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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2015年05月17日
東京テキスタイルマルシェまであと4日、まだ、テキスタイルマルシェの準備をできる段階ではなく、今日も納期の生地の補修などで一日が終わる。この仕事も普通の力では無理だなあと思うのは、与えられた仕事を確実に一回で形にする力が求められること。

私の場合、たぶん本生産で10回に1回も失敗はしないだろうけども、他の人がやると10回に2回3回は失敗するだろうという辺りが、私が仕事で食べていけているところじゃないだろうかと思う。外の問題をかぶることも多く、それも覚悟して仕事を受けていかないと難しいものだ。みんなはファッション業界はデザインとか技術とかいうけども、本生産での再現性の難しさみたいなところが基本ではないのかと思える。それを握るも人という要素。

新しいものを作らないといけないときに、再現性というものがネックになることが多い。特に経験豊富な人ほど作業の記録をとらないことが多いので再現できることはほとんどないという厳しい現場の現実もある。普通に仕事をすればお金になった時代というのは幸せな時代で、一回限りの仕事を最初の1回目で正しく仕事しないとお金にならない今の時代は昔の感覚からすれば厳しすぎるだろう。
2015年05月14日
例年は誕生日のこと気にしていられない状況が多いのだけど、今日は案外ゆったりとした気分で朝から、いろんな方からメッセージをいただいて返事もできた。

林与がなぜ普通の織物の会社と違って忙しいのかと考えると、仕事をご依頼いただくときに具体的な仕事が決まっているのではなく、林与の可能性を考えて仕事を依頼しようと思っていただくケースがあるからだろう。そういうのを断ると話は簡単なのだがそういうのをお受けすることが、ものづくりできる機屋の力ではないのかと思う。

が、できるできると思っていても、機から作って仕上げ加工まで施して、イメージと違ったりすることもある。そうすると振り出しに戻るということや、見本倒れしてしまうことを受け入れたり。でも、そうやってダメージというかリスクを受け入れるところに、ものづくりしている本質があろうかとも思える。

たとえば仕事なんかでも、働いている人にいうのが、人というのは完璧ではないし完璧を求めていては安全なことしかできないものだろう。新しいモノづくりに限らず、普通のものづくりでもリスクは伴う。私がやったら10回に9回はでき、1回は失敗することもあろうが、ほかの人がやったら10回に7回くらいの成功率だとすると、その差というのは大きい。

本生産なんかで、10回に1回の失敗なら、1回の失敗を挽回するのは3回、4回の正しい仕事を余分にすれば費用面なども挽回できることだろう。本生産で、10回に3回だとその失敗を挽回するのは難しい。分業の作業になって誰もが何をやっているのかわからなくなると、何が正しいのかさえわからずに仕事していることになる。そうなると失敗確立は非常に高くなるもので、途中でストップしてやり直すタイミングを逸してしまうことも多い。

現場の職人の目というか判断も大事で、自分が正しい仕事をしているからといって、最終に正しいものが出来なければ自分のやった仕事も失敗品を生み出しているだけで、仕事としては成り立たないということがわかっているとありがたいが、なかなか、その辺りすらもが通用しないのが今の日本で、そこまでのことになると複雑でありすぎるかのようなメカニズムにとられがち。これも、人の関係が希薄になっていることが原因であろうかとも思える。

日本のものづくりは和、すわなち、チームワークがあってこそ高品位なものが成り立ったのだろうと思える。設備依存の品質管理になったりしてくると原発じゃないけど問題が発生したときに、責任逃れに走り、正しいものをつくるというような基本的使命が失われることも多いものだ。機械が悪いということで結論付けてしまって、機械の悪いという予兆にも鈍感になり、同じように問題は頻発し続けるものだ。

機械をメンテするのは他人の仕事なのかといえば、機械をメンテして正しいものをつくるのが自分の仕事という風に捉えられる人というのは、仕事もステップアップしていけるが、その機械メンテや調整というのは実は人の面倒をみることであるなあと思えることも多い。

どこの機屋も大きくやろうとすれば同じ問題にぶつかっているだろうから、人の多い会社がうらやましいとは思えず、人の多い会社ほどできることが限られてくるだろう。人というのは機械と違って、本来、柔軟に対応できることで、機械の上に立てたり、上回れるとおもうのだが、柔軟に対応できないと人が原因で機械もうまく動かないというありがちな窮地に陥るものだろう。
2015年05月13日
急ぎの案件がいくつかあって、徹夜モード。昨日は食べ放題で体力をつけておいたので、5月の少し涼しいくらいの夜というのは作業するのに心地よい。少し寒いくらいが眠気を誘わず、よい感じ。

急ぎの一本を整経して、糸の糊のざらつきに少し違和感。天然の糊ではなく、PVA系の糊っぽさ。化学糊というのは繊細な糸には不向きだと昔から言われていて、細い糸には今も天然系の糊が使われることがある。合成糊の場合には水を吸わないためなのか、糸がぱさぱさした感じになり、結ぼうとすると糸が壊れるように切れることがある。

明け方1時間ほど休憩を取って、あとは一気に一日の始まり。急ぎの案件もどうやら納期どおりに収束しそうな予定でひと安心。一日でも時間だけでも三日分の仕事に相当する。内容もそれなりに追われてやっているので濃い。だからいろんなとこでマイナスを生み出しても、なんとかやっていけてる気がする。



2015年05月12日
私自身は、工具にはそれほどこだわっていないので、工場に転がっている工具を使って織機を調整する。でも、工場の中に一つしかない工具というのもあって、その一例が小さなモンキーレンチで、調整してどこかの織機の上に置いてしまうと、おいた場所を忘れて、次に別の織機の調整が必要なときに、小さなモンキーレンチを捜すだけで体力と精神力が消耗する。

そろそろその小さなモンキーレンチも、ぐらついてシャキッとしなくなってきたので、買い換えてもよいだろうと、少し良いモンキーレンチを購入。常に携帯できるような小さくて軽くて強そうなのを買った。作業効率は上がるだろう。今は、工具も100円ショップでも売っているが、やはり100円ショップの工具に関しては安かろう悪かろうそのもののことが多く、ものを買うときに品質がピンきりで目利きが必要なゾーンが残っていることにほっとする。
2015年05月10日
普通に織っているだけなら手は汚れないものなのだが、シャトル織機の調整などを行うと少し織機を触っただけでも手が真っ黒に汚れ、手を洗ってもなかなか綺麗には油汚れは落ちないもの。

この手の汚れで思い出すのが、カリフォルニアにいたときにジャガーに乗っていてよく故障したので、自分で直せないときには修理工場に持って行った。正規のディーラーだと非常に修理費用が高いので個人経営のジャガー専門の修理店に持って行くことが多かった。

そこのアメリカ人の店主兼修理の当時50くらいのおっちゃんは、行くといつも修理している最中なので、話を聞くために油だらけの真っ黒な手を洗うところから始まった。受付をしていたたぶんおばちゃんはアルゼンチン人で、ジャップと私のことを呼んだが、悪意はまったくなく、私と話をしようと親しみの気持ちが伝わってきた。年に修理で困ったときだけいくだけなので数回なのだが、クリスマスカードも届いた。

自分が仕事で手を汚して思い出すのがそんな昔の思い出で、手を汚して働くことに嫌な気や悪い気はしない。問題に直面したときに自分自身が修理できる能力がなかったら、たぶん、林与という会社もほかの会社のように織物を織ることを止めていただろうと思う。織機の下にもぐることを率先してやれる人でなければこの仕事は成り立たないだろうと、仕事に関わったときから感じていて、いろいろと覚えたのでなんとかやっていけるのだろうと思うので、手を汚して仕事をすることは大事だと思う。

また、手を汚すだけでなく、仕事のしわ寄せみたいなものの泥を被るのも大事だなあと思える。そういうのを被ろうとしない人が多い中で、だれかが泥を被り片づけをすることで全体が回ることも多い。自分の手を汚すことができなかったら、手を汚すことを出来ない人が増えていったときに、織物の仕事は難しくなるだろう。
2015年05月09日
違う色の糸を2色で柄を織るのは簡単なのだが、糸の色が似た2色を織るのは難しいという問題?があったりします。それは、織物を織っている人というのが一生懸命に柄が正しいかどうかを見極めようとしながら織っているものの見分けがつきにくく、正かどうかわかり難いのですごく不安になります。

織物を織るのには、正誤を判定する判断力は大事で、それは必ずしも視力が良い悪いだけではないのですが、視力が良い若い人は織るのが上手だったりするものです。年をとるとどうしても視力が衰えていくので、キズなど見えなくなるもので、今私も46歳で、同年代以上の人というとなかなか細かいものをみるのは苦手になっておられる人がほとんど。

あと黒い糸を織るのは本当に難しいもので、白い糸を織る場合の5倍くらい神経を使います。麻の場合、縦糸が切れやすいと、糸を筬に通す作業が頻繁に発生し、そのたびにどこの目に糸を通してよいのか難儀します。麻糸が切れやすいことが何倍も麻の黒の先染めを織ることを難しくさせます。
2015年05月08日
東京でのテキスタイルマルシェは22日、23日がメインではあるが、21日午後3時くらいからプレオープンで、夕方6時くらいまで即売があって、夕方6時からはレセプションという形で、主催も出展者もお客さまも一緒に会場で簡単な食べ物、飲み物を手にしながら交流もできるような形式。

テキスタイルマルシェは展示会と違って生地の即売会で、生地の作り手と生地のエンドユーザーが出会えることを一つの売りにしている。普段、ものづくりしている人たちが販売をしているので、各産地の定番的な生地なんかを知ることができるメリットがあるのではないかと思う。

林与も、リネン100%や本麻を中心に、特色のある生地を展示および即売させていただこうと考えておりまして、インターネットでも、関東方面で生地をみることができる場所がありませんかとお尋ねいただくことが多いのですが、林与の生地の実物をご覧いただく一つの機会ではあります。
2015年05月06日
今日は連休の最終日、この連休にかなり追いつけた気もする。織機も修理と調整でかなり織り易くなった。織機というのは同じ状態でも糸が異なればうまく織れないことが多いもの。そんなことはどこの織機のマニュアルにも書いていないけども、現場が織機を触ってそれぞれの糸に対応しないといけない。

シャトル織機はもう国内で生産されていないが、レピア織機ももう別注でなければ生産できなくなているという。これは、国内の機屋が少なくなってレピア織機に対する需要がほとんどないということに起因するだろう。

10年ほど前、別の場所のある工場が新しい織機を数台入れたというのが最後に聞いたレピア織機の新古品が動いた珍しい話。海外だと普通にレピア織機でも新品が手に入る。新品が手に入るだけでなく、同じ個体がたくさん流通しているので、メーカーの部品が無くなっても、中古で部品が入手できメンテナンスも容易なのだ。今、日本で新品を入れたら最初はよくても長く使おうとすると苦戦すること多いだろう。

海外のメーカーも7年とかの償却期間で織機や紡績機械を新しく更新するようなスタイル、それが止まるとその会社の存続も危ぶまれるのだ。シャープの亀山モデルなんかもその一例にはまってしまうのかもしれない。繊維関連でも設備投資をし新しい織機を入れたところが廃業を決められるケースも多い。
2015年05月05日
子供の日なのに、今日も仕事しながら車で外を何度か走ったが、子供の姿あまりみかけない。田舎では高齢化が進み過ぎて子供は引っ張りダコで、忙しすぎて、こどもの日に道端で遊ぶなんてことも少なくなっているのだろう。

今日は、織機の移設に際して、工場の中にどのように配置するのかとか、工場だけでは手狭なので近くの空き工場を借りてそこにも設置を考えているため、高さなど大丈夫か調べた。

私としては人が少なくなっている分、織機の台数というのは余計に必要になる。できる限り多くの台数を移設したいと思うなか、限られたスペースにどこまでうまく詰め込むことができるのか。今、元気に動いている織機もできるかぎり残して、作業する人が少なくなる中、多様なものを作れるように環境を残したいと思う。

今の時点では自分が将来、織機を片付けたりすることを想定もせずにできる限り動かし続けることを考えたいと思っている。アウトソーシングとか、リスクヘッジとか、のまったく逆の考えで、自分でやって自分で重荷を背負ってみたいのが、なくなりつつあるのでよいんじゃあないかと思う。

今まで織機をまもってこられた工場の経営者たちはまさにそういうものを正面から受け止めて、ものをつくる環境を自分の体を使って働くことで守ってこられた。機械を譲り受けるだけでなく、そういう立場の人というのが消えていく流れの中で、機械もさることながら人という要素が強くなければ残りえないだろう。

今日も織機を8台ほど動かしているなか、そのうち6台の調整が必要となり、中途半端な気持ちではその一台も調整することはできないだろう。誰かが直してくれるの期待していたり教えてくれること期待しているようでは仕事なんてやめたほうがよいだろう。できる限り自分の力で取り組んでみることが、最終的に意味のあることなんじゃあないかと思える。

とことんまで追い詰められて救う神にであえることもあろう。最初、シャトル織機を入れ戻したときも、10台のうち9台がまったく織れないというような状況で、何十縦もの見本を受けて本生産の予定が先にあった。そこで、見本をなんとか乗り越えた後で、答えがほんと偶然見つかって、織れなかった9台が順調に織れるようになった。紙一重のところで、神の気まぐれに助けられることもある。

機械を動かせるようになるのは最初のところで、食べていくためには感性を形に変えるようなところがないとならず、また、織物の設計というのは将棋とかの世界と似ているなあと思える。また、単にデザインだけでなく、商売としての勝算をもって見本をつくる。勝負師的な要素が必要な気がする。自分が張らないと他人任せだと商売が始まらないことも多い。
2015年05月04日
たとえば、土地神話、年金、終身雇用制度、財政赤字、年功序列型賃金制、しいては、高速道路、原発、全頭検査、地球温暖化問題とか、共通するのは無理な考え方で、どうしても成り立たたないのだが、その場の勢いで行ってしまい、無意味な領域まで発展してしまう。

土地神話の成り立った背景には、信用創造の仕組みが機能していて、年金を当てにしたり、年功序列型賃金制、終身雇用制度などの相乗効果がある。金融商品など適切な説明が大事だとされるが、国とかの制度は正しい説明がなされないことが多い。後で問題が起こるのを承知でその場しのぎで逃げるスタイル、そろそろやめにしないか。次の世代がいびつな構造の中で生きないとならず可哀想。

原発なんかでも爆発することを想定して推進するべきだが、爆発する想定だと国が認可できないということがそもそもの矛盾なのだ。爆発する想定こそがまさに安全意識というものだろう。危険の存在を否定することのどこが安全意識なのかと思えるところで、危険は危険でそれに注意をすることが大事ということ、危険そのものを無くそうとするから矛盾が生じることも多い。

爆発した後も放射能の拡散データを隠匿するなど国民の人命や健康被害よりも、推進してきた国や電力会社の保身が優先されたというのも恐ろしい話なのだが、自らの保身のためには何十万人の健康や命すらもどうでもよいという姿勢が感じられる。情報の開示という面ではチェルノブイリのほうがまともだったろう。

石棺化で多くの犠牲を伴ったチェルノブイリを馬鹿にする風潮が日本にはあるが、福島も似たような運命を辿る可能性は高かった、紙一重に、人が完璧でなく地下から大量の放射能物質が海に漏れ出したことがチェルノブイリ化を偶然に防げたというだけのこと。今、放射能が海に漏れ出すのを防ごうとするなんて、本質に気がついていないのではと思うが、放射能を留めてどうやって収束するつもりなのか?内外の非難は浴びるだろうが、母なる海に助けを請うべきだろう。
2015年05月03日
今日は休みに関わらず織機の移設の段取りを組むために4月末で終えられた工場で打ち合わせ、すごいなあと思うのは人の能力で、この経営者の方は10人分の仕事を一人でこなすような力を持っておられる。

普通だと気の遠くなることをいとも簡単にこなしていかれる、だから、一人でも会社を綺麗に終えられることができるのだ。何トンもあるボルトでとめてある工場内の骨組みを一人でばらして、20代、30代の建築関係の人でも一人でやれといわれたら引いてしまうことを重機も無しにワイヤー数本使って平気でこなされる。

この方が織物をやめられてしまうのは本当にもったいのない話なのだが、自分の葬儀の段取りまで、出来なくなってからでは遅いということで今されているそうで驚く。神はいないと以前書いたが、この方には神様という言葉が当てはまるのだろう。

午後から会社に戻って5台、それぞれ症状は別に調子が悪くなったという織機を修理、調整する。ほんと1台2時間も格闘すれば、問題は解決して織機が動くようになるのだ、やればできるのになかなかこういうのが出来ないものだんだなあと思う。
2015年05月02日
今日は、車で走っていても外は30度。5月のゴールデンウィーク、いい感じ。今日も倉庫で出荷の作業、外が天気よいだけで中で仕事していても気持ちいい。休憩にちょっと外に出てみる。

仕事というのも自分で作って自分でするからやりがいがあるのかもと思える。ほかの人から自動的に仕事を貰う状態が続くとそれは理想的な状態なのかもしれないが、当たり前に思えて怠惰な仕事になりがちだ。
2015年05月01日
ハンドメイド作家さんの集うCREEMAさんでの出品が今日から始まりました。ハンドメイド素材コーナーに出店をさせていただいております。出品も少しづつ増やしていく予定でおりますのでよろしくお願いいたします。

昨日、青森で30度とかなんで滋賀県で25度いかないのに青森が30度なのだと思う。 昨年の夏なんかも関西の気温が以上に高く、九州よりも高く沖縄と並んでいるくらいで、こんなことは数日あっても驚くことなのだろうが、夏の間、ほとんど毎日関西のほうが暑いのだ。

理由は、関西圏は緑も少なくなって水が循環していないということではないだろうか、となんとなく思うのだ。昔なら暑い日は夕立が降ったのに今は夕立が降ることはほとんどなくなった。

虫も本当に少なくなって住みやすくなったのだが、これはあんまりよいことじゃあないだろう。陸地の木の中には水が隠れるのだが、琵琶湖の存在以上に木が存在するほうが、木陰をつくり風を起こし大気の循環を生み出すことになる。
2015年04月30日
穏やかなお天気が続き、すこぶる気持ちがよい。外にいるだけで幸せな気分になれるのだが、工場の中での仕事、休み中になんとかこなせば休み明けには形になるような仕事がいくつかある。できていないことも多すぎて数え切れないほど、仕事をすればするほど、できていないことが増えていく感じもする。

田植えの時期でゴールデンウィークで帰省された方たちが田植えを手伝うという光景がみられる。林与のうちも昔は村では一番田んぼもたくさんもっていたが、私が子供の時以来、田んぼを手伝った経験がない。ほかの農家の方にやってもらっていた形だ。それは先代があまり作業が好きじゃなかったということがあろうといえ、人に頼んでの仕事になっていた。

私が、現場の仕事をできるのもアメリカでの経験が大きく影響をしている思う。車が壊れて自分で修理するというようなことをホストファーザーと一緒にやったことなどから、問題が起きたときに基本は自分が考えてやってみるということが普通なんだなあと思えた。触ると壊れたらどうしようとかだと今の仕事でも何も始まらないだろう。

年代物のボルボもそうだったが、ジャガーXJSもなかなか手ごわかった。ジャガーXJSなんて、V12のエンジンがボンネットを開けるとドカーンとあるので美しいのだが、ほかのものを修理しようとするとエンジンが邪魔をするし、ラジエーター液のバルブのゴムが劣化しただけで、車体の横の訳の分からない場所からラジエーター水が洪水のように漏れだしたりした。燃費がよくて問題が起こりにくくメンテナンスが簡単な日本車のありがたみもわかった気がする。そういうのを経験すると自動車をつくっている人ですらもそれほど長けているわけではないのも感じる。お利口さんばっかりでも駄目で、そういう面倒な経験を自分で乗り越える経験がないと、いわゆる普通のお客様目線でのものづくりにしかならず、ものづくりが落ちてゆく部分もあろう。

ものをつくるだけでなくつくった後に問題を想定していないものづくりをしては駄目ということ。つくるものに集中するのではなく、つくられる工程に集中する。同じように物ができても、たまたまなのか正しい手順でつくられて正しく出来たのか、その違いは大きい。手順が違うのに正しく出来て手順が間違っているのをしてきされて腹を立てるタイプの人もいるけども、そういう人というのはまさに環境や文化の産物であり、そういう人を変えることは難しいものである。その場しのぎのものづくりじゃ後の問題も大きく駄目で、何をおいても無理をしてでもやはり正しく物はつくったほうがよい。

日本のモノづくり産業が滅びかけているのも日本のものづくり哲学が成り立たなくなってきていることにある。それには文化的な背景があろう。たとえば、日産という会社があるけども、日産は倒産の危機に陥りフィアットのゴーン氏が関与したことで再生したというのが市場の評価なのだが。それほど簡単なことではないのは、日本の国内の経営判断がそれほどに腰が軽いというところだろう。多くの優良なものづくりが経営の波があるだけで、駄目だと判断をされてしまう。判断する側に大きな問題があることが多いものであるというのが一番の問題だろう。こんな判断されていては世界には国営の企業ですらあるのだからそんな競争の中で、日本企業が長続きできるはずないのである。

面白いのが、国内が見放しても海外からすると日本企業ほど堅実なものづくりはないだろうといえ、国内以上に海外の人のほうが国内のものづくりを評価しているというところだったりもする。昔、トキという鳥が日本中の空を飛んでいたけどもそれが絶滅してしまったのも、同じようなことなんだろうと思えるのだ。絶滅しかけて初めて保護に入るけど、生きていけない環境にどんどんと追いやっている人の存在にも気がつかないとならないだろう。今の日本で地場産業を考えるときにも、トキに経営努力が足りんから絶滅してしまうんやでみたいな説教が多い気もする。
2015年04月29日
一世を風靡した経営でも数年後には立ち直れないほどになっていることが多いのは気のせいではないだろう。特に大きな企業というのは、自分自身が競争に勝ち残った後に、自分自身の戦いがあるのだろう。

マクドナルドなんかもお店が多すぎるという当たり前のことに気がつかないと、経営のどこに問題があるのかということを考える以前の問題だろう。マクドナルドのお店を通って、祝日の夕飯時にほとんど駐車場に車もなく、店舗内にもお客さんがいない。

このマクドナルドの現象は、スキーブームの終焉と似ている気がする。自分でブームをつくって、そのブームが去ったときに、ひと世代の間、ブームが再来することは少ないものだ。その間耐えることができるかどうかというあたりが本当の仕事なのかもと思える。

これは産業や企業に対していえるだけのことでなく、個人に対してもいえることだろうと思う。同じことをやっていてもうまくいくときといかないときがあるだろうが、それを続けるか続けないかが、一番大事なポイントだろうと思う。成り立たないものでも続けていくうちに成り立っていくものもあるのも私の経験のうちで、最初から成り立った仕事なんて逆にほとんどない。なりたたないものでも形にできるところまでやる力があると、それはほかの成り立ちやすいことをやるときにその力は生きてくるんじゃあないだろうか。逆境で努力する人と逆境で投げ出す人とでは、人生観、仕事観というものはまったく違うだろう。
2015年04月28日
ある工場の社長が電話下さり、仕事がないかとお問い合わせ。今は生産期が終わる時期なので仕事が少なくなっておられるのだろう。人を抱える会社にとっては仕事は生命線、仕事しないとゼロではなくて大きなマイナスなのだ。自分で仕事を生み出そうとすると逆に仕事してお金が必要になるもので、自分でお金を使っても自分で仕事を生み出すことをお勧めするのがその会社の仕事のスタイルと合うのかどうかもある。

経営というのは判断の積み重ねで、一回の判断が一回で終わらずに固定的になってしまうことが多い。今できないと思ったことは、いつかできることはないだろう。これは経営に関してだけでなく働く人も同じ。周りが正しいと考えることを積み重ねていても、うまくいくとは限らないので、正しくないくらいに正しいことをしないとならないこともあったり、逆に正しく判断ではないと思えることをやってよい結果になることも多い。普通ぐらいで仕事が流れているのを理想にすると一番危険信号なのである。

結論としては、何が正しいのか正しくないのか考えて何もしないのは何もしないのと同じで、自分が仕事がないときに何をするのかが大事だろうと思える。新しいものをひとつ生み出すためには、新しいものを生み出す強い気持ちをもっていないと途中で挫折してしまうことが多いだろうと思える。また、仕事というのは取り組む相手というのは大事で同じような価値観を共有していないとうまくいくことは少ないといえる。

業界にいると、経験を持っている人がやはり強いなあと思える反面、経験にしがみついている人というのは過去形に近い。あと、仕事がほしくても、やりたいことはあってもリスクを被るのを必死で避けようとする人が多いので、仕事はほしくてお金儲けしたいのはわかるけど、業でやっているひとが個人の人以上に布にお金を使わず、入ることしか考えていない人が多いのは気になるところ。
2015年04月27日
仕事というのはどこもが似ている。突き詰めていけば、遊んでいると思われている仕事の前の学生のほうが試験など自分の実力を鑑みさせられ地獄をみることが多い。昔は大学が遊園地といわれたが、今は職場が遊園地化している気もすることもある。

私も繊維の仕事をしていて、学生以上に楽だなあと思うのは紙に書いておけば覚えなくてもよいこと。学生の場合、試験会場に教科書やノートを持ち込むことはできないが、一般的な仕事ではそれが許されるのだ。

しかしながら、優劣というのはハッキリとしていて、生地をみて、そのつくり方がすべてわかる人というのはやはり強い。結局、学生の勉強と同じようなことができる必要があるのだろうと思う。織機の問題なんかも同じで、経験が生きる人と生きない人の差は大きい。最初の一回で覚えて、次には自分でできる人でないと厳しい。最初の一回で覚えない人はいつまで経っても仕事を覚えられないものだ。

すべての仕事というのは共通した要素が7割8割あると思えることが多い。その7割、8割の部分というのは地道なところじゃないかと思える。そのほかの2割3割が飛びつき的、あるいは冒険的な要素。私自身、仕事でいろいろな物事に挑戦するということはとびつき的な要素や博打的な要素が大きいが、そのほかの部分でそれを補える仕事を当たり前にしているから成り立つのだろうと思う。

また、なかなか、地道な要素を積み重ねても日の目をみないというのも世の中の性であろう。林与の特徴はと聞かれて、産地で自分自身が織物を織り続けているというところなのだが、それには深い意味があって、そこが一番大事なことであると理解してもらえることは少ないのだ。自分で仕事を生み出すとか、つくるものに対してのリスクを被って仕事をしているという部分に繋がろうと思う。

やっていることは同じでも、2割くらいの力で飛びつき的な要素を交えることで、飛びつき的な部分にあこがれられることの多いお客さんとの出会いは増える。最終的なお客さんがというよりも、業として生地を扱われるお客さんが飛びつき的な要素重視だったりするものだ。売るためには、ものがというよりも謳いが重視されるのだろうが、それ以上に産地で麻を織り続けている機屋なのだから本質的な部分を大事にする部分が7割8割なところ。
2015年04月26日
東京に来て土地というものの意味みたいなものを考える。土地というのは日本においても結局国のものではないのかというところ。中国で土地は国のものとされるが、同じようなものだなあと思える。

固定資産税のようなものの負担があって、結局一生もつと同じだけの税金を払うことになるのだ。多くの商売が成り立たなくなるのも国による固定資産税の影響が大きいだろうし、また、借地にしても地主がその固定資産税の負担をするので、結局は地代として計上され、大家にとっては固定資産税の額が貸し出したときのミニマム的な費用となろう。

何もしなければゼロではなく、マイナスなところから始まる。地価が高いとその場所に存在すること自体ハードルが高いことになる。固定資産税というのは、土地にかかるだけでなく、建物や設備にまで掛かってしまう。建物を持つことがマイナス、設備を持つことがマイナスで、そのマイナス分を賄えないと駄目。日本の企業の規模が本当に小さいのは、固定資産税を賄うのが難しいということもあるだろう。

土地を所有したからといって区分があるので、基本自由に使えるわけでもないので、やはり、国有的な存在だろうと思える。土地なんてお金払って国から預かっているだけということもよく言われるが、土地には費用負担した分、値段が上がっていかなければその価値は商品としては実質マイナスなのだ。

実質マイナス的な要素を持っていれば、地価はどんどんと下がっていく。固定資産税に見合うような水準まで下がっていくだろうが、滋賀県なんかでもこれだけ空工場や空店舗が増えてもそのままで、東京では空き店舗が少ないことを考えると、東京の固定資産税は適切な辺りにあるのだろうと思える。

東京の都心に織物の工場がほとんどないのは、固定資産税が高いからだろうし、京都なんかの繊維関係の工場でもかなり詰め込んで成り立っているところがほとんどである。本来繊維産業も消費地である東京なんかで生産をすべきだろうと思えるのだが、田舎のほうがモノづくりが成り立ちやすいというのも税制や雇用に関する法制度の問題と絡んでいるだろう。

繊維業界でも、一宮市で、固定資産税以外に、事業所税なるものが課せられることになったときに、33000平米を持っているとされた加工工場が廃業をされた。1平米600円という課税金額は単純に年間2000万円増なのだ。百年以上続かれた名門の企業が、さらに吸い上げを余儀なくされ、廃業を選ばれた形である。

多くの繊維企業が繊維をやめて、不動産業に移り変わる状況がある。業として守られてきた独自の技術が失われていく、すごくもったいない気がするが、行政のすべての負担を重くしていく姿勢だと、成り立っているものも成り立たなくなるのは当たり前で、自立しているヒトや企業が国から消えてしまう。日本でも有数のよい仕事をされていた企業の幕が閉じられ、120人の雇用が失われるような結果を行政が生み出すことになる。
2015年04月25日
仕事をするために人が集まると人を管理しないといけないという問題がいつも起こる。すべての人の目的が一つなら簡単なのだが、組織の中で違う目的をもった人が集まるとうまくいかないことが多いものだ。

近江商人が成功をなした理由の一つに、天秤棒を担いでの姿があるけども、それとは別に、近江商人が都に持つ家に奉公に行くという形がある。長男は家を守り、(家というのはすなわち先祖代々の仏壇であり、先祖から引き継ぐ屋敷と田畑のことであろうと思う)、次男、三男は、奉公に出て家を守るみたいな風潮があった。次男、三男が奉公の末に店を持つことを許され成功を納め、その成功は母屋を支えるためにあったといえる。

これは、日本で一番神仏信仰が強いといわれるほどであるところから来ている部分もあろうといえる。小さな村にも大きなお寺がいくつもあって、律令制度や藩の搾取から逃れ、お寺に守られていた部分があったろうと思える。母屋にはそれなりに大きな資本が集まり、親戚一同から支えられながら逆に親戚を助ける機能をもっていた。

盆と正月が大事だったのも、奉公という日頃は自由が許されない時代に、唯一実家に帰ることがゆるされたのが盆と正月だったからである。戦後にも奉公が盛んに行われた、終戦を迎えて外地から引き上げてきたものたちは居場所がなく、住む所と食事を与えられて仕事にいそしんだ。

外で無欲に働ける人が自分の商売を考えたときに、立派に商売を残されたり、立派な家をもたれたりしているのは当たり間のことだろうといえる。日本の商売というものが損得勘定では成り立たず、人のつながりで成り立つといわれる。日本の教育がほかと違ったのは自己犠牲の精神(奉公の精神)があったからといえるが、それが日本の成功に大きく繋がっていた。

奉公的な出世においては質素倹約の精神というものが、すべてにおいて流れているので、成功というのはその積み重ねでしかなく、実際の仕事も商いのすべてを教育されていて、人が人として一人で立つことが理想とされた。今の時代でもその精神で仕事をすれば最終的には成功を納めることは難しくはないであろうが、商売を成り立たせるためには欲を捨てることの積み重ねという逆の道が必要というあたり、日本の国の制度からしても今の時代には難しいものであり、成功したいなら制度の逆をいかんと駄目なのだが、普通はどうこうという講釈が先に立つ人がいくらアイデアを持っていてもそれが実現することは少ないだろうと思える。

仕事というのはお金を稼ぐことが目的と思われるが、その範疇では商売の考え方が普通すぎて、チャンスを逃すことが多いだろうなと思え、商売のチャンスのためには自分がお金を使うという逆の発想ができないと商売の基本すらも持ちえていないというあたりに止まる。失敗なんかは若いうちにやったほうが良いだろうし、若いときに経験の少ない人というのは末路は厳しいものだ。失敗や責任を自分で被る力のある人ってそうは少ないもので、そういう人が結局実力を持っていて仕事を動かしているということだろう。
2015年04月24日
今日から東京、朝、東京について、1件目のお客さん、午後から2件目、夕方に3件目でお客様と食事して、新幹線の時間を過ぎて夜行バスに乗る予定が夜行バスも空きがなく、明日の展示会を予定されているお客様もおられるので、それをみて帰ることに。

今回の東京出発も出発ぎりぎりまで出荷の準備に追われて、寝ていない状態での出発、東京についてあまりにお天気が良すぎて、よく知らない町を歩いているだけでもよい感じなのだが、靴が新しく、足の裏が靴擦れしたみたいだ。

新幹線に乗ったが、中国の新幹線と比べると、日本のノゾミの座席ほうが座り心地が悪いように思えたのは不思議だ。ノゾミの席は硬めに作ってあるのだろう。社内のコンフォートさが逆転し始めているのは気になるところ。

こういう数値にできないところに充実要素を盛り込んでいるところが、本当の豊かさなのだろうと思える。テキスタイルにしてもそうで、中国がこういう微妙な贅沢をできるようになり、日本がそういう微妙な贅沢が消えていってしまっているのかと思うと、そういう微妙な贅沢があったから、戦後、アメリカを追い抜いていけたのだと思う。
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