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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2014年08月12日
今日は、ストールの房つくりの段階でプリントの問題に遭遇。プリント工場の現場も精一杯やっていてこの状態であるのだと思う。プリント工場に対応を丸投げして要求するよりも、こちらで改善方法を考えてそれを現場で実行してもらうのが一番改善の近道かもしれない。

精度の高い仕事を淡々かつ坦々とできるのが職人だろうと思う。それゆえ職人というのは作業に没頭しているような状態が多く、作業に口を挟んだりすると、反発するようなタイプも多い、それは職人として黄色信号。やってもらえる仕事がどんどんと減っていき、どんどんと仕事についていけなくなるものだ。

全体を見渡してベストを考えることができる職人でないと、最終商品になったときに問題が起こらないように自分の仕事を見ることができるタイプでないと、周りが本当に苦労する。職人の資質としては、正しいことを素直にできることが一番大事だろう。

中でできることはなるべく無理をしてでも進めていけるが、外の世界は思い通りに行かないことが多いのも当たり前かもしれないが、同じような気持ちで動いていただけるようなチームを作り上げることが、一つ一つの仕事を成し遂げていく近道だろうと思う。

2014年08月11日
台風過ぎて気温が下がって、お盆前にもう秋なのか?でも、まだ汗がにじむような感じで、秋の透き通った空気ではないように思う。

このお盆は9連休という会社も多いのかと思いきや、11日、12日は営業しているというところが繊維以外でも多い。地道に仕事をこなして行かないとならない立場の会社多いのだろうと思う。お盆というのは不思議だ。8月15日は終戦記念日だが祭日ではない。日本にとっては敗戦で祝祭日と呼ぶべきではないからだろうが…。

地蔵盆の準備も始まって、子供たちが包含をもらいに家々を回る。親が付き添って、子供だけだと危険だということだろうが、昔と違って親の支持にしたがって回るようなことになる。親が口を出さずに遠巻きに見て6年生が下級生の面倒をみて全てを仕切るのが一番よい形だと思う。

今日は、5号台のアンダーモーションのチェーンが何本か切れてしまって、アンダーモーションの修理と交換。ビームを一度下ろして、隙間から機械の中に入って交換作業。大した作業ではないし、私も立ち会った記憶はあっても教えてもらった記憶なんてない、一回すれば次からは自分がやるという覚悟が必要。仕事なんてそんなもので、自分がやるかやらないかというところ。
2014年08月10日
午前中は、台風が過ぎるタイミングにでしょうが、土砂降りで、そのタイミングに倉庫に糸の在庫の確認に行ったところ、屋根が塗炭なので2Fで探し物をしていると大演奏。建物って不思議に長く持つものだなあと。この倉庫は、おじいさんの頃に300万円で建てたという話。もう半世紀以上。

倉庫の中には使わない糸も残っていて、ナイロン巻きの糸は思い出深い。私が一生懸命に使い切ろうと思って在庫を調べながらなんとか最後の注文で糸も少なくなってうまく糸を使いきれたと思ったら。先代がまた糸を染めてナイロンを巻いて1トンの糸作った。作ったが需要も過ぎてまったく使わずに眠ったまま。この糸の40ケースだけでも一つ倉庫を建て替えられるほどの在庫。良い時代のものづくりというのはすべてが簡単でそんなもの。

それでも、よい時代にものづくりをしたので、今の時代に手に入る以上に、いろいろな良い糸が残っているのがまだ救い。120番手のキヌアサの糸なども5ケースほど残っている。糸が細いというだけでなく、昔の糸は完璧さが違う。この糸にしても50年以上昔に紡績されたものだろうと思う。アイリッシュリネンの140番手なども、今の150番手と同浴で染めて使ってみたが、アイリッシュリネンのほうが糸が強い。現行の150番手は弱い。

在庫の糸を見ると何をどの糸で作っていたのかが分かるので面白いといえば面白いが、織物の会社でこれほど糸の残っている会社も珍しいだろう。が、今の時代には、同じことをやったら駄目で、直さないといけない部分でもある。
2014年08月09日
お盆休みに入りましたが、それよりも台風11号の暴風雨が日本を襲う。滋賀県はまだ比較的台風の影響の少ない場所にいるんだなあと思う。母親の親元が比較的琵琶湖の近いところにあり、子供の頃というのはダムが無かったこともあってか、台風の影響が今以上にあったが、親元の人というのは台風には慣れているようで、台風の次の日には、朝から忙しそうに田んぼや水路に上がってきた鯉を探しにいく、農家でも60cmほどの鯉が捕れるのだ。

母の親元と言うのは家の中に外の水路とつながったイケスがあって、大きな鯉が20匹ほどは泳いでいた。親戚が集まるお盆などにはその鯉を一匹上げて甘煮にするというのもあった。親元のうどんは家のうどんよりも10倍は甘いのが不思議で、当時子供の私にとっては家のうどんよりもおいしく思えた。

母親のお母さん、すわなち、私の母方のお祖母さんも強い人で、近所の夏祭りの金魚すくいで小さいのしかすくえなくても、金魚すくい担当の若い兄ちゃんに、この大きいのとこの大きいのタイ(頂戴)といって、一番大きな2匹が自分の袋に入ったのは子供ながらにうれしいというより複雑な気分だった。お祖母さんが、私には見せない厳しさをほかの人には見せたのを見たという部分にそれを感じたのだろう。昔の人というのは強く生きないと生きていくことすらもできないのだ。

一方で、支え合って生きていくことが許された時代でもあったのだろうと思う。親戚が困れば、家族のために貯めたお金を親戚に融通するのも普通だった。今でいうと歯止めを超えた支援というものができたのが生きていくのが苦しかった時代。逆に、親戚の人のつながりを強める働きをしていたのだろうと思える。

現代というのはオブラートに厳しさを包み込んで厳しくないように見せているだけだろうと思える。ゆったりとした考えの人が多い中でそれでは成り立たないので誰かがそれを補って働く必要が生まれる。繊維業界においてもそもそも昔のような需要がないのだから、需要にしても生み出していくしかないのだが生み出し育てようなんて考えることができる人というのも供給側には少ないのだ。
2014年08月08日
今は、お盆休前ということで外の世界がお盆休みに入る前に駆け込みで仕事を頼んでおかないとという状態です。お昼一番に加工出しを行った後、お昼過ぎからは京都のプリント工場、急ぎのプリントの案件を何点かお願いいたしました。夕方、彦根に行こうとしたのですが間に合わず。

この数日も走馬灯のように過ぎていきます。体が暑さには慣れたのか、連日35度近いですが、以前ほどは暑く思えず涼しいくらいで、以前ほどは水をがぶ飲みしなくても済むようになりました。

最近、パンチカードのシリンダーの中の、ガイドのネジが緩んでずれる問題が多発。何年もそんなことはなかったのに、なぜなのだろうか。暑いから鉄が膨張して夜になると冷えて縮むことで、ネジが緩んでしまうのだろうとか思ったり。誰が悪さをするわけでもありませんが、いろいろと注意していないと正しい布は作れず、なにもかもが自分の責任として降りかかってきます。




2014年08月07日
今日は夕方大阪に生地を車で納品、日差しが暑く、夏真っ盛り。

昨日、テキスタイルマルシェ事務局から、この8月22日(金)-23日(土)に行われるテキスタイルマルシェのご案内が届きました。

DMの表紙もかっこよく、「生地は人が作る、だからこそ人にちゃんと届けたい。産地直送!作り手が自ら販売する生地のイベント TEXTILE MARCHE」とあります。

今回のテキスタイルマルシェは会社の生産がタイトで林与は出展させていただいておりませんが、全国各地からこだわりのメーカーが集合しておられます。

出展企業は、

行方工業: シルク 山形
福田織物: ジャガード 静岡
一色テキスタイル: ちりめん 京都
昇苑くみひも: くみひも 京都
松尾捺染:プリント 大阪
島田製織:先染め 兵庫
多可町商工会:先染め 兵庫
アッシュファブ: プリント 和歌山
クロキ: デニム 岡山

ゲストとして4人のクリエイター 
途中でやめる http://tochuyame.thebase.in
nusumigui http://nusumigui-himitunokiti.blogspot.jp
旅する服屋さん メイドイン http://secorisou.blogspot.jp/2014/04/blog-post_7.html
Knittingbird http://knittingbird.com

京都五条周辺は、先日、車で通りかかりましたがよい感じです。五条大橋周辺もよい雰囲気で歩けますので、ぜひ、この夏京都に脚をお運び下さいね。
2014年08月06日
職人というのは仕事しているときに張り詰めているかというと、慣れでやっているのでそれほど神経を使っていないものなのだ。単純作業に慣れて惰性でやっているようなところがあるので、正しくない手順に慣れたり、キズなどに無神経であることに慣れてしまうと改善するのが難しい。

昔、林与の工場内でも、縦の糸の通し違いなどが多いのと加工前に反物を下ろして全滅みたいなケースが重なり、これでは仕事していてもやり直しばかりで大きな損が出て駄目だと思って、私が、織機の上に赤い字で「確認」と書いて貼ったら、次の日、当時の工場長がすごく気に入らないという態度をしたのだが、それは工場長だけでなく、何十年も惰性で仕事をやって不良などの大きな問題すらも見えなくなっている職人というものは、概してそんな程度の品質意識だったりする。また、田舎は年功序列みたいな風潮があるので、仕事であっても正しいことが通らず、通そうとすると逆に邪魔をするような村社会的な要素が働くものだ。そういうの気にしてては、仕事なんてあきらめたほうがよい。気にせず、しっかりとしたモノづくりを出来る人がやるしかない。

仕事の本質が見えないことも多い。私が始めて会社で仕事をしたときにも、私自身の仕事に対する考えというのは今とそれほど変わらないのだが、伝統工芸師の勘一じいさんでも70ともなれば仕事がおぼつかないところがあるが、私の言うことを正しく聞いて動こうとしてくれたところが職人としては素直さというのは一番価値のあるところで、変に自分をもって全体が見えなくなる職人の仕事では正しいものが出来ず、その職人を食べさすことすら難しいものだ。

本来、経験を積んでいるといろいろな手段や方法がみえて、その中でベストな方法を選ぶということができないとならないのだが、惰性でやっている職人というのは複雑に考えるのは苦手で自分の一つの方法しか認めない。それがうまく行かないと仕事自体を成り立たないものと結論付けてしまう。自分のやり方でしか仕事をしたくないとか、人のいうことを聞いて仕事をするのが嫌とか、目の前の仕事をどう成し遂げるかよりも、職人のプライドの問題が勝ってしまうことも多く、プライドの高い職人は自分が天狗になれる場所を捜して満足しているので腕が低かったりもする。仕事にプライドを持ち込まず、何でも進んでやってみるタイプが一番仕事も上手。
2014年08月05日
売れるものを追うモノづくりというのは、一つの王道で、たとえば、綿がブームとなれば、綿のものを、レーヨンがブームとなればレーヨンを、麻がブームとなれば麻を、ハイテク繊維がブームとなればハイテク繊維をというようなモノづくりになるかと思います。

林与は麻にこだわったモノづくりなので、売れるものを追っているわけではないのです。年中麻を織っていますので、閑散期と繁忙期が生まれ、閑散期にはサンプルを作ったりするので、会社は仕事をしても逆に持ち出しが多く大変だったりします。それでも、強みを持っていることは大事で、林与というのは麻を織ることを基本としているので、同じ麻を織っているところがほかにあっても、林与の麻を使いたいといってくださる方が多いのもありがたいことです。

40年前の麻ブームの終わった後も、麻を織り続けましたが右肩下がり、一世代終わってやっと麻人気が復活してきましたが、産地はまだ世代交代が進んでおらず、同じ麻ブームでも昔とは違う流れであるということを理解できないと難しいのです。

先染の林与といわれるほど先染には強かったのですが、私が社長となってからは、いろいろな麻糸を、無地かつ平織で織ることに相当の時間を費やしました。私自身が「青の時代」と呼ぶその意味。ほかの人が手がけていることの多い、平織、無地を織っても、光ったものを作れないといけないのじゃあないかという思いです。

テキスタイルデザインというと、色柄の世界に入りがちですが、それだけじゃない。糸を織るという基本のところから見つめなおす。何千本の糸を繋ぐとか、やり直しに何十時間も費やすとか、織れない糸をどうやって織るのとか、平織、無地の世界にも奥の深さと味わいを求めつづけてみました。

ほかの人に頼んででは、頼まれた人の限界というものがあるので、自分自身で織ってみて、自分自身が納得のできる麻織の限界を知ることのできたことは貴重。でも、こういうのって外の人は期待してくれていても、中で働いている人にとっては不評なのですが、そういう人の問題を気にしていては、自分が仕事をするときにしっかりと大人の判断ができないだけのこと。地場産業って年功序列的な変な壁が多いので世代が下がるごとにどんどんと経験も少なく落ちていく、それが一番問題だろうといえる。
2014年08月04日
今日は午後から会計士の先生が来られ、弊社の会計業務に関するアドバイスをいただく。やはり、コンピュータ会計というのは、仕分けの断片を入れるだけで、試算表や損益計算書の全体が出来上がるので便利だなあと思える。

林与のできることはできる限りやってみるスタイル、やることは手一杯で大変だけども、いろいろなことに挑戦をすることができて、同じ繊維の仕事にあっても刺激的な部分も多い。繊維業界においてもバブル崩壊後、デフレの中で、高品位なところほど廃業に追い込まれたというような経緯もあって、製造工程のいろいろな部分で不安な要素が潜んでいて、よほど注意していないと、新しいものを作って本生産に移ろうとすると、2回に1回、3回に1回は失敗するリスクがあるのではないかと思うほど、業界としては脆さがあり、あまり新しいものに挑戦するのが得策ではないということもあろうかといえる。

新しいものをつくっても売れるのは、10に1つか2つなのだ。普通に仕事して成り立たせようとすると、よほど能力が高くないと採算は合わないだろう。林与自身もそれほど能力は高いわけではなく、相当時間を使って経験を積むことで最終形を見つけ出すということを毎回やっているので、10のうちの8の売れないものでも売れそうな感じにはもっていけていると思う。そういう努力が、ものづくりのセンスらしいものにつながるんじゃあないだろうかと思う。

やっているうちにいろんな答えが見えてくるもので、それは単なるものをつくるということだけでなく、仕事というものは何かとかも一つ、普通の人の考える仕事という概念とは違う概念で仕事を考えているので、ものづくりも変わって、出来上がるものも違いが生まれるのだろうと思う。さらにいえば、仕事にとどまらず、人間関係や人が生きるとは何か、という哲学的な部分にも普通とは違う答えに辿り着くであろう。それがよいか悪いかは別として、普通の生活をして普通のセンスでものをつくってそれが売れるものになるのかというと違いが見えてこないに終わるだけだろうと思う。
2014年08月03日
この数日掛っきりになってしまっているシャトルの1号台。リネン100番手の2重織、手ごわい。糸の入手の難しさから通常は使わない銘柄の100番手を使用、やはり、織るのに糸が頻繁に切れるトラブルがある。

麻の2重織でも、糸が60番手くらいにもなれば糸はあまりきれないのでそれほど難しくはないのだが、100番手は普通の織物でも難しいので、2重織となると危うい世界で、やはり、糸や織機のコンディションが完璧でないと大きなロスが出る。

糸切れが頻繁に起こると2重織の場合には、裏が見えないので想像しながら糸切れの処理をするが、1.5mほど織ってクロスローラーの巻き取りの部分で裏が確認できるようにならないと正しく織れているのか織れていないのかがわからないという危なさもある。

本生産に進もうとすると、いろいろと改善が必要となる。
2014年08月02日
蒸し暑い日が続きますが、先日のある1日、病院、コンビニ、スーパー、郵便局、行政の窓口の順で、買い物や手続きに行ったところ。行政機関の冷房は極端に低く20度くらいまで冷やしている様子、涼しすぎて。電力不足で節電の協力を呼びかける本体ほどこういうことありがちです。指導されている立場の行政機関の中におられる人が他人事というのはいろんなところで見受けられます。

今日は午前中、倉庫で検反物。午後は、工場の中は暑いので、シャトルの1号台を立ち上げていますが、後ろで扇風機を回えし作業です。今日は3台手がける予定であったのに、1台の繋ぎ違いを直すのに昼から夕方までかかり、夕方は出荷。

夏場というのは閑散期ながらも、今は、一年中、常に動く方向ですることを探しているので、いつも納期納期に追われている状態。多くの方が声を掛けて下さるのもありがたい。織機も納期に追われている順番にしか準備ができないので、一度にたくさん動いているわけではないのに、織機の台数に関しては足りないと思える状況。この盆前の一週間もすでにやるべきことで埋まってしまっていて、どこまでそれをこなせるのか。

今の時代も仕事はあるのだが出来る人がいないというのがよく言われる。工場さんによっては仕事がないといわれるが、仕事はあってもその工場さんではするのが難しいということになるだろう。会社のなかもそう、仕事なんていろんなことがあるけれども、それを正しく出来る人というのは本当に少ない。

いざ、目の前に仕事があると、やることは判っていても、仕事に対するやる気よりも面倒さが勝ってしまう人がほとんど。ほとんどの場合、年をとると若いときの何分の一しか仕事ができなくなるし初心者と同じで失敗だらけになる。経験があるからといっても面倒くささというのは、その経験を上回るほどに邪魔者、仕事の前で人は平等、よく出来ている。仕事が出来る人に仕事が集中して、結局、仕事ができる人というのは、出来ない人よりも、何でも何倍も仕事しないといけないので、決してうらやましいとかいう状況ではない、とは思う。

盆も仕事、それがこの5年くらい当たり前に続いている。昨年を思い出しても、突然初めての仕事に8月は費やしたのが思い出される。あれが一年前のこととは思えない、もっと昔のことのように思えるのだ。
2014年08月01日
8月になって、朝から暑い。朝の9時で30度って、朝からカレーを食べ、カレーはとことんおいしいが体中が暑くなりすぎて収まらない。9時半に彦根にキッチンクロスの納品があって、その準備をするのもまるで息を止めて水中で作業しているような気分。

彦根の帰りに糸を巻くおじいさんのところに寄ると、先日入れた糸が巻き上がっている。もう80歳近いのに仕事をしっかりとされるし、私のようなものに対しても礼儀がある、立派だなあと思える。仕事を出来る人には共通の要素があって、結局は技術や設備ではなくて、「人」という要素ではないのかなあと思う。

納品から帰ってもろもろの案件を検討。この週末は大きな山場、どこまで月曜日の加工出しに向けて用意ができるのかと、ぎりぎりのぎりぎりを考える。一杯過ぎる。午後に加工工場さんから電話がかかってきて、月曜日火曜日と仕事を休まれるということで、アパレルさんにも連絡をして生地の納期の計画を練り直す。

リネンの生成を出荷予定があって検反。横糸に色むらがあって、織り傷でなくても、これも機屋が被ってしまう。日本に紡績工場がないので商社さんにはなかなか責任が取れないレベル。小さな機屋さんならこういう糸の問題を被って潰れるケースもあるだろうと思う。

ストール関連の企画も今週動いたので生産の可能性というものを自分の中で整理できた。夕方もカーテン関連の方からお電話をいただいて、話が進むとよいなあとも思いながらも、弊社の今の手一杯な状況などもお話して少し様子を見ていただくことに。
2014年07月31日
今日は月末、月末というのは振込や給料の支払いなどあって、モノづくり以外の部分で動くので普通の日の倍くらい忙しい。また、納期も通常は8月には使いたいので7月中にお願いしますといわれると、納期が月末になるケースが多いのだ。

今回が初回となるナチュラル仕上げの洗い加工を掛けたタオルの縫製と納品のため、朝からその作業がずーっと続く、ナチュラル仕上げの生地というのは天日干しタイプなので普通の加工工場で上がる生地とは異なる。

また、今日はミラノウニカの素材提出の締切日、今日上がってくる反物も含めてカットして出荷した。素材も提出しなければならないものはすべて揃ったのでよかった。もう1ヶ月でミラノウニカ、楽しみだ。本麻の赤とオレンジのチェック柄、すぐにネットで完売してしまったものだがミラノウニカの素材と絡めて再生産した。3年ほどつくろうと思っていてようやくの形。着物の世界に近い本格的なもので一配色に8色も色を使ったタイプで見ごたえします。日本の麻織物のよいものとしてミラノでも多くの人にその存在を知ってもらいたいと思います。

夜9時半からのNHK教育のすてきにハンドメイドみました。ミルツルさんこと天野千鶴さんが講師でサマーパンツの作り方を紹介されました。番組の中やアトリエの風景で登場するお洋服の生地の多くを林与が手がけさせていただいたので、番組を見ていて布をおつくりさせていただいたときのことが浮かんできて懐かしいなあと思えました。職人とコラボしてのものづくりということで、林与の工場の中の写真も番組に登場します。再放送もあります。
2014年07月30日
ここ数日涼しく、暑さの一つの峠は越えた模様。8月のお盆に向かってまた一山ありそうだけど。

今日は夜彦根で会議があって久しぶりに参加させていただいた。企業というものは存続するのが普通のことに思われるのだろうけど、同じ形で一つのことが続くというのは難しいものだなあと思う。

最近でもマクドナルドの問題があったけど、他の家族経営のお店だけでなく、他の飲食チェーンとの競争でも勝ち残っていても、最後は自分との競争が待ち受けているのだろうといえる。

今日は、日本でシャトル織機(動力タイプ)の生産を今もしているところがあるのかというお問い合わせをいただいて、私の中では、今は日本ではシャトル織機はもう生産されていないと考えているとお答えをしたけど、どなたか、今も国内でシャトル織機を生産しているメーカーがあるの知っておられる方あられましたら教えて下さい。海外ではシャトル織機の生産がされているのは確認している。
2014年07月29日
今日は、朝から京都の城陽に向かう。行く途中、滋賀県の南郷ICで下りて山の中の道を走る。川の風景が美しい。教えてもらったままに走ってみたが、京都に行くのにこんなルートがあったとは自分の中で発見である。滋賀県でも自然の残る風景だ。京都に出ると、まさに発展している。滋賀県と京都とは行政区画が違うだけでこれほどまでに差が生まれるものなのだろうかと思う。

泉工業さんでは、ラメ糸が出来上がる現場を見学させていただいた。なんとなくほとんどの工程を理解できたのだが、ラメには表裏があってそれを芯となる糸にカバーリングするのだが、それが表が常に表で巻けると言う点は疑問で、説明を受けてもうまくできることに驚いてしまった。現場の人からすると普通のことらしいが。

午後からは社長のお友達の近くのプリント工場を見学させてもらった。一貫生産でプリントされるということで、京都のプリント工場というと分業的なところばかりだと思っていただけに、一つの工場ですべてが完結するという形、すごく新鮮に思えた。一貫生産のための設備、設備、設備な感じで、これはこれで大変だろうなあと。

京都の工場というのは若い人がたくさん働いておられる。これが普通なのだろうといえるが、産地でなかなか若い働き手を見つけることが難しいだけに、うらやましいなあと思える。
2014年07月27日
近江湖東の産地というのは織物に関しては恵まれた環境が続いているので、追い抜かれ気味です。たとえば、綿の手ぬぐいの産地の織物は、糸、織、加工含めて卸値の相場が1mが40円。白無地でプリント向けの浴衣地や手ぬぐいになったりするそうですが、日本国内でもそういう厳しい織物の世界があるのを知るとまだ恵まれているなあと思えるのです。
2014年07月26日
今日は、お隣の東近江市で今日の日本全国での最高気温38.8度が出たということ。まあ、林与の愛荘町も似たようなもので、工場の中は熱地獄です。暑い中で、窓を開けたり、水分補給は必要だと、スーパーの無料の水を貰いにいくと。スーパーの中は涼しくて天国です。

林与にも、工場の中には水冷式のクーラーがありましたが、スーパーの中と同じで、「心地よいということ=仕事ができる」とは限らないのです。また、心地よいのが当たり前になると少し考えないといけないことや手間なことが面倒でできなくなるというのが普通だったりして、やはり、麻の織物を織るような作業では、我慢してでも乗り切れるような精神力は必要です。

一番、大事だと思うのは自分自身が仕事を前に進めることができること。そのためには作業を広範囲に知っていないと駄目ですし、他人事の部分をできるかぎりなくしていく必要があるのです。そのため織る以外の糸のこと、染のこと、加工のこと。ほかの分野の方が連動して解決できない問題の原因を正しく見つけ解決していく。できるかぎりベストな答えを出すというのが企画の部分だろうといえます。

また、現場作業においても汚れるのを気にしていたら駄目で、機械の下にもぐり麻ほこりまみれになったり、機械油で手を真っ黒にするのも仕事のうちで、それが特別のことのように思えるなら織という作業はなかなか難しいものです。どれだけ覚悟があるかなので、働きやすい環境とか求めているとできることも限られてくるものです。

設備なんかにしても今では、新興国のほうが、最新の設備で人も豊富。それと同じものを求めても日本では成り立たない。半導体でも無理なのですから。日本のものづくり、要は人の力じゃないでしょうか。暑さ我慢比べでも新興国の人に負けているようでは、案外追いつかれるスピードというものは早いもので、一世代も掛からないものです。
2014年07月24日
奈良のミルツルさんが、7月31日21:30~NHK教育「素敵にハンドメイド」に出演されます。林与はテレビをほとんど観ないので、テレビが家にないので誰かに頼んで見たいと思っております。リネン日記をご覧の皆さんで、ハンドメイド好きの皆さん、ご興味のあられる皆様はご覧くださいね。

日本の場合、アトリエ活動で食べていける力の持ち主というのも限られているもので、一人でやっておられる方というのは逆に仕事も0から10まで、ものづくりも0から10までのタイプの方が多く強いなあと思えます。

ミルツルさんのサイトは、http://mille-turu.com/ です。
今月はじめに、お越しいただいたときの写真なんかもブログでご覧いただけます。
こちらでは弊社がおつくりさせていただいたミルツルオリジナルテキスタイルなども作品の形でご覧いただけます。
「3626サシコ」 ←ブルーに白の3本6本3本6本でミルツル
「つばめダンサーズ」・・・刺繍の基布 ←リネンのトップ糸を使用
「花野」・・・染め下生地 ←シルクラミーのしなやかなる生地
ミルツルさんのイラストとかデザインが載るとほのぼのとした生地になります。

すてきにハンドメイドは、http://www.nhk.or.jp/kurashi/hand/
今度の番組の詳細や予告辺など見ていただけます。7月31日は、ミルツルさんが講師で、リネンのパンツを作るという番組です。
2014年07月23日
今日は朝から大阪、朝駅に向かう途中、集落の運動公園でのラジオ体操の小学生が目に入る。父兄も参加しているが、印象、昔とくらべると子供の人数は少ないなあ。田舎で年寄りの数が増え子供の数が減るのかわかる気もする。伝統的な地場産業の衰退と同じような問題を抱えているように思う。小さな地域の枠に縛ってしまうと外の世界が見えず、いつまでも時代の流れに対応ができないもので、次の世代はないという流れを生みやすい。腕白でもいいたくましく育ってほしい丸大ハムみたいなのでないと、理想的に見えるうわべだけのまとまりでは、典型的な田舎社会や伝統的な地場産業を支えて行くのすら難しいんじゃあないだろうか。

午前中は、アパレルさんに出向いて商談。商談のあと、テキスタイルマルシェでお世話になっている朝比奈さんの事務所に伺った。始めて知ったのだが、国産の蚕からシルクの糸を取るというプロジェクトがあるそうで、気の遠くなる話なのだが、テキスタイルマルシェの東さんも、365コットンプロジェクトで国産の綿を育てるところから。産業としては衰退しきってしてしまった一番川上の存続が難しいところから立て直して行くと、競争とは違う新たな価値観というのが見えてくるものだし、自分たちがつくるとかつくる人を支えるとか、そのためにはどういう考え方や、ものをつくる以外の部分で成り立たせるためには何が必要なのかというところも見えてくるだろう。

困難な事業だとは思えるけど、そういうのに取り組める人の存在こそが貴重なんだろうと思う。繊維でもう一つ難しいのは分業で成り立つというところ。技術はあっても分業体制の中では人という要素の問題が常に付きまとう。何年も育んでも、どこか欠けるとたちまち存続が難しくなるというような話にもなりかねない。これは、日ごろ仕事していても数年前にはできたものが今はできなくなってしまっているということを多く経験しているので、最初が良くてもそれが長く続くというのは限らないというところも考慮にはいれておかないと、永続的な事業として長く続けることは難しいという辺りだろうと思う。

国産蚕のシルクの糸、本当に綺麗。皆さんの夢がいっぱい詰まっている分、余計に光っているように思えます。
2014年07月22日
レピア織機の捨耳カラミソウコウは独立したカム機構で動いているが、これが厄介なことが多い。何で独立している必要があるのかというと、レピアが糸を話すときに糸がフリーになると、糸がテンサーの力で引っ張り戻されループが出来たりする。本体の組織よりも早めに閉じるようにして糸を押えてから、糸をリリースする形。

レピア織機の横糸切れを感知するセンサーというのは、糸をリリースするちょっと前くらいのタイミングで、糸が動いているかどうかを感知して、糸が動いているなら糸は切れていないという判断をする。

捨て耳の絡みソウコウの枠にしても、半田付けした部分に大きな力がかかりがちで壊れやすいので、生地本体ではなく、捨て耳がうまく絡まないことに泣くことが多い。昨日の夜は、永久磁石タイプのカラミソウコウを使って、絡みにくい捨耳の問題を解決しようと取り組む。

シャトル織機はその点、捨て耳がないので簡単といえば簡単だが、綺麗に耳を織らないといけないので、耳を綺麗にすることに泣くことが多い。耳の問題で一番怖いのは耳つり、耳が攣って生地本体はたわんでしまう状態で縫製工場から、裁断できないといわれる。着物の時代からその問題はあったので裁断現場での簡単な解決方法はあるのだが、なるべく織りの段階で解決しておくのが一番。

綿の場合だと耳は共耳っぽくなることが多く問題はすくないだろうが、麻の場合は、耳は綿を使うことが多いので、異種の糸を使うことになり、耳つりの原因になりやすく、特に生地本体の組織がゆるいと耳というのは平にしがちで耳つりは起こりやすい。
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