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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2018年09月13日
先日、大阪の手作りフェアで西脇の大城戸さんとお隣させていただいた。基本的には、捨て耳を販売されていたのだが、捨て耳も販売用に片側だけ限定とか綿100%とか、ウォッシュ掛けたり、染めておられたりとかで完成度の高い捨て耳なのである。そうそうそういう発想が湧いていると布もいろんな布ができるわけで、角っこに30枚くらいだろうかいろんなハギレをおいておられた。大きな機屋では逆にできないことを小さな機屋だからできるというところを実践されている。日本でも自分で生地を作れる機屋というのは数少ないものである。

機屋というのは結構力が必要なので、社長と若手の社員の男性スタッフの方は筋肉バリバリタイプでこれは繊維業界筋肉番付では史上最強だと思う。それだけでも今までの体力の域を超えたものづくりができそうな気がする。そこに捨て耳などの繊細さは女性スタッフの活躍だろう。対面での販売を心がけておられ生地売りイベントなどされているので、実際の機屋さんでこれほどユニークなところはないと思う。つくられている生地も一貫生産されたものが多くオリジナリティあふれている。たぶん、3人全員が生地を自分で企画して形にできる理想系ではないだろうか。

地場産業といいながらもやるものがやることで残るだけのこと。基本の形はあったとしても、日々仕事を前に進めてやっていく力が無ければ残ることもできないだろう。林与の先代にしても母親にしてもなかなか実際の仕事をするのは難しい。産業が衰退するのはそういう基本的なところができなくなるところから。実際のものづくりが海外に移って行くのも何十年の経験者よりも毎日やってる素人のほうがものづくりでは上だったりするから、経験者の意見を聞いているよりは自分で何でも実践して経験をつんで行くのが一番であろうと思う。
2018年09月09日
昨日まで大阪でのイベント。イベントのあと、グランフロント大阪で晩御飯。朝から食べてなかったので一杯食べた。本当一杯食べた。そのお店は女性のお客さんが多い、おしゃれなスタイル。他のお客さんは飲み物だけで話して時間を過ごすのが目的のようだ。

何を楽しむのかというと食べ物でなく、雰囲気のあるなかで時間が流れるのを楽しむ。ウィンドショッピングと似ているところがある。一番お金を使っているのはお店で、お店がその場所のお客さんなんだろうとおもえる。グランフロント大阪の私の感じたイメージが空港の建物。内装なんかも高級に見せるためか石を鏡面仕上げに使っていて、息苦しさを感じるところもあって、その重苦しさを、お店の内装や料理が緩和してくつろげる場所と変えている。

少し、ウィンドショッピングで服を眺めるとチェックが目立つ。あと千鳥なんかも。ファッションは繰り返される。30年で一巡するような流れがある。一度その世代で流行ったものは流行がすぎるとその世代にとっては受け入れがたいもので、自分が着るのではなく、自分の子供に自分が若い頃に流行ったものを着せようとしたりとか。流行は30年ごとに繰り返されるのだ。

今、1990年頃に終わったバブルを経て、30年。バブルもまた流行の一つかと思う。
2018年09月02日
織機のメカニズムを応用して初期のコンピュータが作られた。ジャガード織機は初期のコンピュータの構造とよく似ている。プログラムは紋紙で出力データは織物みたいなイメージ。

織機の動きや耐久性なんかは、自動車そのものに思えたりもする。自動車は織機が走っているようなものである。自動車メーカーやオートバイメーカーの前身が織機メーカーだったというのもよくわかる話で、自動車よりも織機の方が複雑で、振動も大きく耐久性が要求される。

今の織物の現場は織機メーカー不在の状態で、織機が不調なときにはメーカーに頼ることもできない。林与がシャトル織機の方が残っていけると思うのも、シャトル織機は部品がアバウトなので代用が可能だから。レピアは部品が精密なのと電機部品や半導体部品が入っているので、純正部品でないと難しい。

日本で織物産業が衰退したから織機産業も衰退したのだろうけど、織機産業の衰退で日本の織物産業の衰退は確実なものとなった。日本の麻糸の紡績産業も織物産業の衰退で、今はわずかな国内生産が残るだけで、麻糸も海外の方がバリエーションが豊富。海外の麻織物メーカーの方が情報もチョイスも豊富。

2000年頃は、中国では麻の先染めは少なかったが、10年後の2008年頃には麻の先染めが増えた。日本の企業が中国企業に先染めを依頼し始めたことが要因の一つだろう。日本でやっていたことが中国でできるようになっただけでなく、価格も5分の1とか10分の1。

そして今、中国企業はプリントへと移行。日本ではインクジェットは高価なプリント方法だが、中国ではまさに紙に印刷する気分で格安に作る。麻はインクジェットプリントはむつかしいので少ないが、品質を少し甘くすれば、麻のインクジェットプリントもインクジェットの機械やインクを生産できる中国が強い。

日本は一流なインクジェットなので高価ながらも、インクジェットの機械メーカー依存なので色ぶれなど起きてもなかなか調整は難しい。麻の場合、圧の掛かる捺染方式が毛羽の問題などもクリアしやすく、コストも抑えやすいので、日本では麻のプリントでインクジェットが主流となることはないだろう。中国では麻でもインクジェットが主流である。

織物産業が
2018年09月01日
昨日コンビニに行って205円分の切手を買おうとしたら、レジの若い男性が収入印紙と間違えて途中で気がついて、200円切手がないので、120円切手2枚でいいですかという話になった。100円切手はないのですかと聞くとあるというので、100円切手2枚と、1円1枚と2円2枚でできませんかとたずねるとできるという。

多分、彼には私が205円分の切手を貼るという想定がなく、個々の切手の使い道を考えてくれて躊躇したのかもしれない。切手を買うという行為の場合、何円切手がコンビニにあるのか分からないので、金額と枚数を指定して注文するのも正しくない気がする。

使う場合に、組み合わせが大事でどう使うかが分からないと売る方も迷うので、205円貼るなんて想定がなければ、120円2枚でという提案もあり得る。郵便料金のようなものはデジタルだが。ちょうどの金額の切手がてに入らないときには多い目に切手を貼ることもあるだろう。足りないとややこしい話だから。

ちょうどの金額分の切手がないときに、正確な金額を貼るために郵便局に行って切手を購入するよりも、余分に貼ったほうがトータルで安く上がるケースもあるだろうけど、そういう考えは基本商売ではご法度な考え方ではあるのは分かるが、2円分の切手が無いから、10円切手を貼ってというのも、織物をつくるときに、注文は100mでも、ロスなど考え120m織るつもりで、140m分の糸を用意するとかは普通のことで、100mの注文だから、100m分を織るだけの糸を用意することが正しいのかというと私からすると正しくない話になる。

100mなんだから100m織れる分の糸でやるのが賢いと思うだろうけど、ロスを考えない計算ほど素人計算そのものでしかない。何回かはうまく行っても、10回に1回、2回足りなくなるだけで、糸量の計算としては失敗で、基本、糸の余分をみるのは仕方ないと考えるべきである。糸は基本使う前に長さをカウントしながら分割するので、何m整経できるのか把握しながら整経する。整経する前に糸が足りるかどうか分かる。足りなければ整経回数を減らす。

切手の話に戻ると、切手は1円、2円を組み合わせれば基本正しく金額ができあがるデジタルな世界。同じ仕事でも織物はロスをみないといけない世界。これも、イタリアや中国は、リネンなんてちゃんと重さが入っていたためしがない。常に4パーセントほど少ない。例外としてはイタリア銘柄のチュニジア産のオーガニックリネンのとき、オーガニックリネンだけは、建前が厳しいので、ちゃんと表示重量分入ってて正しくて驚く。が、請求されるときには4パーセント増やしたどこにも表記もない重量で割り増し請求され、もう一度驚く話。しかたないことらしい。日本のメーカーのラミーは20kgだったらほぼ20kgあるから、そこはやはり国民性的なものが出てくるだろう。脂身を中に隠して売る肉屋の話を思い出した。
2018年08月31日
今日は朝からキッチンクロスの件で、2色目のキッチンクロスのサンプルを織り出ししたのを縫製して加工まで仕上げる。耳が食い込み気味で切れて切れてうまく織りにくい。こういうのはすごく不吉な予感である。厚織りしているものは色によって織れないことも多いから。シャトルの糸の強さの調整などをして問題なく織れるようになってほっとする。

織れない織物というのはどうしても織れない。糸使いや規格は同じでも、配色が違うだけで、この色は織れないとかある。過去2年は、リネンの原料のフラックスが不作気味だったといわれていてそれが細番手の場合の織りにくい問題の基本的な原因。今織っているのは25番手なので、糸は太めで強いのだが、それでも耳付近は糸切れをする。というのは耳までリネンの厚織のキッチンクロスなのでキッチンクロスの中でも難度は高い。

シャトルとレピアでは、耳付近の調整が逆になる。シャトルの場合は糸が左右に往復して、耳は内側に引っ張られるので耳付近は高密度になりがちである。一方、レピアは、耳がオープンで片側がないので、耳付近の密度は低くなるので耳を混ませて密度を上げてあげる必要がある。

織物の規格が、横の密度はギアで決まるのだが、縦糸のテンションがきついと反物を下ろしたときに横糸密度は高くなり幅は狭くなる。今日のシャトルの耳が内側に食い込むのは、色の問題もある。縦糸のテンションを上げることで解決した。

急ぎのギンガムの件も、これから数日で3経、織り上げないといけない。まだ2色は、染め上がってチーズアップのおじいさんのところ。
2018年08月30日
野麦峠にしても悪くいわれるが、農村の集落に残って生きることのほうが、食べるものさえも十分に食べられない地獄で、製糸工場で働くことは天国のようなものであるというのを忘れてはいけないと思う。それを否定してしまって人権云々は行政的な支配階級の考え方だろうと思える。また、丁稚奉公なんかにしても、本来は受け入れている側は今のボランティアをはるかに越えたものがある。そんなのを叩いているのだから、他人事で幸せな身分なのである。

昔は貧しくても子供が5人、6人が当たり前。農家だと食べて行くのも難しい状況。甲斐性のある親戚を頼って親がお願いしたのが丁稚奉公なのである。批判だけして、食べ物を得ることもできず飢え死にして行くのを助けもせず、飢え死にする子達に生きるチャンスを与えるのを否定するとか、どうしようもないだろう。豊かな時代の考え方というのはそういう貧しい人を自分が救うこともなく、救っているものを批判するだけで残酷でもある。

途上国の縫製工場が叩かれることがある。大手メディアの記者が、バングラディッシュで、一日12時間働く男性をかわいそうということで書いているけど、その人は、農業で食べて行くもできず田舎から出てきて仕事について家族を食べさせて行くことができる仕事でそれなりに幸せだと思っているのに。その背景にある食べて行けず飢え死にしてゆく貧困とかには目を向けずに、飢え死にから人を救っている企業を叩いている。

命の危機に脅かされている人を自分が雇って救わない人が、命の危機に脅かされている人たちを救う人を駄目だと叩く。大手メディアでもその男の人を現地で縫製工場の給料を出して1日8時間で記者としてでも新聞配達としてでも雇ってあげればよいのである。それができないなら大手メディアが縫製工場以下なのである。新聞奨学生という制度もあるが、睡眠時間4時間とか5時間で、バングラディシュの男性以下が、今の日本の大手新聞メディアが成り立っている。現代でも野麦峠よりも厳しいのを乗り越える新聞奨学生たち3年間で別に家が買えるわけでもない。

冒頭に戻るが、官製で良家の娘さんたちをあつめ、最新の設備、高待遇の、富岡製糸工場が潰れたのはまともな糸ができなかったから。すべてが美しいのだが食べて行ける役人や富裕層がきれいごとでやって、またその片付けは関係のない民間がやるとか、貧しいものがチャンスをつかもうとしても学歴がないと難しいとかにして、貧しく学歴の無いものがチャンスを得ると富裕層からすると富裕層を優遇する社会構造が脅かされることになる。食べて行けない貧しい農家のものでも頑張れば豊かな暮らしができるというのが、否定されがちな野麦峠や丁稚奉公の世界。それを許さなければ、貧困で死すら当たり前に待ち受けているのに、それを許さない感覚というのも役人や富裕層の他人事に思えてしかたがない。

バングラディッシュの男性でも本当に人がまともなのである。逆に、大手メディアの記者のような感覚になったらバングラディッシュでは食べても行けないだろう。なぜバングラディッシュに繊維産業が殺到するかも、大手メディアの記者のような考え方からなのである。大手メディアの記者が矛盾しているのであろうと思える。アメリカファーストというような、トランプの思想はファシズムそのもの。1国が常に一番みたいな国家主義は、自分が常に一番だと考えている人間と同じで他を見下しているだけの類。人の欲望の中、トランプは踊らされているピエロ役に過ぎないだろうけど。
2018年08月29日
分業というのはピンポイントな仕事で、慣れると無意識で仕事をこなせるので生産性が上がる。伝統工芸系では、分業というのが基本で、それぞれの工程の職人ということになる。工業的な生産でも分業が基本となっている。たとえば、大まかには、紡績、染色、織、加工など。そして、それぞれの工場の中で、1工程、2工程を専門に、初めの日に覚えた知識を蓄積していき、現場の職人となるスタイル。

私自身がそのスタイルが好きじゃないのは、壁を乗り越えるのが難しいこと。生地にしても単なる素材で洋服の材料となるものなのに制約ばかりになる。これは外の問題だけでなく、中でも同じで、自分の仕事はこれだけでほかは関係ないみたいな人が集まると人が成長することすらないのである。その人の専門の分野でもできないが増えて、プロがやってうまく行かないことに素人が頭を使って問題を解決するということが増えてしまう。

昔あった話で、出機さんで、白い布が油汚れの問題の連発で、仕事してもらっても注文に応えることもできず、材料、工賃で、4回立て続けで、何百万円の損失。見に行って確認すると、シャトルの出口に10円玉大の真っ黒な油の塊がある状況で織ってしまっている。私がそれを拭こうとするとあとで拭くからと拭かれる事を嫌がる。そして、結局、原因まで他の人が見つけても、それ拭かずに織ってまだ油汚れとか、現場の何十年のプロがその程度の仕事意識なので、海外の経験1年のものづくりにも負ける、仕事があっても問題のある反物ばかりでは地場産業が衰退して当然に思えることも多い。

分業でやっているとその分野でのプロ意識が勝ってしまって、自分しかできないと勘違いしてしまう。職人のやっている仕事にしても、基本は数時間で覚えられる仕事、それを正しくやれるかどうかが大事なところ。大事なのは、技術じゃなく、責任感とか人柄という要素なのである。仕事の分業という形態が、どんどん仕事の本質を分からない人を増やして行くこともある。
2018年08月28日
交通事情というのはアメリカと日本では違うだろうし、事故に関する感覚も違う。自動運転で人が死んでもノープロブレムで、エアバックが破裂して人が死んだら大きな賠償問題というのもなあ。基準が、アメリカの自動車メーカーと日本の自動車メーカーでは立場が違うということ。軍事問題と似ている。

自動車運転免許の更新で、厳しくいろんなことを言っているのに、自動運転みたいなものが認められるとかは、矛盾した話である。米軍の駐在兵たちが、日本で交通事故や犯罪を起こしてもつかまらないのが当たり前みたいな感覚。愛媛丸の事故も、潜水艦でショーボートして、まだ、ぶつかったは仕方ないとしても救助もしなかったとか。

自動運転のビジネスの問題は、投資というより投機的な部分。儲かるという話で、お金を集めて破綻することすらありうるビジネスモデル。不老長寿の薬が無理なのと同じで交通事故を起こさない自動車というのは無理な話で、原発のように絶対に安全だからといっていても事故は起こるし、起きると分かったときに、保身が働き、人が死んでもやっぱり自動運転はやめておこうとは裁判で判決がでないかぎり出来ないだろう。

高齢者の安全運転の問題があるので自動運転がそれを解決するのかというと、自動運転は無防備で無責任な一番危ない状態を作り上げてしまう。自動運転がうまく働かないときに自分が問題を把握し運転できるのかというと普通の車より運転が難しいのである。人が運転するようにつくられた車と自動に運転する車では、問題が起こったときに、問題解決するのは自動運転車のほうが難しいのである。

携帯電話はペースメーカーに影響があるとか、飛行機の機器に影響があるとか、厳しく言っているのに、自動運転車の中では携帯電話のスイッチを切らなくてもよいとかも矛盾だらけ。無線で障害物を把握したりして飛びまくっているのに、利益の前には安全意識も働かない。自動ブレーキにしても試乗で販売員がぶつかりそうになってもブレーキを踏まないでといって、実際にぶつかって衝突事故とか。運転車の運転意識そのものを狂わせてしまう。

ETCにしてもノンストップがゆえに人が死んでいる。しかも、ありえないと思われるが仕事で業務に携わっているものが轢かれて死んでしまっているのだ。自動化すると人間の安全意識は確実に落ちる。失敗しても自分は悪くない機械が悪いという感覚まで起こる。人間の安全確認が無駄なことになってしまってどうするんだろう。飛び出す猫、人間の能力を超えて、それに急ブレーキを自動運転車が掛けて止まれても、追走している車があったら後ろからぶつかられることになる。猫を轢くことと後ろの車にぶつかられることとの判断のどちらを選ぶかの状況もあるだろう。人なら後ろに車が付いているの分かっていたなら猫なら急ブレーキをかけるより仕方なく猫を轢いてしまう判断となるだろうけど。考えすぎだといわれるかもしれないけど、こういうの当たり前にあることで、原発が爆発しても誰の手にも負えないのと同じこと。想定していなかったではお粗末過ぎる。
2018年08月27日
東円堂にもう一軒織元があったのは、ヨジヨモンじいさんの妹が嫁いだ先がヨジヨモンじいさんが妹の家のために嫁いだ先に織物業を教えてさせたことが始まりだったような話。業としては新屋分かれみたいなものとして、もう一軒の織物の仕事が始まった。なぜ同じ集落に2軒同じ織物業者が存在するのかというところを不思議に思ってはいたがなるほどな話である。昔は集落というのは基本親戚関係が強かったので一つの親族集団のようなものだった。一つの織元が普通であろうから。昔の時代にはありがちな、隣同士で結婚して新屋を気づいたということらしい。

ヨジヨモンじいさんの父親のカンベイじいさんは、酒飲みでカンベイじいさんは、酒の飲み代のため代々の敷地を担保にいれてお金を借りた。その借用書が今も残っている。カンベイじいさんが、ヨジヨモンを襲名できなかったのもどうしようもなさすぎたからのようだ。その反動として、若い頃から貧しく苦労して育ったヨジヨモンじいさんが、農村だった東円堂に産業としての織物業を生んだ。当時、織物というのは流通を規制されていて、誰もが商売として立ち上げることができるものではなく、米とか酒のように許可制みたいなところがあって、東円堂という村で許可されたのが、ヨジヨモンじいさんだった。代々続く母屋だったが、カンベイじいさんで潰れかかった東円堂中の母屋、東円堂中の親戚の期待を背負って応援も受けたこともあっただろう。

ヨジヨモンじいさんは、成功したので逆に恵まれない親類の親を亡くした子供がいたら家で自分の家族と同様に育てた。だから、私が3歳とかの子供のころでも、親戚の90歳を越えるおばあさんたちが私のことをすごく大事にしたというより、敬意をもって接していてくれたのを子供の頃感じていた。貧しい農村で、戦争で親を失うこと苧あり、食べて行くことも難しいということもあったろう。戦後、引き上げてきた親戚に住むところと仕事を与えてみたいなのも、それなりに良い話だけど。丁稚奉公が奴隷のようにいわれるが、農家で食べて行けないはまさに命すらなくしてしまう状況で、丁稚奉公というのは自分の子供を自分が育てられない状況だから他の人に育ててもらうことを頼んだ背景がある。普通、他の家の子供を預かって育てるなんていうのは甲斐性がなければできないこと。

私が大学生を卒業したときに、親友の一人が大手に就職を希望して、父親のコネクションでその大手の会社に本社採用で入社できたが、地方に送られて6ヶ月は研修という形で給料が無い状態で、そのことに不満を漏らしていた。待遇としては、良家の息子さんのコネ入社と同じで、給料なんてものを期待などしていなくて経験を積ませてもらうVIP待遇の一種だったとは思う。でもミスマッチだろう、預かって育てようとしても育たない。
2018年08月26日
今日は年に2回の隣組の寄り。午後3時に集まって事務的な案件と午後6時からの食事会。世帯主6人が集まる。

興味深い話は、今、手広く仕事をやられているガス、ガソリン関係の方は、肥料を売っていたのが売れなくなって、運送業に進出してうまく行かず、ツテで、ガスの卸販売をはじめて事業を広げられた。なかなか田舎で経営が難しい流れの中で、事業を拡大されているのは、いろんなチャンスを探しておられ地道な部分を持っておられるからだろう。一方で大きくなると難しくなることも多い。誰もできないくらいのことをやらないと誰でもできてしまうのでという話もうなずける部分だったりする。

今日は、耳の部分がうまく織れなくなってしまったシャトル織機を、根本的に問題解決。調子よく織れていたものが織れなくなるにはそれなりに理由があるのだが、正しい状態に戻さないといけない。糸の通し方などいつのまにか変わってしまったものを元に戻す作業。もう一台も、耳の端のほうが浮き織りになる。この問題は、開口のタイミングの問題か、シャトルを叩くタイミングの問題だろうと考えていたが、違和感があった原因が分かって、一つねじが外れてしまっていて、それがシャトルを叩くステッキを叩くのを邪魔して、シャトルにスピードが付かず、端のほうが閉じた状態でシャトルが走るから浮き織りになってたこと。

その違和感を感じたのは、織機が動くときの音。数日前、音の変化に気がついて、正しくない音が聞こえてくる。その原因が分からなかったが、ねじが外れてステッキを叩く音が変わったということが今日分かった。織機を扱う上では音というのは非常に大事で、織機がしんどがっているとか、織機の調子が良い悪いは織機が動くときの音で判断することが多い。
2018年08月25日
密度の薄い生地を織るときには普通程度の調整で織れても、密度が暑いとなると打ち込みを入れないといけないので、それように調整を加える必要がある。織機のギアを変えるだけでは厚く折れないのである。織機の調整が同じで、糸の番手や織物の企画が同じでも、糸の伸度や強度の問題で、打ち切れなどが起こってうまく織れないこともある。糸の色によって、糸質が変わり、織り易い織りにくいがあったりするのである。麻はそんなものである。

だから、色によって、染料を変えたりすることもある。同じ反応染料でも濃色はどうしても、糸と染料が化学結合の度合いが高いので、糸がコーティングされたようになるので、糸が硬くなることになる。そうすると、糸の物性が変わってくる。同じリネンでも、無染色の糸と黒に染めた糸では物性に大きな違いが出てくる。

たとえば、ボーダー柄を作ったときに、白の部分は水を吸いやすく、黒の部分は水を吸いにくい、という問題があって、白の部分は縮み易いが、黒の部分は縮み難い。ピッチの小さなボーダーならそれほど大きな問題は起こらないけど、10cmのボーダーとかだと、生地幅が、変わってくることがある。それが100cmで5cm違うとかなると、黒の部分がサッカー調になってしまうなども起こる。

テキスタイルデザインというのは、それをコントロールするのもテキスタイルデザインのうちで、そのためには、染料を変えて黒も収縮するように持って行かないと、濃い色の配色はドロップすることになってしまうとか。そういう色による物性の違いの問題は頻繁に起こってしまう状態が良くある。それをどうコントロールするかもテキスタイルデザインの要素。量産型の海外メーカーに多い、問題の少ない薄い色だけに絞って生地提案をするとそういう問題は避けられるのかもしれないが、それがそのメーカーの生地の全体的な特色となってしまう。
2018年08月24日
先週、イメージサンプルとしてつくったキッチンクロスを加工と縫製を含め最後まで仕上げるということで、本格的に風合いの調整で、やわらかくすることに。キッチンクロスなのでなるべく薬剤の残留がないようにしたいので柔軟剤を使わずにやわらかい仕上げを目指す。

朝から作業スタート、昨日の夜から朝に掛けてやわらかく仕上げる手順を検討して、処理する生地に適切な、処理温度、処理時間、薬剤の濃度の組み合わせを決めた。そしてそれを実行して、どこまで柔らかくなるかテスト。最初の1回目で十分やわらかいところまで持って行けたので、これで確定。サンプルとして3枚作った。さらにやわらかくといわれるなら、全体の処理時間を長くするか、同じ工程をもう一度繰り返えすで対応可能だろう。

こういう自分自身の作業が、新しいものを生み出すには役立つことが多い。今は普通になったやわらかいリネンストールだが、それを生み出そうと思って10年以上前に、細番手のリネンをベースに、安全性の高いいろんな薬剤をメーカーに問い合わせ手に入れて、何百メートルの生地をテストに使い、生み出した。それが、世界的にやわらかいリネンストールが広がるきっかけとなった。自分がつくろうと思うものは自分が第一人者としてとことんやってみることが大事。
2018年08月23日
今日は、風が強い。台風20号の風と雨。台風は昔、日本では大風と書いた。でも、中国では台湾からくる風なので台風と書いた。それが日本に入ってきて台風となったということらしい。日本的には大風が正しいと思う。

家の近くにアンコ川という幅4mほどの川がある、この川も昔は集落の人は、大川と呼んでいた。集落の中にもっと小さな川が流れているので、それと区別して大川なんだろう。村から出ることのなかった昔の人にとっては大川という表現で十分なのだろうと思う。コンクリートで川は固められ、3mくらい下を流れているので、近くてもあまり親近感がないのである。小学生の5年か6年くらいのときには、毎日川に下りて遊んだものだが、当時下りて上がってこられたので、子供のころは遊び場として身近に感じていた。

昭和50年ころだろうか、圃場整備が行われて、田んぼが3反田と呼ばれる、100m×30mの田んぼに統一されて川も改修された。東円堂の村は、どの家も石垣などで囲われ50cmほど道よりは高い場所に入り口がある。私がまだ生まれていない頃、大川はよく氾濫して村の道が川になってしまう感じで、テレビで見る床下浸水のような水との戦いがあったのだろう。

京都の鴨川なんかは観光客向けに整備されて素敵な川にみえるが、素敵じゃない川でも大事な役目をしているというところ。これを歩けるように浅くしたりしたら大失敗のもとなのである。いろんな過去の苦労があって現在の形というものも多い。東日本大震災での津波、何百年かに一回地震による津波で飲み込まれる。富士山も今は活動があまりみえないが、活火山で、何百年かに一回は大爆発する。人の力の無力さを感じるほどに自然の力は大きい。

勘一じいさんの家の道のそばに高さ1mを越えるゆりが10本ほど咲いていたが道のほうにこんにちはしてしまって全部ほど折れてしまった。自然というものは無情ではあるが、それがすべてを解決するほどの力をもっていることも多い。
2018年08月22日
織物に加工が必要であるということは繊維業界の方にもあまり知られていない。大手の生地商社の方でも織るだけで織物が出来上がると思っておられる方が多い。林与のリネンガーゼストール生機は、織っただけの状態で加工はしていないので、ハリがあって、横糸がまっすぐ走っている状態である。水に通すことで、横糸がアップアンドダウンして、生地幅が入る。通常、整理工場さんに加工に出すと縦を引っ張って加工になるので、幅は15%くらい縮む。フリーテンションで加工すると縦も縮むので、縦横ともに10%くらいが縮む想定である。

天然繊維の織物というのは、基本的には使い込んで行くと詰まって行く。長さや幅が縮んで行く傾向にある。樹脂なんかを使わないと糸が水を吸って膨張し縮む、それを干してプレスして伸ばすが、だんだんと縮んで行く傾向はある。綿のシャツなども、何回も洗うとクビ周りなど2cmから3cm縮むもので、最後は首周りが苦しくなってくる。特に襟周りは縫製が折れたりして密度が高いので縮みやすい。リネンだと首周りはゆったり目につくったほうが安心ではある。

今日は加工工場では新しい担当の方、加工内容の詳細を問い合わせると的確に返答もらえ加工を出すものとしては加工指図で迷いがない。問題が起こったときに加工内容などが分からないとどうしようもないことがある。用途によって薬剤など使用できないものがあったりもする。指図するときにそういうことを考えて指図しないと一般的な加工では通らないこともある。的確に情報が分かる加工内容のほうが織物を企画する上で大事だったりする。
2018年08月21日
今日は、織機のビームに使うウェイトを2個手に入れた。一つ15kgほどで、本来はトラクタ用のウェイト。織物用のウェイトが、4kgとか、7kgなので、テンションをあげる必要のある織物には、ビームに50kgくらいの重さを掛けるのに使う。 近くの農業関係の方がネットに出しておられで見つけた。車で5分のところの方だったので取りに行った。その後、くら寿司で晩ごはん、ハマチがとても美味しかった。ワサビ通なので、回転寿司の中では、くら寿司のワサビが一番良いと思うが、数年前のほうがワサビが美味しかったように感じる。時代の流れか。 びっくらぽんが当たったが、この景品が本当にどうでもよいもの。化け物のふち子さん。当たりなのかハズレなのか分からない。この景品でもプラスチックのパーツが8個ほど使って組み立ててある。中国製とあるが、これを組み立てる仕事は相当苦痛ではないかと思う。
2018年08月20日
仮想通貨というのはすごく話題になるけども実際に取引されて相場を決定している量というのはそれほどでもない。希少性が高いから高値で取引されているということだろう。昔、テレホンカードが出た頃に希少価値から高値で取引されたりしたのと似ている。いつの時代にもそういう流行のものはある。本当に通貨として価値があるなら、流動性が高くないといけないのだが、たとえば、自分がいくらの値段で売りたいと思っても、それに応じる相手がいないと、現在相場がいくらだといわれても実際には、自分の仮想通貨は使えないのである。

これは、日本で円が通貨としての流動性がありものの値段も円建てで一定だが。日本でドルは通貨としては流動性が低い、また為替の影響でドル建だとものの値段は変わってしまう。日本でもこの商品は100仮想通貨で買えますとかなら、仮想通貨が通貨としての流動性は高いだろう。けど、仮想通貨というのはゲームセンターのメダルのようなものをゲームセンター外で取引するようなものだ。ゲームをする人にとってはそれでゲームができるので価値があるけども、ゲームをしない人にとっては価値がないものである。

まあ、布の世界で言うと、何もきていない裸の王様が、見える人には見える布だと高い価値を感じるのに似ているだろう。価値をあると感じるのか感じないのかは、実態のないもので、人の考えが価値があるないを決定する。
2018年08月17日
何年ぶりかに地元の繊維関連の社長さんにお会いした。10年ほど前は、頻繁にお仕事をお願いしていたのだが、海外にありがちなもろもろの事情で流れが変わり、好評であったのだが生産が縮小することになったため、もう5年ほどお会いできていなかったと思う。

他の方のお話ではここ数年お忙しくされていたようで、手間のかかる仕事を地道にされてきたことが、他でどこもできなくなったことを吸収して始められたりとか、仕事を模索してこられたことが結果として、仕事がなく困っておられる会社がおおいなか、忙しい状況を作り上げられて来たのだろうと思える。

仕事があるといっても地道な仕事なので、冬の生産期にたくさん注文が入ればお正月も抜きになってしまうだろうし、普通とは違うから仕事があるのだろうと思う。仕事の基本姿勢が常にあられるのは、働くから仕事があるを実践されているからだろう。

一方で、別の織物会社さんが廃業された話。色々と特色を持ったものをされていて、織機は出され織りはやめられていたが、外注でいろんなことをされていた会社さん。外注を使って織物を作られていた。ブランドの別注の生地などを受けて作られていたが、社長もお年になられたこともあり良いタイミングで終わりを迎えられた形だろう。産地から特色のあるもの作りが消えて行くのは寂しいことである。
2018年08月16日
織る人が上手かどうかは、織った布を織機から下ろして検反するのを、当たり前にできるかどうかで大体分かる。下手な人は問題だらけで織ってほったらかしで、反物を下ろして検反しない。反物を下ろして検反すればどれだけ問題が多いかも分かるのに、反物を織機から下ろすことすら面倒なタイプは、織物を織ることは問題だらけで難しい。
2018年08月14日
阿波おどりがもめているけど。祭りというのは自主的な行事で、気持ちもない人間が絡むと、主役が変わったりする。

町のソフトボール大会。町の説明会で、参加者から決勝まで行くと1ヶ月の間、日曜日すべてチームが参加できる予定でないと参加できないのかという質問に、町の担当は、決勝まで参加できないチームは参加しないでくださいと答えた。

質問者は子供会行事等も入っている日曜日があったりしてと説明しているのに、町のソフトボールの担当者は、めんどうなのか、運営力がないのか、上から目線で勘違いしてしまっているのか、決勝まで参加できる予定のないチームは参加しないでくださいと。

主役は主催じゃなく、参加する各チームなんじゃないのか。町がソフトボールするからといって、メンバー集めるのも大変なんだよ。小さな町の行政の人間でもそんなこともわからない。自由参加をイメージしているにだろうけど、田舎でそれはない。村ごとに1チーム人を集めるのは至難の技、ましてや、1ヶ月のすべての日曜日チームを結成できるなんて考えるのは不可能だろう。

阿波おどりの件も、なぜ、何億もの赤字が生まれるのかで、参加者が給料もらってるわけでもなく。善意で参加して地域を盛り上げようとしているのに、それを食い物にしているにはだれかという問題。
2018年08月13日
土曜日の晩に仕事していると、盆踊りの音が聞こえてきた。盆踊りというのも、子供たちの地蔵盆と同じ感覚で良いと思う。行政的な無味乾燥な行事になるより、自分達が準備して仕切ってやる行事で良いと思う。

盆踊りの思い出に大学生になった年とその次の年が、運営の年。大学の頃、京都の祇園祭や大阪の天神祭りには憧れても、小さな頃に楽しんだ地元の行事からは気持ちが薄れているものである。

あんまり乗り気でなく参加した盆踊りの準備。一才上のやんちゃ系に憧れているオサム君が会長で、いったときにすごく準備に来たみんなをウェルカムで、自分が一番面倒な役目を背負って、自分の都合で適当に参加している他のものに強制することもなく、協力を求める姿勢でものごとをこなして行く。

見てて人間がはるかに大人なんだわ。車に乗りたくって仕方ない年頃で中古のセリカを20万で手にいれて、ガソリン代がないので他の家の車から抜いてやってるとか。といっても、専業農家を引き継いで10代で憧れじゃないだろう現実を受け止めた人生観。学生なんかよりもはるかに人ができている。

セリカの横に乗っけてくれて、私が楽しめるような田舎の話をしてくれる。学生のようなツンとしたものがなく、自分が他の人に場を用意できるような同世代がいるのに驚いた。暑いなか、作業した後、皆でファミレスいってみんなで1000円ちょっとのセットメニューで、ちょっと贅沢を祭りのお金で食べて、分け隔てなく振る舞う。祭り使うお金だったが、そういう楽しみにも使われ、私的につかいこまれることもなく、節度もあった。

強制もみせずに楽しく参加できるように場を作っておられた。そんなオサム君だったが、私が確か大学の4回生にとき、居眠り運転のトラックに赤信号で止まっているところにを追突されて20代前半でなくなってしまわれた。

やんちゃしてた子が、家業の農業をついで不平も言わないとか不思議だったが、頭じゃない人間関係の世界は、やんちゃだった子のほうが仲間も多いんだろうなあと思った。
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