for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記
リネン日記
リネン日記:3680
«前のページ 1 ... | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | ... 184 次のページ»
2020年08月23日
今日は日曜日で、お盆の明けた最初の日曜日、もう日が変わる前になって気が付いたが、今年は地蔵盆も中止なのだろうな。そういえば、どこの地蔵さんも準備していなかった。仕方のないことだろうと思う。

お地蔵さんというのは基本的には石の小さな仏さんで、子供の地蔵盆は宗教的には、戦後すぐくらいまでは生まれてすぐになくなる子も多かったし、子供のころになくなる子も多く、そういう亡くなった子供たちを供養するために子供たちがお盆行事をするということなんだと私は認識をしている。

今は、集落も少子化で大人がほとんど手伝いながら行事を行ってなんとか続いているような行事になっているけども、30歳くらいの大人の世代でも他の地域ではあまり地蔵盆は見かけなくなっているので、準備も大変だろうなあと思える。

夏休みの最後の大事なイベントの一つ。最後の1週間はお供え物のお菓子屋飲み物で、小学生的な幸せあがあったように思うが、もう今は子供たちは結構ほかにも忙しいし、あまりお菓子にも興味がなくなっているんで、大人の行事に付き合っている感じだろうか。

小学生の子供が地蔵盆を準備するって今考えてもすごいことだとは思う。喧嘩はしないようにしないといけないし、低学年の面倒をみないといけないし、大人が会社やる以上にセンシティブな問題も多いだろう。
2020年08月23日
昨日も、和小物を縫製されていう隣の集落の方が来られたが、今の時代に和の縫製業で成り立たせてゆくのは簡単なことじゃないのに上手にやってられるなあと感心する。田舎で、ものごとを成り立たせていくというのは自分が働いて価値を生み出して行けないとなかなか難しい。

このコロナの中でもやはり通常の仕事が減った分、マスク縫製などを手掛けて動いておられ、時世に合わせて硬く考えずに柔軟に動かれているからたぶん普段の仕事も器用にこなされているんだろうなあと初対面ではあったが思った。私にしてもマスクを自分でも縫製したり、スタッフの女の子でもマスクを縫製できたりと、新しいものでも普通に生み出せる力があるから、今も繊維の業界で残っていられると思う。

林与にミシン数台が入ったのも15年ほど前の事、それが大変仕事の幅を広げるのに役立っている。アパレルの方が生地を企画検討されるときに、生地の検討に関して滑脱の問題などアパレルの方に助言することも多い。検査検査というが、たかだか30cm角とか50cm角の生地でどこまで物性が正しく数値に出てくるかということもあって、実際に塗ってみて大丈夫かどうかが一番大事なあたり。検査取るたびに2割3割、時には5割数値が変わるから。検査もものづくりと同じ作業だったりする。
2020年08月22日
本麻の本質的な意味合いを考えるときに、エアコンの存在があると本麻の良さが消えてしまうんだろうなあと思うあたり、現代のエアコンが普通になると本麻というのは湿気を吐き出しやすいので、シカシカしてしまう部分が出てしまう。エアコンのない外とか家のなかなら汗となじんで、最高の素材なんだけどもエアコンに水分を吸い取られてしまうとドライ感はあっても、シカシカ感が今のソフト感からすると難しいのかなあと思う。

外で着るなら本麻はベストの一つだろう、エアコンの中では本麻が難しい問題。人というものが自然と融和して天然繊維をまとうことで、普通に成り立つのか成り立たないのか、エアコンを想定するのかで、解決方法はかなり変わってくると思う。

ソフトなものになれると清涼感を与えるシャリ感が痛さに思えることも多い、これをあまり否定しすぎるのも駄目なんじゃないのかと思うのも私で、現実を受け入れて本麻も最高級のチクチク感の少ない細番手を目指して行かないとならないのではと思う。それは、カシミヤや海島綿とかを超える世界になってしまうので値段的に難しいかもだが、そこに新たな超細番手の本麻のジャンルが残るのではないかと思える。
2020年08月21日
5年ほど前にイタリアのミラノウニカ展に出発前に、ぐねった左足の痛みがなぜか今再発。たぶん骨折していたとは思うがそのまま、コンパネ板とガムテープでぐるぐる巻きで靴も履けないままスーツケース2個引っ張りながらイタリアに行って、1か月ほどで若干の違和感だけで普通に歩けるように戻ったのでそのまま放置していたが、つき方がやはりちょっと悪かったか。またかまぼこ板とガムテープで固定すれば歩けるようにはなるけど、やっかいだなあ。

背中に星が二つある男だったり、右肩の脱臼の痛みも今も違和感を抱えながら引きずってはいるが、50過ぎた男というのは結構健康診断で引っかかったりいろんなの抱えているのが普通だから、私の場合も抱えていながらも動かなくなったらそれこそ終わりだろうと思うところがある。

私が昔のお年寄りというのは立派だったなあと思うのは、いつまでも自分が自分がじゃなく、隠居みたいな感じで、裏で物事を支えることを当たり前にしていたということ。私が子供の3歳ころに大おばあさんがいて、そのおばあさんは年をとっても部屋で糸を足したりしていつも手を動かされていた。与次右衛門爺さんが近江上布の世界をなせたのもそういう地道な内助の功みたいなものがあっただろう。物のない時代に何もないところからものの価値を生み出していくのが当り前の人たち。少しでも働いて家族を支えようみたいな家族の絆みたいなものも当たり前にあったと思う。
2020年08月21日
中国の三峡ダムが危険な状態にある。ダムが災害を救うという要素だけでなく、ダム自体が災害的な要素となるという問題で、日本の大雨の時にも同じような状況が起こって、結局、ダムで水量を押さえた分、下流域ではそれに応じた都市開発が行われるために、想定外の大雨になったときには大きな被害が起こるという問題。

毎秒75000トン入り込む状況で、毎秒限界だろう50000トンの水を放出して下流域を冠水させながらも、ダムの水位は上がりつつダム決壊の危険性は高まっている。決壊した場合には、下流域を飲み込むとか冠水させてしまう話になってくる。上流の重慶もダムの満水の影響で、長江の水位が上がり水浸し状態。

本来、ダムがダムとして使われればよいのだが、それに乗じて安全だという想定で河岸に開発が行われ、結局、早期の段階でも大量の放流すらも難しくなる。日本の河川敷での開発なんかも同じような問題で、それをもったいないと思うと、早めの緊急放水が出来ずに、結局雨が本降りになったときにはダムは一杯というような、余計に危ない状況をもたらしてしまい、越水とか決壊が起こりやすくなる。

ダムがあっても、大雨予測があればできる限り水位を下げるようなことが正しくできればよいのだが、それができないというような問題もある。大雨が降るような状況だからダムの水位をゼロにしておこうというようなことは利権などが絡んで不可能なのである。計画通りにしかできずに、大雨が降ると水位上昇でダムの決壊の話になってくる。

日本のダムは建築技術がしっかりしているから決壊ということはほとんどない(ダムの越水で済む可能性も高い)だろうけども、決壊したときには通常の大雨での氾濫ではすまないような事態に陥るのを忘れてはいけない。

あきらめるときにはあきらめて河川敷のリクリエーション施設などは放水で流してしまうような覚悟も必要だろう。分譲が進んでいる地域には前持った緊急放水で雨が降る前にダムの水の放流の危険から社会生活や経済活動などを停止して避難してもらうことも必要だろう。そういうのが本当の大きな被害になりうるダム決壊を防ぐための予防策となる。ダムがあるから安心というのではなく、ダムが運用次第でもってしまう危険性も理解しておくことは必要だと三峡ダムの件をみて再認識する。

河川敷のお金をかけてきれいに手入れされている設備を流してよいという判断ができるものは少ないだろうと思う。三峡ダムの場合でも、事前に放流を始めれば下流の開発の進んで河岸地域が冠水したりはする。それを食い止めようとするとダムの水位はどんどんと上がっていってしまう。ダムというのは決壊しないことが本当に大事で、決壊したときには大雨のどころでない自然災害を超えた災害を生んでしまうので運用するものの運用姿勢というのは非常に大事である。

中国では20年に一回に災害を考慮すべきではないと言う意見が政府的にはあるようで、それはまたひとつの判断だりう。けど、人々は巻き込まれて死なないように気を付けないといけない。中国に人が並んで待たないといわれるのもそういうお国柄があるんだろうとおもう。
2020年08月20日
本麻の作務衣があったので、それを着てこの2日過ごしている。Tシャツよりは涼しくて元には戻れないかもである。田舎でも作務衣着てうろうろしているおっさんなんて見かけないから、倉庫に行ったりとかは目立ちすぎる。

最近、甚平用生地を作ったので、半ズボンの甚平よりも年中着ることができる作務衣を作ろうと考えているのだけども、5mとか用尺が必要な感じで、生地だけでも、かなり高級なものになってしまいそう。

昔、小幅の織機から36の織機に切り替えた時に、産地でも本麻の甚平生地を生み出したのが林与だった。当時は甚平も何万円もする高級アイテムだったので、成り立った話だが、今は、国内で甚平や作務衣用の生地を作ってもなかなか成り立たんだろうなあと思いつつ、そういうのも逆に消えゆく世界だから小さくでも残していこうと思う。
2020年08月19日
中国の北京の業者さんから久しぶりにコンタクトがあって、中国との物流も4月くらいにはほんとストップ状態だったが、また再開なので、輸出に向けて動いてみようかと。

業者さんといっても私の場合には個人的なつながりみたいなもので、友達という感覚の方。私が上海の展示会に行くといつも北京から会いに来てくれて、別に他を回るわけでもなく、私の生地を非常に評価していてくれて私と仕事をしたく思っていてくれる。

私が上海で、泊るところをみつけるのだけども、1泊200元くらいのローカルなところが多いのだが、一人なのに無茶苦茶広い部屋でそれほど悪くないと思って、その方に紹介したら、フロアーが違って、現地の人用のフロアーだったらしく、なぜか照明がピンクかパープルだったとか?という笑い話。通訳の女の子は自分の部屋がそんな風だとは言ってなかったけど。ある意味、特別ルームだったんだろう。

同じ値段なのに外国人の私のほうが広くて快適な部屋を提供してもらえるというのも上海も変わったなあと思う。私の分は、ネットの有名なホテルサイトで申し込んだからだろうか。

中国に行っても、社長向けの接待を受けることもあるけども、そういうのは運転手付きの車がいてくれて行きたいと言えばどこにでも連れて行ってくれるけど、私的にはローカルな庶民的な食事をしたりとかが好きで、地下鉄に乗ったり街並みを歩いて過ごすのがすきである。またコロナが収まったら、展示会で中国にも行きたいなあと思う。
2020年08月18日
林与の自社企画の在庫生地のソフト仕上げは、品薄になっていたけども、この夏に在庫を久々に増やすことができた。なかなか自分が生地をつくろうと思っても、外のお客さんの生地を優先してつくっていると追われてしまって、定番の生地ですらもこの2年ほどつくるタイミングを見つけられないとかだったので、今、少しほっとしています。

いろいろと生地つくりの案件をいただくことも多いのですが、1回で動ける案件だとやりやすいですが、まず少しみたいとかから入るアプローチの場合には、出来合いの布を検討されるべきが無理がないかと思います。

あるいはサンプルの試作費をしっかりと払って、2回3回かけて、イメージに近づけてゆくとか。それが




2020年08月17日
インバウンドや観光立国というプランで、国の経済政策の目玉が動いていたが、それがコロナで、一番駄目な経済政策ということになってしまった。早くそこは切り替えが必要で、その切り替えが遅れるとダメージは余計に広がる。

国の頭は硬直してしまっていても、ホテル経営者なんかはホテルを廃業する方向に動いたり、アパレルも人員削減をするなど、現実的に先手先手の対応を行って、ダメージを押さえる方向転換を行い始めている。

経済政策が好走するときもあるだろうけど、うまくいかなくなった時には深追いせずに自然の流れに合わせて支援をするという形が理想的だろうと思う。たとえば、インバウンドや観光立国をプロモートしてきた分、応援するばかりでなく、今度は、廃業やリストラを支援するのも一つの経済政策だろう。

一番日本で困るのは従業員のリストラという問題で、雇用に支援はできても、解雇を支援するということがなかなか難しいのが日本の政策で、これは好景気の局面でしか機能していない政策だったりして、不景気には不景気業種の一番困っているような縮小を難しくし余計に苦しめることになる。
2020年08月16日
いろんな産地の方と出会うときにシャトル織機に関しては動かしておられる職人さんたちはかなり高齢化されているということがある。シャトル織機を動かしておられるのは、60代後半から70代の方がほとんどではないかと思える。

次の担い手を考えるときに、織機を動かすとかメンテするとか技術的な問題だけではないと思う。一番の問題は、何人かが集まって織機を動かすときに誰か一人がその他の人を雇用してみたいな形になるときに、その誰か一人がなかなかなり手がいない問題があると言える。

その問題のために、今の70代のそういう責任を背負ってこられた方が仕事を終えられる時に、つぎにそういうものを背負っていくような存在が必要となってくるのだろうけども、昔の時代よりも、今の時代のほうが、責任もってやってるものにのしかかる重荷はどんどんと増えていて世代交代の難しさはそこにあると思う。

シャトル織機を120台持っておられた工場が、円満に廃業されるときもその織機の引き受け手は海外だろうみたいな話だったが、それもうまくいかなかったみたいで結局一部の織機が国内の工場に移ったみたいである。外から見ていると120台の織機を動かしてそれなりの仕事があるのかと思えるかもしれないけども、その方がやっておられたから成り立っていたわけで、次の人の手に渡ったときに同じように仕事が成り立っていくのかというとなかなか難しい話だろう。

その工場もみんなが高齢化して潮時だみたいに、若い方を入れないである意味、雇用した人の面倒を廃業するまで見る優良な企業さんである。最後もきれいに終わられ立派な会社で惜しまれて廃業されてみたいな話。迷惑を掛けずに終われることが幸いみたいな話をされていたのは、いろんなご苦労の一生だったんだろうと思う。

このコロナで外出の必要もすくなくなりアパレルも和装も需要は激減している状況で、この2年3年で廃業されるところは多いだろうと思う。私も本業のアパレルだけならもう難しい話だろうとおもうが、そのアパレル向けを支えるためにもいろんな柱をつくったので他力本願的な部分が少なくなり麻織物に特化して続けていけているんだろうと思う。外からの受注に依存して成り立たせてゆくというのは
2020年08月15日
涼しくなる朝の5時、近くのお寺の鐘の音が聞こえてくる。お盆で帰省されている方たちには普段経験することのないとても良い響きだろう。お盆でお墓やお寺に参られる。

昨日立ち上げた織機を織っているお盆明けの納品のもの、糸に適した調子のよい台を割り振らないと、最初の構想が悪いと結局そこでドツボにはまることがある。話で仕事が成り立つのじゃない話が、昨日の朝からのストーリー、朝につなぎ始めてもらって、テンプルなどの位置調整、筬を通しなおして、織出し。織出しがどうしても両端の部分の経糸が緩んでうまくいかず、試行錯誤そして、一休さん。

思い切って方向転換、繊細な織物なので、巻取りローラーが糸が引っかかりにくいように、調整してあったのが逆に働いて、結局その調整を取り除いて、織りあがった布がきれいに巻き取られることで解決。織機自体のコンディションは悪くはない。また、シュワイターの巻の太さの調整が必要で、そこも微調整を加えて、一気にきれいに織れるような体制が整った時には、夜の9時。

坦々とした作業をスタッフの女の子が進めてくれて、普通の人だと15分で投げ出すような作業の連続だろうが、そうやって織物というのはできてゆく。こういうのは大人の仕事の世界なんだろうと私は思うが、そういう世界はもう日本には少なくなっている。

整経の準備や整経なんかは私がその前の夜から一人で始めているので、24時間ほどで、他の仕事もしながら、1台の織機が立ち上がって織り始められる。これを普通のリズムで2人が3日に分けてやっていても、6日分の仕事として成り立たせるのは難しいだろうと思うし、解決力を伴うこともないだろう。
2020年08月14日
仕事していて自分が立っていくための決断というのはいろいろあるだろうと思う。縫製の工場さんで、今はマスクを縫製しているところも多いし、マスク縫製をしないと決めておられる縫製工場もあったりする。

私はある意味柔軟なんで、洋服にしてもマスクにしてもこだわれば同じ要素があるんだろうと思う。ストールなんかも同じでこだわった挙句に、柔らかリネンストールにたどり着いた。キッチンクロスで厚織のキッチンクロスというのを作ってみようと思って作った。マスクもおんなじで、どんなマスクだったら自分自身が満足できるだろうかとやってみている。

全部に首を突っ込んでやったほうがトータルとした解決方法も見つかりやすいことも多い。繊維業界というのは、糸、織、染、加工、で生地が出来上がり、その生地をパターンをつくって縫製をするような道のりの長い話。商品企画だけで進行しちゃうと、振っただけでものがでてくるようなことはないから、仕入れたり人が動いたりという現実的なものづくりの部分で、いろんなところでボトルネックが生じてくる。

生地を企画される方が決断がないのは致命的だったりする。デザインというものは多くの人が集まって決めるものではなくて、一人の人間が決めたほうが一貫性もあってよいだろうと思う。その場でものごとを決断して前に進めていけるほどの決断力というのは、別にすごいことでもなんでもなく、当たり前に必要なプロの能力ではないかと思う。

デザインというのは、かならずしも売れるものをつくるのとは違う要素であるとも思う。自分なりのテイストというものを、ものとういう形で表現することだから、会議して売れるほうに持って行こうとすると売れそうな色を当ててしまうと、テイストすらもが消えてしまうことになる。売れなくてもどこまで自分のテイストを信じて貫くかみたいなところがアーティストらしさだろうと思う。そこでは食べていけないから、副業してでもその世界を成り立たせるとかは大事だろうと思う。副業というのも、資金を稼ぐならまったく別の仕事でもよいだろうし、同じ業種の下請け的な仕事でも構わないだろう。

自分の目標を貫くために、目標以外のことでその目標を支えるみたいなことも大事で、業界のカリスマみたいな人というのは、案外、何でも屋さんみたいなところがあって、専門職に見えて、広く深くが普通で、だから新しいことでも抵抗もなくやっていけるんだろうと思う。

最初に戻ると、このアパレル不況の流れの中で、アパレルに再度打ち込んで厳しいのを乗り越えてゆくというのも一つの方法だろうし、マスク需要のような繊維業界で必要とされるものに新しくチャレンジしておくのも一つの方法だろう。案外アパレル縫製よりも手間が掛かるから悪いことじゃない。やっても駄目だとあきらめないようにできる範囲の最大の努力をしていくということが大事なことだろうと思う。やって駄目なら仕方ないだろうけど、やらないで出来ないとか駄目だといっていては、そもそも駄目な要素そのものだろう。

一枚のマスクでも作る作業に没頭して、裁断から縫製まで、丁寧に1時間作業して出来上がるのはたった1枚のマスクかもしれない。たぶん、小学生の子供でも、マスク1枚、1時間あれば、楽しく作ってしまうのではないかと思う。でも、プロの大人のクリエイターや職人がそれができるかというと、案外自分が生み出すはできない人が多い。子供は生粋のクリエイター、素直に吸収し初めてでなんでもできたりする。子供のような素直さがものごとをするには大事だろうと思う。
2020年08月13日
このコロナでアパレル関係では、人員が削減されるというよりも、工場や売り場そのものが閉鎖という形をとることが多い、本来なら人員を削減して、工場や売り場を残すほうがまた人員が戻ってくる場所なんかも確保できることになるのだが、そういうのはなかなか法律上選びにくい形になってしまっている。それは企業経営者の選択というよりも、労働法を守るとそういう選択になってしまうのである。

売り場をなくして人員を全員解雇するということが法律的な問題も起こり得にくい。このコロナで大手のアパレルは売り場を3分の1減らしたとかが普通だったりする。コロナが落ち着いたとしても売り場自体が3分の1減っていると考えても良い。

国内でのアパレル需要というものはコロナ後に元に戻るというよりは、企画自体の数は変わらなくても、本生産の量は3分の1減るという可能性も高いだろう。採算性が余計に成り立ちにくくなる。事業を拡大する時よりも事業を縮小する時のほうが経営的には何倍も難しいものだと思う。

コロナ前でも京都の加工工場はこの1年で半減するだろうと言われていたくらいで、このコロナで廃業を選ばないといけない繊維関係の工場も多いだろうと思う。それは今仕事が少ないとかいう話ではなく、アパレルの売り場規模の縮小により、これから数年アパレルの仕事は少なくなるだろうという状況は続くだろうと思う。

生産量が減る流れの中で、トレンドとしてのエシカルな流れはより進むだろう。地球環境を守るようなエコなものづくり。林与の場合には今までやってきたことが否定されることもなく、多くの人に受け入れられるようになる流れなのだが、恵まれた時代には否定されがちだが、働くことを大事にしていきたいと思う。
2020年08月13日
リネンのプリーツマスク生成の販売を始めました。このマスク素材は、リネン60番手のイタリアンリネンの薄手生地を使用しています。生成の色としてはちょっと珍しいダーク目のグレーです。(リネンの生成りの色は、ご使用いただき洗ってつかってもらっているうちにだんだんと色は薄くなってゆきます。)夏マスクらしい仕上がりで、柔らかくしすぎず、コシとシャリ感のある仕上げです。(風合いも、ご使用いただき洗って使ってもらううちに少しづつですが柔らかくなってゆきます。)

不織布のプリーツマスクに非常に見た目が似ているので、会社、会議などの場のフォーマルなシチュエーションにもお使いいただけると思います。布マスクとしてはリネンの光沢感も感じられ高級があるほうだと思います。林与自身がお気に入りで使っているのも、リネンのプリーツタイプのマスクのこの生成とこれよりやや厚めの白の2タイプです。ノーズワイヤーは入っていませんが、装着後、上下にプリーツを開いた後に、手で鼻の部分を押さえてもらうとリネンのコシ感が形状安定っぽく働きます。

届いてすぐにお使いいただけるように縫製後のものではなく、煮沸洗いを掛けてアイロンがけしてジップロックしたものをお送りいたします。最初のゴムは通してありますが、長さ調節ができるように結んでいませんので、結んでカットして適当な長さに調節してお使いください。

林与のリネンマスクの特徴は、薄地ながらガーゼ過ぎない生地を使っているところで、夏マスクで通気性重視になりすぎて飛沫防止効果がなくなってしまわないように、アパレル生地の中では一番薄いくらい目のものです。仕上げもアパレル向けの柔らかさ重視ではなく、表面のドライタッチ感と毛羽感を出さないマスクに適した加工をしています。林与のいろいろなリネン生地の中から夏マスク用に着用感のテストもして一番最適そうな感じの生地ができたので夏マスク開発しました。

この布マスク本体の部分は、洗ってお使いいただければ、20回、30回とお使いいただけると思います。ので、交換用のゴムのが必需品になるかと、交換用のゴムも、白と黒をそれぞれ2回分(各1.2m)お付けしています。また、交換用のゴムは今は手に入りやすくなっていると思いますが、林与でも30m単位で別途販売も致しますので、1枚の布マスクでも布の部分は丈夫なリネンですので、洗って永くお使いいただけると幸いです。マスクゴム専用ゴム通しも交換用ゴム白5m黒5m付きで別途販売も致します。

縫製後に煮沸洗浄をしてすぐにお使いいただけるように洗いを掛けた状態で1枚1枚をジップロックに入れた状態でお送りいたします。現在、1点1点のハンドメイドに近い縫製になりますので、受注がたくさんの場合には、発送までに1週間ほどお時間頂くことが御座います。
2020年08月12日
アメリカやフランスではマスクの義務化に反してデモなどの抗議が起こっている。やはり、マスク不要論を言っていた国には政治的な危機感からの思惑があったんだろうなあと思うのはそのあたり、マスクで新型コロナでもある程度は防衛が可能なのに、政治家そのものがマスク問題を避けるために不要論を放った。社会を守ることを考えている人ほど義務化されなくても自主的に感染防止をしているのに、それを馬鹿だと笑う行為が世界中で起こるが、結局、義務化しないとマスクをつけないで、マスクしている人を攻撃するような体質があるから義務化が必要となってしまうのだろう。コロナに感染することよりも、マスクをつけないことを大事にするという価値観も価値観の一つで、アメリカ大統領もその最たる例ではあるだろう。大人というのは子供以上にやっかい存在なのである。

日本では、国がマスク不要論や害悪論を流す中も、マスクの義務化もないけども多くの人が自衛のためにマスクをつけて家族を防衛。本来の社会機能的なものが働いているような気がする。法律が必要もないのである。一方で、国はGOTOトラベルみたいな、反対の行動を推し進める。一方で、お盆の帰省は慎めとか。典型的に駄目な日本政府。政治献金が落ちないと気が済まないのだろうが、人々の健康よりも、政治家の小金を優先していると、経済状況も悪化するばかり。結局、コロナを放置の体制では、オリンピックはほぼ中止だろうと私自身は考えている。海外から、日本のタイプと違う、志望者率の高いコロナタイプが持ち込まれたら、重傷者は少ないとは楽観視もできないだろう。

結局、原発も爆発するけど爆発するまで推し進めるのが性なのである。コロナも日本では政府の考え方では爆発するだろうと思う。私自身は、政府が法律をつくってマスクを義務化するようなことは好きじゃないのだが、アメリカやフランスのように自由の国では、法律で縛らないとコロナの感染を抑えるのは難しいだろう。

日本が開国したときや、戦後なども、風土病といわれた伝染病がいろいろと西洋医学によって解決されたケースもある。そのときに、強制的にいろんなことに従わされて病気の撲滅が出来たのである。

日本脳炎というウィルスがあるが、「一般に、日本脳炎ウイルスに感染した場合、およそ1000人に1人が日本脳炎を発症し、発症した方の20~40%が亡くなってしまうといわれています。また、生存者の45~70%に精神障害などの後遺症が残ってしまうといわれています。」である。一方コロナウィルスの場合には、世界的には、感染すると1000人あたり200人が重症化、そのうち50人が亡くなるという病気。蔓延させることは防がないとダメなのである。

整合性的な部分は大事で、その大きな流れの中でそれぞれが成り立つための自由度も必要だろうと思うが、成り立たないときにはそれを支えるために国が人々の生活を援助するべきだろう。最低限の生活ができるように国民を支援する、それが国家の最低限の役割なのであり、今こそそれを実行するべき時なのであろうと思う。

自分で生きていける人は大丈夫だけども、社会制度に依存して生きていくように国民を縛ってしまってうまくいかなくなったときに、自分で生きろでは残酷すぎる話だろうなあと思う。この新型コロナで全国の1000万世帯が控除後ではあるが年収100万未満とされることが公式に発表もされた。コロナ以前の昨年の統計なので、コロナ後にさらに世帯数は増えているだろう。
2020年08月11日
倉庫に眠っていた布の一つを布公房DENさんの北山さんが気に入って使ってくれて、その生地を使って附田洋服がすごく人気で、また同じのができないかの話。その頃の糸からして違うからあのしなやかな今のリネンにはない風合い。染めた染工場もいまはもうないだろう。残念な話だけども昔のリネンの風合いを今のリネン糸をつかって出すことは難しい。

たぶん、加工は同じような加工をすれば、加工としては同じに近い加工だろうけども、加工にしても今と昔は違いがある。それは加工工場の技術の方に聞いても今の加工は昔よりは問題が起こるのを抑えるために控えめ。本来なら思いっきりの加工をするほうが良いのだろうけども昔ならそれで行けたが、今は染なんかも弱いことが多く、加工工場も加工温度を昔のようには上げることができないということ。

林与も、一度、いつも染めている染工場がいっぱいで、リネンも染められるという京都の染工場さんで反応染料で染めたが、加工を通すと3分の1くらいに色が落ちた経験がある。加工工場さんは70度の温度で処理をされるが、京都の染工場さんでは50度の温度でしか湯煎されていないということを知って、色落ちの原因が手に取るように分かった。落ちて当たり前なのである。

落ちて当たり前なのだけども、3分の1までに色が落ちるというのは繊維と染料が反応もちゃんとしていないような状況で、色が落ちた話をすると逆に切れられてしまっていて、技術的な相談も無理だと思いそのサンプルはあきらめたが、仕事が欲しいということでリネンも染められますといっておられてお願いしてもやはりこういう問題を一回一回乗り越えてゆけないと技術的な壁を乗り越えるのは難しいだろうなあと思う。昔だと中国の染がそんな感じだったけども、今は日本の染でも得意分野が異なればそんな問題は起こりうる。

別の話で、麻でも、生成りをそのまま染める染というのは一般の人が一番思いつきやすいことなんだけど邪道ではあり、どうでもよいものならそれでいいけども、ちゃんとしたものを作りたいなら止めておいたほうがよい話。色はきれいに染まらないし落ちてゆく。海外のリネンだと案外ありがちなトラブル商品の作り方なのである。

リネンのキナリにしても、あの色というのは吸い上げた土からの養分の色で、太陽に当たったり水でさらされたりして抜けていきやすい。耐光堅牢度が弱いのがリネンの生成りで、本来は色むらも起こりがちなのである。大麻なんかの生成りは全長が2mを超えるので、上部と下部の色の違いも著しく、紡績したときの色や品質が安定しない問題を抱えている。
2020年08月10日
今日は京都の事務所に行って知り合いの伝手でにモデルを頼んでマスクの撮影。あまりデジカメを使っていなかったので本体は思っていたことろにあるのに充電池とその充電器が見当たらなく、本格的な一眼レフのは使うのやめて、予備でもっているスマフォで撮影することに。スマフォのほうがきれいに撮れることも多いのでスマフォを侮ってはいけないのである。

久しぶりに行った京都の事務所だったけども、作業場的によい感じの空間だった。事務所の周りの建物もいろいろと新しくなって、裏もきれいに整備されたりと、まだまだよくなっていく場所なんだなあと思う。昔は、3条通りを挟んでいろは旅館があったのだけどもう新しい建物に変わって。隣の建物の下もカフェになっていて、ちょっと気晴らしにうろうろするのにもよい場所だなあと改めて思う。

京都の事務所に分厚い無垢の木の板がテーブルの上にあったが、あれは林与のものではなく知り合いの人のものなのだが、木のインパクトがあってあの板がいいねと思った。大事のもののようで、ミカンを剥いた皮を直接置いたら注意された。超巨大なまな板みたいな板なので・・・

そのあと、知り合いの知り合いである関塚さんという草履作家さんが岩倉の山のほうでアトリエをされていてイベントをされている最終日だということで、突然だが伺った。何人かの作家の方との合同展の形で、信楽の方もおられたが信楽のイメージとは異なるモダンな創作。フランスの方も木のテーブルや椅子などを作って出されていた。

古着を専門で出されていた方もあり、その中にビンテージのリネンのスリーピースが目に留まった。リネンの25番手くらいのキナリでしっかりとした生地。この色味というのは、倉庫に残っているルブランの生成りのいろとそっくりで、同じリネンでも今のリネンとは全く異なる世界。このリネンはふっくらと柔らかいのではなくソリッドな硬さをもっている。よく一般に言われるビンテージのリネンについてだけども、多くのものが実際にはコットンで、ビンテージリネンでもリネンはらしいものが多かったりする。

世の中の流れで新しくつくった服よりも古着のほうが見直される時代になってきた。古着というのは今の服にない価値がつまっているようなものがあって、日本の着物のそうだけども、今つくろうとしてもつくれないものや何百万円の価値観がそこには詰まっていると思う。

サイダーを販売されていて、それが日本のサイダーだそうで、4種類あったけども、それぞれが別の会社のもの。一般にうられているサイダーというよりも、レモン水そのものみたいな味で、大人の味。小さな瓶の一本だけども飲みごたえがあった。
2020年08月10日
戦後というよりも戦前の特徴だと思うのは、身の回りのものは小さなころから買うのが普通じゃなく、作るのが普通だったので、戦前の人のモノづくりというのは個性がある。小さなころからデザイナーみたいな生き方。

昭和40年代くらいからは、テレビ文化まっさかりで、時間があればテレビを見るのが普通になって、個々の人間が生み出すものも少なくなってしまったと思う。サラリーマン化が進んで所得が増えたこともあって作るよりも買う時代に突入。

自由にいろんなものを生み出せる人は少なくなったと思う。ミシンなんかもJUKIかBROTHERか、自動車も各国に数社の大手メーカーが、それも各メーカー似通っている。メーカーがオリジナルを生み出すではなく、共通仕様に向かう。今はMACもウィンドウズもほぼ同じような感じになってしまった。

デザインの世界も、絵心みたいなものがある人が少なくなったんじゃないのかと思えたりする。人の生み出す可愛さとかが昔のデザインにはあった。ディズニーのCGアニメーションの世界はあんまり好きじゃない。オリンピックのマスコットなんかも、コンピュータソフトで簡単に描けそうで単純すぎて可愛さがないのである。

対象や昭和の広告のキャラクターとか、絵心があって面白いなあと思う。金鳥の蚊取り線香のマークが何で鶏なのかも、鶏の匂いを蚊が嫌うからみたいなのとか、単なるデザインではなく一つのロゴにもストーリーがあって面白い。

2020年08月10日
私自身、いつも思うのが今動くか動かないか、今動かなければ将来も動かないだろうし、今動けばその経験は将来に生きてくる可能性は高い。動くといっても、他の人に動いてもらうと費用も掛かるし、それが毎回の事になるので、動くとなったときには、自分のできる範囲で自分が動くということにしている。自分が動ける範囲でやるので、できる規模なんかは限られてくるけども、こってりと経験できるし、やるもやらないも自分次第だと思う。

プロの人が趣味の人よりも上手かというとプロの人の場合には設備が整っていての部分が強みだろう。趣味の人というのは設備が整っていないのでいざやろうとすると苦戦することが多い。まあ、設備から手作りとかDIYでやっていくのが良いんだと思う。ゼロから、こってりと経験できるから。

昔と比べて、道具をつくるにもいろんなものがタダみたいな値段で手に入ることが多い。中古で使えそうなものを買ってそれを活用すればよいのである。新品を分解するとかはちょっと気合がいるだろうけども、中古でいくらでも手に入る分解してもよいくらいの値段のものを手に入れて、それを試してみるということが良いんじゃないかと思う。それでうまくいけば、それでモノづくりをして儲かるなら新品のちゃんとしたものを購入すればよいと思う。

プリントなんかでも、型紙彫ってやったものというのは、完璧な設備や機械でやるのとは違って、味があって悪くないと思う。まあ、絵を描くのとコピーするのとの違いで、手描きの絵に愛着を感じる人も多いだろう。林与のシャトル織機で織る織物にしても、洋服になったら耳の部分は使われることがすくないので、あんまり分からないかもしれないけども、シャトルで織ったものを欲しがってくださるマニアの方は多い。

私にとっては、シャトル織機も設備というよりも生地を作るための道具であるし、私の手や頭や体、足も道具といえば道具だと思う。普段右肩でビームを担いでいて、おとといたまたま左肩が気持ち悪かったので、刺激を与えようと、左肩でビームを担いでみた。左肩の筋肉はビームを担いだことがないのでウブなんだろう、担いだら痛くて痛くて、右肩とは大違い。ビームを担いだことのない人が初めてビームを担ぐときに感じる痛さ。

作業する時には必ず利き手を優先して使うようにしている。右手でやろうが左手でやろうが同じとは思わない。布の厚さを見るときにも、右側を右手で挟んで、左側も右手で挟んで厚さが大丈夫か確認する。多くの人が右側は右手、左側は左手で挟んで布の厚さをみようとするけど、同じ手で確認しないと違いなんて分からないだろうと思うのは私だけだろうか。

織物というのは、規格があるけど、規格には縦インチ何本、横インチ何本とか。横の打ち込みが同じだと同じ厚さに織れるのかというと、密度の高い織物だと経糸のテンションで打ち込み密度は変わってくる。テンションを強めれば打ち込み密度は上がる、テンションを下げれば打ち込み密度は下がる。ドロッパーの前に畔棒を入れるのは、糸のテンションを上げるためである。ドロッパーの後ろに畔棒を入れるのは、糸同士が回転して1本になって、ドロッパーに引っかかるのを防ぐためである。

麻織物の場合には糸が切れやすいのでドロッパーの後ろに畔棒を入れる必要はそれほどない。整経の時に、上の畔下の畔を取って整経しておくことが基本だとはおもう。切れにくい糸の場合には、糸が引っ張れても切れないので織れている織物の糸が1本細く吊れてしまうような現象が起きやすいので、ドロッパーの後ろにも畔棒を入れてあげるべきだろう。

富士吉田の前田源さんから聞いて謎がとけたのが、なぜ絹織機は後ろが長いのかという問題。ビームからソウコウまで2mほど後ろがながくとってある。それは昔はシルクはフシが多かったので、そのフシを織りながら取るためだということ。綿織機やスフ織機は、後ろが短いのはフシを取る必要がないからということ。今の時代には絹織機はフシを取る必要がないので別に後ろが長い必要はないということだろう。

織機は小さければ小さいほど手も届きやすくなり扱いやすくなるのだが、それをやるとビームに巻く経糸の長さが限られてくる話になるから、小さくできないんだろうなあと思う。織機というのはちょうど車1台分くらいの大きさがある。林与の工場の中には、30台くらいの織機があるから、車を30駐車できるような工場のスペース。

織機は床にアンカーボルトを打って固定するのだが、固定していないと振動で浮き上がって動いてしまう。織機の場所が自動車を駐車場で入れ替えるように自由に動かせたら織機の入れ替えも楽だろうなあと思うけども、なかなかそうはうまくはいかない話。


2020年08月08日
朝早くに動き出して昨日始めた整経を終え巻き取り、今は、整経屋さんというのが消えてゆく運命にある。整経という作業も単純そうに見えるけども、織る人よりもしっかりしていないと整経の失敗は致命的な失敗につながる。

あと、整経の作業はやった作業を確実に記録しておかないと、次の時に同じものを作ることが難しい。糸の管理や糸の計算ができる人でないと整経はできない。このあたりが、整経作業は工場の中でもできる人がやっていないとあとあと大きな問題につながる。プロの整経屋さんという仕事があるのもそのあたりが関係している。整経の負担が亡くなれば、織物工場は仕事量は半分以下に減るだろう。

また、経糸をつなぐ仕事も専門の業者がいたりする。この作業もなければ織物の作業量はまたさらに半分に減るだろう。麻織物の場合には加工だし前の検反作業や補修作業が織るのと並行して行われる。織物工場で実際に織るという部分はメインのように見えるが本当に一部の部分でしかなく、糸切れで止まった織機を再開する作業というのは車を運転するのと似たような感覚で、誰でもが携わりやすい仕事。

もちろん、糸調子などの調整は含まれるので、それが上手な人と上手でない人の差だけでも、大きな差となる。今織っている織物も、耳までもが大事な織物。織物を織ることは簡単でも耳まできれいに織るとかなってくると何倍も難しい仕事となって、できる人とできない人の差が出てくる。

織れば売れる量産の時代というのは、作業的な負荷の低い織る部分の仕事のウェイトが大きくなる。それが小ロット生産の時代に移行すると、織る部分の仕事のウェイトは極端に減って、全体の作業負荷は何倍にも増すことになる。
«前のページ 1 ... | 36 | 37 | 38 | 39 | 40 | 41 | 42 | 43 | 44 | 45 | 46 | ... 184 次のページ»