の都知事の問題でも、大半の人々が都知事としての行動としては不当でやめるべきだと考えても、日本の民意を反映しない民主主義システムでは、大きな権益が裏で動いてあの都知事ですらも辞めさすことすら難しいし、やったことを元検事である弁護士が違法じゃないといいはる。元検事というレベルの低さ、日本の法システムの本性が東京都知事の問題でも見えてしまって、政治3流といわれた日本で情けなさすぎるのだ。一般の国民に対しては法律で縛り上げ、特権階級はザル法で、取り締まるべき権力もなく、日本が笑ってた悪徳な旧共産主義国家のイメージ。ああいう都知事は、テレビにでると子供たちの教育にも悪い。これからの日本の子供たちが都知事みたいになってしまったらと思うと辞めてもらってよかったといえる。法律が立場の弱いものをつくり、一方で利権をむさぼるものには法律は及ばない、利権に絡んで法律ができあがり、法律が諸悪の根源というのも改善が難しいレベルの法治国家だよなあ。
2016年06月21日
慣れてきたと思うと最終日。今回は、会期中の1週間で2回来てくださるお客様が5人もいてくださいました。慣れない対応だったとは思うのですが、どうしても初めてのお客様とは緊張しすぎてて、2回目にお会いできると緊張も解け林与のリラックス度が増していたかもです。今回は店頭で初めて林与の商品をご覧くださったお客様、また、林与のネットやミルツルさんのお客様が林与にお会い下さいました。一緒に出展下さりワークショップしてくださったミルツルさんには準備の時点からご主人にもお手伝いいただき大変お世話になりました。

次は、7月6日から始まる阪急百貨店9階での、テキスタイルマルシェです。キッチンクロスの在庫がすごく少なくなってて急いでこれからおつくりする予定です。生成系から白系へと売れ筋が変わってきたように感じるので、白ベース系のキッチンクロスを増やしたいと考えております。目標1000枚(1000種類じゃないです)つくれたらと思っています。

最終日はお客様が少な目でして、お声の多い小ロットでのリネンハンカチの縫製が社内でもうまくできないかと、店頭のワークショップミシンを活用して練習していました。プロのハンカチ縫製に並ぶには練習が必要な感じです。小ロットでの対応など外部に出し難い仕事をどう中でこなせるかなども、お客様の幅広いニーズに応えるためには外任せばかりだと難しいと思います。外が敬遠されがちな仕事にどう対応していくかというあたり、自分自身で取り組むことで解決方法が見つからないものかとすでに手一杯の中ながら、こなせたらなあと思うことはたくさんあります。

数日前に、愛知川地区がテレビで紹介されたということで、それをみたお客様が何人もその番組でのことをおっしゃって下さっていました。近江上布の実物をみたいと思われておられた方もあって、近江上布のハギレや反物を展示してよかったと思います。今、広幅で絣を織るプロジェクトもスタートし試行錯誤中です。海外のオートクチュール向け、また、日本のアパレルブランドが海外に日本のイメージを伝える布として、ジャパンテキスタイルのひとつの顔となればと願っています。
2016年06月20日
今日はミルツルさんのワークショップ2日目。ワークショップのお客様は、ブルーのワンピースを縫われている。このワンピースのすごいのは本縫いミシンだけでつくれるところで、ジグザグ縫いやオーバーロックミシンを使わない。市販のソーイングブックのワンピースをつくるときは、ジグザグ縫いやオーバーロックミシンが一般的で、市販のものでは普通はそうなのだが、ミルツルさんのワンピースは本格的なテイラードな仕様である。

ミルツルさんのワークショップは、両日とも午前の二人と午後の二人の合計8名の定員が予約で一杯になってしまって、店頭で見本のワンピースをご覧になられて、ミツルツワークショップをしたいとか、ワンピースがほしいといってくださった、お客様が多かった。林与の生地をつかってミルツルさんが作って下さった作品が合計3点ディスプレイされていて広い場所に3点というのは少ないように思えるが、十分に作品がオーラを出していたように思える。ひとつは、3626刺し子を使った作品、もうひとつはシルクラミーにプリントの作品。そしてワークショップのワンピース。

3626刺し子は、ミルツルさんが布を織っている風景を取に来てくださったのだが、前日、縦糸に爆弾が落ちたようなトラブルが発生し徹夜で準備していて、朝から待ちに待ってもらって、午後3時くらいになってようやく織れ始め、織れ始めたと思ったら今までの苦労はなんだったのと思えるほどに、春の雪解けを思わせる気がした布。私のペンティアムプロセッサーがフル回転して、ミルツルさんが描かれた手書きの指図を布で再現した。縦糸と横糸の規格の決定など、最後、布が加工で仕上がらないとどこまで良いかわからないのだが、重たくなりすぎずスリップもしないアパレルに適した程度の感じの布に仕上がるだろうと、キバタ設計し、自分の手でキバタを触って、これなら大丈夫という感じ。キバタを触って、それでよいのかわるいのか感覚がある人というのは少ない。何十年やっておられる人たちでもその判断ができる人というのはいないくらい。私が一番最初この仕事に就いて、織物設計が難しいなあと感じた部分である。色、柄じゃない部分で、後の生地の物性にかかわるところ。

普通は、みんな他の仕上がった生地を真似するのもその判断ができないから。その判断が的確でなければ、機をつくるところから再度やり直さないとならないリスクが非常に高い部分。少し薄かった、少し厚かったで通用する範囲なら良いけど、仕上がったときにその範囲に収まらなければ、出来上がったけどまずい料理みたいなのと同じで食べるのが苦しい料理ということになる。それだけでなく、物性検査で引っかかるとすべてアウトというのが生地創作の怖さ。色柄の創作だと簡単だけど、糸使いまでも含めて創作するといろんな問題と遭遇する。

シルクラミーは、今は途絶えてしまったカネボウブランドのシルクを使用。横糸はスーパーロイヤルラミー。このシルクの糸が林与に残っているのも、カネボウが繊維から撤退することになったときに、作ることができなくなるのを恐れて、日本で手に入るその番手のカネボウの糸を糸商さんに全力で捜してもらって買い押さえしたから、それだけでも数百万円の糸への投資だが、糸の銘柄が変わることが致命的なことが多いので、それは避けたかったというあたり。でも、ミルツルさんの作品をみても、その布の光沢感はすばらしいのは、カネボウブランドの糸だからというところもあろうかと思い。最高な感じの組み合わせの材料というだけでなく、同じく織物規格と加工の選択も自分の経験の中で生み出したベースから導き出されているので自己満足に浸れる布。

ワークショップの中厚地布は、しっかりと織ってあって、コンフォート感のある布。リネンでカジュアル感の世界、ミルツルさんが好まれそうなややしっかり目の生地。売り場では、リネンでもそういう風合いの生地を見かけられることは少ないだろうと思える。色合いも、映えるブルーで、リネンでそういうきれいなブルーは染がしっかりとしていないと生まれない。百貨店の売り場のスタッフの方も、色がいいわあと言ってくださっていた。女性の方は色の好みが敏感で、色もたくさん合ってどの色が良い色でどの色が悪い色というのは本来ないのだろうけど、多くの方に気に入ってもらえる色をというのをわかるわからないの差は大きい。女性の色の好みが分からないと駄目という、布の世界は女性の世界を感じるところ。メンズのカラーがベーシックな黒、ネイビー、茶、グレーなのに比べて、レディースの色というのはさりげなく目立つことも必要。また、ミルツルさんはブルーが好きなのだと思う。
2016年06月19日
今日は、ワークショップが開催される日曜日。朝からわくわくワークショップではミルツツさんのワンピース教室。お使いいただく布は林与の中厚地リネン生地。ミルツルさんのワークショップでおつくりいただくワンピースは、今回のイベントの初日からコーナーにディスプレイされ、そのワンピースをご覧になられて、たくさんの方がワークショップについてお尋ねくださった。残念ながら予約でいっぱいですというお話をさせていただいた。

このワンピースで驚くべきところが、本縫いミシンだけを使ってワンピースが作れるというところ。市販のものでもワンピースを裏返しにしてオーバーロックミシンで、生地と生地の連結部分を縫い上げてしまっているものが多いけど、ミルツルさん仕様では、オーバーロックミシンや、ジグザグ縫いを使わずに、縫い目を見えないようにきれいに仕上げるという手間の掛かる高度な縫製で仕上げる。

参加者の多くがミシンに慣れておられ、そんな高度なワンピースを2時間から3時間で作り上げて行かれる。見た目だけでなく、自分で作ることのできる価値のあるワンピースである。午前と午後、ミルツルさんコーナーではワークショップが開催されていて参加者の皆様のおかげで林与のコーナーも含め活気付いていました。

先月、ものをつくることイベントをされた北原くんがデザイナーさんとみにきてくださり、穴の開いたつぎはぎのボロボロの服を着ておられて、古着で買われたという。ボロボロの服であることが売りであるというのも、人を惹きつけるようなところがあるからだろう。無名のボロボロではなくて、チャンピョンとかのブランドの古着らしい。チャンピョンも私が中学生のころからあったスポーツブランドだが、当時はあまり知られていなくアディダスとかと比べると半分くらいの値段で安いなあと思っていたのに、いつの間にかみんなが憧れのブランドに。品質のよいものづくりをされていたのが、お客さんに評価されたということだろう。

今日は、私が食事休憩中、近江上布プリント柄ストールも買ってくださった客様が、アイリッシュリネンハンカチのこともほめていて下さったという売り場の方のお話。たくさん高級な物が並ぶ百貨店においてもいい感じに見える素材をつくりたいと思っていたので、ものをみただけで違いをご評価いただけ、林与は嬉しかったのである。
2016年06月16日
今日はあいにくの雨、メルマガをみて会場に来てくださったお客様が何人も来てくださり嬉しかったです、ありがとうございました。今日考えさせられたのは、リネンというのは、特別な思いを持ってくださる方が多いということ。長年、林与の生地をネットでご購入いただいていた化学物質過敏症の方が会いに来てくださり、百貨店の中にいるだけでもそうとう苦しいそうで、そんな状況でいろいろとお話を聞かせていただいて、林与の考えるオーガニック的なものづくりだったらどこまで通用するのだろうかという思いがめぐりました、その方が大丈夫ならそうとう安心できるものだろうから。

ほかにも、READYFORで林を応援くださった方もお越しくださったり、いつもネットで買っていただいてくださる方、ミルツルさんのお知り合いの方など、話し始めると長い話になってしまうことが多く、林与の話はじめると長い話を聞いてくださる暖かい皆さんにありがとうです。ハンドメイドストールの作り方の話になったときには、ストールの房を作るために抜いた横糸をもったいないので、ボール玉にして残してくださっているという話にびっくりしたのですが、隣におられた方も私もおんなじと、本当に大事に布をお使いいただいているのを実感します。

今回は毎日店頭にいる予定ですので、みなさんぜひ会いに来てください。
2016年06月15日
今日から阪神梅田本店5階のステージ5での林与の麻生地販売イベント。近江上布の原反も参考展示して販売だけでなく、林与の特殊なものをご覧いただこうという企画も行っております。今日は近江上布に興味を示される方が何人もいてくださいました。近江上布を広い幅で再現するプロジェクトを立ち上げているということも、

再生産を始めましたアイリッシュリネンハンカチなどもご覧いただけます。6月15日から21日の間、お時間あられます方は、ぜひ、阪神梅田本店5Fのエスカレータ裏のステージ5にお越しいただき、いろいろと見てください。今回は生地販売は、カット済みのものを袋に入れて販売しており。キッチンクロスはおかげさまでいろいろな在庫がなくなりつつあって寂しいくらい。リネン糸も60番手の色糸を50色くらいは見ていただけます。

今日は、携帯電話を家に忘れたのでパソコンも駐車場の車の中に置いて来て、お昼休みに近くのネットカフェのパソコンで今回のイベントの開催のアナウンス。近くの方も遠くの方もお時間あられましたら、林与のネットで販売している生地のイメージを感じていただけるかと思います。林与と麻のことに関してお話されたい方あられましたらぜひお立ち寄り下さい。
2016年06月12日
今日は、先日たまたま、会社に布を取りに来るとおっしゃってくれたお客様がおられて、時間がないので、生地のカットと袋詰め作業を手伝ってもらった。シャツ縫製の会社の方なのとプラス、百貨店店頭でのお客様対応もされている方で、生地を扱うことに関しては仕事慣れしておられテキパキ。今日は主に本麻関連の生地を袋詰め。夜、10時頃まで作業は続くがまだまだ、3分の1くらいか。

その方は一日2枚くらいだといわれるが、40年経験とかのベテランさんだと一日に多い人だとシャツを8枚仕上げることができるといわれて、びっくり、びっくり。そんなに早く上手なのかと感心する。織物の世界では年を取るごとにスピードが何分の一にも落ちるのと違って、縫製の世界では年配の人のスピードというのは衰え難いものなのだなあと思える。それか、縫製というのは競争が厳しいのでできる人しか残っておられないのかもしれない。

自分のやりたい仕事に就かれてその道を歩まれているのを聞いて、日曜日にオフで林与に東京から生地を取りに来られる気合もあって仕事が合っておられるんだろうと思える。私が日曜日なら作業も手伝ってくれるならどうぞで来てくださって、その分、生地や麻織物に関するいろいろな話を作業をしながらお話させてもらうのが今後の参考程度にもなられるだろうと。
2016年06月09日
今日は、ある繊維の会社の新人の女性の方とお話した。その会社でのネットプロジェクトをまかされているとのことで、そういう方には本当にがんばってもらいたいものである。がんばってもらいたいといいながらも、自分の給料は自分で稼げるようにいつかなるというのではなくて、すぐにそうなるように動いてもらいたいのである。できることをいくつもやってみられることが大事だろうと思う。私の自身も、10やってみて、そのうち2つとか3つが、数年後に実際の商売に繋がってくる程度なんで、私自身のやり方がまずいのかもしれないが仕事の本質ってそんなものじゃないのかと思える。

ものづくりって職人的なサラリーマンとは違うような要素を崇めながらもそれを扱う人々がサラリーマン的な考えでそのものを扱ってしまうと全体の職人思想そのものが成り立ちにくくなるものである。私自身からすると職人の概念にしても限られた仕事をしていて食べていけるならそれは幸せすぎる仕事だろうと思える。生き残っているものづくりの現場というのは日々切磋琢磨されていて、技術の向上というものがあってほかと差がついて生き残っておられるだけで決して楽ではないだろう。

私自身も若いとはいえない世代になって、これからの人たちには新しい形があってもよいのではなかろうかと思える。まずは、年功序列的な発想は弊害が多すぎて、新しいことをしようとしても駄目だ駄目だ、既存のやり方から抜け出せないと、駄目になってしまうところも多く、何十年も前に現役だった人が同じやり方で10年20年後には、商いがまったく成り立たないというのがほとんど。なぜ、大手SPAのような経験の少ないとも思える人たちに繊維業界のシェアが奪われてしまったのかという辺りも、ものづくりだけでなく、流通も含めて考えていく必要があろう。ジャストインタイム思想のマイナスの部分に普通に目が向かなかった部分がやはり一番の弱体化の要因で、経験の浅いはずの新興国のテキスタイルメーカーのほうが20年ほどで日本のシェアを奪ってしまった。頭でっかちな殿様ばっかりになってしまって自分がリスクして仕事する人というのがいなくなったのが主因だろう。

だから、若い世代の人たちには自分でリスクを背負って、自給自足的な精神からもって仕事に向かってほしいと思える。業界に先生なんかはいないのだから、自分で自分が生きていく方法を見つけていくしかないのだと思うのだ。あまり形にとらわれず、同じような志をもっている人が集まってプロジェクトを立ち上げるとかは強いだろうと思える。形にとらわれて無責任に文句いって何もしないとかは、何もしてないのと同じだろう。経験を積むのは後のためには非常に大事だと思うのは、最初の1回が踏み出せないと次のチャンスのときにも同じ踏み出さない判断をしてしまうだろう。
2016年06月08日
昨年の秋から糸の糊付けを準備し始めたビンテージアイリッシュリネン140番手のハンカチ生地がようやく加工から上がってきました。やはり100mほどを作るのに1年近く掛かってしまっています。この100mから200枚程度のハンカチを作って、残りは生地として販売する形になります。ハンカチとしては十分高いとは思うのですが、1枚、12000円の特別価格で、販売を開始いたしました。ハンカチ縫製が今月中に終わるものと思いますので、お渡しは7月始めころからになります。

ビンテージアイリッシュリネンは、古いだけではありません。今のリネンにない味が感じられます。ビンテージアイリッシュリネン140番手ハンカチに使われている糸は、アイリッシュリネンの名門といわれたハードマンズ社サイオンミルで紡績された糸の中でも最細番手に位置し、サイオンミルでの紡績も1990年代後半には、アイリッシュリネン紡績の語り部プロジェクトが立ち上がっているので、1990年代には終焉していたとされていたとおもわれますが、サイオンミルは2004年に完全閉鎖されたことにより、アイリッシュリネン紡績の400年の歴史の幕が閉じたといわれています。

このサイオンミルで紡績された140番手を使用したハンカチは、アイリッシュリネンの象徴的な名残の糸のひとつで、弊社に残る200kg程度が現存する最後の在庫ではないのかと思われます。ほかにも同じくサイオンミルで紡績された100番手生成が数百キロとアンドリュース社のゴールデンアイリッシュリネン糸80番手が200kgほど残っていますが、合わせますと弊社に残る1トン余りが北アイルランドで紡績されたアイリッシュリネンの細番手を辿ることのできる生きた資料だったりします。ほかの番手も含めると弊社のアイリッシュリネン糸は2トンから3トンくらいあるでしょうか。それを今も織って製品を作ることができるのは幸運でしかないと思えるのです。2000年以降に、世界のある有名ブランドがアイリッシュリネン糸を手に入れることができなく、復活させようと動いたと聞いてはおりますが、その有名ブランドですら見つけ出すことのできなかった幻の糸が今も織れる形で残っているのです。

それはアイリッシュリネンが残っていたというだけでなく、そういう細い糸を織るための糊付け技術と1970年代当時にも存在した加工方法が、10年一昔で今も産地の中には残っているのです。そして林与自身も織る技術を発揮しました。140番手の織りは、平均、一時間に50cmほどしか織れていないと思いますが、100番手でも1時間1mほどですので、それだけ織れれば上等ではないのかと思っています。昔ながらの方法で、できる限り密度を高く織ってあり、超細番手ながら、シャトル織機でしっかりと織り上げてあります。

ご覧いただくと、一瞬でその高級感に気がつかれると思います。一番の特徴は色にあるんじゃないかと思えます。ややゴールドがかったオフ白がビンテージらしさを奏でています。ほかの生地と同じく、一週間の未使用条件になりますが、ご満足いただけない場合にはご返品も可能です。まずは手にとって眺めていただきたい一品なのです。

同じハードマンズ社の糸でも、ダブリンの40番手の糸なんかは、明らかにグレーで粗野な感じがして今の糸に近かったりします。アイリッシュリネンじゃあないですが、もっとめずらしいフランス紡績のルブランの25番手なんて生成りがゴールドそのもので、今は手に入れることのできない糸で、糸からして芸術で、ある審査会では、審査員の方から、昔の糸を織るのがどこが新商品の開発なんだと酷評をいただいたこともありますが、実際のものづくりの現場で本質を追い求めるのと新技術依存で安価な量産型の開発とでは根本的な方向性が違うのだろうと思うところです。

後者であるなら地場産業とは相反する概念で早く手を引いたほうがよかろうと思うのです。織機メーカーが自動車メーカーや工作器機メーカーに変わるみたいな結果を産業の発展とせよみたいな方向性だろうと思うのです。何代にもわたって村や地域の産業規模導の中で集積し導き出された結論的な技術を超えるものが、数億かけても数年でできるのかというとそれは浮き草でしかなかろうと思います。半導体産業が数千億の規模であろうが時代の波に飲まれて消えてゆく、繊維産業というのは世界の先端に立とうとすれば数千人規模の集積が必要で、それを日本で賄おうとすれば、一ヶ月に2億円から10億円規模の人件費が最低必要で、それに匹敵することが少人数でできるのが日本の魅力で日本の力なのだと思うのです。

地場産業というのは本質を引き継いでいくような部分があろうかと思います。その時々に流されつつも本質は忘れないみたいなところで、本質の部分は世界でただひとつとかで損得じゃない部分なのだろうと思うのです。新技術なんて半年もすれば似たようなものが溢れ、どうせお金をかけるなら、失われた本質を取り戻すということで、時代を超えても変わらない世代を超えた価値観を日本のものづくりに追い求めるみたいなところも評価されてよいのではないかと思うのです。事実、世代を超えるものづくりができるのは、イギリス、イタリア、フランス、そして世界でも一番強いのが、戦後はものづくりがコピー化やサラリーマン化し薄れたといいながらも、まだまだ日本じゃないかと思うのです。

ハンカチひとつ作るのにややっこしく考えすぎなんだろうけど…。
2016年06月07日
今日も記録とか確認とかの不備で失敗があって、あがってきた反物が予定と違い、色が薄い。現場の人が自分のやった作業を記録できないとだめなのだが、なかなかそれが難しいものなのだ。本来ならその記録したものを確認して再現するのだが書いた記録が見つからないので私の憶測的なもので進行をして、縦糸の本数2244本のところを2640本の縦で織って間違い。私自身、自分が今まで作ったものは記録無しでも規格は記憶しているつもりなのだが、記憶だけで進行するのには不安があり、また、失敗がつき物である。

今日は、機を探していると、積んだ機が崩れて棚の後ろに回ってしまい、棚が前に傾く、大ピンチ。二つ棚が並んでいるので両方の棚が前に倒れてくる。棚は組み立てたときに、倒れないように針金で柱に固定したつもりだったが、その記憶すらもあやふやに。そのときもそうしようと思っていて時間がなくそのままになってしまっていたようだ。正しくする方法は頭の中ではわかるのだが、それを自分が対応している時間がなく、そのままになりがちである。何もかもが追われての作業でその場の判断で前に進んでいるというのが常日頃の状態。

ある案件が久しぶりに現実の話になろうとしていて、地元の企業さんに頼む仕事ができそうに思ったけども電話をすると非常に忙しくされているようで、その工程だけで納期が2ヶ月ほど掛かるというお話で、シーズン中に本生産を受けると大変なことになりそうで、別の方法を考えていくべきだろうかと。仕事を請けて一番困るのは、自分以外の部分での納期調整で、仕事の話があるときに一応の納期の打診はするものの、実際に仕事が入ったときにその納期の約束どおりに話が進むとは限らないことが多い。卵が先か鶏が先かの問題は、注文が先か納期が先かの問題と似ているように思える。
2016年06月06日
夜8時の事務所前、電灯の光りの中を黒い影が動き回る。しばらくすると、事務所の階段にクワガタムシ。子供力が落ちたのか、それがオスで、小クワガタでないのはわかるのだが、ヒラタクワガタなのかオオクワガタなのか区別がつかない。あまり強くない、弱いオオクワガタな感じなのだ。手に乗せて頭をなでてあげると逃げようともしない。ほかに戯れる相手もいないのだろう。出荷があるので、3分ほど新鮮な気分になって、近くの木の上に逃がしてあげた。

まだ夏は始まったばかり、なんとか、この夏を生き延びてほしいものだ。周りに食べるものすらないだろう、樹液のでるようなクヌギなどはもうほとんど見当たらない。人が住み易いように変わっていくはずなのだろうが、思うに、人というのはクワガタ以上にいろんなこともできるができて当たり前の世の中になって、ひとりの人の力と求められるものの差が開きすぎて、大工さんなんかが消えていくのもよくわかる。大工さんでは震度7に耐えうるような瓦の載った木造建築が難しいのは当たり前で、それを保障すべがなく、ほかの近代的な建物が本当に震度7に耐えるのかは別にして震度7に耐えるとPRできて仕事を取ってしまう。

建てている会社よりも家のほうが長持ちするので、建てている会社が家を何十年保障してもそれ自体が無意味だったりするが、そういう保障をして消えていくところがそのときに売り上げを伸ばしているものだ。まだ、なんの保障もしない大工さんのほうが面倒をみてくれそうな気がするけども。

オオクワガタは大工さんみたいなものだろうか。宿るクヌギがなくなったオオクワガタと、建てる家がなくなった大工さん。大工さんのよいところは、一人の中に家を建てるすべての知識が詰まっているところだろうと思う。
2016年06月05日
シャランポワ選手が、10年のメルドニウム摂取が明らかになり、世界ランキングNO1のような健康な体に、心臓疾患を患う人が摂取するような薬が常用されていたということは、ショッキングなことである。それがこの3月から世界アンチドーピング機構によって禁止薬物になり、それに引っかかってしまったことで、シャランポワ選手のプロとしての選手生活のほとんどでの薬物常用が明らかになった。

オリンピック選手というのは、急死するような危険を伴う。一番くらいに有名なのは急死した女性スプリンタージョイナーさんで、サプリメント会社の広告塔でもあり、急死されたことが健康を謳うサプリメント会社のイメージを損なう結果ともなる。アメリカではサプリメントを薦めるようなサプリメント教育があるのだが、裏ではロビー活動が盛んで、薬と紙一重の栄養補助食品。薬と同じ薬効をもっていれば、天然由来でも注意は必要。

健康によいはずのウコッケイの卵を一日3個食べていた人が急死したという怖い話も実話として近い方から聞くと、急死した理由が普通とは違うウコッケイの卵3個の常用に結びついてしまうのは仕方のないところである。天然由来でも怖いのが、健康関連は実績があるのかないのかというところ、ちゃのしずく石鹸とかも、粒子を細かくしすぎたせいで、アレルギーを引き起こすような問題に繋がったとされる。天然のものが天然に近い形だとよいけども、科学的にと思えるほどに変えてしまうと別の性質を持ち始める怖さがある。

野菜をそのまま摂取するのと、ビタミン剤として摂取するのとでは、ビタミン剤として摂取するほうが効率がよく、体によいように思われがちだが、これが薬的な考え方。本来、体というのは野菜を食べて消化してそこから栄養を取るのが自然な姿で、そのステップを飛び越えて効率的に栄養を取ろうとすると、体が退化する現象が起こる。消化するという体の機能が退化するのだ。ハンバーガーとビタミン剤で健康な生活が保たれるようなイメージは、健康な人の体のことを考えると体に良くないの典型だろう。
2016年06月04日
今日は京都の学生の方が会社見学、私も学生だったときには同じような考えの部分もあったのだろうと思いながら、その理由がどこから出てくるのかと思うと、アカデミックな雰囲気からだろう。学校というのは教えるカリキュラムで成り立っている。自分が行動するカリキュラムで成り立つような学校だと社会で仕事するときにギャップは少ないだろうなあと思う。

デザイナーのリヘイさんと生地の件で電話すると阪神百貨店に居られるということで、実況で、流しの洋裁人の原田陽子さんがお客さんの受注で埋まっているということで、本麻を中心に高級ゾーンの麻生地を買っていただいただけに、買っていただいた私も林与の生地にちゃんとオーダーが入るかかなり心配していた。

生地を買ってその生地が順調に売れたり使われていく流れをつくるのはそう簡単なことではないと思う。ひとつのお店に行っても、売り場には完成された洋服が手ごろな値段であるし、ほかのお店に行けばまた同じように溢れている。それを生地から糸から作るというところに価値を見出してという価値観自体が受け入れられにくくなってきているものだ。

でも、本麻生地なんてそう普通に生地屋さんで買えるような生地ではないので、そういう生地で作った洋服を着ていただくと、ああ、違うなあと感じていただけるのではないだろうか。こんど私も自分用を注文しようと思う。阪神さんのイベントに間に合うか。

夜は彦根の組合の総会、外は少し肌寒いくらいで、ビールを飲んで、料理も冷たいものが多かったので、車を駐車場に止めて電車で帰ろうとしたが肌寒いのだ。コンビニで、初めてドリップコーヒーを飲んだ、普通以上においしいので缶コーヒーを買うよりもよいと感じた。
2016年06月02日
オーガニックを調べていて、SUVINというコットンの品種にたどり着いた。その袋にSEED TREATED WITH POISONとある。
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発芽のための薬品が塗ってありということで、食べたら危険ということだろう。私自身も、もう7年ほど前になるだろうか、フラックスの種も発芽のためには薬品につける必要があるということを、中国の紡績工場を監督していたイタリアのリネンのスペシャリストにオーガニックリネンに関して話をしたときに聞いた。たぶん同じ意味なのだろうか。

毒をつけないと、発芽する前に、バクテリアに種が食べられちゃうんだろう。無薬品ではオーガニックが難しいということを厳密にプロは教えてくれるけども、商業的なオーガニックだと基準に合ってれば無視しがちになる。認証にしても全体としては、商業的にみて成り立つか成り立たないかという判断も、オーガニックの基準を左右する。

不思議なのは、やはりオーガニックは品質が安定性の面で劣るという感想をもつのは私だけなのだろうか、コットンなんかでも同じといわれているが、普通、化学肥料で栽培したものというのは均一に育ち品質も安定しているものだ。農家の人に聞いても普通有機栽培だと難しいというところから始まると思う、有機肥料が化学肥料には及ばなくても安心の面では上だろう。

オーガニックリネンでは、二つの銘柄を使用しているがどちらもオーガニックらしい普通の糸にはほとんど出ないない癖が頻繁に出たりする。それがオーガニックの味の部分でもあろうかと思い、それはそれで受け入れたい。
2016年05月29日
今日は、「流しの洋裁人」原田陽子さんが会社に来てくださり、布をセレクト。布の話よりも面白かったのが、見た目はほのぼの系だが、中身が完全に体育会系で、だから強いんやなあというのを実感。夢があってその夢を実現されている生き方を成り立たせておられるけども、それを成り立たせるためには、ほかのことやってでも当たり前やないのみたいのが、考え方も林与と似ている。

大学でも教えておられるけども、厳しすぎて学生が逃げてしまうとか、ありえるありえる。ほんとうはこういう人に付いて厳しく学べれば、なんでもできるようになるだろうけども。厳しく教えるのは甘くするよりも何倍も難しいことなのだけども、そういう努力すらもが否定されてできない社会。

自分自身で世界を持って成り立たせていける人って今の時代は少ない。洋裁道具を背中に担ぎながら移動していろんなイベントに出没。一着の洋服ができあがっていくところを眺められるのは素敵なこと。裁断から始めて一着作り終わるまでを実演される。普通はできないことやっておられる。

原田さんの生地を見る目というか、見る手が確かなのは、触ると綿麻とかリネンとか本麻とか素材を言い当て、ほぼ正解なところ。手で布を触る仕事されているだけに、違いの分かる女性なのである。基本は小さいときから興味があったという我流派、頭から出なく、実際に現場の経験から答えを自分の中にもっているというのが一番強い。織物の仕事でも同じだろう。
2016年05月28日
今日は、朝から会場近くでザサードバーガーを食べる。なんだか広々とした店内にお客さんが少なく、味はよいのだ。人を寄せ付けないのが、ハンバーガーショップやファーストふード店が赤を主体に子供ちっくにしているのに、ココはグレーな店内でおしゃれすぎるからだろうか。

ハンバーガー食べたので今日はアナキフィラシーが発症して、昼までは休憩モードで。わずかなかゆみが数時間続いただけで大事に至らず、午後からはお客様の対応。今日は、ヘルプの方がいてくれて本当によかった。帰りの片付けも想像以上にハードワーク。

出発は夜の7時前、なぜか渋谷で夕飯を食べたい気分で、車で渋谷に行って、丁度よい感じで市営駐車場があったので止める。センター街まで歩き、2時間ほど夕食をとったあと、困ったことに駐車場を見つけられなく、たどり着いたのが、公園通り前市営駐車場で、その中を延々と自分の車を探すけども、違う駐車場で見つかるはずもない。3時間ほどして初めて人に会ってその方に、この駐車場に管理の方おられますかと尋ねると、教えてくれて、駅の近くの駐車場に止めたということが判明。

もう夜中すぎ、車が見つかったのにほっとしながら滋賀に戻り始めるも、眠さが襲う。途中休憩を何度もしながら事故しないためにも無理はしないと自分との約束。岡崎に朝の7時、お客さんとの約束は9時。ここで休憩すると間に合わなくなるのだろうけどもお客さんに連絡。その間、ほかのものにお客さんを駅に迎えにいってもらって、結局11時過ぎに戻れた。
2016年05月27日
テキスタイルマルシェ2日目、今日は午後の2時間くらいを除いてお客様が続いていた。その2時間というのはお客様が食事を取られる時間のようで、南青山という場所。ファッションだけでなく、食事をおしゃれに取られるのもひとつの目的。

南青山周辺で強気だなあと思えるのが駐車料金。駐車料金なんかは景気のバロメーターなので、商業地の駐車料金が高いのは良いことなのだろう。と、海外でもいろんなものが日本以上に高くなってきているのをみて、安いばかりがよいことじゃない気もする。

日本も土地は個人所有に思えるけども、本当にそうなのかというと、土地を所有していても固定資産税はそれなりに払うので、家賃みたいなもの。やっぱり土地というのは結局、使わせてもらっているだけのものなのだ。

不思議に思ったのが、本当なら土地の高い場所では、食べ物などでも土地の価格に応じて高くないと駄目なのだろうと思う。そうでないと田舎というものの価値が相対的に下がる。全国チェーン展開するお店、コンビニとか、チェーンレストランとか、全国一律料金、お客さんの数の差で売り上げを作る。

土地の値段が集客が10倍違っても、人件費なんかも東京と田舎では2倍も変わらないのが普通。東京にビジネスが集中するのがよくわかる。田舎の仕事以上に、人をたくさん投入しているのが東京だったりして仕事に無理がないのも東京スタイルなんだろうと違うよと怒られるかもしれないが勝手に想像。

この仕事をしていて、田舎の機屋の私なんかにはもったいないくらいに、クリエイターの方とのお出会いがあり丁寧に接してもらえる。林与の仕事に対してのコンセプチャルな部分は、センス1割、根性9割タイプなので、仕事一筋なクリエイターの方とお話してもこいつは違うぞみたない部分が林与の特徴だろう。

今夜も、渋谷のセンター街で夕食。どこのお店がよいのかよくわからず、混んでいるという感じで元祖回転寿司というお店。あさり汁が、なぜか、私によく合う2杯いただく。店長が、目の前で注文を受けて握ってくれる。これって悪くない。お寿司の味ももちろんおいしいがほかのチェーン店の味とも違う。このお店女性のお客さんがなぜか多い。

お寿司の味が違うというのは、寿司が魚臭さがすこし残っているのだ。これが築地で上がる魚のひとつの証なのかもしれないと思うところもある。贅沢はしないのでよくわからない。でも違いがあるのはわかる。海魚なのに川魚のような臭いが、でも正直ならそれこそが一番。小さなお店で食べる魚というのは味が違う、ここもチェーン店ではあるが、コンセプトがしっかりして、仕入れ先が正しく限定されていればほかのお店とは違う味になってもそれが本物だろう。

土地の高い東京でほかの田舎のチェーンと変わらない値段、経営の苦労があろうと思える。それが一杯120円のあさり汁の味にでているような気もした。正直、びっくりするほとおいしかったのだ。
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