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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2014年12月26日
レピアの出る周辺での横糸の打切れの問題。この問題にしても以前から起こっているが、なかなか職人さんでは解決が難しい問題ではある。結局は、部品の消耗と絡んでいて、打ち切れが起こるのだ。

糸が緩んでループが起こる問題にしても、職人さんではなかなか解決できない問題で、昔、うちが織機を入れていた出機さんで、その問題が発生し、それは捨て耳のカラミソウコウが糸をホールドした状態で、レピアが糸をリリースしていないからだと説明するけど、それは違うと否定してしまう。同じ問題は自社工場でもあって、ループの問題直らないと工場長がいう。経験のある職人というのは、経験が邪魔して、私が説明してもなかなか理解ができないのだ。

織機をほとんど触らない私が織機の動きの正しい説明を理解してしまうということが、年配の人たちにとっては、一番、シャクに障ってしまうのだろうから、丁寧に判らない真似をしながら正しい答えに誘導をするが、やはり、相手にしようとはされないものだ。

こういう経験をしているので、私自身は同じ織物の世界にいてもひと世代前の人たちとは違う目で織物を見つめることができる。解決のチャンスがあるのに、面倒だからそれをしようともしないということから始まることも多い。この面倒だからという部分は、経験の浅い初心者が初めてのことをするのを億劫がるのと似ている。初心者はほかの人にしてもらおうとするが、経験者であってできても面倒がることが多く、自分がやらないという結果に繋がる。

私は、解決のチャンスがあるなら試すことが多いので、案外、正しい答えを早く知ることができる。それはすなわち、解決までに失敗を多くしているということなのだが、失敗せずに成功しようとするから、正しい答えにたどり着くのに時間が掛かるのと、経験値が結局少ない状態が続くのだ。

こんなことを偉そうに書いていても、たかだか機屋の小さな世界。そんな小さな世界の一つの問題を解決するのにも、人の面子のほうが大事だったりと、仕事と関係のないところが大事だったりして、守られた田舎の社会というのはややこしくて大変なもの。そういうややこしさが地場産業衰退の大きな原因であったりもするのだろうと思うことが多い。
2014年12月25日
織機のギアというのは、35のギアなら35個ギザギザがある。80のギアなら80個ギザギザがある。ギアというのは2つを使う、基底のギアは、林与にある織機の場合には37で、基底のギアに37を使うと、ほかのギアの数値がインチ当たりの本数となる。

打ち込み本数というのは2つのギアの組み合わせで決まるのだが、普通職人たちは、ギアの組み合わせの表を使う。私自身は、ギアの比率を計算して割り出すので表を使う必要はない。

まあ、ギアにしても理論知的なものなので、あまり小さいギアを使うと回らなかったりすることもある。そういうのは経験的に学ぶことだが大事で、そういうのが判っていないと、頭で何でもできるような勘違いに繋がる。

織機には、いろいろなところにギアが使われている。ギアは通常、削り出しでなく、鋳物である。鋳物の世界というのは非常に強く、案外角が丸くなっても正確に動き続けるものだ。削り出しのギアだと精密すぎて逆にギクシャクする。
2014年12月24日
今は、クリスマスだけでなく、ハロウィーンパーティも日本に進出してきていて、バレンタインズディもそうだが、なにかと昔は目くじらを立てていたものでも商業的なビジネスパワーが働いていつのまにか受け入れられるようになってしまうのが日本の傾向だろうか。

どこかほかではやっているものを持ち込んでお金を儲けようと考えることは多いと思う。セレクトショップなんかも海外に行って売れてそうなものを日本に持ち込んで売ろうとする。

しかしまて、自分自身で作り出すということも大事じゃないのか。クリスマスに似たものを自分たちで作り出すというのも大事。宗教というものにしてもセレクトするのではなく、自分自身で生み出してもよいと思える。
2014年12月23日
織物は冷え込めば冷え込むほどに織りやすい。氷点下であるほど織り易い事はない。糸のなかの水分すらもが凍ろうとして糸が強くなるのだろうか。温度の下降途中は非常に織り易く、上昇局面は織りにくい。湿度の上昇と低下と絡んでいるとは思う。

滋賀県で織物が盛んになった理由に琵琶湖が挙げられるが、私自身は琵琶湖はそれほど大きな理由ではないと思える。一番には人の要素で、2番目には農業が盛んで雪深かったこと。夏の蒸し暑さよりも、冬の厳しい寒さこそが、麻織物のイメージである。昔から、湖岸で織られるものは安価なものが多く、陸地で織られるものは上等だったとされる。

湖岸では太い繊維のものが織られ、山側では細い番手のものが織られていたということが言われる。琵琶湖が麻織物の要因なら、湖岸で細い番手のものが織られていてよいはずだが、豊国地区のような琵琶湖と山の境の農業が盛んだった地域で繊細な麻織物が織られていたということは、農作物に非常に恵まれていたことが、閑散期の麻織物の生産を支えたといえる。

琵琶湖に近いところにある母親の実家には、子供の頃よく滞在した。生活は農家ながらも、川からの恵みと琵琶湖からの恵みで食生活の半分が成り立っていた。漁民的な水の文化を子供ながらに感じたものだ。
2014年12月22日
町の広報が回ってきて、目を通すと、地域資源に関する町内の小中学生1500人のアンケートでは、近江でつくられる麻織物を1番とあげた子供はゼロ。毎回、町の広報にも麻織物関連のことが掲載されていながらも、それは分かる気がするのです。私自身、小学校、中学校のときに家の仕事が滋賀県にとっては当時でもすでに希少な存在になっていることを認識していませんでしたし、ましてや、大人でも麻織物の認識がある方というのは少ないものです。

そこには、先生方の認識も少ないと思えますが、でも、そういうのを強要することはまったくよくないことだと思え、仕事をしている本人たち自身が自然な形で続させていくしかないのだろうと思えます。地元で織られた麻織物製品を使っている子供たちというのも非常に少ないのではなかろうかと思います。

今の認識率なんてものを上げるために力を注ぐのは馬鹿げていて、そんなことよりも、元気に仕事が続けられるように自分自身が実際の仕事をこなしていないと駄目だろうと思えます。麻織物に携わっていて自分自身に創造する能力がなければそれまでのことで、そこで、誰かに守ってもらおうみたいな考えに陥ることこそが衰退的な考え方だろうと思えます。

実際に難しいものをつくれる人が残っているのかというと、どこもが同じだろうといえます。この数年でまた、産地でも実際に織っておられたところが数件機場を閉じられて、その理由にしてもよく分かりすぎるくらいに分かるのです。一回一回が乗り越えていけないと続かない仕事だから。特殊な
2014年12月20日
車のタイヤがパンクした。タイヤなんてパンクしないようにつくれるだろうにと思うが、パンクしないタイヤはそれほど良いものではないということだろう。蛍光灯や電球なんかも切れないものをつくる技術はあるというが、それだと駄目。パソコンなんかも保障期間を過ぎれば壊れるようにつくる程度がコストパフォーマンスもよくなる。

織機にしても織機メーカーが日本から消えたのは、耐久性がよすぎたためではないかとも思えたりする。でも、そういう何十年も使える織機を作る技術がかつての日本にはあったということはすごいこと。
2014年12月19日
すでに年の瀬を感じるのは、仕事に追われていてどうしようもない状態。一つの問題を解決するために何十分か使って、次の問題、そして次の問題。電話が鳴ると新たな案件が、でも、今日も一つ仕事の案件で自社以外の製造工程での数値的な問題でクリアできるか心配していた案件が早速に解決してもらえて、全体がどうなるか心配していた問題だけに悩みが解けた。

仕事を頼んで頼んだ先が仕事でベストを尽くしてくれる状態でないと、問題解決がこちらに回ってくる。たとえば、染のサンプルをつくってもらって注文が入って、本生産で連絡が取れなくなったところがあってそれを自分で解決したことがあって、仕事に対する責任感というものがないと、逃げてしまわれるということはよくある。サンプルはつくれても本生産が作れないものなど提案してしまうと自分自身で地獄にはまる。

ものづくりの仕事は紙一重の世界。売れないとすべてが費やしただけに終わる。生地の開発などでも問題を解決できなければ、やればやっただけ損が募ることになる。その紙一重のところが、技術のあるなしで明暗が分かれるようなところ。一つの壁をクリアするために、一から材料を投入して物を作ってテストする。見た目や風合いだけでよいのかというと、物性の問題をクリアできないと成り立たない。
2014年12月17日
テキスタイルマルシェが終わっての感想。会社の本生産の時期と重なってしまって、外部との連絡がスムーズに取れないことがあって、仕事関係の皆さんにはご迷惑おかけしました。

会期中は帰宅してもまったく時間がなく、リネン日記も更新できませんでしたが思い出して書かせていただこうと思っております。

今日も午前中は彦根、帰って、溜まってしまっていた書類関係を手がけました。
2014年12月15日
今日はテキスタイルマルシェ5日目。終わってから打ち上げが近くの居酒屋でありました。それぞれが自己紹介を兼ねて順番に感想などを述べ、わきあいあいとしたムードながらも自分たちがやっているということで思っていることを一人ひとりが述べる。本当にまともな姿勢で、可能性を感じる。

物事というのはビジネスライクになりすぎると、陳腐化してしまう。手作り感覚であるほうが逆に新鮮にみえることも多く、店頭のブランドショップと同じようなセレクトするよりも、機屋が機屋らしい売り方をするというのが、一番の強みになるだろうと思える。

楽しく飲み過ぎて、米原行きの終電に乗ったものの安心して寝て、途中、乗り過ごしたと思って飛び降りたら長岡京、次の電車で野洲まで帰ってタクシーかと失敗したと思って、次の電車に乗ってまた眠ったら終電で、野洲かと思いきや大阪に戻ってしまい。午後1時。

急遽、大阪に泊まることになってしまった。
2014年12月08日
今日はテキスタイルマルシェの準備。昨日荷物を出荷出来ず、今日大阪の物流倉庫に搬入。スムーズに対応してもらって佐川持ち込みよりも簡単かも。昔は佐川さんも馬力があったが今はいつ届くかが読めないことが多いのと締め切り時間が早すぎてそれに会わせようとすると追われ過ぎる。

なんか準備ができ帰ってからパンフレットなどの準備。テキスタイルマルシェにもお世話になって一年。物事というのは、最初は迷うことも多いが何事も経験で、結局継続できるということが成功の一番のバロメーターなんじゃ、ないだろうか。

自分が継続したくても継続できないこともあるだろうし、継続するためには、それを支えるために別に働く必要がでてくることもある。商品開発とかもかっこよい響きだけども商品を開発することよりも商品開発する環境を維持することのほうが大変だろうといえる。

自分の中で新しいアイデアがあってもそれを形にするのは別問題。自分は働いているつもりでもそれが形にして、お客様にかってもらって使ってもらって初めて仕事としてはひとつ正しく出来たといえる。フロックではだめで、継続してそれが続いて出来ないと駄目。継続していることが実力のひとつで、結局、自分に仕事する力があるのかどうかというあたりになろうかと思う。
2014年12月06日
今日は、青森の小銀刺作家角舘徳子氏が会社に新規の企画のためにお越し下さいました。横浜で展示会を開催されその脚で滋賀県に来て下さり、来春夏に向けて小銀刺の麻の基布の打ち合わせです。

手が足りなくて工場の中で、リネンの100番手をチーズアップする作業を手伝ってもらったり、織物工場の現場の雰囲気も味わってもらって、せっかくの滋賀県なので夕暮れの琵琶湖をちょこっとご覧頂きました。初雪が舞い、寒い一日だったので、青森の方でも寒い、近江湖東地域を味わっていただけました。

今日は加工出しで加工工場にも行き、リネンウールの加工出し、テキスタイルマルシェに間に合うのか?途中からでも出せればと思っております。ちょっと厚地の綾織なのでアウター向けですね。
2014年12月05日
ようやく、細番手の縦糸に糊がつき上がってきた。仕事は手一杯になって、それは林与だけのことではなく、どこもが手一杯。仕事があって仕事ができない。これは日本の構造的な問題であろう。

今日もある工場さんと電話で話をしたが、町工場というのは一つの専門的な部分しか知らないという限界を強調された。でも、最終的な生地という話になると、生地をつくるものが自分がつくりたい生地がつくれる環境にないとなると難しい。間に人がはいるといろんな制約が増えるのは今までも経験済みで、注文を下さるお客さんにしてもそうだし、逆に、弊社が仕事をしてもらう場合も同じ。値段のことが大事な方が多いと思うが、それも話できずに商売の話をするというのもナンセンスでしかない。

他人の力の下で加減しながらのものづくりが続くと、それがいつのまにか自分のものづくりのスタイルになり、ほかの人のものづくりに追い越されてしまうのは必然であろう。今、世界を見渡せば繊維の世界で日本のプロは出来ないが増えすぎてきている。とくに、新しいものをつくるとかが減って、真似して似たようなものをつくるばかりに。

産業の高度化というが高度化しすぎると、「寸借詐欺」「振込詐欺」「泥棒」とかにたどり着くだろう。自分で育てるということが大事で、生産するということもお金ではなく本質的な冨と幸せを人類にもたらすものだと思える。繊維というのは非常にまともで悪い仕事ではないと常々思うのだ。儲け主義に偏ると働かないで稼ごうとするから、そんなんを理想にしていたら末期は近くなると思う。
2014年11月30日
以前から約束を入れておいてくださった西脇のデザイナーさん、機屋さんがお越し下さいました。地場産業系の機を動かされている機屋さんというのはみなさん、苦労されていると思います。というのも、林与にしても、新しい何かをしないといけないと動いているのは、今のままでは駄目だと思っているからです。

みなさんのヒントになればと思って、社長になってから、この7年ほどにやってきたことなどの一部をお話いたしました。林与のような小さな会社がやってきたことなので、同じような規模の会社さんにとってはよいヒントになるだろうと思うのです。成功話ではないのです。経験談や失敗談のような話のほうが多いです。実際に経験してきたことなので、こうやったらうまくいくというような話ではなく、さまざまなあたらしい経験をしてみるような姿勢で仕事をしているつもりで、新しいことを実際にやってみているみたいな。

結局、人に頼って成功があるのではなく、成功しなくても、まずは自分が経験や失敗を積むということが仕事だと思うのです。実際の作業を自分で出来る人は強く、そういう作業を誰もが出来るものではないでしょう。日本の今の現場なんて昔の恵まれた時代とくらべると経験を積めるチャンスすら少ないともいえます。というのは、昔はたくさんの人がいてたくさん、いろいろなものが流れていたので、普通にしていればいろいろな経験を積めたでしょう。今は、仕事をしていても流れているものの質と量が普通にしていると非常に少なく、また、一つの仕事をするのに非常に時間が掛かります。結局、自分でやらんとなあと思うのです。

来られた皆さんの中に、一人、昨年シャトル織機を一台いれられたとかで、普通のものを織るのが難しいという経験をいわれて、まさにそうでしょう、と思います。何万メートルの布が正しく海外で織られて入ってくるのに、日本で普通のものを正しく織るのが難しいということに取り組む。そんな逆行するようなあたりが面白いなあと思う。
2014年11月27日
今日は2日目、今日は、弊社のすでにお取引のお客様が何件か来てくださったのと、そのほか、今までネットで買ってくださったお客様が何件か会いに着てくださいました。

ハーベスト展というのは、天然素材展で、出展企業の得意とするものが異なっております。シルク、ウール、麻、綿、パイル、草木染、オーガニックコットンなど。求めておられる商品にたどり着けない場合もあるかも知れないですが、求めておられる知識にたどり着かれる可能性はあろうかと思うのです。

私自身も、麻で出展をしておりますが、私の会社で完結するものではありませんし、ニーズにも対応できない部分もあるので、足りない部分は、私の知っている同業他業者さんがたぶん、お持ちですよ、とか、やってられますよ、とかご紹介させていただいたり。ハーベスト展に来られるみなさんというのは、こだわりを持たれたお客さんが多いので、弊社でなくてもよいので、そのこだわりにたどり着いていただきたい気分です。

今回、面白いなあと思ったのは、青野パイルさんの出されていた、ベースはコットンで、リネンパイルのシール加工した素材。リネンなのに毛皮みたいで、同様の綿のタイプとちょっと違う。綿のを昨年みて驚きましたが、リネンでできないかと尋ねてみたのが、今年、みることができました。さすが、青野さん、武道家。やるときはやる男。
2014年11月26日
なんとか早朝、東京に到着。一人でスーツケース2個。自分のスタイルって、変だと思うけど貫くのもいいんじゃないだろうか。スーツケース2個を持ち歩くって、不便だけどそれほどのことも無い気もする。自分でものごとをやるときには自分の感覚が大事で、自分が違ったことしたかったら比較はなし。

本田宗一郎の話で、外国のお客さんが料理屋のトイレに入れ歯を落とされたそうで、お客さんがその入れ歯をはめて食事をしたがらず、本田宗一郎が自分がはめてみて大丈夫とやって、お客さんのはずかしいを消し去って、食事もみんなで食べることができたということ。

こういうのって仕事でも大事で、出来ない人っていうのは自分の経験したことのないことはやらない。簡単な織機の調整でもそうだが、だれか専門の人がいて自分を助けてくれると思い込んでしまっている。汚れるのも仕事で、手で油をさわって手を汚してが普通にできないと普通のことが普通に思えない。

知識だけの人というのは好きじゃなく、知っていることで満足してしまう。こんなことがと思うことでも、実際にやってみると普通にできない理由があって、そういう理由に気がつくのが大事なのだ。できないものをできるようにするには、できない人をできる人にするというあたり。

できることでもやらない人って多いもので、そういうのが地場産業が食べていけない一番の原因だろうと思えたりする。こんなこと書いていると出来ない学生の口だけに聞こえてしまう。書いているよりも、目の前のことを一つ一つ形にしていくそれが大事。
2014年11月25日
今日は、午後から大阪でテキスタイルマルシェの説明会。そのため、朝のうちにドッタンバッタンと仕事をつめて、午後1時半の電車になんとか間に合った。今日の夜、出発で、明日は東京恵比寿でのハーベスト展。

休みが明けて、加工出し、検査出し、そのほか、外との調整ごとがたくさんある。不景気であるといいながらも、仕事なんて本当にたくさんあるもので、仕事を選んでいるから仕事がないのだろうと思うところがある。仕事を選ぶというのは、何をつくるかということではなく、会社の中でものをつくる会社がものをつくる一つの作業が自分の仕事だと思っていると、ほかの人が片手間にその仕事取っちゃって仕事がなくなる。

いろんな作業をこなしてこそ、人の能力が生きる先進国でのものづくりなのであって、装置産業的なラインでの生産は製造コストの安い新興国へのシフトが進む。特に繊維産業はその顕著たるもの。

よいモノづくりをしている優良な企業が、優良な環境を得た瞬間にものづくりが中から崩れ始めるということも、日本のものづくりの衰退の原因だろうと思う。自分が食べていけるだけの仕事をこなせるのかどうかというところがまずスタートラインという当たり前の前提すらもがないことが正しいことなのかどうか。

昔、墨染めで有名だった会社が潰れたのも、墨染めブームで沸いた、その2年ほどあと。つくれば売れるみたいな状況を経験した企業というものは、つくっても売れない時代を乗り越えるには、中からの改革が必要。

また、売れないものにしても、それを扱う人次第で売れるということも多い。それがものづくりが物に終わらないところなのだ。買う人は売る人の人格も商品の価値に含めて買うからだろう。ものづくりのアイデアはいくらでもあっても、それを実行してくれる人を捜しているケースが多い。自分自身が実行する立場に近づいていかないと流れるだけになり駄目だろうなあと思う。
2014年11月24日
輸出に際して問題になるのが相手の対応。大手のイタリアメーカーから依頼があったときもサンプルが何度も届かない問題があったが、相手が対応しないとその国ではものが動かないのだ。中国なども同じだったりする。

日本の場合には、繊維製品に関してはほとんど無条件で物が届くように取り計らわれるが、イタリアや中国の場合には、相手がいくら大きくても、相手が通関に協力しないことにはものが入らないことが多い。送る方法が違えば届かないということもある。

こういうのが見えない関税障壁であったりもするもの。以前、中国に着分として送った生地などもEMSだと届かず、FEDEXだと大丈夫ということ。年商、何十億円の企業がやっても駄目なので、より小さなアイテム向けには不着の確立は高くなる。ましてや、日本から輸入したことのない相手だとリスクは高いものだ。

受け取る側の能力が要求されるというあたり、税金を払わないといけないとかの問題もあるので、イタリア企業がよく要求する税金込みの値段を出してほしいとかとなると、こちらが納税の作業リスクを背負うことになる。相手国にそういう処理をできる事務所がないと駄目なのだ。中国の場合は貿易権を持っているかいないかで、本生産の受け取りができるかできないかが決まってくるので、大手アパレルでも貿易権がない場合には、業者を間に挟んで処理をする。

海外に生地をうるのは、つくればそれで売れるという簡単な問題ではないと感じる。まず、相手からの代金回収が可能かどうか、作る前に支払ってもらえるのか、送る前に支払ってもらえるのか、送った後に支払ってもらえるのか。また、だれが本当に相手の責任者なのかと言う問題もある。特に、現地の商社が間に入る場合に、商社にしても話を進めたがるが、実際にクライアントからお金が入らないとお金を払わないものだ。ここがややこしい。

話をしている相手がお金を払う人でない場合に、ものや企画が先に動く形で、話を進めようとする。海外と取引をするときには、生産前に全額を払えるところでないと、途中で背生産量の変更やキャンセルということも十分にありえる。契約書なんてあろうが、そういう相手というのは払う用意のないものは払わないと聞く。

量を想定して低めに値段だけ決めて、戻れない状態で最後の最後に生産量を減らすとか常習犯な業者も多いので注意。国内でも引き取らないのは繊維の業界では大手の商社系がよくやる手法だったりして、商社自身に信用がないというのは商社としての存在意味すらもなくしてしまう。
2014年11月22日
今日は、縦繋ぎやったり整経のための糸を割ったりもろもろの作業、昨日壊れた織機も元気に動いて晴れ晴れした気分。海外からのオーダーのストールも順調に織りを進めることができ、その横ではキッチンクロスのライトブルーが染まりあがって整経も済んで、縦繋ぎ。

入り口の台とその向かいの台では、それぞれ別のオーガニックの生地。これからの急ぎが、リネンの100番手素材。納期が迫ってきて、整経の段階で糊付けの終わった糸をなるべく使い切ろうという計画で、糸の割りなおしを行う。ジャガードの注文も年内を目標。

そのほか、本麻の注文も急ぎで横糸が染まるのを待つ。あと、ストールも本生産が3マーク分、10数本繋いで織っての話。見本も二つ予定、これも量産に進む方向で、糸の確保などを固める。プリントの案件と後染め用の案件もいただいていて、P下の生地を生産始めないとならない。

本生産の時期そのもので1月中くらいまでの織る仕事が埋まり始め、一番のネックは、糸の染めの問題ながらも、予期していたわけではないものの、先染のウェイトをかなり落としているので、なんとか凌げそう。でも、今日もFAXで先染の追加のお話。これも染糸を調べてみると染めないとならない話。

仕事というのは納期が求められるが、実際に注文が入っていない状態で納期の算定をすることが非常に難しいものだ。卵と鶏鳥の話に似ていて、注文するなら生産の計画に入れるので納期が見えるけども、注文の入っていない状態で納期を約束すると実際に注文が入ってきたときにオーバーブッキングしてしまうことになりかねない。

仕事を受けるために、糸の確保、染めの納期、加工の納期が、織物を織る以外に納期を出すのに必要で、「納期いつ?」と聞かれるだけで、いったいどれだけの注文が入るのか入らないのか判らないままに、各方面に問い合わせる。納期を聞かれても実際に注文が入るのが遅くなると、納期の計算もまったく違ってくる。年末年始の2週間はものが動かない2週間と考えたほうがよい。
2014年11月21日
シャトル織機のドビーのロッドが消耗して壊れた。一日にというか、1m織るのにも何千回も何十キロの力が掛かった状態で前後して、鋳物と鋳物が擦れ合う。油が少し切れた感じで動いていたがために、そこが消耗して壊れた。

先端が虫眼鏡のようになったロッドバーは、織機特有の部品なのでどこかで簡単に手に入るというわけではない。仕方なく、使っていない織機から部品を外して交換することに。交換は1時間ほどで完了したけども、シャトル織機が長持ちしないのもこういうのが大きな原因だろう。

ドビーのフィルムカードなどを作るときにもなぜ、2本がワンセットになっているのかなどの不思議もこういうところに答えがあったりするのだろう。ペックやドビーのカードを動かさなくても平の織物が織れるように、2本でワンセットになっているのだと思う。

織機の部品の交換をすると、手が油で真っ黒になる。そういうのを嫌がっていては、1cmもまともなものは織れないのがこの仕事。汚れる仕事を嫌がるくらいだと、試行錯誤して問題を解決するという次のステップにはたどり着きにくい。

私自身は、50年以上前の織機が当たり前に現役で動くというのに感銘を受ける。織機というのは、古い織機でもすでに出来上がったものがあるのだから、幸せである。昔の人は一から織物を作ったものだ。
2014年11月20日
いろんな意味で、昔、百万円したものが今は無料みたいなことはあるもので、その一例が、マイクロソフトが販売するVISUAL STUDIOという開発環境。今は、小規模の企業なら、正規のものを無料でダウンロードできて開発に使える。

昔、WINDOWS2000の頃につくった、織物シュミレーションプログラムをXP用に書き直そうと思いつつ、それがまた現実に向かいそう。今時、一からソフトウェアをつくろうなんてケースは稀になりつつあるけども、自分が、織物を作るときにこんなソフトがほしいと思うものを自分でつくれたら一番便利だ。

もともと、WINDOWS用の出る前に、コマンドラインでプログラムを走らせるタイプのコンピュータでシュミレーションソフトを作ったのが始まりで、一つのシュミレーションが出来上がるまでに、10分ほど待たされたり。それでも自分が自分で使いたいソフトをつくってミルというのは夢があったと思う。

こういうのって織物を自分でつくるのと似ていて、プログラマーも織物を作る作業も同じだと思ったりしたものだ。
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