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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2016年01月21日
今日は、シャトル織機の配線を考える。1台を立ち上げようとしても親配線に近くにあるすべての子配線を準備してあげておかないと、後で不細工なことになるので、1時間ほど使って、動かしたい1台含め合計4台分の子配線も準備する。

思うのだが時間があれば電気工事って楽しいなあと思える。私の幼少時代、電気プラモに興味があって、モーターと電池を繋ぐと回るのが興味深く、配線変えたりしているだけでも楽しかった。

時間に追われて、配電版のどのスイッチがどの親配線に対応しているかを考えないとならない。前にかいてあったのが、そのときも時間に追われて正しいことができておらず。

1時間で、4台分の子配線を作って、一台は立ち上げるためにインバーターを取り付ける。インバーターの設定までもしている時間が無いので、インバーターは、ほかのシャトル織機のインバーターをとりあえず代用する。

織機の回転速度はモータの回転速度が織機に伝わる速度を変更して行うので、車でいうと変速ギアに相当するプーリというものを交換することで織機のスピードを調整する方法もあるが、インバーターをすべての織機に取り付けて、低速から高速まで、一番よい速度の状態で織物を織ってあげる方法も一つの解決方法だろう。

プーリーの交換に、1時間2時間使って、また本に戻すのに同じ時間。それは機換えに相当するほど、無駄な時間。機換えしているくらいなら、織機をたくさん持って機替えする手間を省くのが正解だろう。
2016年01月20日
来ました大雪、20cmほど積もって本格的な冬の感じ。遅かったけど、これでよいのだと思う。f普段作業するときにはツッカケを履いてなので、外を歩くときに雪が靴下に染み込んで来る。いつもそんなのだとほんとうっとうしいのだが、今年初めての感触なのでまだ楽しめる要素がある。

心配なのは発送業務が難しくなること、昨日も発送ができずに東京方面に親戚の方にもっていってもらうことになったり。スムーズに行かなくなることも増えるが、雪というのは冬らしくてよいと思う。交通事故などには気を付けたい。
2016年01月19日
夜12時に工場に入って作業、産地でも機屋が壊滅状態といわれるのもよくわかるのだ。移設した織機も、なぜかシャトルがなかったり、いくつかは後でシャトルが出てきたが、何百本とたくさんあったはずのシャトルの管がほとんどなかったり、普通は考えられないことが起こる。間に業者さんが入ったので間接的になってそういうことがうまく行かないのはしかたのないことなのかもしれないが想定外の致命的なことがいくつも重なる。

まあ、そんなものだろう。わざわざ、シュワイターをもう一台別途に運び入れたのも確実に正解だった、今のシュワイターでは細巻き調整が難しく、それまで使っておられたシュワイターで糸を巻くという方法が正解中の正解。上手な人が調整してもぴったり使用と思うと一錘何時間もかかるものでなかなか難しい。

中古のシャトル織機は、移設しても動かそうとするといろんなものを準備が必要で、移設費用だけでなくそれに再稼動するためにいろんなものが必要となってくる。一般的には鉄くずの価値しかなく、処分するにも出すのに費用が掛かるので普通は無料で回収くらいがよいところになってしまう。

移設した状態はマイナスの状態で、それを動くように立ち上げていく、ないものは、会社にあるもので代用を考えたり、マイナスを消していくのも仕事のうち。何十年続けていた人がやっていても、難しい仕事を、別の場所でほかの人が引き継いだり、新たに立ち上げて同じような仕事をしても普通成り立つはずがないのもよくわかるのだ。

産地の麻織りが壊滅状態であるのだけど、次の世代が育つのかというと何十年やっている人でも織るだけのところが難しいのだから。色柄をデザインしたり、味を布に持たせたりと言う、家業的な機元が本来もっていなければならない特色を残しておかなければ、というか、職業プロが趣味の人に負けてしまうのもそのあたり。

よくあるのが、機屋にデザイナーを入れてみたいな話があるけども、機を織る人自身が、モノづくりに創意工夫がないとヤバイのだ。デザイナーが機を織る覚悟をすれば別かもしれないが、そのあたりの乖離がものづくりがアンバランスであり続ける理由だろう。

現場にものづくりに興味がない人が集まっても、いつの間にかそんな職人たちは素人にも追い抜かれていってしまうものだ。逆にデザインの世界は、10秒でアイデアは変わるが、それを実現しようとすると1週間2週間の変更作業を伴うとか。そういうのがあるから、デザイナーの感性というのは大事で、一発勝負でも覚悟決めて出来る人でないとデザイナーは無理だろうと思うが、大体が、見本を見せてほしいから始まってセレクターでしかなくなっている。

今のブランドなんかもデザイナーが入れ替わるようなことで、刷新しようとする流れがあるけどもそれが軽く見えすぎてならない。新しいものをもとめ、結局は、積み重ねた深さのあるものづくりが消えてゆくというあたりにつながってしまっている。日本のものづくりって厳しさの中から生まれてきた要素が大きいが、それを今、クリエイティブなとかありがち過ぎるようなところのモノづくりに落ち始めて、海外向けの展示会でも、日本のテキスタイルの評価は、新興国に追い抜かれ始めているのも分かる。

働かなくなっても、幸せを求めれば、アメリカンチックな思想で日本のモノづくりを語ったり。海外の膨大な人が働いて国内で人が働かなくなったときに、だんだんと競争力が落ちてきて成り立たなくなるときに、力でリセットする必要がいつか出てくる。戦争なんだわなあと思える。利権のための戦争なんて泥棒より悪いことなんだが、窮地に立たされると国単位でもそれに大儀をつけて正当化。文化的な生活の果てというものは原始的な殺傷と略奪の世界に陥るものだろう。だから、蔓延っているけど楽して幸せみたいな思想は利己的過ぎて好きじゃない。

深夜、外に出ると雪がちらつく、初雪か。生まれてこの場所では、初めて雪のない年なのかとおもいきや、少しだけでも雪がちらついて安心すら思う。雪に閉ざされた世界から生み出されてくる麻織りには雪の厳しさは必要なのだ。
2016年01月18日
Vベルトというのは、勝者に送られるベルトのことではなくて、織機のモーターに3本から4本くらい掛けて、モーターからの動力を織機に伝えるVの断面をしたベルトのことです。

今日は、移設した織機を動かそうとすると、調子よく動いていたのが、突然シャトルを挟んだ。なんだろうかと思いきや、初めての始動時に不安定だった回転部分のあたりの外周のVベルトが一本切れてほかのベルトにまきついてややこしい状態。

おいおい、昨日から一日掛かって立ち上げて順調に動くようになったと思いきや、またもトラブル。なんでもはじめての経験だが、交換すれば直るだろうと、Vベルトの在庫が機械部品屋にあるか心配。ほかの織機からベルトを取るよりも新しいベルトをつけてあげたほうが迷いは少ない。

今日は、なぜか、新しいプロジェクトを立ち上げるべきだと決めて、しが新事業応援ファンドに応募する決意。しが新事業応援ファンドも最後の3年ということで、3年計画でゆっくりとやる形にすれば無理もなくてよいだろうと。終わる頃には、もう50歳になってしまう。

ファンドで採択されなくてもやってみたいと思っているプロジェクトなので、ファンドで採択されればやれることが2倍3倍にできる可能性がある。林与の近江上布の要素とシャトル織りの強みとを生かし、みた人に感動を与えるような布を作りたい。
2016年01月17日
スポーツも今は指導者が厳しくすると親から苦情が来る、親が厳しくできないから、指導者が、その子のために厳しくしてあげないと育たない場合も多い。指導するにしても、目的が同じ人たちが集まったほうがうまく行くだろう。いろんな目的をもった人が集まっても成り立ち難い。

勉強ができなくても、スポーツで全力を出してきたような人というのは、仕事でも何をやっても強いことが多い。勉強と仕事は似ていないが、スポーツと仕事は似ているのだ。勉強のできる人は、学校や行政や行政がらみの資格商売が適しているだろうと思える。

職歴や経験なんて仕事にはなくてもよいほど、そのときにやるかやらないかだけのことだろうと思う。先日、ある方が会社のヘルプに来て下さって、やはり、やる気満々で、30分ほどでいろんなことを飲み込んでいかれる。こういう人は見込みあり、でもそういう人は自分で仕事されている人だったりするので、残念。

現場の人が、趣味の人よりも弱いことが多いということ。仕事としてされている方が、できるのかというと、難しいことは無理で短時間で自分のできることで終わりタイプの人が多い。趣味の人というのは自分がお金を払ってでも極めたいような欲望があるので、達成することを目的とされているので仕事としても欲がないので成り立つことが多い。スポーツも似ている。
2016年01月12日
昨晩から織機の立ち上げに手間取り、シュワイターも移設したのがうまく回らず、従来使っているシュワイターを、管の長さを対応させて巻く、ほんといろんな問題があるもので、織機の立ち上げのときの織機の音なんかも織れてはいても、私的には、まさに木管楽器のようなさまざまなトーンの音が混じっている違和感。

1日も織れば、音は次第に馴染んだ音に変わってゆく。移設した織機が場所に馴染むということだろうが、1日でやることが1週間2週間を超える作業となる。織れてはいるものの、最初のうちは、シャトルが縦糸を何十本も切るようなアクシデントが多く、それを直すだけでも一回1時間を越える作業。最初というのはそんなもので、それを軽減するために、時間は逆に掛かるが、インバーターを織機に取り付ける。急がば回れだろう。

低速で、慣らし運転を何時間もやって、織機が落ち着いてきたら速度を少し上げてみる。低速すぎるとフォークがうまく反応しなかったりして、問題もないのに横糸切れで織機が止まる。フォークを低速用に直して、シャトルも中にシャトルライナーという猫の毛の偽物が敷いてあるが、それがシュワイターが異なるので窮屈すぎて取り外す。するとゆるすぎて今度は出方が大目。

移設したシャトル織機も1年以上は動いていなかったものなので、油をすべての箇所にさす。まあ、問題なく動くまでに、十箇所以上の調整が必要で、よく言われる新しく移設した織機は1ヶ月ほどは空運転してから使うというところだろう。それでも、2日ほどでまともに織れるようになった。織れない時に触ってはいけないところを触らないということも大事で、それをやってしまうと今まで前の工場で何十年も調子よく動いていたバランスが崩れる。

夜行バスを取ったがそれに間に合わず、車で東京の加工工場に午前中に投入が完了し、会社に戻ると夕方6時を過ぎている。東京への車での往復くらいは仕事と比べると大したことではない。会社に戻ると、3件の出荷、こっちこそが修羅場。ミラノウニカの撮影素材の提出と、匠コーナーの素材提出が遅れているということで対応。

よくいわれるのだが、仕事は何十倍もしていても実際に仕事しているのだから、アクシデントがつき物でそれを乗り越えるには普通の感覚の仕事の何十倍もの時間が掛かる。それも答えを導き出せないことが多く常に時間との戦いである。答えのない状態でいつできるのかを約束しないといけないときも多いが、普通だとわからないという答えが正しいのだろうが、自分が出来ると信じて約束をすることも多い。

昔から、ほかの人に頼んでも結局できないという結論も多いので、私自身が解決に回るケースも多い。普通の感覚で仕事をしないことが大事だと思っている。普通の感覚の人が多くなりすぎると、普通の人に合わせるために余計に仕事が増えて仕事が回らなくなることも多い。

できないよで済む答えの人と、それじゃあ今日なんとかやってみるの人とでは大違いで、それじゃあ今日やってみる人と組むほうが助かるんじゃあないだろうか。
2016年01月11日
世界的にリネンの原料の高騰で高級化が始まり、いわゆる麻の再高級化が始まったということなのだろう。問題は、糸や原料、今期、織ることがどうしてもできないものが何点も出没。それを織れないから途中でやっぱりだめです、やめときましょうだ、と簡単なのだが、最善をつくして、寝る時間を惜しんでも普通だと一ヶ月かかっても無理なことを1週間で答えを見つける。

私が織れないものを織機をとっかえひっかえしながら、1ヶ月、2ヶ月、試行錯誤して、最後、1週間すべての織機の設定をほとんど寝ずに再調整しても無理なものは無理で仕方なかろうと思う。けども、そこまですれば、普通だとやらない方法で織れる答えが見つかるケースが半分以上ある。それで救われるお客さんがどれだけでもあればよいことだと思える。できないという答えだと大きな穴が開く最悪の話。麻のようなカプリシャスな素材では、触るとわかるのだが、すべて同じ工程のはずでも、触った糸の感触がまったく違うことが多い。たとえば、糸が整経のときに丈夫すぎると感じたりすると逆に黄色信号。

今日も撚糸工場の方と話をしていたら、3本の引き揃えがうまくできないというようなお話で、ロットが違うだけでテストもした同じ銘柄の糸で、この失敗というのは心配もしていただけに、起こりうることといえる。糸商さんとも話していたが、紡績メーカーも糸が高くなりすぎて売れなくなって苦しんでいるという話。よくわかる、高くなって品質が危ういというのは、2000年頃に同じ問題があったのだ。いくらお金を出してもよい糸が手に入らなくなり始め、つくると問題。実は糸の生産地などが移行している時期であった。現在でも、リネンといえばイメージはヨーロッパなのだが、実は中国とアフリカ、リトアニアも旧来のリトアニアリネンでは通用せず、イタリアの技術が入って凌いでいるということのようだ。ベルギーのリネンも細番手の高品位のものは実質中国紡績だったりする。幻想だけが一人歩きして、出来るところなんて限られているということを見失うとだめだろう。

紡績工場にしても、力のある問題を解決できる人がいないと壁にぶつかった時に、織れない糸が出回ることになる。新しく立ち上がったリネン紡績工場が最後それでいくつ消えていったか。そういう消えてゆく紡績工場の糸を手にした機屋が次に消えていく運命になる。2000年以降再び気をつけないとならないタイミングに差し掛かっているのだろう。
2016年01月10日
シャトル織機を動かしているときに大丈夫かどうかの状況判断というのは大事で、それは車を運転するよりは遥かに難しいと思う。事故寸前のニアミス状況で織物というのは織られていく。縦糸横糸が切れなければ、横糸の交換作業だけなので、シャトル織機もそれほど織るのは簡単なのだが、縦糸、横糸が切れ易い細番手の麻糸を織るときには難度は何倍にも上がるだろう。

自動車の運転以上に難しいとは思える。私自身も周囲に見学の人がいるときには、織機を運転するときに自分の中では張り詰めたものがある。シャトルが飛び出せばけが人が出ることすらある。自分が失敗しなくても、縦糸が切れて、開口部分でもつれると、そこからシャトルが飛び出す可能性もある。

今の人というのは昔の人と比べると、頭でっかちで実際の経験値が少ない。経験や積み重ねを単純な作業として嫌う傾向があり、学校教育が進むと実際に仕事が出来ない人が増えるというのも実感ではある。海外では、小学生の子供でもシャトル織機を動かしている、それは児童労働で悪いこととされるが、子供のころから大人顔負けの仕事をしているので、実際にそういう子供が大人になったときに能力は大学を出た人よりも何倍も高かったりするものだ。

ある海外の人の子供のころの経験を聞いた。家が貧しくて、朝早くから豆腐をつくって母親と一緒に朝売るのを毎日していたのだが、そういう人というのは、売れないものをどうやって売っていくのかということを当たり前に経験している。生きていくことの苦労を知っているので、やはり、学校なんかでもずば抜けた能力を発揮して学校教育程度のことは簡単すぎて、たぶん、学校の先生よりも思考回路は上だろう。

塾の中の頭でっかちより、子供の頃にスポーツなどをしている子供のほうが大人になったときに、仕事でもずば抜けて出来る人が多いのも、理想というものを捨ててその場その場で全力を出し切れるタイプが多いからだろう。案外、勉強なんかでも教えてもらうのが当たり前の人というのは、教えてもらうことが仕事みたいな錯覚を起こしてしまって、自分で仕事を実践できない人が多いものだ。
2016年01月06日
今年はまだ雪がありません。近江の湖東産地で、生まれてはじめて雪のない冬になるのか? 雪で困るのが、雪が降ると雪かきをしないといけないことで、それをやっていると仕事がまったく手につかなくなる。今年は雪が降らないので、雪かきをしなくてよい。

毎年、冬に工場で仕事していると、恋しく思い出すのが夏の暑さ。でも、今年はそれほど寒さを感じないので、仕事が捗る。昔、カリフォルニアのアーバインにいたときには、世界で一番気候がよいといわれる地域で、天然のエアコンに包まれているようだった。それで仕事ができるのかというと、案外、パーティーモードなので、仕事というのは雪に包まれているくらいのほうがよいのだろう。

暖かい国の人は繊維産業が発達せず、仕事も単純だったりする。雪深いところの人は、冬に備えて準備なども必要で、逆にいろいろな設備や装置が必要だったりするので、文化が発達しやすいのだろう。
2016年01月05日
日本のような一国が輝いていたときは、少量のものが高騰してそれがはじけようが問題は一国にとどまるが、中国経済の失速は、貴金属や金属価格や原油価格の何分の1への下落をもたらし始めている。

また、中国の株や不動産物件も相当な勢いで下がり始めているので、この警笛に気がつかないと日本のバブルの二の舞になろう。また、中国経済も日本経済の後追いで、すでにかつてあったような生産性はなくなり逆に落ちている。ものの、下方硬直性が働いて賃金や税金などが下がることがないために、物価は経済が悪くなろうが横ばいかまだ少しづつ上昇し続けるだろう。

夕方は、ミラノウニカに絡んで写真の提出。せめて一眼レフを使うべきだろうが、倉庫に置きっぱなしで取にいくのもで、簡単デジカメで撮影。あんまり綺麗に取れないが、参加することに意義がありで、ぎりぎりのぎりぎりで提出。それをやっていると、シャッターの修理の人が来て、自分の中で3つも4つものところにもう一つ用事で、パニック無敵モード。

林与の会社では、年末に事務所の電動シャッターが崩壊。銅の棒が曲がってしまって、うまく出てこないし巻き取れない。三和シャッターのプロにみてもらうが、埋め込み型のシャッターで全部を取り替えるしかないし、このシャッターを修理するためには壁も壊さないといけないという。ので、プロができないなら、なせばなるなさねばならぬ何事もで、自分で修理。3本の曲がった箇所をまっすぐにチェーンブロックを掛けて矯正して直す。それなりにまっすぐっぽくなって、開閉は問題なく出来るように。織機を直すよりも簡単ではある。

工場の中の仕事、昨日今日とぶっつづけ状態だが、昨日も3回もコメリに行って、織機添え付けための配線コードや、織機の下に挟む板を捜したり、電気屋がすることくらいはできないとと自分でやってしまう。
2016年01月04日
やはり生産をしない国というのは危ないといえる。資源がある国というのもその一種だが、今のように海外生産に移って、国内は消費が主体になると、結局は海外のよいお客さんという立場に落ち着いてしまう。

海外で、うまく作っているようにみえてもお客さんで買っているだけであるというのが、続いてしまうと、いつか経済も逆転し買えなくなるときもくるだろうが、そのときに、次の国から買うのか、次の国がなくなっていくときもくる。
2016年01月03日
誰にも自分の都合というものはあるもので、コンビニというものは自分の都合を消して存在しているから生き残っているのだろうと思える。夜中に一人もお客さんがいないのに開けていないといけないとか、成り立たないものや損を我慢していて、結局は自分の損得じゃないのが商売や仕事の秘訣だろう。

コンビニは大手企業でもなんでもない、ほとんどが家族経営規模の企業主体で、年末年始のバイトの確保など自己責任で成り立っている。年末年始に働ける人日本で探すのは大変だろうと思うが、裏を返せば、人が休むときに働くことが商売であるサービス業などは年末年始が働くべきときである隙間産業。

アメリカでもGEEKといわれるIT産業が強いのは、昼も夜もなく、自分が仕事に没頭できる人たちが普通に生き残る。自分がお客さんになるのかお客さんを相手にするひとになるのかの問題だろ。

自分勝手なニーズを探しても仕方なく、自然に成り立つようなニーズが転がっていてそれに対応できないようでは、ほかの人にチャンスを奪われてしまうのは仕方ない。90%以上の人が、自分の都合やお客さんの感覚で仕事しているような気もするが、それでは最初から全力じゃないので成り立たせるのが難しい。

優良な企業ほどその罠に陥りやすく、その穴埋めは他の人がしていることが多いものという当たり前のところがみえていればよいのだが、見えなくなった人には、誰かが自分の都合で休むぶん、その重荷というかビジネスチャンスを背負って他の人が換わりに働いているのを見えることはない。

これは、新聞業界などに対してもいえることで、日本の新聞がほとんど記事がなく薄っぺらいのに驚く。新聞休刊日とか業界をあげて自己都合で成り立っているあたり、ネットに負けてしまっていて、平和な日本に、テレビ欄くらいがあれば、無くてもよい存在なのかと思えるくらいなので、新聞のような本来昼も夜もないと思える業界ですらそうなのだから、ふつうの業界の仕事の人が仕事があっても焦りにならないのも分かる。

自己都合で働いている人というのはそういうスタイルだから暇になりがち、仕事に合わせる出なく、自分が暇なときに都合のよいように仕事探し、仕事している人が仕事の見えない人のために自分の都合を削って仕事の準備で余計に忙しくなってしまう難しいわなあ。連休が増えて、連休で休む企業に仕事を頼むためには連休中に仕事しないとならない立場もあろうというのが分からないと。自分が休むから自分にあわせて欲しい人が増えて、仕事しようとすると余計に休めない人を増やしてしまう。全体が自然に成り立つようにもっていこうとすれば、みんなが自己犠牲を払って分かち合う精神が大事だろうと思える。
2016年01月02日
昨日の夜10時半くらいから、次の3台の織機の固定を行った。朝の4時くらいまで掛かって、発見したことが、同じ型の織機でも脚の間隔が微妙に違うということ。これは想定外のことだった。前後の幅を正しく取って対角を同じにすれば長方形ができて穴を開ければ、織機が正しく設置できると思いきや、どこか一箇所の脚のアンカーがきれいに入らないが起こる。

便利だったのは、弟は仕事ができるなあと思った。わたしの言うことを理解できる人というのは少ないけども、弟は正しく理解してその通りに動ける。一年に一度しか合わないけども、ちゃんと仕事を手伝える能力があるというのは、さすがふだんたぶんSEのような頭を使う仕事をしているだけある。

私自身もほとんど始めて位にやる作業がほとんどだが、プロがやってもイレギュラーな要素があれば、同じ程度の結果になるだろうと思う。予定通りに6台の固定が終わって、非常に幸せである。固定はしたものの場所が悪ければ、また動かせばよいだけのこと。

今朝寝たのは6時前だったが、朝は、9時くらいにはおきて、彦根の夢京橋あかり館で、館長さんと今年の素材の企画の打ち合わせ。4つくらいの企画を進めることになりそうなのだが、3月の頭目標ということで、すでにスケジュール的には厳しい状況。
2016年01月01日
結局、弟と二人で、年越しで朝の3時半くらいまで仕事。久しぶりにテレビみた、朝まで生テレビやってるけど、どのおっさんもおばさんも、経済や国政についてアクセルとブレーキを掛けるようなこといいながらも分からずで、自分が働いて、ものを生産するとか困っている人を助けるとかじゃなく、人を指図するだけの立場でそういうのがうろうろたくさんいるのが一番あかんのじゃないかと思える。

3台分の織機のアンカーの設置が終わった。1台2時間くらい掛かっているだろうか、結構、体力も使うので疲れる。でも、工場の中に運び入れてからも、1ヶ月ほどほおっておいたのがようやく、新年から動かせそう。

2015年12月31日
作業や動作というものは簡単にみられがちだが、教育なんかよりも何倍も本質であると思える。教育というのは頭の世界で、結局は作業や動作に繋がるのかというと、必ずしもそうかというと、ほとんどそうでないことのほうが多い。

繊維の世界においては新興国の人のほうが教育を受けていなくても仕事は正しくたくさんできるということは、正しい仕事というのは教育の賜物ではなく、正しい作業や動作の積み重ねであるということだろうと思える。

正しい作業や動作の積み重ねを何万回、何百万回できる人というのが結局は現場では強く、素人であろうが経験者であろうが、一回一回の作業や動作が正しくなければ、やっても悪い積み重ねとなる。

正しいが分かっていても、なかなか正しくはしないのが人のサガというものであろう。人が正しく早く出来ないときに、機械に追い抜かれていってしまうものだ。機械を使う側に回れればよいけど、自分の動作が正しく出来ない人が機械を正しく扱うということができるのかというとそれもまた難しい話だろう。
2015年12月30日
織機を移動するのに、便利なものの一つがマシンローラー。あとローダウンジャッキ。マシンローラーにバランスよく織機を載せれば、あとは手で押して転がす。

最初、四隅にマシンローラー四台おいて転がそうとしたけど、外れて難しい。逆に織機の前後に2台において、それぞれのローラーに織機の重さがしっかりと掛かったほうが、思いっきり押して動かしやすい。

ハンドパレットも活躍だが、織機というのは、ハンドパレットに載せるのは難しかったりするものだ。

床に穴を掘る道具は、ハンマードリル回転しながら振動して、コンクリートを叩き潰しながら穴を開けてゆく。最初、18mmまでいけるというハンマードリルに17mmを付けたが、トルクが小さくて無理で、交換してもらって、24mmのハンマードリルを使ったが、これでも、17mmは厳しい。中古の41mmのタイプを使って、20mmの穴だと簡単に開く。

床に穴を開けるのも、迷っていたらだめで、駄目ならまた開けなおせばよいくらいの気持ちで、どんどん開けてみるのが大事。これは仕事と同じかもしれない。やろうと思っても頭の中だけだと何もやってないのと同じで、実際に作業してできて結果があってこそ。

織機を動かすのもしたからだけでなく、チェーンブロックを使って上から引っ張り揚げてやってみたけども、これはお勧めじゃない。
2015年12月29日
私自身に仕事納めはないですが外は仕事納め。予定していたものが何とか上げてもらえて、年末年始に作業に取り掛かることが出来る。良かった。

年末年始も手一杯。東京で仕事している弟が帰ってきてくれたので、織機の設置を手伝ってもらおう。
2015年12月28日
年末である。加工工場も年末ということもあって上げてもらえる年内予定のものなどが心配なところ。染工場も今年はボイラーの入れ替えらしく、26日が最終の営業ということで年内に染めてもらうものが仕上がってくるかが心配なところ。

林与は年末年始も織り続けてなんとか回る状態というよりも、普段も外のことに追われて仕事をするよりも、休みの日にしっかりと仕事できたほうがありがたい。仕事がオーバーローディッドな状態であるのはわかるのだが、できるときに働けるだけ働くことが大事だろうと思える。それでも弱いなあと思える。働いていないならなおさらであろう。
2015年12月27日
近江商人の流れを汲む塚喜商事の塚本喜左衛門氏の小冊子「近江商人の里の子供たち わたしの五個荘むかし話」を頂戴した。わたしは次の世代にあたるであろうが、似たような要素をもって育っているので、商いの道の方向性を、しっかりと家業として守られているところ立派だなあと思える。

その中に、三代の図というものがあって、床の間の掛け軸だろうが、綺麗な美しいものというよりも、教訓めいてて恐ろしいのだが、大きく商いを守るということは勘違いしてはいかんということだろうなあと思う。

その掛け軸の1代目は、真っ黒になって夫婦で大汗かいて働いている創業者の図。2代目は、仕事をせんと自分の愉しみごとにうつつをぬかしている。三代目が乞食になって、赤犬に吼えたてられている図。

まったくよくあるパターンで、日本の国にしてもこの三代の図に当てはまろうかと思える。戦争に行って帰ってきた世代、戦後の高度成長、そして生まれたときから国の借金の返済や年金問題を背負わせられている世代。
2015年12月26日
商売でも永遠に続くものはなく、目先のものに追われると終焉を迎えやすいだろうと思える。私自身、常に目の前の物事に追われているが、目先のものに追われるようなことのないようにしたいと思っている。目先のものとは、聞いたこともないような良すぎる話など。

仕事でもキャッチセールスまがいの話があるけども、ほとんどの場合に、リスクも負担できない方が話を持ちかけてこられて実る話ではない。自分自身でリスクを張ることの出来るお客さんとだけお付き合いをしていくのが商売の良い形ではないのかと思う。

一般の方が聞かれると信じられない話かとも思われるかもしれませんが、よくあるのが、プロのお客さんのなかでも困るのが無料でもらえる布がないかと来られる方、自分がそれを転売したり、使って販売して商売されるのに勘違いが多すぎて、返せば、その人の商売自体が無料でもよいんじゃあないのかということになる。自分のものと他の人のものとが区別つかないタイプの人は人間関係からしてややこしい。
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