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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2014年09月04日
今日は、経理のものが会計ソフトを起動しようとして起動できないという状態で、朝8時くらいから10時半まで格闘。電話でユーザー登録してサポートと話しても、駄目な様子で、すべて消えてしまいますが再インストールしかないといわれて、自分で解決法を探すモードに。

エラーの詳細ボタンを押して詳細を確認して、ポップアップを閉じたとたん一気に起動した。入力したデータも残っている。再インストールでこの9ヶ月の入力をすべて失うのとは天と地の差である。ソフトメーカーのサポートも対応できない類のバグというのは存在するのは当たり前だと思う。ソフトメーカーですらも、OSの仕様自体にバグがたくさん有ったりするもので、それを解決しようとし始めると今後のアップデートなどでややこしくなるのだろう。

話は変わるが、若い頃は織物の仕事よりもコンピュータの仕事を別腹として考えていた。コンピュータを使えることが織物の仕事には役に立っている。昔は読み書きそろばんといったけども、今は、デスクワークでは仕事でコンピュータを使えることが最低条件であろう。が、私は、コンピュータグラフィックスとういものに芸術性は感じない、というのは組み合わせでしかないように思える。

デザインは最終的には色柄ではなく、哲学なのだろうと思うことが多い。テイストじゃなく、哲学をもったデザイナーの方と会うと本物のデザイナーに会えたと思う。結局、服にしてもデザイナーの生き方の一部を表現し、布にしても機屋の生き方の一部を表現しているのだと思う。物の中につくり手を見ることができる。
2014年09月03日
今日は午後に大阪からインテキ上海に絡んだ取材の方が来てくださり、近況などをご報告。インテキ上海は、林与の場合、中国以外のバイヤーさんが半分くらいで、中国のブランドやお店のバイヤーさんが半分くらいのイメージ。

最初、インテキ上海に出たときには、「麻」を売ろうとしていることが珍しいという人が多かったのを覚えている。中国では「麻」というのは、綿よりも安いイメージが昔からあるようで、日本の企業が「麻」を高級素材として打ち出しているのを不思議に思われる方が多かった。それでも、5年もすれば、「麻」や「リネン」というものの認識は変わり、高級素材として、中国の現地の方が競って求められる注目素材となっている。

昔は、中国の百貨店を見ても、ナチュラルなテイストのブランドというのはほとんど見かけなかったが、今は、台湾がそうであるように、中国にも日本のファッションというものが浸透し始めていて、ナチュラル素材がやはり合成繊維よりも高いということもあって、ナチュラル素材を高級なブランドが使用する傾向にある。

海外という場では言葉が通じにくいこともあろうが、素材というものが共通の言語となってコミュニケーションが取れることも多い。値段が高くても買ってくださる方や毎日来て下さるお客様がいてくださったり、それも一つの楽しみだったりする。4日の展示会というのは長すぎ、2日目なのか3日目なのかいつもわからなくなる。世界的な麻ブームの流れの中で、麻についていろいろと私と話をしたい方が話に、聞きたい方が聞きにきてくださるとう感じで良いと思う。インテキ上海は10月後半。

今日は夕方、加工工場にラミーの超細番手の織物の上がりを見に行く、なるべく綺麗な仕上がりにしたいと思っているが、まだ試行錯誤の状態。見本というのは2つ、3つに分けて加工したい気持ちもあるが、すべてを試すことはできず、ベストと思われるような加工方法を採用する。

夜には、糸を巻くおじいさんのところに糸を取りに行く、黒を先に巻いてと頼んでおいたが、紺から先に巻き上がっている。年配の職人さんというのは一般的にほかの人の指図どおりに動けることは稀なのだが、このおじいさんに仕事をしてもらうときにはいつも正しかったので今回は例外で、なにか順番が逆になった理由があろうと思える。
2014年09月02日
今日は、午前中に竜王の佐川で営業所止めの反物を受け取り京都に納品。納品のあと加工の件でプリント工場へ相談に伺う。帰りの高速道路でも、本質的な解決方法があるのかを考える。

会社に戻って、途中になっている整経などを行う。これも会社では私にしかできないタイプの整経で、ほかのものに説明して正しくやってもらえる確立が低いので私が担当。

来春向けの注文が入ったのでその計画なども考える。ナチュラルな仕上げのタイプなので、通常の加工以上に時間と手間が掛かり、私もミラノウニカで不在にすることもあって納期が間に合うのかちょっと心配。

9月の阪急うめだ本店でのテキスタイルマルシェの詳細が届き、9月17日から23日に行われるということ。頭の中では15日からと思っていたので、帰った翌日が準備になると思っていただけに、1日でも余裕ができて助かった気分。
2014年09月01日
今日は、午前中お客様、午後から来春物の件でお客様。夕方には地場のお店の関連。糸が染まりあがってそれを糸を巻くおじいさんのところへ。糸を持っていって、おばあさんと久しぶりにお会いした。カセ染めの糸をチーズに巻き上げるチーズ屋という商売だけでは難しいので、牛乳や保険、運送のいろいろな代理店などをおばあさんは若いときから動いておられた。

いつも電話すると聞こえてくるのが、「林与の社長さんやで、にいちゃんやない」でと、おっちゃんに電話を代わられるときに言っておられるのが聞こえてきて、おっちゃんも大変やなあと思いながらも、おばちゃんが私を盛り上げようとしてくださっているのが伝わってくる。

今日も、午後のお客さんがいっておられたのが浜松でも織るところが少なくなってきたということ、また、別件でウールが織れないかと電話いただいて、近い方からのお話なので織れない事はないのだが、林与の織機は幅が狭いので規格が合わなかったのだが、一宮でも織るところが少なくなってきたという話。どこの産地も機業においては、戦後のひと世代が終わろうとしていて次の世代がないといえる。

織物というのも同じものを織るなら技術的にはそれほどは難しくない仕事なのだが、小ロット多品種的なものづくりとなると話はまったく別で、あえて難しいものをつくろうとするのだから技術も必要となる。今日はほかにもプリント案件の仕上に関して、加工工場やプリント工場と相談。単に織るというところだけでなく、理想とする最終形に近づけるために何がどこまでできるのかという辺りは、糸から始まって最終の生地まで考えないとならないことは多い。
2014年08月31日
麻織物というのは味のあるモノづくりができるジャンルだと思う。手と機械的な道具で作り上げる伝統工芸品と、工業製品の違いは、同じもののコピーをつくるのか作らないのかという辺りにあろうといえる。作品をつくるのか製品をつくるのかというところ。

伝統工芸の世界では定規を使うよりも目や手が道具となり、微妙に違うことの面白さがある。直線が直線ではないところが伝統工芸の良さなんだろうと思う反面、それでいて高度化しようとすると人間の感覚や忍耐の限界に達する。

工業製品は無機質なもので実用性が重視されるのだろうが、伝統工芸品の場合には豪華さや美しさ、あるいは奥ゆかしさが感じられないとならないと思うが、それが職人から出てくるようなものであるのが理想であろう。職人が工業的にしかものを作れないと、どこでも作れるようなものに終わってしまうことも多く難しいものだったりもする。
2014年08月28日
今日はインテキ上海のトレンドコーナー向けの提出素材をパリのネリーロディエージェンシーにフェデックスで出荷。インテキ上海のトレンドコーナー向けというのは始めて。インテキ上海も上海での展示会ではあるが、フランスのファッションの影響がやはり強いなあと思える。

日本もかつては洋装化したときに、高級なゾーンでは、フランス、イタリア、イギリスの文化を取り入れ、カジュアルなところはアメリカからジーンズ、Tシャツ文化を取り入れた。でも、日本の場合には早くからブランドを立ち上げたので、生地に関しても独自のファッションセンスが大事にされてきたと思える。

それはセンスだけにとどまらず、器用さや根という部分がかつてのモノづくりには流れていたと思う。トレンドという大きなファッションの流れの中で、それについていくというのも一つの強い形ではあるけれども、一方でトレンドに流されないというのも一つの強い形だったりして、自分のよいと思えるスタイルを形を変えずに貫いてみたいなのの典型は、シーアイランドコットンやハリスツイードなど。イギリスは変わらないいいものに評価が高いなあと思える。

そういうのって原料や生地の世界に力があるということなのだろうが、量が限られているものを限られたままに守る気骨さがないと駄目で、安くたくさん作って儲けようとする人が中にいたりするといっぺんに崩れてしまうような価値観なのだろうと思える。

ウールも細くて柔らかいことが良質であることの証みたいな価値観がある中で、硬いウールがもてはやされるというのも面白いと思いませんか。ハリスツイードを作っている人たちが柔らかいハリスツイードを売り始めたら、相当に売れるでしょうけど、ハリスツイードが守ってきたものが崩れ始める瞬間だったりするものです。売れるものを追うことがよいとは限らないのです。林与も着物の生地はしっかりと織って硬く仕上げ、アパレル生地は柔らかくと使い分けを行っています。

デニムなんかでも重くて硬いことが良いとされながら、正反対の軽くてやわらかいことがもてはやされ、ストレッチが主流の時代。正統派?は、レアとなり自己主張の強いファッションとして生き残る。フェラーリが個性的なコンセプトと形と性能だけでなく、色がフェラーリ=赤なのも面白い。ファッションにおいても、流行を身に付ける形と個性を貫く形があろうかと思います。仕事の打ち合わせなどで、デザイナーの方とお会いすることも多いですが、さすがにデザイナーの方たちはそのブランドを代表するようなイメージの方ばかりです。
2014年08月27日
今年は、トンボをよく見かける。秋になったということだけでなく、地球環境が少し昔に戻り始めているのか。でも、とんぼが赤とんぼじゃないのは、違和感。昔とは違う種類のトンボなのだ。赤とんぼと大きさは似ているが茶色のトンボ。赤とんぼは一つも見かけない。

赤とんぼの赤も日本の色彩の一つなのだ。赤にもいろいろあるけれども、赤とんぼの赤が赤なのだ。もみじの赤が赤なのだ。実はああいう深い赤の色は麻を染めるのは案外難しい。糸の中までしっかりと染まっていないと、中が白いと浅い赤の色に見えてしまう。

今のリネンの糸というのは強くなってどこでも織れる様になったのだが、濃色ではよくわかるのだが中まで染まり切らないという現象が見られる。これは染めの問題だけではなく、糸の硬さの問題が影響していると思う。撚糸にしても昔はリネンも撚糸すると落ち感が出てソフトになったものだが、今は撚糸するとコリコリでザラザラになってしまう。

一方で、昨日は、今までとはちょっと違った風合いのものにたどり着き、秋冬に向けたリネンとして提案ができる気がするのだ。もう少し原因を分析などしないと、何が違うのか完全には判らないのだが、自分がよいなあと思える風合いのものに出会えて嬉しい。

風合いなんかでも、昨日は雨が降っていたからソフトに感じたというだけのことだったりということもある。糸の中の水分量が飽和状態までに増しているとソフトで柔らかい感じになる。乾燥してしまうと同じ布でもぱさぱさで硬く感じるものだ。
2014年08月26日
昨日は、整経作業、糸を割ったり。整経も準備作業のほうが時間がかかることが多い。糸をチーズワインダーという機械にカウンタをセットして必要なだけ小割する。これが結構時間の掛かる作業で、他の仕事をしながら糸を割る。

今日は工場の織機は、もうすぐ、本麻のチェックが終わる。この本麻のチェック、以前すごく人気で、ネットで販売したところ2週間ほどで在庫の1反がキズモノなのに売り切れて、再販のリクエストも多かった。4年ぶりくらいでしょうか、ようやく、再生産です。プラス2配色つくりました。縦にはコンニャク糊加工糸を使い、本麻の手もみシリーズの経黒と共通の規格です。

人気の有った一つの配色以外の2つの配色は、林与が倉庫の糸の中から糸を選んでミックスして作りました。一つの柄に8色使い。こういう多色使いの本麻は、国内の生地屋さんでもほとんど販売されていませんので、お洋服にして召していただくと高級感もあって、見栄えすると思います。9月の阪急うめだ本店でのテキスタイルマルシェにも持って行く予定で作りました。

林与が麻の世界で、一番くらいに特色をもっているのもこの本麻の先染です。こういうガチがのもというのは、正絹やカシミヤと並ぶほど費用が掛かってしまうので、大量に流れるというものでもなく、林与の本業のほうでも最近はたまにしか作る機会がありません。

昨日は加工工場から連絡があって、先日加工工場に織って納品した生地の幅に関して問い合わせがあり、もしや、規格幅を計算ミスしたかとあせりましたが記入ミスというだけで、ほっとした一幕もありました。一つの仕事というのは内部の準備作業だけでも普通は1週間以上掛けて行っているので、単純なミスでも、一週間のやり直しの仕事になるのです。

始めてつくる生地などは最終の幅などが決まっている場合に、縮率なども想定計算しますが、どうしても最初は出来上がってみるまで何センチに仕上がるのかというのは想定で進むことになります。仕上げ幅というのは、引っ張ればあわせることが出来るのですが、引っ張り出すことに頼ると縮率が悪くなるもので、普通に仕上げて希望の幅になったという通し幅がベストなのです。実は、これが買った生地を水通しするかしないかのポイントになるのです。
2014年08月25日
ミラノウニカ展ですが、9月9、10、11日で、あと2週間に迫ってきました。飛行機のチケットもホテルも、いつも以上に早めに取ることができ、また、今回は現地通訳まで用意できたので、イタリアの現地の人とも話が通じそう。(イタリアのデザイン系の方というのは、あまり英語を話さない方が多いという印象がある。デザインの世界ではイタリア語が強いからだろう。)

思い返せば2年前、テックスワールドでも脚が腫れて大変だったけど、よい経験になった。自分ひとりで行って、ヨーロッパの人が興味を持ってくれるだろうかと心配もあったが、生地に対する評価はよい感じだったので自信になった。

今回は、JAPAN OBSERVATORY という日本パビリオンでの展示形式で、単独での出展より、より多くのお客さんの流れがあると思う。多くの方に生地を見てもらえることが楽しみで、生地だけでなく、ヨーロッパの人と日本のことなどいろんな話をしたいと考える。

リネンの細番手に、近江上布の柄をプリントで載せてストールやワンピース生地として提案することで、得意とするリネン素材の通年提案というだけでなく、日本人の感性や日本の伝統工芸の世界観を伝えたい。近江上布のアーカイブも持ち込む予定で、日本の織物の世界を強くPRしたいと思う。出展企業のなかでも一番か二番目くらいに日本らしさを含む布なんじゃあないかと思うので、ジャパンパビリオンのジャパンらしさにも貢献できればと思う。
2014年08月24日
コンビニが3軒ある道路にさらに一軒新しいコンビニが出来た。田舎なのにコンビニだけがまだ増える勢い。もとは、宴会料理屋が何十年かやっていた。持ち込み可能な料理屋さんだったが、宴会なんかが田舎でも少なくなった影響と田舎はやはり車が必要なので飲酒運転の取締りが厳しくなったこともあろう。

タバコやアルコールを買うときに年齢確認が厳しくなったことも、一般の自動販売機を置いていたタバコ屋さんや酒店を締め付けたことになる。法制度もコンビニの進出を加速させた。微妙な法律の運用の匙加減でお店そのものが廃業になった、代々やってきたタバコ屋さんやお酒やさんに止めを刺した形だ。

地元の格安に販売していたお酒屋さんの量販店ですら、廃業になった。経営を切り詰めての地元の格安販売店の価格が、大規模なチェーンスーパーの通常価格に敵わないのだ。夜間の売り上げに貢献していた酒類の自販機の撤去もコンビニにお客を取られてしまう要因になった。

商店街の家族経営のお店がつぶれることは商売云々以上に、自立してつつましく生活を立てていた人が、仕事をあきらめ自立できない立場に回ってしまう。一番強いものしか生き残れない競争社会的な社会構造の社会の負担というものは大きいものだ。その一番強いものというのが、もはや日本企業ではなく海外企業だったりで、国策というものが産業に止めを刺すみたいなこともよくある。

日本のように何をやろうとしても許認可の国で、なにをやっても成り立ち難いシステムができあがっている。自由競争の中では大きなハンディキャップなのだが、日本の国内においても、日本企業には厳しい規制がかかるが、外国企業は放置ということも、政治力の差が出てしまって、日本の政治の内弁慶ぶりなんとかならないのかと思える。
2014年08月23日
今日もきつい雨が降る。今年の夏は週末は豪雨に襲われることが多い。東近江地区は今日が地蔵盆のようだ。郵便局に出荷に行く途中、地蔵盆らしい様子を見かける。夕方前に豪雨で、夜は雨が止んだ。今日は、とんぼが飛んでいるのが目に付いた。大型の水鳥が群れをなして愛知川の上を川下に向かって飛んでゆく、移動の時期なのだろうか。もう、すでに稲刈が始まっているのを見かけた。

かなり体調も回復して、夕方から糸を繋いだ。風邪薬を久しぶりに数日飲んだ。どこかの持続性カプセルだが、ピリン系で眠気を誘うが、縦糸つなぎなどはほんと単純な作業、すっきりとしない頭でも手が自然に動けば、何時間すれば仕事としてはそれなりに出来ていることになる。

織物の仕事なんて本来は誰にでもできる仕事だと思うが、頭で考え始めるとできなくなるのだろう。なんで私がこんな作業をしないといけないのかとか、あまり考えないで仕事するタイプのほうが仕事が進みやすい。
2014年08月22日
今日は午前中はお客様、午後からはプリントの件での電話での打ち合わせなど。ここ数日に関しては夏風邪気味であまり体調がよくないが、いろいろな案件が動いているので、織機も立ち上げ、調子が悪いと見る必要がある。織物というのは織るのが仕事かというと、実際に織るという仕事は手織りではないので切れた糸を繋ぎなおすという作業だけのこと。非常に初歩的な繰り返し。代わりに、問題なく織れる様に織機を調整するというところが織物でも大事な部分になってくる。

他にも糸の管理なども重要な部分で、糸を準備したり糸を管理したり、そういうのが正しく出来ないと、糸があるのに見つからなかったり、目の前にある糸がなんの糸だか判らなくなったり、ロットの違う糸を混ぜてしまったり、織物をするのには相当記憶力が必要で、自分のやった仕事を思い出せる人でないと頼りにならず織物の仕事は難しいなあと思える。

愛荘町の広報が届いて目を通すとまちじゅうミュージアムという構想がある。シャッター通りの商店街に活気、すなわち人を呼び戻そうとする試み。一旦、廃れてしまったものを元に戻すことは難しい、麻織物というのも消えて行く流れの中にあるのでそう思う。小さな200軒ほどの集落で、昔から麻織物を織っていても、集落の人でも同級生でもなければ、私が何の仕事をしているか知らない人も多いが、それは当たり前のことだろうと思える。ひっそりとでも地道に続けている、それが、現実的な仕事を続けて行くという意味だと思う。田舎で地味な仕事しながらも、世界中に自分の布の世界をPRするみたいな華があってもいいんじゃあないかと。

近くのお菓子屋さんの息子さんにしても、たまにクロネコで合うけど、百貨店向けに商品を卸して仕事を確保するなど、行き詰った境遇を自分で切り開いて行っているのは自分だけじゃなく、私よりも若い子がそういうのこなしているのみて、自分もがんばらんとなあと思う。恐れるべき相手は年配の人たちではなく若い人たちであろうと思うと同時に、そういう次の人たちに担ってもらうよう力を注いでいかないと産業の衰退や過疎化は進むだろう。

仕事なんかでもやっていることを否定するのではなく、自分の思うようにとことんまで一つ一つ実際にやってみろみたいなところが大事で、昔のしきたりやしがらみにとらわれたりしてたら、残せるものも残らない。私自身にしても、先代までは糸商からの糸の仕入れ、販売は問屋さんという、昔ながらの形だったが、今までのルートも残しながら、自分自身で糸を紡績工場から仕入れて自分で個人の方、お店やアパレルさんに販売して行くという形に変えて、おかげさまで目の前のしないとならない仕事は一杯という状況。

織物を織るだけに終わらずに製品まで手がけるのも大事なことで、最終製品をつくるときの工程やイメージなどもっていないとものづくり、断片的な加工業に終わり、何が問題なのか、どういうものが必要なのかもわからないことも多い。やることが一杯であふれていると自分自身のなかで過疎化とか産業の衰退なんてのも重要じゃあなくなってくる。何事でも、動こうとしない人を動かそうとするのは邪魔するような力が働くことが多い、自分が動いて自分の世界を作り上げるのが大事だろう。
2014年08月21日
今日は、ある方から電話をいただいてタイミングというものは非常に大事だなあということを実感。3ヶ月前に糸が手に入るということでお客様と進めて、その数週間後に実際の話をしようとすると糸がないということで流れて、糸の入手の見通しがつかない状況では仕事を計画することは難しい。今回も糸があると思って話を進める間にまた本生産用の糸がないということもこの前の流れからするとありうる。私自身9月がすでに仕事がほぼ埋まり始めている状況で、ミラノウニカ出発前に終えておかないとならない大事な案件が二つある。

卵が先か鶏が先かの議論と似ていて、発注が先か準備が先かという問題。準備しても途中変更はありうるし、発注をまって準備だと準備にも,原料発注や外注発注が伴うので同じように在庫があるなし納期、生産スケジュールの問題が絡んできて発注通りにできないことも多い。

最近あった話が、いつまでにどれだけ注文を入れますかと注文の催促があって、準備次第では投入がずれ込む可能性があるので確約することはしたくなかったが、相手の事情を飲んで投入量と時期を約束した。そして実際に準備できて投入しようとすると、一杯で到底無理でできませんという話なのだが、そういう失敗は仕事ならあったとしても出来る限りの努力をするものだが、へっちゃらなタイプというのが一番困る。
2014年08月20日
仕事の現場で、教える人の努力よりも教わる人の努力が大事なのだろうと思う。見様見真似というのは本能の一つだろう。これが案外大事で、仕事のできる人というのはとにかく知らなくても同じような動きをすることで仕事をこなす。

仕事を二人に教えて、一人は出来て、もう一人が出来なかったときに、別に何も厳しくいっているわけでもなかったのに、泣けて泣けて仕方なかった人がいたが、自分自身何事もうまくこなして来た人が自分が出来ないという恥ずかしさを大人になって始めて経験したからだろう。最初はこんなことで自然に泣けてしまって弱い子だなあと思ったけども、仕事ができないことをそれほどまでに恥に思えるほど、その子は正しくそれまで仕事してきたのだということ。昼休みにしたが、昼休みを自分で返上して追いついた。仕事が出来る人は、出来ない仕事を出来るようになる力を持っているものだ。

日本の繊維業界のピンチは、現場で働く人の少なさ。また、実際に仕事が出来る人の少なさで、仕事を準備してもらわないと自分の仕事も何をしてよいのかわからないというレベルでは正しく仕事をできることも少なくなる。
2014年08月19日
ものづくりのことを考えたりしている中で、それは荒れ狂う世界情勢の中で幸せなことだなあと思えるが、結局はそういうことを大事に育んでいけることが大事で、平和な世の中においてもそういうのどうでもよく損得だけみたいな基準で戦いあうみたいなことなると、平和な繊維の世界というのも荒れ狂う世界情勢とかわらんのだろうと思える。

大の大人が繊維のような世界で必死になっているのは、馬鹿げていることなのだろうと思うかもしれないが、もう80歳ほどになられる染工場を廃業された方と電話でお話していたときに染に命を掛けていたといわれるのを聞いてそこまでの気持ちで仕事をしてもらえていたことにありがたい気持ちになる。

荒れ狂う世界情勢もモラルの戦いではなく、裏では利害関係の対立が見え隠れし、安全なところにいてテロを煽ることで莫大な金を得るために、たくさんの命が踏み潰されているのを感じる。イラク戦争でも数兆円の利益を上げる企業が存在するが、やはり戦争というのはテロそのもので、人を恐怖心に追いやり、死に追い詰めることで、国を成り立たせる国家規模のビジネスなのだろうと思う。

育める人が少ない国というのは、育める人が多い国に追い越されがちで、法律や制度を作り上げてその力関係が逆転しないように正当化するが、働かない国というのは自分の立場を守るために戦争というハチャメチャな力に頼らざるおえなくなるものだ。先進国がしっかりと働いて育めるような力をもっていれば、途上国との力関係の逆転現象は起こらず、戦争も減るだろうと思う。
2014年08月18日
今日は盆休み明けのところが多いだろう。今年の夏の行事というのは雨で多くが流れたところも多いと思う。昔は天気次第で順延ということが多く行われてきたが、今は、伸ばすことを嫌って雨の中でも実行したりすることが多い。これも人の行事に対する気持ちの重さの移り変わりがあろうといえる。

このお盆中、シャトル織機でリネンを織り続けた。付きっ切りで織って1時間およそ2mほど。でも、シャトル織機で織っただけにふっくらとしたパンのような生機に思える。縦糸も10%くらいは余分に織り込まれる感じ、レピアだと通常5%くらいの織縮みだろうか。同じ企画で5%の違いというのは案外大きいものだ。横もゆったりとした糸が斜辺的に打ち込まれるので3%くらいは多く使われると思う。シャトル織の目に見えない贅沢。

こういう織物が作られ続けてもよいと思うが、一番の要素は人という要素だろう。私もお盆なしに夜寝ないで織ったのでなんとかなった話である。普通だと3倍くらいは時間が掛かってしまい、なかなか成り立つ話ではないのだ。今は昔とは違う、昔はみんなが無理し合ってピンチを乗り越えることができて、そこに仕事が生まれたが、仕事が生まれてしまうこと自体がマイナス要素に言う人が多い。

そういう人にはこういうふっくら感というのはまったく意味のないことだろうが、私自身、普通とは違った目で仕事を見ることができるので続いているのだろうといえる。仕事自体はそれほど難しくないが、人の問題こそが大変というのがどこでも聞かれる話。
2014年08月17日
日本は、普通のビールがぜいたく品になってしまった国で、これは国策の失敗の一例なんじゃあないかと思う。結局、安いものにどんどんと代替されて、日本のビール売り場に溢れているもののほとんどが二流品。途上国でも、ビールくらい本物が普通に手軽に飲めるのではないだろうか。

それとは全然別の話だが、林与もビール、本物も偽物も含めて普段飲むの止めようかと思う。水、お茶、とかで十分いいんじゃあないかと、思い始めた。特別の時には、飲むのはオッケーとしておいて。家にも無料の地下水があってそれを体が楽しめないというのは、体が病んでいる気もしないでもない。水もそのまま飲むとおいしくないが、ビールも同じで、冷やせばおいしいのだ。

年をとってゆくときに自分で存在を消していくことって大事だなあと思うのは、お寺の90歳を超えた大和尚が朝4時に散歩されていたのをみて、りっぱな生き方をされているなあと思えた。それが次の世代の活躍の場を生み出すことになる。

私がビールを普段飲まなくなったとしても、ビールくらい気軽に飲める国であってほしいなあとは思う。ビールを飲まないなんて宣言、ビールを普段飲まない人からすると馬鹿げている程度の内容だろう。子供からみても。
2014年08月16日
今日は雨の一日、午後に落雷を伴う強烈な雨。でも、今日は地蔵盆が行われるようで車でお地蔵さんの前を通るとみんなが準備している。旧の豊国村地区というのは東円堂にしろ豊満にしても地蔵盆の行事が全国的でも力も掛からずに地元行事として本格的に行われ続けている地域だと思う。

お地蔵さんというのは基本、お寺の管轄?なのだが、なにもお寺が口を出すわけもなく、集落の行事としてというよりも、それぞれの地蔵さんごとに独自に運営がなされて行われている自然行事に近い。

開催されるのが16日というのは、昔からすると1週間早い、昔は23日辺りの土曜日に行われていた。お盆の帰省の人たちもまだ残っているので、よりにぎやかに開催できるということで盆と絡めての行事に最近動いてきたのだろう。親が手伝わないといけない部分もあって、盆と一緒のほうが親が手伝いやすいということもあるのだろう。物事というのは取り決めよりも、自分たちが決めて臨機応変に続けていく形が一番長続きする。

織物の仕事は考えてみると毎日が地蔵盆のような感じ、あれこれ準備して布というものを作り上げて、続けるも辞めるも自分次第だが手織りの時代から形を変えながらずーっと続いているのだ。子供の遊びに思える地蔵盆のほうが力強く引き継がれているのを思うと、仕事というのは本質的に損得勘定が先に立つから目先に終始して続かないんだろうなあと思える。

夜は大雨になり、今日の地蔵盆開催されるも、楽しみにしていた子供たち、参ってもらえるお客さんも少なく可哀想。でも、すべてがいつもうまくいくことばかりじゃないというのも当前に受け止められることも大事。そういうの子供のうちから身につけておかないとあとから備わることは少ない。
2014年08月15日
新しい経糸を繋いで織ろうとするが、それまで問題がなかった織機に、横糸が切れていないのに横糸切れの信号が10cmほど織ると起きる。急ぎの仕事なのだが、どうして?この問題を直すのに、センサーやテンサーの調整、捨て耳の具合。問題がないと思うのに10数箇所の微調整。正しく動いていた織機に調整を掛けるのだから、逆にバランスが崩れてしまう可能性がある。

3時間ほど調整を加えて、横糸の別の番号のピッカーが出ていることがついに判明。2本2本のドビーのフィルムカードにテープを張って横無地のカードに作り変えていたものが、テープを継ぎ足してやったものだから、そのテープの隙間に針が落ちて、その下に穴があって、別の糸のピッカーが出て糸切れ信号が出たというお粗末な原因、簡単な仕事なので口頭で説明して準備してもらった。

作業は慎重にしないとほかに影響を及ぼす。こういう張り合わせ的な仕事で満足している人というのは、見本のときも手を抜いて作って、本生産のときに正しくものが作れないというケースが多い。私自身思うのは、織るという仕事は修理から調節、そして正しく織ってまでできて、初めて一人前なのだろう。

繊維のように工程が多い流れの中で、一つの区分された作業が上手だからというのは、本当に無意味に等しいのだが、そういうところに評価は行きがちで、何人もの人間が手を掛けて、一つ作り上げても、それで食べていけるのだろうかという問題に繋がりやすい。
2014年08月14日
今日は仕事の合間に、近くのショッピングモールの休憩場所で、同級生に出会った。お盆で兄弟の皆さんも一緒で懐かしいなあという出会い。そのお家も産業分野は違うものの会社を経営されていて経営という部分で考えること多いのは同じ。

林与の仕事にしても、他の織物の会社が面倒がってできないことや失敗するリスクの高いことをやったり、一回一回が冒険のようなところ。私自身は、自分がやると決めたことは誰に相談することもなく実行できるというのが一番の強み。

自分の会社の長所、短所を考えたときに、他の会社と違うところが良いも悪いも結局は長所。それを短所とするか長所と思うかだけのこと。たとえば、海外からリネン生地なんていくらでも安く買えるのに、敢えて自分自身でそれなりにものづくりの苦労を味わいながら作り続けることが他にない一番の長所だろうと思う。

今は小学生の子供のほうが大人よりも能力高く日々競争に晒されて大変なんじゃないかと思える。たとえば、小学生がミシン初めてでも1時間の間にカバンも作れるようになる必要があるが、大人がそれできるのかというとミシン一ついつまでもできないままとか。地場産業が衰退する要素の一つがこのたとえ話、素人の人でも手で織って縫って最終の製品を作ろうとする人がいるのに、仕事としてやっている人の中にそういう人がいるのか?そんなのを考えるときに、織機なんかでも当たり前に自分で直すくらいできないと仕事しているとはいえないぞと、自分にハッパ掛けながら取り組む。
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