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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2014年11月24日
輸出に際して問題になるのが相手の対応。大手のイタリアメーカーから依頼があったときもサンプルが何度も届かない問題があったが、相手が対応しないとその国ではものが動かないのだ。中国なども同じだったりする。

日本の場合には、繊維製品に関してはほとんど無条件で物が届くように取り計らわれるが、イタリアや中国の場合には、相手がいくら大きくても、相手が通関に協力しないことにはものが入らないことが多い。送る方法が違えば届かないということもある。

こういうのが見えない関税障壁であったりもするもの。以前、中国に着分として送った生地などもEMSだと届かず、FEDEXだと大丈夫ということ。年商、何十億円の企業がやっても駄目なので、より小さなアイテム向けには不着の確立は高くなる。ましてや、日本から輸入したことのない相手だとリスクは高いものだ。

受け取る側の能力が要求されるというあたり、税金を払わないといけないとかの問題もあるので、イタリア企業がよく要求する税金込みの値段を出してほしいとかとなると、こちらが納税の作業リスクを背負うことになる。相手国にそういう処理をできる事務所がないと駄目なのだ。中国の場合は貿易権を持っているかいないかで、本生産の受け取りができるかできないかが決まってくるので、大手アパレルでも貿易権がない場合には、業者を間に挟んで処理をする。

海外に生地をうるのは、つくればそれで売れるという簡単な問題ではないと感じる。まず、相手からの代金回収が可能かどうか、作る前に支払ってもらえるのか、送る前に支払ってもらえるのか、送った後に支払ってもらえるのか。また、だれが本当に相手の責任者なのかと言う問題もある。特に、現地の商社が間に入る場合に、商社にしても話を進めたがるが、実際にクライアントからお金が入らないとお金を払わないものだ。ここがややこしい。

話をしている相手がお金を払う人でない場合に、ものや企画が先に動く形で、話を進めようとする。海外と取引をするときには、生産前に全額を払えるところでないと、途中で背生産量の変更やキャンセルということも十分にありえる。契約書なんてあろうが、そういう相手というのは払う用意のないものは払わないと聞く。

量を想定して低めに値段だけ決めて、戻れない状態で最後の最後に生産量を減らすとか常習犯な業者も多いので注意。国内でも引き取らないのは繊維の業界では大手の商社系がよくやる手法だったりして、商社自身に信用がないというのは商社としての存在意味すらもなくしてしまう。
2014年11月22日
今日は、縦繋ぎやったり整経のための糸を割ったりもろもろの作業、昨日壊れた織機も元気に動いて晴れ晴れした気分。海外からのオーダーのストールも順調に織りを進めることができ、その横ではキッチンクロスのライトブルーが染まりあがって整経も済んで、縦繋ぎ。

入り口の台とその向かいの台では、それぞれ別のオーガニックの生地。これからの急ぎが、リネンの100番手素材。納期が迫ってきて、整経の段階で糊付けの終わった糸をなるべく使い切ろうという計画で、糸の割りなおしを行う。ジャガードの注文も年内を目標。

そのほか、本麻の注文も急ぎで横糸が染まるのを待つ。あと、ストールも本生産が3マーク分、10数本繋いで織っての話。見本も二つ予定、これも量産に進む方向で、糸の確保などを固める。プリントの案件と後染め用の案件もいただいていて、P下の生地を生産始めないとならない。

本生産の時期そのもので1月中くらいまでの織る仕事が埋まり始め、一番のネックは、糸の染めの問題ながらも、予期していたわけではないものの、先染のウェイトをかなり落としているので、なんとか凌げそう。でも、今日もFAXで先染の追加のお話。これも染糸を調べてみると染めないとならない話。

仕事というのは納期が求められるが、実際に注文が入っていない状態で納期の算定をすることが非常に難しいものだ。卵と鶏鳥の話に似ていて、注文するなら生産の計画に入れるので納期が見えるけども、注文の入っていない状態で納期を約束すると実際に注文が入ってきたときにオーバーブッキングしてしまうことになりかねない。

仕事を受けるために、糸の確保、染めの納期、加工の納期が、織物を織る以外に納期を出すのに必要で、「納期いつ?」と聞かれるだけで、いったいどれだけの注文が入るのか入らないのか判らないままに、各方面に問い合わせる。納期を聞かれても実際に注文が入るのが遅くなると、納期の計算もまったく違ってくる。年末年始の2週間はものが動かない2週間と考えたほうがよい。
2014年11月21日
シャトル織機のドビーのロッドが消耗して壊れた。一日にというか、1m織るのにも何千回も何十キロの力が掛かった状態で前後して、鋳物と鋳物が擦れ合う。油が少し切れた感じで動いていたがために、そこが消耗して壊れた。

先端が虫眼鏡のようになったロッドバーは、織機特有の部品なのでどこかで簡単に手に入るというわけではない。仕方なく、使っていない織機から部品を外して交換することに。交換は1時間ほどで完了したけども、シャトル織機が長持ちしないのもこういうのが大きな原因だろう。

ドビーのフィルムカードなどを作るときにもなぜ、2本がワンセットになっているのかなどの不思議もこういうところに答えがあったりするのだろう。ペックやドビーのカードを動かさなくても平の織物が織れるように、2本でワンセットになっているのだと思う。

織機の部品の交換をすると、手が油で真っ黒になる。そういうのを嫌がっていては、1cmもまともなものは織れないのがこの仕事。汚れる仕事を嫌がるくらいだと、試行錯誤して問題を解決するという次のステップにはたどり着きにくい。

私自身は、50年以上前の織機が当たり前に現役で動くというのに感銘を受ける。織機というのは、古い織機でもすでに出来上がったものがあるのだから、幸せである。昔の人は一から織物を作ったものだ。
2014年11月20日
いろんな意味で、昔、百万円したものが今は無料みたいなことはあるもので、その一例が、マイクロソフトが販売するVISUAL STUDIOという開発環境。今は、小規模の企業なら、正規のものを無料でダウンロードできて開発に使える。

昔、WINDOWS2000の頃につくった、織物シュミレーションプログラムをXP用に書き直そうと思いつつ、それがまた現実に向かいそう。今時、一からソフトウェアをつくろうなんてケースは稀になりつつあるけども、自分が、織物を作るときにこんなソフトがほしいと思うものを自分でつくれたら一番便利だ。

もともと、WINDOWS用の出る前に、コマンドラインでプログラムを走らせるタイプのコンピュータでシュミレーションソフトを作ったのが始まりで、一つのシュミレーションが出来上がるまでに、10分ほど待たされたり。それでも自分が自分で使いたいソフトをつくってミルというのは夢があったと思う。

こういうのって織物を自分でつくるのと似ていて、プログラマーも織物を作る作業も同じだと思ったりしたものだ。
2014年11月16日
オーガニックリネンを扱っているとオーガニックやなあと思うことがほとんどないながらも稀にある。オーガニックリネンもノーマルのリネンと同じくらいにクオリティコントロールがなされているのだろうと思えるところ。でも、オーガニックらしいところも時折みかけたりするのだ。

たとえば、通常の糸よりも強いスラブや、糸むら感、色むらの出現など、これはどうしたらよいものなのかと思うくらいに、急にそれが出てくる。普通の反物なら欠点としてバロックを打つのだが、オーガニックリネンという理解の元、そういうのはある程度は許容範囲とする。

オーガニックリネンが出回ることが少ないのは、リネンの紡績会社も、オーガニックリネン専用の紡績工場をもたなければ、国際認証が取れないようなあたりだろうといえる。一般のリネンをつくるラインでは、オーガニックリネンはつくることが出来ない。これは紡績にお湯を必要とするリネンの場合には、綿と違って非常に厳しい問題となるであろう。

オーガニックリネンなのだが一般には、強い繊維がないので難しいといわれるが、織っているときの糸の硬さというのは通常の糸よりも硬く強い気がする。それでいて、織ったあとに水を通るとふっくらとなるような気がする。いつも糸を触っているので、そういうのが違和感に思え、違いがある気がするのだ。

糸を扱っている人も違うのだろうなあと思うのは、チュニジア産のオーガニックの糸の巻きが汚れていたりすることがある。一般の糸では箱から出してビニールを取った時に糸が汚れているようなことはほぼゼロ。まだまだ、チュニジアの工場、糸を扱う作業に慣れていない人が働いているようだ。そんなのもオーガニックらしいではないかと思いながら、汚れている外側の糸を取り除く。
2014年11月15日
今日は検反をする。林与自身が一杯仕事があるのは、いろんな仕事をできるからというだけのこと。ひとつの仕事しか出来ない人というのは、技術的にも弱いことが多い。仕事が溢れていても、自分の仕事ではないと思うのだろうが、その仕事をしている人にしてもほかに自分の仕事をもっている中でその仕事をこなす。

いろいろな工程が見えると専門度も増すのだが、手伝ってあげてる感覚のおっちゃんおばちゃん仕事になってしまうと、技術や作業にしても高度なところには行きにくい。ましてや、そのような状態だとデザインとか売れるものをつくるとか、お客さんの存在などの意識はなくなってしまうもの。

出来る人というのは新しいことでもいろいろなことを出来ようとして作業をしてきた人なので、その仕事が新しくても今までの経験で飲み込みも早い。仕事慣れしていない人というのは、新しいことの飲み込みも遅く、最初のペースが遅いと長い時間やっても、普通のスピードにまで達することは困難であることも多いものだ。

日本よりも海外のほうが器用にものをつくれるというのがここ数年も加速したように思う。取り戻すことは難しいだろうと思えるのだ。個人の気持ちの問題でなく、働いて仕事することが悪いことのような社会になりつつある。大人よりも子供のほうが作業が上手というのも今の日本。機械任せで作業が進んだことで、機械化されると本来だと、織ることの負担が減った分、機械を調整するなど高度な仕事も取り込んでいかないとならないのだが…。
2014年11月14日
9月末決算なので、毎年、11月末までに決算書の作成が必要。今、その時期。今朝は、公認会計士の先生がお越し下さり、会社の決算書の作成を指導下さる。

小さな会社にとって決算書を作成するために帳簿やいろいろな書類を準備するのは、本業と同じくらいに負担の掛かる仕事。私も、9月末に調べた在庫を、コンピュータに入力するだけで、朝から夕方前まで掛かってしまった。

途中、たくさんのお電話をいただいて中断しながら焦りながらも、何とか、夕方には決算書の雛形が出来上がった状態。ひと安心。
2014年11月13日
海外の展示会に出展を行っているので、海外とのメールのやり取りも多い。海外とのやり取りで一番の問題は、話が進んでいても実際に生地を買えるのかどうかというところ。注文があるなしよりも、実際にその対価が準備できるのかというところが大事だったり、また、海外取引においては、発送は完了しても、受け取り側の準備が十分でないと商品が届かないというケースも起こりうる。

イタリアの大手のメーカーとのやり取りでも、イタリアの通関には相手のアクションが必要なのに、相手がアクションを起こさないことで、通関できないというケースがあり、相手がデザイナーや生地開発の人だと通関の意味が分かっていなかったりする。それはその人の限界を超えてしまう世界で、その人が会社のほかの人の力を使うなりして受け取る力を持たなければ、商品は通関できずに止まって、送った側の問題にされたりすると大変であり、相手の能力を見極めるのは大事。相手の大小ではなく、そういう壁を普通に乗り越えていけるような相手と一つ一つ取引していくことが大事で、そういう壁を一緒に乗り越えられる相手との取引はやりがいがある。そういう相手の方は生地も大事に使ってくれるもので、使いたいから使ってくれるという安心感がある。
2014年11月12日
今日は、半徹夜モードで、朝。今日は縫製の必要な納品の予定で、夜ぎりぎりの出荷に間に合うかどうか微妙なところで、張り詰めて仕事。そんな中、今日は、海外から届いた1トンの糸が会社に届く日で朝電話があった。

運送会社が、4トンなので道が入れず会社まで荷物を持ってこられないということ。近くのどこかで軽トラで引渡しをいうが、軽トラで2回に分けてすると、待機料金が別途必要という。運送会社が持ってこられない分手伝ってとりにいくのに、10分、15分ほどのことで、待機料金が必要というのも馬鹿な話だが、そんなもの。話を続けるのも面倒なので友達の会社の場所をお借りして引渡ししてもらうことに。

結局2トン車で持ってきたのでそれなら会社まで配達できたんじゃあないかと思うし、借りる必要もなかったが、結果論なのだろうか。待機料金を払ったら4トンで持ってきただろうけど、払わなかったので経済的な2トンで持ってきたのだろうか。4トンで持ってくる前提で、待機料金の話なんかもしていたので4トンで持ってきてほしかった。運送会社の話の信憑性というものを運送会社が自分自身で否定するようなケース。

途中、夕方、彦根に納品の案件。夜7時の便で、反物を巻いて佐川出荷の案件。課題だった縫製の案件もなんとか夜10時半の栗東の発送締切に間に合って、今日はたくさん仕事ができた幸せである。
2014年11月06日
2日間で終わるPTJ。短いようではあるが、林与にとっては十分に濃いお話が多く、具体的に進める案件もいくつか新たに始まった。以前、お取引の有った韓国のブランドさんが、今回日本にお越しで最初お話したときには知らずにお話していて、後で名刺をいただいて、以前、お取引いただいたことを思い出す。今回もストールの注文を入れていただいて、韓国でも近江上布柄のストールが流れはじめそう。

この展示会の会期中も、日本でも展開されているスペインの大手アパレルメーカーとイタリアの大手プリントメーカーからの近江上布柄のサンプルに関するお問い合わせなどもいただいて、インターナショナルな展開が始まればという期待はある。来年に向けてはまた新しい柄にも取り組みたい。

オリジナルの近江上布に関しては、触って、硬いと思われる方が多く、洗えばやわらかくなるのかということを尋ねられることが多い。着物の近江上布というのはこんなもので、仕上げに糊を使って硬く仕上げてあるのだということも説明する。また、高級感や光沢感を出すためにも表面の毛羽を押える必要はあり、パリッとしているくらいがよかったろうといえる。生機ですかと問われる場合もあるけれども、生機は案外ペッタンコで、仕上がったものよりも柔らかいともいえ、無理と硬く仕上げていたりしたものだった。

現代のアパレルの世界において硬いものを受け入れることはなかなか難しいだろうといえるのは、特にエアコンの普及。麻は汗を吸って急速に体に馴染むものなのだが、エアコンの中では硬い風合いのものは硬く、シカシカと感じる。使い込むことで、その風合いは柔らかくなるので、ハリスツイードほどではないが、息の長い使い方が求められる。まあ、近江上布絣にしても一生モノであることが前提の高級品だった。

人が詰め込んだ精魂というのが布からは伝わり、そこからはほのぼのとしたものではなく、厳しさを感じることができるものだ。こういう布を再現することに憧れても、本来そういう布が生まれた背景があってこそ、ここまでのものがつくられたということがあろうかといえる。私が近江上布を見るときに感じるのは力なのである。
2014年11月05日
今日は初日、朝からアポイントを取ってもらっているお客さんなども何件かあって含ですが、落ち着いた状態で順番にお客様がブースにお越し下さる様子で、大きなパニックにもならず、夕方6時まで順番にじっくりとお話させていただけた感じではなかったかと思います。

今回は時間がなくてジャパンクリエーションの会場を回ることはできなかったのですが、海外からの出展企業が増えジャパンクリエーションはかなり国際色が出てきたようです。PTJの会場も流れは多く、弊社の場所もジャパンクリエーションとプレミアムテキスタイルジャパンの移動口辺りにあったのですが、新しいお客様との出会いも多くありました。

円安の今のタイミングでは日本の業者が海外の生地に手を出すのは難しくなってきていると思うので、海外からの出展者の数が増えるのは不思議に思うのですが、円安によって、国内勢は国内需要が返り咲いて賑わいを見せてきているように思ったりもします。

それでも、どこの皆さんもおっしゃるのが輸入原料が高くなりすぎてみたいな話。リネンの場合は高くてもよい原料が手に入らないような状況が続いているので、頭の痛い話であったりもします。







2014年11月04日
今日はPTJの出発前の準備ということで、ハンガーなどをつくっていました。リネン超細番手の素材は、リネンの糸がタイトになっていて、ご注文をいただいても簡単に作れますということは言えないことも多いのです。紡績工場に聞いてもどこもが細番手を作る原料の入手が難しいという返事は正直なところだといえます。

今回は、秋冬展ですので、リネンの企画を検討しておられる方というのは、少ないでしょうが、春夏のときには起こしでない皆さんが林与の展示をみてくださることもあろうかと思います。また、現物でストールなどのストックをしているので、そちらを扱われたいお店の方など、来春夏向けまだ間に合います。

アパレル向けも12月から織り始める企画ですと、まだ、これから来春に向けて1月末納めで進行が可能ですので、取り組みされたいアパレル様はご相談下さい。今回も、新しい出会いがあることを楽しみにしています。
2014年11月03日
今日は文化の日で休日。公認会計士の先生がきてくださり、朝から期末決算の調整。別件の契約書などの文面の解釈も教えていただき、ほかに問い合わせたときは違う解釈を教えてもらってつじつまが合わないなあと思って不透明だった部分がクリアになって、動きやすくなった。

明後日からPTJなので、今日は、出荷を昼前から昼過ぎまで行う、その後、商談会で配ってもらうサンプルの準備で、栗東のクロネコ出荷を目指すが、高速道路が混んでいて高速道を断念し、とりあえず下道で出荷し、荷物は午後着を目指す。海外のお客様向けのものなのでサンプル的に一度使ってもらえたらと思う。

布をしっかりと織ったキッチンクロスは、実用性だけでなく、見た目のオブジェ感が非常に美しいと思える。なにも、グラフィックにこだわらなくても、シンプルな布としての存在が美しいと思えるのだ。また、薄い布もストールなどは繊細で美しいが、しっかりと織り込まれたキッチンクロスも存在感があり味がある。

旅行などでバスタオル代わりに使うこともできるので、小さなものでもリネンのキッチンクロスは重宝する。表情のきれいなキッチンクロスはどこにでもあるだろうから、あえて、味のあるナチュラル仕上げのタイプをセレクト。
2014年11月02日
今日は、午後から倉庫に入って在庫調べ、ひとつの倉庫の2階にいろんな生地が20万メートルほどあって、小さな反物もたくさんあるので、たぶん、1万種類以上の布があるだろう。そのほとんどが、麻関連素材。1Fには、昭和30年代から40年代の生地が、何百反かいろいろある。

麻がよいのは、昔の反物ほど今にない風格があることで、いろんな布が残っていることは、今のものづくりの参考になるし、過去につくったものがわかって、自社のものづくりの歴史というものが手に取るように判る。麻織物の本場なので、林与のことなのだが、産地のものづくりの集大成的な資料というだけでなく、戦後日本でどのような麻のものが作られたかの生きた資料でもあったりする。

生地だけでなく、別の倉庫には糸の在庫がこれもまた、昔の糸が残っているので、倉庫の布をつくるのにどんな糸を使ったのかの想像がついたりもするので、私が自社の生地を見ると、私が仕事に携わる前に作られた布でも、どの番手の何の糸でつくったのか、大体想像がつくものだ。

糸のなかには、私が管理していて売れ行きがよくなくなった糸で、最後ようやく先染の柄を糸を使い切るように作って、使い切って幸せだったのに、先代が、なくなったので、また、1トン1000万円ほどかけてつくっちゃった特殊な糸などあって、作ってからはやはりその糸を使った布は売れずまったく使っていないアチャーな糸もあって、よい時代の名残を感じたりする。何十年か仕事していれば、また、使えるときがきっと来るだろうと願う。なかには、手績みの糸も残っていたり、アイリッシュリネンの糸も残っていたり、近江上布のアーカイブや、昔の手機が何十台分も残っていたり、よいものも残っている。

なかなか昔のものづくりを辿ることはできないけど、林与には、近代以降の産地の麻織物の歴史が糸や反物の形で残っていて、今も麻を織り続けているので、そこがいいんじゃあないかなあと、自己満足。たぶん、近江湖東の豊国地域は、愛知秦氏は徐福の流れを汲んでいるといわれ、農耕が盛んで、日本でも有数の豊かな地域であっただけでなく、作られていた織物も一番くらいに繊細なものが織られていたのだろうと推測する。近江湖東地域に特色のある赤苧織物は、細美といわれていたものではなかったろうかと思うのだ。そういう歴史も、織機を産地で動かしていることで、形を変えながらもまだ微かに続いている気もし、機の音が止まったら終わりなのだろうと思う。
2014年11月01日
船便で糸が大阪に届いたが、休みに入ってしまって、乙仲が決定しているのかいないのかすら確認が取れず、たぶん、乙仲は自分で用意する必要があるのだろうと思い。休み明けを待つことにする。

飛行機で糸が届くとそれほど難しくないけど船便で届くと荷物のリリースが複雑。DHLやFEDEXなどの空輸が運賃が高いように思うけれども、船便で掛かる諸経費を考えると国際宅配便のほうが安いことも、船で混載便にするよりも安く済むことも多いだろう。

船便のからくりは船の運賃は無料に近く設定してあり、その分、不透明な請求やいい値的な選択肢のない状態がいろいろと含まれること。船便などの場合は、日本からコントロールできるような方法をとったほうが安く上がるというのは日本の業者さんからも説明を受けて聞いてはいたが、今回は、荷物の出荷が私の確認無しに先になされてしまって言われるがままな形でよくない。

フォームAも、紡績工場の説明だと荷物についているという説明だったが、今日、フォームAが届いた。金曜日のタイミングで乙仲を決めてしまって、乙仲がフォームAが荷物についている説明をして、実際、ついていないで通関すると特恵を受けることができないことになっていただろう。リネン糸の場合は、関税は8%だから、それだけでも数百万円の糸を輸入するときに失敗すると、数十万円は消えてしまう。

実際に通関する人も何に特恵が働くかなどは経験がなければ、通常の通関で関税を払うのが当たり前のように乙仲の人でもやってしまうことが多い。運送会社が2つも3つも間に入っていることもあるので、紡績工場にその辺りを運送会社にうまく伝えて通関してほしいと頼んでもうまくいくことはなかった。失敗することが前提というくらいに思っていないとうまく行くためしはなく、余分な費用を被るのは受け取る側だったりする。

まあ、休み明けも5日6日は東京国際フォーラムでの展示会。4日に乙仲に依頼して、港の倉庫に荷物を預かってもらう形で展示会明けに荷物を受け取ろう。
2014年10月31日
今日は、大津のコラボにファンドの中間報告資料を届ける締め切りの日。準備はしていたつもりだが、最後に確認をすると抜けている資料などがあったりして、どこかに保管しておいたはずだがと思って、探したりして時間が過ぎていく。

結局、夕方4時半の出発で、コラボについたのは6時、担当の方は帰られてしまったかと思いながらも、まだ居られて、報告資料を預かってもらうことができて一安心。

助成金がでるとやれることが何倍にも広がるので、報告書のことさえこなすことができれば、小さな企業にとってはよい方法だと思える。日本の大きな企業でも国の助成的な制度を使って競争力をつけている。大手企業の場合は助成金を自分で受けるだけでなく、商品を買う側が助成金を申請するような形にまで法律をつくってもっていっているので、需要をシフトさせ確実な需要を生み出しロスが少ない。

エコカーにしても、太陽光発電用のソーラーパネルにしても、地デジにしても、LEDにしても、需要を生み出すために買い替えざるおえないような基準や法律からつくってしまうのだから、産業が守られるが、それでよいのかと思うところもある。繊維でも昔のよい時代を過ごした分、厳しい時代になると仕事についていけなくなる。

ソーラーパネルにしても補助金がなくなると国内業者は逃げ出すだろうし、地デジのあとは国産のテレビは壊滅状態、LEDも半永久的に使えるものなら一巡したら産業として終わりだろう。半導体産業もそうだったが、脚光を浴びていたものが一気に消え去る。

日本の繊維もよい時代に円安の影響を受けてつくれば売れる時代を経験してしまったがために、世界中からものが安く手に入るようになって店頭には魅力あるものが安く満ち足りている中で、時代に対応することができず、後戻りができず行き所がないようにすら思える。

自分自身で価値をつくりあげていくためには、モノづくりだけでなく、情報発信というのは非常に大事に思う。麻織物の希少性がどこにあるのかを考えると、産地で織物を織り続けるとことが難しいというパラドックスにあろうかといえる。自分が作るのが一番高くつき、買ったほうが安いという状況で、商売抜きに別の価値観を持たないと続けていくことは難しい世界である。極端な話、それが日本製というより、ものづくりの価値観そのものだろうと思える。実際に作っている人というのは強いもので、つくり続けている限り、やはり、その道の第一人者でいることができるもの。経験なんかは関係がないかもしれないと思うのは、仕事なんて短くてもどれだけ深く携わるか。

何十年も業界にいる人が素材の世界で食べていけないのに、若い世代が普通にしていて経験も積むチャンスが少ない厳しい時代に食べていくのは難しいだろうなあと思える。私自身チャンスがあれば、できる限り、チャンスをつかもうと努力をするけれども、それが苦労のもとだったりして、それでも苦労したことが、次のきっかけになったりもする。織物の仕事、一つ仕事を頼まれると、普通、その仕事に関して、頼まれる人の10倍くらいの時間を使う必要がある。素材というのが重要な要素であるのもそういう部分ではないだろうか。
2014年10月30日
地元の繊維産業の中にも、日本の生活水準が上がっているのでそれにつれて自分たちの境遇も合わせて上がっていかないのはおかしいというようなことを聞くのです。でもそれって自分たちが生み出して行かないとならないのに、昔以上に仕事の量も何分の一になってしまっているのに、自分たちの待遇は上がっていくのが当たり前というのは、どこから来た日本文化なのだろうかと考えていくと、戦後出来上がった年功序列型の影響が大きいのだろうと思えます。

日本の産業というのは一般的に30年くらいで衰退していくものがほとんどで、その原因の一つには終身雇用的と年功序列的な制度で競争力がなくなってしまうということが大きいものです。ひと世代が終わるときに産業が終わってしまうという永続性のない構造はなんとかしないとならないといえます。
2014年10月28日
エボラが世界で猛威を振るっているが、ジャーナリストが取材に行ったら別問題で危ないだろう。行かなければ感染しないのに行って、もし感染して日本にエボラを広めたとしたら、それ自体が大きな事件を引き起こす。

そういう危惧を考えないジャーナリストというか、ジャーナリズムって大丈夫なのかという問題。ジャーナリズムというのは、人の不幸をカネに変えることが多いことは病的。ハゲワシと少女というピューリッツアー賞も狂気を感じる。それを賞賛するあたり。別に自分がすばらしいことをするわけでもないのに、人の不幸に立ち会うことで名声を上げるチャンスを探してしまうというところ。

結局、そのピューリッツアー賞の狂気的な趣味が、別の事件を引き起こしてしまうのが、その写真家の自殺だったんじゃあ、なかろうか。なぜか、そういうのも最初からシナリオに見えていたんじゃなかろうかと思うところもある。その写真家すらもがハゲタカたちの餌食だったりもする。
2014年10月27日
リトアニアの生地の会社からメールが届きました。私のリトアニアのリネン印象は、バルト地域で、唯一のリネン紡績を謳うSiulasがつくる糸が麻番手で50番手までということで、それより細い番手の糸がどこから来ているのかというあたりが私にはよくわからない。PVでリトアニアの企業2社の生地の展示なども見ましたが、繊細な細い糸使いのものがなくホームファブリックに近い印象に思いましたが、それはそれで雰囲気が固有でリトアニアらしい印象でした。日本に伝わるリトアニアリネンのイメージは、色からしてもそういうイメージと違うような気もするのです。

ベルギーのリネン糸と呼ばれる糸も細番手の糸は、中国で紡績されているのも同じような状況だと思えるのです。ベルギーで紡績されるものの特長は、太い番手だったりします。それらの糸は、それはそれで味があって良いとは思います。

紡績というものは非常に現実的なものなので、細い糸を引くことのできる技術水準というものは、紡績工場に固有のものだったりするものです。一般的に細い糸を引くことは難しく、流れる量も少ないので利益を生み出すことは簡単ではないものです。

リネンの150番手などの細番手というのは、カシミヤの比ではない希少さなのですが、織り上がった織物を見てその違いに気がつく人がどれほどあるかということも、流通し難い理由だったりするものです。
2014年10月26日
今日は、中国向けの出荷を一つ午前中に済ませました。中国向けというのは中国国内の料金が低いので、ほとんど国内に送るのと同じ感覚の料金で郵便物などを送ることができるのでありがたい。

中国で買った風邪薬を飲む。強烈な眠気に襲われ起きていることができない。でも仮眠して起きると体調がすこぶるよい感じだ。

中国のローカルなスーパーに行って思ったのが、一般の店員のやる気のなさである。現地の通訳に買いたいものを伝えて、店員にどこにあるのか聞くのだが、知らないという答えが帰ってくる。お客さんもそれほど多いわけでもなく、一日、立っているだけで仕事という感じだ。中には、いろいろと知っているひともいてその人に聞くと何がどこにあるのかわかる。

中国のお店の経営というのも大変だろうと思った。
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