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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2012年01月10日
昨日は、「成人の日」で、今日は連休明けです。本当に1月というのは仕事が回りにくいものだなあと思います。自分自身が全力を出そうとしても銀行振込みひとつができないので待たないといけないのです。海外からものを購入する場合など、まだかまだかと振込みの催促があるのですが、お正月って明けて、5日、6日と稼動するだけで、次は10日みたいな感じです。

特にヨーロッパとのやり取りでは、時差の問題が絡んできますので、海外送金に質問などがあったり、海外送金した振込みの紙などをメールに添付して送ろうとしても確認が次の日ということで、1月頭から中ごろにデッドラインを作られてしまうとその対応こそが、日本の1月の事情からすると難しいものです。

ヨーロッパの国なんかは、クリスマスバケーションがあったりするので、明けた1月というのは仕事が動いていて当然みたいな、時差以外にも、バケーション差みたいなものが、噛合うのを難しくします。アジアでは、中国が旧正月にもうすぐ入りますので、それはまた1ヶ月の間、世界生産の何割かの部分が止まることを意味します。

これは相手の企業が云々だけでなく、税関や輸送関連にしても動きが不確かになりますので、納期に関しても不確かな要素が増え、トラブルも増えてしまいます。通常の納期設定などを守ろうとすると、年末の22日過ぎから1月中ごろまでの1ヶ月間というのは、ストレートには物事は進みにくいものです。
2012年01月09日
絵を見て楽しむ、本を読むのを楽しむ、など、絵の美しさやストーリーの展開の面白さの部分が評価のひとつではないかと思います。また、その作者の人生観のようなものを捕らえるというのもシリーズを見たり鑑賞したりすることで、ファンとしては大事だと思うのです。

カリフォルニア大学アーバインキャンパスのイクステンションにいたときに、フリーダカロについて発表をするというのがありました。メキシコ人の女性画家でみたいな話で、絵がシューリアリズムで怖さを感じるような側面のある作風で、その女性画家のことに興味をもったというよりも、その作風がどうして出来上がってきたのかというところに彼女の人生が作品として現れているというのを強く感じました。

たとえば、人物画の中にサルが作品の中に出てくるのです。それは、彼女がサルを飼っていたこともあるかとは思うのですが、それ以上に、中学生のころに交通事故で子供を生むことのできない体になった彼女の寂しさを表す象徴のひとつとしてサルが出てくるのだと思いました。

色使いは綺麗ながらも作品を見ていても売ろうとかいう意図のあるものではなく、作品の中に自分自身の世界を表現するのが大事であるというような気がします。しかし、あのような重い作品を買って今などに飾るお客さんがいるものだろうかと思うのですが、芸術の世界というのも最終的には哲学に結びつくので作品としては評価は高いのであると思います。

ピカソにしても青の時代が比較的写実であったのに、キュービズムに傾倒していったのも、目の前にいるモデルたちの内面までもが絵にでているということだといえます。ピカソの作品のなかでも、私の好きな作品のひとつにアルルカンに扮するポールというのがあります。本当に写実的でピカソらしくないのですが、ポールはポールだという表れではないかと思うのです。

キュービズムにしても表現技術の問題ではなく、ピカソ自身が感じる自分の世界を表現しているということだといえ、ピカソは絵を描いているときに上手に書こうというのではなく、自分の感じたことをそのままに表現してそれがわかる人にはわかるというところが偉大なのだと言えます。ひとつの作品だけですとそれは見えてこないかもしれませんが、いくつもの作品に流れる共通した要素を感じることで作家の人生観を感じることが可能なのです。

絵なんて本物は何億円、絵の写真だとネットでも無料で見られますが、その何億円の価値というのは、ピカソ自身の人生観が価値を生み出しているのだといえます。ゴッホの耳を切った話なんかも有名ではありますが、耳を切ることと絵のすばらしさなんて関係はないと思うのですが、ゴッホの人格というものがゴッホの絵の価値の評価に大きく影響をしているとは思います。

ピカソやゴッホにしても、絵を描き続けるのを支えることのできる人がいたことは幸運ではあったかと思うのです。今、日本にもたくさんの芸術的な活動をされている方がおられますが生活を立てるのは非常に難しい世界であると思います。特に、綺麗系ではないシュール系のものというのは、哲学的で芸術本来のものであるかと思うのですが、飾るようなシチュエーションの想定が難しく、商品としての価値はつきにくいものです。
2012年01月08日
このところリネンの厚地を織っています。もっと厚く織りたいなあと思えば、更なる手法を使えばあと1割くらいは上げられるかと思うのです。あまり厚くしすぎると織っているときにダブる現象が起こります。それは、目でも生地が前後に大きく筬が打たれるときに動くのでわかりますが、もうひとつ織機の音が苦しそうになるので、これ以上行くと織機が壊れてしまうなあという話になります。

もともと、林与の織機は重織機ではないので、あまり厚いものを織るのには適していませんが一方で重織機だと麻の細番手のものをおるのにはトルクが大きすぎて辛かったりします。

2年ほど前に66番手の糸で縦インチ100本X横インチ88本の織物を織りましたが、まだ糊を付けて糸を強くするなどすれば、縦横でインチ200から220本くらいまでいけそうな気がしました。縦糸がももけて織れなくなるのです。通常ですと、55本X55本くらいの織物で、縦横でインチ110本くらいの織物な感じですが、その2倍くらいの密度まで上げることができることになります。

前にも書きましたが、縦本数が2倍、横本数が2倍ですと、単純に糸が4倍になるだけでなく、単純にみても4倍難しい織物になりますので、実際には限界までいくので、生産性の面で10倍から20倍難しいレベルの織物になります。出来上がったからといって4倍の値段が通るかというと通らずで、高密度の織物というのはつくるメリットは少ないのです。

世の中には出回りにくいリネン生地ですが風合いなどはとても面白い感じです。今、織っている40番手も織りだけでなく、加工も特別にしました。厚地だからといって太番手と同じような顔だと面白くないのでナチュラルにこだわってみました。

ジャパンクリエーションの展示会でイタリアの方とお話したときも、リネンの厚いものは必要ないというようなコメントをいただいたことがあります。やはりイタリアは暑い国ですので、リネンの厚いものというのは北アイルランドなどの寒い場所に向くのだと思います。
2012年01月07日
今日は天気が不安定です。晴れたり雨が降ったり雪になったりと何十回も繰り返しています。新年早々、もうそれほど寒くはないということなのでしょう。お店では冬物のセールが行われ、もうすぐ春物が並びはじめることになります。

仕事の合間に、2月のパリ行きの予算などを出すために調べごとをしていました。展示会を考えているので荷物が多いことを考慮すると、エールドフランスがよいのかなあとも思ったりしています。リネンハンカチや試作品などと、ハンガーを中心に持っていきますがスーツケースいっぱいだと30kを超えてしまいそうで、ほかの航空会社だと超過料金が割高になりそうです。

大学のときに、旅行でパリに行きました。覚えているのは凱旋門、エッフェル塔、ルーブル美術館くらいでしょうか。エッフェル塔のミニチュアの70cmくらいある鉄のエッフェル塔を買って、友達のお土産用にスーツケースに斜めに精一杯入れて、飛行機に乗るときにX線写真にきれいにエッフェル塔が写るので、X線検査の担当の人が大うけしていて私にサムズアップしてたのを覚えています。

パリもテックスワールド展に出る予定だけで今回観光などの時間はなさそうで、同時にプルミエールビジョンも開催されているのでそれを少しでも覗ければよいかと思っていますが、行ってみないとどんな雰囲気なのか分からないところがあります。時間が少しでもあれば、パリの生地屋さんでリネンを眺めたいなあと思いますが展示会が終わってからの時間はお店も閉まっているでしょうね。
2012年01月06日
今日は、ひこねの組合の事務所開きで、商工会議所ならびに市役所にご挨拶に伺いました。会社に戻ってからは加工出しでへとへとになりました。加工工場さんも今日からスタートのようで、会う人事に新年のご挨拶です。やっぱり、今日が仕事始めのところが多いのかなあと思います。

アパレル向けの反物を巻く紙の管を、紙菅(しかん)といいます。輸出向けの小割りにしないといけないのがありまして、加工工場さんに40本ほど販売して分けてもらいました。木管は再利用なのですが、紙菅は1回使うと通常は使い捨てになるのでもったいないなあと思います。子供たちがチャンバラごっこして遊ぶのにはそれほど危なくないのでとてもよいのです。

紙管も「帯に短し襷に長し」と同じで、生地の幅より少し長いくらいのものでないとよろしくないのです。紙管も長さだけでなく、直径と厚みも重要な要素です。丈夫であればあるほどよいのですが一回で使い捨てにするので、あまり丈夫なものはもったいないのです。

生地を立てて販売される生地屋さんの場合には、紙管が中で折れたりすると生地にしわが入ることになります。反物を肩に担いで運ぶと中で紙管が折れやすいので、反物は両手でしっかりと持ち上げるように運んであげるべきです。反物を放り投げる加工工場や運送会社の方がおられますが、そういうときには紙管が折れると生地にしわが入ることを知らない人が多いのです。
2012年01月05日
手仕事の力ってすごいなあと思うことがあります。機械化されたものが汎用的なものしかできないという限界があるのに対して、人が手がけると作るのが難しいものをなんとか形にしようとして動くので、ほかではできないものが生まれてきます。

これは、布という範囲にとどまらず、糸にしてもそうです。機械に任せておくだけでは、通常の番手しかできませんが、人がそこに介在することで細い番手が可能になり、また、その細い糸を扱うために何倍もの労力を入れて織ることができるようになるのです。

また、難度の高い生地などは縫製の力が大事です。ほかにないよいものというのは無理をして作っているので、逆に、いくら手をかけても難が増えることが多いのです。それをカバーするだけのものづくりの力があると、ほかにはできないよいものができてきます。布をいくら限界まで挑戦してつくっても、縫製の力がないとよいものに仕上がらないことも多いのです。

量産のものに関しては、今は日本国内よりも海外のほうが縫製の基準が高くなってきているように思います。縫製が海外に行ってしまうとその材料調達も海外に移るのが自然の流れです。自動車や家電などのアセンブル部分が国内に残っていることにより、それに対しての部品調達を行う産業が国内に残りえるのです。
2012年01月04日
弟が横浜に帰りました。3が日仕事ばかりでほとんど話もできませんでしたが、元気そうで、シスコシステムズでシステムエンジニアをしていますが、アメリカも景気が悪く、今年の冬休みは長いそうです。

今、円が強くユーロが弱い状況になってきています。不思議ですが、先進国が潰れたり、デフォルトすることなんてほとんどないのに貨幣価値が、これほどまでに上がり下がりするのは、投機的な要素が働きすぎていてマネーゲームでしかありません。

ブランド関連でも、この円高というのは大きな影響があります。インポートブランドを手がけておられる方にとってはプラス材料となりますし、国内のメーカーにとっては、インポート愛エムの価格が下がったことにより、シェアの取り合いでマイナスの影響が生じます。

基本、日本のテキスタイルメーカーにとって円高は悪影響です。林与は、海外への輸出の比率は低いので、円高云々に一喜一憂するようなことはほとんどありませんが、輸出入で生計を立てられている方にとっては、貨幣価値の上下によって、仕事そのものが変わってしまうこともありうるのです。アイリッシュリネンが消えた背景にも通貨の問題が絡んでいます。
2012年01月03日
お正月といってもショッピングセンターなどは、お店を開けて普段人集めに苦労をしている分をまかなおうとしています。買い物も、実店舗よりも高額な商品ほどインターネットで買う時代になってしまい、実店舗の価値というものが下がってしまっています。

それでも記念に買うものや、値段じゃない思い出作りの買い物などは、買う場所すらもが大事であったりするのです。ブレックファストアットティファニーズなどは、買うものの価値よりもその場所が大事というような部分ではないでしょうか。憧れの場所っていうのがあるのもよいものです。

私の中では、日本的過ぎるかもしれませんが、京都の三千院が一番好きな場所のひとつです。特に秋の透き通った空気の夕暮れ時の三千院というのはよい感じがします。私自身は、宗教的なものはあまり好きではないのです。高校もプロテスタント系の学校でしたが、キリスト教の授業は、誰々が言ったからすべて正しいというのがいかなるものかと思うことが多かったです。私が好きなのはお寺にしても自然に包まれている部分なのかもしれません。

この3が日も仕事をしていて思うのが、ものづくりに没頭できればよいのにと思うことです。でも、一方で、ものづくりに没頭している人のものというのは商売にはなかなかならないものだったりいたします。ものづくりに没頭しているということはひとつのものを作るのに膨大な時間を使うので、それをするよりはものづくりに没頭した人のものを、真似て安く作って商売するほうが商売上手だったりします。

この年末にある大手のブランドさんから荷物が届いて、ご担当者の方のお体の具合が悪く、この1年ほどあまり会社に出てこられておられないようなお話で、代わりの担当の方が対応を下さっています。お会いしてお話していると元気をいただける方でしたのにご回復をお祈りいたします。
2012年01月02日
今日も不思議な現象で、糸を替えると同じロットの糸を使っていても反物の織幅が1cmほど大きくなる現象が起こりました。これは、トップの糸で、太さが同じだとすればトップの混ざり具合が微妙に違うことから糸の硬さが異なり、糸がやわらかくなったということだと思います。整経の現場では一つ一つの節、織っている現場では糸の錘の差くらいまで見えてきます。

ピュアな糸というのは通常は高品質でなければなく、混ざる糸というのはグレードを落とすというのが一般的な方法です。双糸にするものも通常はグレードの低い単糸でよいとされます。染にしましても、均一の太さの糸を染めると均一に染まりあがりますが、糸の斑や節が多いと白っぽく、ソリッドな色には染まりあがりません。

今のリネンの紡績糸というのは均一なものというのがなくなってしまったような感じで、先染でカセで染めても中までしっかりと染めることができないケースが多いのです。太い部分というのは結局、中が薄く染まってしまいます。中までしっかりと染めようとすると特殊な方法が必要ですが、今の時代にはそれをできる染工場はないと思います。

以前海外の紡績工場が後染めが斑に染まった問題も、糸の細い太いから生じる染斑から来ていることを紡績工場の方には教えてあげましたが、この問題というのは特に、縦糸に綿やシルクを使って横糸にリネンなどを織る場合に症状が見えやすい問題です。

錘の差の問題は、リネンでは当たり前だったりして、織物を良く眺めると2倍くらい太さが違うことが多いのです。見た目で2倍違うということは、重さにすると、直径が2倍違うということですので4倍違うことになります。特に細番手になってくるとこの傾向は良くわかります。

電子はかりで糸を分析すると、2mの長さを取ってみても、どこの部分でも理論値のプラスマイナス10%くらいの範囲に収まっているので、今の紡績技術というのはすごいものだと感じます。この部分は昔の糸よりも今の糸のほうが優れています。しかしながら、昔の糸には見られなかった、今の糸特有のリピートする極端なスラブが出たり、撚りが掛からないといわれるのも今の紡績方法の影響だと考えています。
2012年01月01日
新年あけましておめでとうございます。
大晦日というのはテレビをみる唯一の機会なのですが、テレビがまだ地デジに対応していませんのでテレビを見ることのない大晦日でした。

最近、リネンの高密度のものを織ることが多くなり、麻織物が難しいのかという問題ですがそれは糸が切れやすいからで、合繊はもとより、綿やシルクだと起きない問題でも、リネンの細番手の場合には織れない問題が良く起こってきます。

縦糸が切れて切れて織れない部分がどこなのかというと耳の周辺だったりします。その問題がどこにあるのかというと、実は織機の設定ではなく、整経の問題にあることが多いのです。それが、リネン織物の場合には特に起こりやすい問題で、綿の機屋さんなどがリネンの縦のものは織れないといわれるケースのほとんどです。

特に、織ったときに耳の部分のドロッパーが下がってくる現象というのは起こりやすい問題です。一度こういう問題を経験すると1mを織るのに何時間もかかりボロボロの布しかおれませんので次からは同じものには挑戦したくなくなるという機屋さんも多いかと思います。

なかなか最近は林与自身も徹底ができていませんが、耳の糸ひとつにしても耳糸用の綿の糸を用意するのが本来は完璧なものづくりだったりします。通常の糸と比べてどれほど糸切れが少ないかなどは商品にはほとんど見えてこないところではあろうかと思いますが、耳糸ひとつにこだわれるような昔のものづくりというのは流石だなあと感じます。
2011年12月31日
1年の終わりの日ということで今日も仕事でした。外が止まった状態なので仕事が逆にしやすく、ものづくりには最適な年末年始です。

今朝も急いでいる仕事の分で調子よく横糸が織れていたのに、急に横糸の持っていくのが調子が悪いのに悩まされていて困っていました。まったく持っていかないのです。本当に困ったことだと頭を悩ませていると3時間で神様が降りてきました。

たぶん、1時間くらいであきらめていたら神様というのは降りてきませんが、絶対に解決しようと考えていたので神様が降りてきてくれた感じです。それが3時間でしたが何年たってもいつまでも気がつかないことってあると思うのに比べると幸いです。

私自身、いつも織機とにらめっこということではないのです。職人さんがいれば職人さんに織機の修理をお願いしますし職人さんが修理で悩んでおられるときに初めて私の出番が来ることも多いのです。結局、解決方法というのは簡単なことが多いので、逆に、それに気がつかないことが多く頭を悩まされるのです。

一方で、先日は職人さんがシャトル織機のブレーキに油が塗ってあって、織機が糸が切れてもすぐに止まらないと嘆いておられました。
2011年12月30日
レギュレーターの中に入っているブロックが1個ないので、その代用として、近くのコメリに行って内径13mmのエンビのホースを買って2cmほどに切って使ってみました。ついでに、他のところも設定を確認がてら整備マニュアル通りになっているのか調べました。今まで動かなかった織機がスムーズに動き出しビームの送り出しも元に戻りました。

この仕事もつないで織ろうとしたときに送り出さないという問題が発覚しましたので、納期がどんどんと迫ってきてギリギリの解決になります。人間というものは極限で最大の力を出すもので、時間があったりすると何もしないままに時間だけが過ぎていることが多いのかと思うのです。

今日のエンビのホースにしましても、4mで300円ほどのもので、2cmだと数円のものですがそれが織機の問題を解決するというのは、アイロニーではないでしょうか。もし、もっと早く閃いていれば、これほど悩まなかったのにと思いながらも、こうやって人間は成長するものだと一方では感じるところです。

織物を織るよりも織機を修理する部分に長い時間を費やしていることが多いので、織物って機械工学の世界だなあと思うのです。一方で、デザインという要素も大事で、そこは林与が一番こだわるところだったりいたします。
2011年12月29日
今日は、レピア織機の修理を行いました。以前、レギュレーターのピンが外れてそのピンを入れなおしたのですが、今回もその部分がまた問題のようで、レギュレーターブロックがどこかに消えてしまっています。

急ぎの仕事の分なのでなんとかお正月明け一番に加工に出したいなあと思っているもので、結局、台のほうを乗せ変えて対応を行うことにしました。機とビームを一緒に外してそのまま他の台に載せ替えを行います。2人掛りで行うとそれほどの作業でもありませんが、たくさんの縦糸を緩めるので慎重を期します。

昔の織機はいつまでも使えて今の織機はすぐに使えなくなるというのも、調整ひとつが手すらも入れにくい作業になるのが今の時代の織機です。昔のシャトル織機は常に織りながら調整をするために人が織機にもぐることのできるスペースが設けてあるのです。

今の時代の自動車もそうで、触ろうとしても触れないくらいにボックス化されてしまって、ディラーに修理に持っていかないと対応ができません。そこで、部品を修理するのではなくひとつのユニットを丸ごと交換するという作業になります。

昔、ノートパソコンが壊れたときに修理に出しましたら、なんと、中身がすべて新しく交換され、外のケースだけが中古のままというような修理方法だったことがあります。実際にここまでなると修理というよりも交換でしかないと思います。

織機につけた新品の10台のインバーターなども3年ほどしか持たずにほとんどが寿命がくるというのも織機自体が50年選手なのに、今の日本の大手メーカーの作っている汎用機器が3年しか持たないというのは、汎用機器の部品すらもが日本製でなく、海外部品特有のコンデンサーの弱さが製品寿命に出てしまっていて、日本のブランドはついていてもかつてのブランドの実力はないことを思い知ります。

以前、日本のテキスタイル危機を取り扱う会合で、質問の際に韓国の記者が「昔の日本製は良かったが今の日本製は良いものがない」といわれました。日本のものづくりをしているみなさんを前にそれを言われるので勇気のある行為ですが、たとえば、コンデンサひとつにしても、日本のものは何十年選手だったものが、安い部品にひとつ置き換えられると信頼性の面では差別化ができなくなってしまいます。
2011年12月28日
今日は、夕方出荷で朝から加工の上がりを待ちました。ナチュラルフィニッシュのアイテムというのはとてもカプリシャスなので出荷の際には通常のものと比べても慎重を期し再加工になることも多いのです。

普段は、EMSやDHLを使っているので、FEDEXは2、3回目でしょうかくらいに使ったのですが、電話をしたらまだ本日の集荷に間に合うということで、持込せずに集荷に来てもらいました。16時すぎにといわれて16時ぴったりに運転手の方が来られて、まだ加工から上がり立てでして梱包を大慌てで輸出向けの出荷をいたしました。

インボイスにエアウェイビルの番号を入れてから印刷しようと考えていたら、シールがあるのでそれを張ればよいということで、???、記録としてしっかりとデータを残しておきたいのよ、と思いながら…。まあ、慣れないFEDEXなので事前準備ができていなくて仕方ないかと思いました。輸出だからといって運ぶ人さえしっかりとしていれば問題がないというのがポイントだとはおもいます。

夜は、昨日親戚のおばあさんがなくなられてお通夜がありました。ご住職が、今の世というのは生まれる前の状態で、極楽浄土こそ生まれた後の世界なのですというお話で、死んだときには地位や名誉など何の価値もないものだと気がつくということした。これを聞いたときにインドに旅行に行ったときのことを思い出しました。昔の日本もそうだったのかもしれません。人の人生というものは人それぞれに違うのが当たり前で、その中で、特別な人生を歩む人が多かったので特別なものが日本でたくさん生まれてきたのだと思います。

職人はものさしを使わずに目分量でものを作り上げます。ものさしを使って作ったもののほうが正確であってもそれは誰でも作れるものだから価値がないのだと思います。今のものというのはものさしで正確に測って作るものでそれはどこでもできるものです。日本の社会も何に対しても常にものさしを当てるような流れになってしまっていると思います。何に対しても、ものさしを当てるのが当たり前の時代でどんどんと特色は薄まっていると思います。ものさしを当てないとコントロールすらできない社会になってしまってるような気がします。
2011年12月26日
ジェトロさん主催の1月11日の東京での商談会に出展が決まりました。欧米から7社程度の企業がお越しになられます。この商談会へも連続で出展の機会をいただいております。インターナショナルなブランドさまのデザイナーや素材開発の方にお会いでき直接的にコメントをいただけるので参考になるのと同時に、自社で作ったものをご覧いただくことで海外への影響があるのではと思います。
2011年12月25日
糸が上がってきて、輸出用の高密度の織りを始めていますが、打ち込みが見本を作ったときのようにあがりません。糸を色糸に替えたことも糸が硬くなり多少の影響はあるでしょうが織機の調整でクリアできる気がしてこの2日間、まったく織れない状態から織れる状態にするために動きました。

まず、気がついたのは、巻き取りローラーの滑り止めが反対に巻かれていたことです。非常に微妙な正逆なので、手の感覚だけが頼りで、自分の感覚を信じて、滑り止めを反対にまきなおしました。あと、6箇所くらい調整を行って織れるようになりました。もともと弊社の織機では限界の織物ですので、その限界状態をどこまで維持できるかに掛かっています。
2011年12月24日
10数年乗った軽自動車のホンダライフがとうとう廃車になりました。雪が降りそうということで、母親がガソリンスタンドにスノータイヤと交換に行ったのですが、前輪だけを交換して、それがどうも、ホンダのオートマチック4WDを誤作動させてしまったか、ABSを誤作動させてしまったかでブレーキが噛んで車が走らなくなりました。これはこれで何年も乗ったのでエコだったと思います。自動車を一台減らすことにしました。

日本では、まだまだ走る車とか、パソコンなどでもごみ扱いというのが残念な気がします。日本のエコ意識を象徴しているような気もして、海外とのギャップは広がる一方ではないでしょうか。世界で一番積極的にやった原発推進なども、原発の本質に直面して大きく地球環境を破壊してしまいました。日本の原発推進はエコロジーではなくエコノミーに目がくらんだ結果だと思います。危険なものを安全だと謳ってしまったところに薄っぺらさがあります。危険なものは危険なものとして、そのリスクをごまかさずに推進をしていくべきであろうと思います。

原発事故の映像をみて、素人でもメルトダウンを想定しましたが、専門家である保安院がそれを否定していたような事態で、人の生命の危険を考えると専門家には任せて置けない部分があります。あと、基準値を塗り替えて安全だというような誤魔化しはチェルノブイリ以下ではないでしょうか。国家の人命に対する意識の軽さが出ています。
2011年12月23日
今日は祭日だったのですが、それに気がついたのが午後になってからで、テックスワールドの件で調べていて、ファックスがフランスに送ることができないので東京の事務所に問い合わせようとしたら不在なので気がつきました。最近は忙しすぎて曜日の感覚がなくなってしまっています。
2011年12月22日
今日はレピア織機を動かしていました。2反ほどの仕事なのですが、乾燥しているせいもあってか、糊のついた糸なのに毛羽立ちがあり、そこに毛玉ができて、真ん中の糸が切れてしまうような現象が起こっています。織機はすぐに止まるので問題はないのですが、1mを織るのに10回程度その問題に遭遇するので厄介ではあります。

夜には、リネン糸が茶色に染まってあがってきました。染屋さんには、先日のリネンの糊付けが甘かったことを伝え、問題を事前にフィードバックしておきます。シャトルで織るので織れそうですが、整経で素抜けするくらいですのでレピアだったら織れないと思います。同じ分量の糊を入れていても、しっかりと混ぜていなければ、糊は底にたまっているだけですので、しっかりとした糊がつかないということもありえます。同じ作業に見えても人が違えば出来上がりが違うということはよくあることです。糊付けの指示を出していても実際には糊をつけていなかったということもあったりするので、実際に糸を触って、そういう異常に気がつく感覚というのは大事だと思います。

早速、チーズアップしてもらうためにチーズ巻き屋のおじいさんのところにもって行きましたら、すぐにしてもらえるということで助かります。今の時代は、わざわざカセで染めるということをしなくなりましたので、チーズ巻き屋さんの仕事というのも昔と比べると何十分の一になってしまっています。

繊維産業というのは家内工業的な要素が高かった産業ですので、農業の延長線のような感じで、おじいさんやおばあさんが気長に手仕事して、それが仕事となっていたところがあり、価値の高いものづくりができていたのが日本のものづくりの特徴でした。今では、そういう職人気質なものづくりが難しくなり、年配の方でも根が続かないといわれるかたが多いものです。
2011年12月21日
今日は、リネン40番手の糸調べの続きを行っておりました。L40番は倉庫が3つに分かれているので在庫確認がなかなか大変です。リネンの生成やオフ白というのはそれほどでもないのですが、リネンの染糸というのは糸でみても色が深くてきれいなのです。

糸調べというのは重労働だったりいたします。箱の糸を箱を動かして確認するので、時間がすごく掛かるのです。たぶん、そういう手間がみんな嫌だからノーインベントリーな形になり始めているということもいえます。いくらコンピュータで管理したところで実重量とデータの間の乖離というものは存在するので結局使う前に見本にしろ、本生産にしろ現物の確認作業が毎回必要です。特に糸の在庫というのは場所を取りますので都市での管理は高コストになります。リネンの世界というのは不思議で、良い麻糸というのはいつまでも使えるのです。綿、ウール、シルクとは管理の面でも異なります。

たぶん、少し足らない色が10数色くらいあるので、リネン40番手だけでも10数色くらいは染めないとならないかなあと思っています。これって結構大変で時間も使います。納期が間に合うのかどうかというところ本当に心配になってきますが、リネンはしっかりと染めておかないと実際トラブルの多い繊維ですので、急がば回れでしっかりとした計画を作ります。

シャトル織機に関しましては、新しい方にしてもらった仕事をやり直さないといけないことになってしまって、やはり、この仕事というのは、失敗したら自分でやり直す覚悟をもった人でないと上達しないものだろうなあと思います。耳糸ひとつのことで何時間も調整をしたりすることもありますのでどれだけ時間があっても足りません。
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