for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記
リネン日記
リネン日記:3680
«前のページ 1 ... | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | ... 184 次のページ»
2011年11月22日
今日は午前中、組合で開講式がありました。そのあと、ミシン屋さんが来ておられたので、海外に進出されているので、アジアの国民性の違いの話をお聞きしました。インドに行って感じたのですが、インドでは綿のシーチング素材が得意素材となっているようです。国民性の違いが織物の違いになっているような気もいたします。
2011年11月21日
今日は午後から職人さんと話をしていて、この産地のご高齢になられた機屋さんが入院されているというようなお話でした。シャトル織機を動かしていると聞いていた機屋さんだったので、林与自身のことはさておき大変だろうなあと思っていたのです。

戦後、GHQの指導により、洋装化が強いられて、昭和30年頃には着物は売れなくなってきました。同時に小幅の織機も限られた着物需要向けとなり、より広い幅の織機が使われることになりました。昭和30年代に20歳くらいでお仕事をされていた方というのが今70歳を超えられるくらいになっていています。

今の時代に、20代くらいの方で、織機を動かそうという方がおられたらそれは本当にありがたいことだと思います。織る仕事はそれほど難しくなくても、織るために織機を調整する仕事がなかなか難しいのです。それをできる人々が消えてしまうと織機自体が残っても意味がなく産業自体が消えていくのです。

織物というのは、人手をたくさん必要とする産業なのですが、それが誰でも織機を動かせるように技術が発達したことにより、人手を必要としない産業に変わって行ったのですが、それが結局、進化ではなく退化だったのかもしれません。
2011年11月18日
今日は午前中彦根商工会議所で行われました勤労表彰式に参列させていただきました。仕事があっても、できる人材がいないといわれる世の中で、表彰を受けられた、大手企業の代表の方が挨拶をされているなかで、他の人たちが仕事の波で退社や転勤を余儀なくされる中、会社に残ることができ仕事のあることをありがたく励みたいといっておられたのが印象的でした。
2011年11月16日
午前中は近くの機屋さんが小幅のお仕事のご相談にお越しになられました。そのあと、帳簿を彦根の会計事務所に取りにいきました。夜には、ラミーの糸が染まりあがってきました。

昨日は海外への着分出荷などを行いましたが、もう翌日には海外の相手先さまから到着しましたとのご連絡がありました。昨日の午後3時の集荷で海外の相手に翌日には届いているというのが、ちょっと凄すぎる気がして。
2011年11月15日
今日はJETRO東京で行われました欧米市場開拓セミナーに参加してまいりました。講師の方々の中でも、イギリスの方がイギリスには布が好きな方がたくさんいますので、自分たちの好きなものを、そのまま提案すればよいといっておられたのが珍しく、林与のスタイルとは良く合う気がしました。

せっかく東京まで来ましたので思いっきり一番前の真ん中に座りました。会場を去ろうとするときに、辰巳織布さんとJFWの川島事務局長さんも見えておられ、ご挨拶しました。2日前まで一週間一緒だったのに日本に帰ってきて2晩寝ただけで、インドに行ったのがもう昔のことのように懐かしく思えてしまいます。
2011年11月14日
今日は朝から体調が優れず午前中は休養気味で、こういうのは本当に珍しいのです。インド行きで止まっていた仕事を軌道に戻す作業に入ります。糸の段取り、糸染めの上がり確認、加工の段取り、作業の段取り、留守中に動いていないところを調整しました。

午後2時くらいからは回復しまして、インド滞在中にいただいた海外向けの着分などの手配を行いました。DHLの持込に間に合わず、結局、送り状ラベルをもらって明日集荷にきてもらうことにしました。

明日は東京で午後からJETROのセミナーがあるので無理をせずに早目に寝ました。
2011年11月13日
今朝8時30頃成田空港に無事に到着しました。お世話になった皆さんにお礼をいう間もなく、滋賀県に戻る新幹線の手配などして家に着いたのは午後2時でした。皆さん、ジャパンクリエーションなどには出展されているのでこれからもお出会いできるかと思いますので、そういう意味でも今回の調査事業というのは特別な交流の機会でした。

サリーを眺めると日本がたどった着物文化とかぶるところがあり、それが洋服の文化に移り変わるのも日本と同様ではないかと思いますが、日本的な完壁主義が着物を消し去ったのかとも思います。オートバイの後ろにサリーを着て乗ったりするのが普通だとまだまだサリー文化は守られそうですが、ヘルメット着用義務が強化されるなどするとそれも消え去っていくのでしょう。着物の文化にしましても、着物だけではなく、その周囲の環境と共に生きるものだからです。

初めてのインドということもあり、インドでは極力危ないものは食べなかったつもりではありますが、帰国して体がすごく疲れていています。ものが売れるとか売れないとかよりも、まず、食べるものひとつに気を配らないといけないのがインドです。外国人がインドで商売をすることで、電気や水なんかもだんだんと環境が整ってくることかとは思います。

昨日の市内観光の途中で伝統工芸品を展示即売されている建物がありました。そこにはデリー市の首相やインドテキスタイル省の事務次官も見学にこられていてインドの伝統工芸だなあと思うものがたくさん並んでおりました。絹の布に関しても、これって、インドのテキスタイル展示会では触れることができない特別なグレードの気がいたします。

夜には、倉庫に行ってインド滞在中に着分オーダーのあった在庫を確認するために、夜に糸の在庫を確認いたしました。また、縫製テストのために生地を縫製工場にもって行きました。
2011年11月12日
今日は、インドの最終日ということで2グループに分けて世界遺産などの観光をいたしました。私のグループのバスは、レッドフォートや、お墓、塔を見学いたしました。携帯で写真を撮ったのですが、世界遺産の建物の写真はすごく綺麗でいい感じです。いい思い出になりました。

世界遺産めぐりの途中で、修学旅行のインド人の高校生のグループと小学生と話をしました。小学生のグループの一人が、「明日日本に帰る!」と流暢すぎる日本語で話しかけてきます。なんか、「さよなら」「こんにちは」「ありがとう」はあっても、いきなり、「明日日本へ帰る」と話しかけられたのにコミカルなのを感じます。

コンノプレースというデリーが始まったといわれる場所の地下の商店街に行きました。おみやげ物屋さんがあるのですが、外国人は少なく、インドの人が買い物をする場所のようです。引き込みが強引過ぎて、こうでないとインドでは商売が難しいのかなあと思いました。
2011年11月11日
今日は展示会の最終日、ホテルの送迎のタクシーなどもお客様本位というのではなく、だいたいいつもお客さんが待たされるようなアバウトな状態で成り立っていて、インドだとそれはそれでよいのかなあとも思います。無理しない、無理させないあたりがインドらしさなのかもしれません。

常に感じたのが、ワークシェア的な概念です。自分がすることが決まっているので、その与えられた以外の仕事はしないのが当たり前ということです。一人ひとりの仕事が縦に流れていて、ほかの人はその人の仕事に口出しすることはしないのです。



2011年11月10日
今日は展示会場に行くとお昼まで展示会場にほとんどお客さんがありませんガラガラです。2日目のほうが多いと思っていたのに、その理由が判明しました。今日は、ターバンを巻いているシーク教の祭日だそうです。全体の2%といわれていますが国の祝日で学校も会社も休みだそうです。シーク教の人は、男性は頭にターバンを巻いています。インド人の象徴的な風貌をされているのですが、生まれてから死ぬまで髪の毛を切らずターバンで巻いているのです。インドの会場にお越しのアパレルのお客様というのは、ジャケットを羽織っておられずシャツのみでカジュアルで、アメリカっぽいカジュアルな文化が入り込んできているのを感じます。

今日はバックの壁に事務局が「PREMIUM TEXTILE」シールをつくってくれて、ジャパンブースがかなりよい感じになりました。午後から、調査事業の一環として、展示会場に隣接されたビルに居住するインドのアパレル輸出企業を6社ほど訪問いたしました。休日ということで、3分の1くらいのところしかやってませんでしたが、いろいろなお話を聞きかせていただきました。海外輸出向けに扱っておられる商品上代なども分かります。

夜には、ニューデリーのエンポリオモールの視察を行いました。海外のインターナショナル高級ブランドが入ったインド最高峰のショッピングゾーンです。海外ブランドのものというのはどこにでもあり珍しくないので、興味はインド国内ブランドを中心にお店を見て回りました。私自身はリネンに関する素材を中心にどのようなクラスのものが流れているのか見て回りました。デニムではカイハラさん、綿高密度では古橋さん、汎用的な綿織物では辰巳さん、合成繊維では東レさん、絹、レーヨン、意匠系は宮下さん、ウールは尾州から、長大さん、森さん、中伝さん、刺繍レース系では敦賀さん、プリントでは宇仁さん、と専門分野が多様に分かれていますので、何を見て回りなさいと指定などはありませんが、一緒に回っていても調査のために見て回る素材というものは分かれているのではないかと思います。展示会も、11社ですが日本企業の素材分野の強みをPRできるような多様性ではないでしょうか。商社系では、瀧定大阪さん、田村駒さんがブースを出されておりました。

今日は主催者から各企業に記念のトロフィーが届きました。各企業の名前も印刷されていて、こういうのはインドで展示会をした良い思い出になるのではないかと思います。私自身は、主催者がこういうことを考えるところにインドは余裕があるなあと思ったりします。レンタルの椅子も昨日は黒くって白いブースに不釣合いだったのが、今日は白い椅子に変わっておりました。裏で日本ブースを盛り上げようとインドの主催の方が動いてくださっている気がします。会場で、初日に写真を撮って回っていたプレスカメラマンが、1枚50ルピー(90円)で写真を売りに来ました。よい感じで撮れてたので買いました。私たちがやっていることは、外からみるとこんな感じに見えるのかと…。数日前のことなのに懐かしく思えるのが不思議です。

夜、エンポリオモールに行く途中で、バスの中からデリーの市場の風景を眺めました。観光用に作られているわけではないと思うのですが、活気があってすごく良い感じのインド情緒です。今回の旅行は観光目的ではないので、ホテルと市場調査的な部分がほとんどで出歩いていないのですが、庶民的な生活を味わうという意味では、そういう一般の人が買い物をする市場をうろうろとしてみたいものです。
2011年11月09日
今日は、朝10時から展示会が開催です。まだ2回目の展示会ということで国際ブースを設けてある2階へは来場者もまばらな状態です。それでも10件くらいの方とお話できたかとは思います。

今日の展示会が終わってから、今回の展示会を主催されていますインドのテキスタイル省の政務次官の方が会場に訪れられ多くの報道陣が取り巻きながら、2階に上がって見学にこられました。林与のブースも本日の片づけを終わっていたのですが、林与のがらんとしたブースの前で数分立ち止まって記者に対してのコメント的なものが行われ、そのあと束ねて吊るしてあった林与のハンガーも引っ張り出す感じで記者陣にみせてくださってました。日本を盛り上げようと優しいお方だなあと思います。

ファッション系の3つの大学の大学生たちがファッションショーを行うイベントも開催されました。最初の二つの大学のパレードは、少し、今時の日本の若者の作り出すパレードと似ていて学生さんだなあと思ったのですが、最後の学校のパレードはなかなか素材選びなどもしっかりとしている感じで女性の場合ドレスっぽいものが多かったのですが、イメージからすると高級感のあるインターナショナルブランド的な素養を感じました。

そのあと会場の外庭では、今回の展示会の参加者が交流する壮大な式典、晩餐会が行われました。セレモニーはまさにアカデミーアワード的な演出です。この展示会というのがビジネスの場というのではなく、政治外交の場であるのを思わせます。政務次官の方は女性でサリーを纏ながら一日を過ごされているあたりもさすがだなあと思います。インドの繊維産業を大事にしているような部分も感じられ、気品を感じます。
2011年11月08日
今日は、企業訪問の一日です。調査内容の報告に触れることなどは詳細は書くことはできないのですが、日記的に今日の一日書かせていただきます。日系の検品工場、縫製工場、現地の縫製工場と3つを午前と午後に分けて、早朝より回りました。流れ作業で、一人の人が一つの工程ということです。インドで仕事をすること、インドの方に仕事をしてもらうことのイメージやインドでの経営の考え方というのが伝わってきました。塀の外側と内側では別世界という気がするのがインドです。

ホテルに戻ってからは、明日からの展示会の準備で展示会場に向かいます。今回の日程はゆっくりかと思いきや、移動に非常に時間が掛かるのであわただしく、日程をこなしていきます。会場準備は、各社ともハンガーを30点ほど持ち込むだけですので、30分ほどで済みました。ストールも数種類だけは飾れそうでもってきてよかったです。展示会場もそれほど広くはありませんので、来場された方の多くの方が目の前を通られることになるのではないかと思います。

グルガオンという街は畑を開拓した開拓地区で、ニューデリーの街から車で1時間、デリーの空港から30分の距離のところです。日本企業などもグルガオンでビジネスをする企業が多いとのこと。しかし、ホテルの窓から眺めても外は開発途上で、道から50Mくらいは近代化のための工事現場というところが多く、そこでは犬だけでなく豚や牛が放し飼いになっていたりでおおらかなものです。電気もないレンガやトタン作りの家に住んでいる人たちがいます。犬も日本の犬とは違って敵がいないせいでしょうか。人に愛想を振りまくこともなく、昼間でも地面で横になって脚を投げ出し寝ています。誰も犬に餌をあげることもないのでしょうか、犬はやせ細っているのがほとんどです。環境が変われば人も同じで、それが国民性を生み出すのだと思います。

私がインドですごいなあと思うのは、サリーです。インドの女性は控えめな感じがするのですが、衣装は存在感がありすぎる鮮烈な色彩のサリーです。赤とかオレンジとか、ファッションショーが街中で繰り広げられているようなものです。今回の展示会のハンガーも、リネンの世界でありながら極力見栄えする色使いのものをインドに提案しやすいかと考えたくさん選びました。荷物が重くなるといけないと考え、今回は近江上布を持ち込みませんでしたが、次回チャンスがあれば、近江上布柄の提案なども、サリーっぽいイメージのインドアパレル向けには日本のテキスタイルメーカーが提案するとすれば日本の提案ぽくって面白いのかとも思います。

今日は非常に暑くって、ホテルもエアコンを使う部屋が多いせいでしょうか、夕方に何度も電気が落ちて停電になっています。冬でもインドはそれほど暑いということで、日中も、ジャケットを着ていると汗がでてきて半袖のシャツに着替えたいくらいです。夜には、同じく展示会に参加されております輸出組合さんとの交流会がホテルのレストラン横の別室であり、この数日で感じたインドに関する疑問点などを質問させていただいたりしました。明日からの3日間の展示会に向けて日本のチームとしまして一つのまとまり作りの場になりました。
2011年11月07日
今日はインドの企業訪問の予定が変更で、午前中から市場調査になりました。調査内容に関しては報告書での発表となり詳しくはお話できないのですが、私自身は調査ということで麻のものに関しまして市場を注意して見て回りました。

セレクトシティモールとハウスカースビレッジ、夜には、グルガオンのモールを見て回りました。繊維に関する市場調査以外にも、インドの人々の行動というものをいろいろなところで体験できます。インドで100ルピーという紙幣は180円程度なのですが、100ルピーを使おうとしてもお釣りが出てこないお店が多いのです。これって、外資系の一流のホテルでも同じで100ルピーを10ルピーにフロントですら両替してくれないのです。

昨日の両替をした銀行でも、100ルピー未満は取り込んでしまうようで、チップに渡す10ルピーなんかを手に入れることが非常に難しいのです。どこに10ルピーが消えているのかを見つけた気になったのが、昼間、ハウスカースビレッジの人だかりのできている家族経営の売店が両替商をしているのを見たのです。500枚くらいの10ルピー紙幣に両替されていました。

市民生活では10ルピーが基本に使う紙幣となり、海外旅行者は、100ルピーや1000ルピーを使うような生活のようです。夜の入ったウォールマートのようなスーパーで、物価を注意してみていても、中国の都市なみにしっかりとした値段がついています。飲料で20ルピーから25ルピー程度のものが多いのです。一般の人が入らないホテルでは、それらの飲み物が10倍にあがります。

あと感じたのがレストランやホテル、お店などお客さんを相手する商売のところでは、たくさんの接客担当者がいるということで、小さな駅のキヨスクのような売店でも3人くらいいます。小さな市場の生地屋さんにも、お客さんはどのお店もゼロなのに10人くらいの人が働いています。

夕食で、莫大な人口に対する仕事をワークシェアで生み出しているというお話を聞きました。しかし、こういうのって経営者は大変だろうなあと思うのですが、昔の日本の経営と似ているのかもしれません。身内筋をたどって丁稚奉公にいくような感じではないかと思います。

移動するためにチャーターしたバスのドライバーさんも、公用語が英語といわれる国でありながらも英語が通じない部分があって、それが普通なんだということで、壁が多いのがインドで逆にそこにチャンスがあるのだと思います。
2011年11月06日
成田空港には午前8時半に着いて、まずまず、遅れずのスタートです。ビザの関係で空港でパスポートをもらうことになっておりますが、旅行会社の方が段取りをされておりますので、安心といえば安心です。

実は、成田空港を使うのは30年ぶりです。行き方もあんまり調べずにでしたが、今の時代携帯電話というのは非常に役に立ちます。空港までは鹿の子ニットみたいな格好でいったのですが、ファッション業界の調査なので、空港のトイレでシャツと麻のジャケットに着替えました。

無事に出発できそうなのが何よりです。
2011年11月05日
今日は、朝からインド出発のために準備をしていました。冊子つくりやハンガー作成で、ハンガー用の生地を50cmにカットしてしまい、ハンガーから出てる部分が50cmでないといけないことに後から気がついてやり直したり。

今回の展示会は、自分の会社のブースとしての展示ではなく、日本チームとして、他社様が綿やウール、レーヨン、合繊のハンガー展示されるなか、麻のハンガーを林与がブースになります。専門的にものづくりをされている特色のあるメーカーがほとんどですので、量産のものとは違う日本のものづくりらしい味のある素材がたくさん並ぶものと思います。

インドでは、量産のものであっても手織りなどが今も行われていますので、インドのほうが手間隙がかかっているものも多いのかもしれません。そういう部分は、今回は見学させてもらおうかと考えています。工場見学、ショッピングモール見学なども組まれておりますので、自分の目で見ていろいろと考えてみたいと思います。

2011年11月04日
今朝は京都からお客様です。昔から林与の会社のことをご存知で、久々にジャパンクリエーションでブースで声を掛けてくださいましてお越しくださいました。私のほうが興味のある案件があって、早速動いてくださり、頭の中で計画していたことが動き始めそうです。

近江上布の絣柄をプリントで再現する件で、縛りを取ればかなり前に進みそうな気がしました。再現したとしても今の着物ライクな素材感のものがアパレル向けにどれだけ通用するのかは疑問ですので、素材を本麻というのを外しましてターゲットを広げたほうが、柄が好きだから買いたいという方も広がるのではないかと考えました。

以前、JETROさんの商談会で、ニューヨークのエミリー社の社長とお話したときにも着物は着ないので、やわらかい素材のものがよいとおっしゃっておられました。日本では、案外、昔の柄というのに注目は少ないですが、日本に来られる海外の方が、日本の着物の世界をみられると、通常のアパレル素材の何倍も興味を示されます。

これから、ヨーロッパに向けても動いていきたいときですので、ヨーロッパでの展示会に出展やあるいは個展を考えるときに、日本の伝統的な素材というものも海外のみなさんに見ていただいて、そこから広がる世界でのアパレル向けのものづくりというのが、たぶん、ヨーロッパの皆様には一番受け入れられやすいかと思います。
2011年11月03日
今日は、ひこね文化プラザにて物産展がありました。開会式でのテープカットなどもありまして、しばらくするとテント村は人人で、大にぎわいです。お昼もいただこうかと思ったのですがなん十分も待たないと買うことができず諦めました。

別の会場では地場産業の展示も行われており、伝統工芸品である彦根仏壇関係の展示が力が入っておられ、以前から興味をもっておりました漆の技術などお話をうかがうことができました。

出展されている側も商売というよりお祭りを盛り上げる気分で楽しんでおられますのでこういうイベントというのは無理なく長続きする形ではないかと思います。2階では、彦根仏壇の職人さんたちが工程の実演を行っておられました。

彦根の仏壇業者の方というのは、昔から製造だけでなく販売も手がけておられますので、このような実演的なPRも非常に上手だなあと思うのです。仏壇の方とお話しておりますと、すでに家に仏壇がある方というのはお客様にはほとんどなり得ないのに、毎朝仏壇の前で拝むことをお勧めになられます。

製造されておられる方が仏壇にお参りするような、先祖に感謝するような気持ちをもたれている方ばかりなのでお話をしていても心豊かな気分になりました。よく、時代が変わったと言われますが、日本人が変わってしまうと日本的な産業というものは成り立ち得ないものだなあと思います。
2011年11月02日
展示会から10日が経過してようやくスワッチの送付が完了いたしました。今回は海外からスワッチがまだかというご催促がたくさんあり、非常に前向きに考えてくださっているのを感じます。郵便局から帰ってからはインドへの出発の準備にかかり始めました。

今回のインド行きは、経済産業省のインド市場調査事業として行われます。インドというマーケットの将来性がどのようなものなのかを調査する事業で、展示会なども日程には含まれており、日本のテキスタイルメーカーの素材などを現地の方に見ていただく絶好のPRの場になると考えています。

ご一緒させていただく皆様というのも、名簿を拝見していると織機にも精通され自分で織物を作られているような織物のプロの方が多くて、織機を触られているようなみなさまが私と同様に海外での製造でなく販売に目を向けられているのは単なる一致ではないと思います。

展示する素材なんかも、売り安そうな低価格のものを見ていただくのではなく、日本らしいものづくりをしたものや日本的な色使いがされているものを見ていただこうかと思っています。
2011年11月01日
スワッチの送付が3分の2くらい完了しました。展示会の場というのは商談の場ではなく、単なる現実PRの場に過ぎないかと思います。といいますのも、今の時代というのはこられたお客様が個人の方でもなければ購入を即断決断できることはほとんどないのです。展示会のブースは屋台の出店のように見えますがものを見せる場所であっても売る場所ではないのです。

展示会などでも大事なのは価値観を共有できるような方とのお出会いです。スワッチを送る際にもお名刺を眺めながら会場で話したときのことを思い出すのです。スワッチを送り始めると、積極的なブランドさまやアパレルさまというのは前向きに動いてくださいますので、そういう自然な流れの生まれるところと自然なスタイルで仕事をしていくのが一番よいのではないかと思います。

今、考えているのがプルミエールビジョンへの出展で、個性の強いものづくりというのをPPしていくためには目指すべきではないのかと思っています。麻に特化して、布の見た目や質などでは全体として他とは違うようなテイストを持っていますので、欧米の方などでもリネンに興味のあられる方が林与のものづくりを特別に見てくださることは多いので、自分らしいものづくりの方向性は保って行こうとするときに、そのようなものづくりを最大限にPRできるような場所を求めるのも大事だろうと思っています。

最初はプルミエールビジョンでなくてもよいのかもと思います。パリででも1週間ほど場所を借りて個展的な林与の展示会を開いてみるのもよいのかもしれません。それなら、リネンだけでなく近江上布の世界をヨーロッパの皆様に見てもらえるようなチャンスになるかと思うのです。
2011年10月31日
今日は午前中に段取りをして染色工場に糸などを持っていきました。アパレル関連の仕事のほうも国内向けというのは非常に小ロットなものづくりが多くなり、カウンターや色見本、展示会サンプル、本生産、と3回の生産が伴うことを考えると、ストック在庫を流すのと比べると実際3倍以上のコストが掛かります。

質を落とさないためには、材料をある程度まとめて購入したり、染色をまとめてすることでバルク価格で流せるような対応をするのですが、製造する側の品質を守るための良心的な部分で、それは製造する側の在庫リスクという形で掛かってきます。在庫ゼロという夢物語などはしわ寄せに目を向けていないだけのことで、それは局所的で不完全なマネージメント哲学だろうなあと思います。

昨年国内の展示会に参加していた台湾のメーカーさんが今年は居られませんでした。お話をしたときにも、日本国内の繊維需要の低さには驚かれておりました。日本という国はなんても手に入り繊維製品が飽和状態にあるといえ、価格が安くても見向きもされないという一方で厳しさがあります。

また、決まったとしても海外メーカーを支えるだけの規模の注文になることが少なく、海外メーカーが販売先として日本メーカーを敬遠し始めているのが常に繊維業界ではささやかれています。日本人のバイヤーさんがよくやるのが、次は大きな注文をするので今はがまんしてというやり方でそれは海外ではまったく通用しない話で、そういうミスマッチを生み出す口先での手法はすぐに愛想をつかされてしまうということのようです。
«前のページ 1 ... | 140 | 141 | 142 | 143 | 144 | 145 | 146 | 147 | 148 | 149 | 150 | ... 184 次のページ»