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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2014年11月16日
オーガニックリネンを扱っているとオーガニックやなあと思うことがほとんどないながらも稀にある。オーガニックリネンもノーマルのリネンと同じくらいにクオリティコントロールがなされているのだろうと思えるところ。でも、オーガニックらしいところも時折みかけたりするのだ。

たとえば、通常の糸よりも強いスラブや、糸むら感、色むらの出現など、これはどうしたらよいものなのかと思うくらいに、急にそれが出てくる。普通の反物なら欠点としてバロックを打つのだが、オーガニックリネンという理解の元、そういうのはある程度は許容範囲とする。

オーガニックリネンが出回ることが少ないのは、リネンの紡績会社も、オーガニックリネン専用の紡績工場をもたなければ、国際認証が取れないようなあたりだろうといえる。一般のリネンをつくるラインでは、オーガニックリネンはつくることが出来ない。これは紡績にお湯を必要とするリネンの場合には、綿と違って非常に厳しい問題となるであろう。

オーガニックリネンなのだが一般には、強い繊維がないので難しいといわれるが、織っているときの糸の硬さというのは通常の糸よりも硬く強い気がする。それでいて、織ったあとに水を通るとふっくらとなるような気がする。いつも糸を触っているので、そういうのが違和感に思え、違いがある気がするのだ。

糸を扱っている人も違うのだろうなあと思うのは、チュニジア産のオーガニックの糸の巻きが汚れていたりすることがある。一般の糸では箱から出してビニールを取った時に糸が汚れているようなことはほぼゼロ。まだまだ、チュニジアの工場、糸を扱う作業に慣れていない人が働いているようだ。そんなのもオーガニックらしいではないかと思いながら、汚れている外側の糸を取り除く。
2014年11月15日
今日は検反をする。林与自身が一杯仕事があるのは、いろんな仕事をできるからというだけのこと。ひとつの仕事しか出来ない人というのは、技術的にも弱いことが多い。仕事が溢れていても、自分の仕事ではないと思うのだろうが、その仕事をしている人にしてもほかに自分の仕事をもっている中でその仕事をこなす。

いろいろな工程が見えると専門度も増すのだが、手伝ってあげてる感覚のおっちゃんおばちゃん仕事になってしまうと、技術や作業にしても高度なところには行きにくい。ましてや、そのような状態だとデザインとか売れるものをつくるとか、お客さんの存在などの意識はなくなってしまうもの。

出来る人というのは新しいことでもいろいろなことを出来ようとして作業をしてきた人なので、その仕事が新しくても今までの経験で飲み込みも早い。仕事慣れしていない人というのは、新しいことの飲み込みも遅く、最初のペースが遅いと長い時間やっても、普通のスピードにまで達することは困難であることも多いものだ。

日本よりも海外のほうが器用にものをつくれるというのがここ数年も加速したように思う。取り戻すことは難しいだろうと思えるのだ。個人の気持ちの問題でなく、働いて仕事することが悪いことのような社会になりつつある。大人よりも子供のほうが作業が上手というのも今の日本。機械任せで作業が進んだことで、機械化されると本来だと、織ることの負担が減った分、機械を調整するなど高度な仕事も取り込んでいかないとならないのだが…。
2014年11月14日
9月末決算なので、毎年、11月末までに決算書の作成が必要。今、その時期。今朝は、公認会計士の先生がお越し下さり、会社の決算書の作成を指導下さる。

小さな会社にとって決算書を作成するために帳簿やいろいろな書類を準備するのは、本業と同じくらいに負担の掛かる仕事。私も、9月末に調べた在庫を、コンピュータに入力するだけで、朝から夕方前まで掛かってしまった。

途中、たくさんのお電話をいただいて中断しながら焦りながらも、何とか、夕方には決算書の雛形が出来上がった状態。ひと安心。
2014年11月13日
海外の展示会に出展を行っているので、海外とのメールのやり取りも多い。海外とのやり取りで一番の問題は、話が進んでいても実際に生地を買えるのかどうかというところ。注文があるなしよりも、実際にその対価が準備できるのかというところが大事だったり、また、海外取引においては、発送は完了しても、受け取り側の準備が十分でないと商品が届かないというケースも起こりうる。

イタリアの大手のメーカーとのやり取りでも、イタリアの通関には相手のアクションが必要なのに、相手がアクションを起こさないことで、通関できないというケースがあり、相手がデザイナーや生地開発の人だと通関の意味が分かっていなかったりする。それはその人の限界を超えてしまう世界で、その人が会社のほかの人の力を使うなりして受け取る力を持たなければ、商品は通関できずに止まって、送った側の問題にされたりすると大変であり、相手の能力を見極めるのは大事。相手の大小ではなく、そういう壁を普通に乗り越えていけるような相手と一つ一つ取引していくことが大事で、そういう壁を一緒に乗り越えられる相手との取引はやりがいがある。そういう相手の方は生地も大事に使ってくれるもので、使いたいから使ってくれるという安心感がある。
2014年11月12日
今日は、半徹夜モードで、朝。今日は縫製の必要な納品の予定で、夜ぎりぎりの出荷に間に合うかどうか微妙なところで、張り詰めて仕事。そんな中、今日は、海外から届いた1トンの糸が会社に届く日で朝電話があった。

運送会社が、4トンなので道が入れず会社まで荷物を持ってこられないということ。近くのどこかで軽トラで引渡しをいうが、軽トラで2回に分けてすると、待機料金が別途必要という。運送会社が持ってこられない分手伝ってとりにいくのに、10分、15分ほどのことで、待機料金が必要というのも馬鹿な話だが、そんなもの。話を続けるのも面倒なので友達の会社の場所をお借りして引渡ししてもらうことに。

結局2トン車で持ってきたのでそれなら会社まで配達できたんじゃあないかと思うし、借りる必要もなかったが、結果論なのだろうか。待機料金を払ったら4トンで持ってきただろうけど、払わなかったので経済的な2トンで持ってきたのだろうか。4トンで持ってくる前提で、待機料金の話なんかもしていたので4トンで持ってきてほしかった。運送会社の話の信憑性というものを運送会社が自分自身で否定するようなケース。

途中、夕方、彦根に納品の案件。夜7時の便で、反物を巻いて佐川出荷の案件。課題だった縫製の案件もなんとか夜10時半の栗東の発送締切に間に合って、今日はたくさん仕事ができた幸せである。
2014年11月06日
2日間で終わるPTJ。短いようではあるが、林与にとっては十分に濃いお話が多く、具体的に進める案件もいくつか新たに始まった。以前、お取引の有った韓国のブランドさんが、今回日本にお越しで最初お話したときには知らずにお話していて、後で名刺をいただいて、以前、お取引いただいたことを思い出す。今回もストールの注文を入れていただいて、韓国でも近江上布柄のストールが流れはじめそう。

この展示会の会期中も、日本でも展開されているスペインの大手アパレルメーカーとイタリアの大手プリントメーカーからの近江上布柄のサンプルに関するお問い合わせなどもいただいて、インターナショナルな展開が始まればという期待はある。来年に向けてはまた新しい柄にも取り組みたい。

オリジナルの近江上布に関しては、触って、硬いと思われる方が多く、洗えばやわらかくなるのかということを尋ねられることが多い。着物の近江上布というのはこんなもので、仕上げに糊を使って硬く仕上げてあるのだということも説明する。また、高級感や光沢感を出すためにも表面の毛羽を押える必要はあり、パリッとしているくらいがよかったろうといえる。生機ですかと問われる場合もあるけれども、生機は案外ペッタンコで、仕上がったものよりも柔らかいともいえ、無理と硬く仕上げていたりしたものだった。

現代のアパレルの世界において硬いものを受け入れることはなかなか難しいだろうといえるのは、特にエアコンの普及。麻は汗を吸って急速に体に馴染むものなのだが、エアコンの中では硬い風合いのものは硬く、シカシカと感じる。使い込むことで、その風合いは柔らかくなるので、ハリスツイードほどではないが、息の長い使い方が求められる。まあ、近江上布絣にしても一生モノであることが前提の高級品だった。

人が詰め込んだ精魂というのが布からは伝わり、そこからはほのぼのとしたものではなく、厳しさを感じることができるものだ。こういう布を再現することに憧れても、本来そういう布が生まれた背景があってこそ、ここまでのものがつくられたということがあろうかといえる。私が近江上布を見るときに感じるのは力なのである。
2014年11月05日
今日は初日、朝からアポイントを取ってもらっているお客さんなども何件かあって含ですが、落ち着いた状態で順番にお客様がブースにお越し下さる様子で、大きなパニックにもならず、夕方6時まで順番にじっくりとお話させていただけた感じではなかったかと思います。

今回は時間がなくてジャパンクリエーションの会場を回ることはできなかったのですが、海外からの出展企業が増えジャパンクリエーションはかなり国際色が出てきたようです。PTJの会場も流れは多く、弊社の場所もジャパンクリエーションとプレミアムテキスタイルジャパンの移動口辺りにあったのですが、新しいお客様との出会いも多くありました。

円安の今のタイミングでは日本の業者が海外の生地に手を出すのは難しくなってきていると思うので、海外からの出展者の数が増えるのは不思議に思うのですが、円安によって、国内勢は国内需要が返り咲いて賑わいを見せてきているように思ったりもします。

それでも、どこの皆さんもおっしゃるのが輸入原料が高くなりすぎてみたいな話。リネンの場合は高くてもよい原料が手に入らないような状況が続いているので、頭の痛い話であったりもします。







2014年11月04日
今日はPTJの出発前の準備ということで、ハンガーなどをつくっていました。リネン超細番手の素材は、リネンの糸がタイトになっていて、ご注文をいただいても簡単に作れますということは言えないことも多いのです。紡績工場に聞いてもどこもが細番手を作る原料の入手が難しいという返事は正直なところだといえます。

今回は、秋冬展ですので、リネンの企画を検討しておられる方というのは、少ないでしょうが、春夏のときには起こしでない皆さんが林与の展示をみてくださることもあろうかと思います。また、現物でストールなどのストックをしているので、そちらを扱われたいお店の方など、来春夏向けまだ間に合います。

アパレル向けも12月から織り始める企画ですと、まだ、これから来春に向けて1月末納めで進行が可能ですので、取り組みされたいアパレル様はご相談下さい。今回も、新しい出会いがあることを楽しみにしています。
2014年11月03日
今日は文化の日で休日。公認会計士の先生がきてくださり、朝から期末決算の調整。別件の契約書などの文面の解釈も教えていただき、ほかに問い合わせたときは違う解釈を教えてもらってつじつまが合わないなあと思って不透明だった部分がクリアになって、動きやすくなった。

明後日からPTJなので、今日は、出荷を昼前から昼過ぎまで行う、その後、商談会で配ってもらうサンプルの準備で、栗東のクロネコ出荷を目指すが、高速道路が混んでいて高速道を断念し、とりあえず下道で出荷し、荷物は午後着を目指す。海外のお客様向けのものなのでサンプル的に一度使ってもらえたらと思う。

布をしっかりと織ったキッチンクロスは、実用性だけでなく、見た目のオブジェ感が非常に美しいと思える。なにも、グラフィックにこだわらなくても、シンプルな布としての存在が美しいと思えるのだ。また、薄い布もストールなどは繊細で美しいが、しっかりと織り込まれたキッチンクロスも存在感があり味がある。

旅行などでバスタオル代わりに使うこともできるので、小さなものでもリネンのキッチンクロスは重宝する。表情のきれいなキッチンクロスはどこにでもあるだろうから、あえて、味のあるナチュラル仕上げのタイプをセレクト。
2014年11月02日
今日は、午後から倉庫に入って在庫調べ、ひとつの倉庫の2階にいろんな生地が20万メートルほどあって、小さな反物もたくさんあるので、たぶん、1万種類以上の布があるだろう。そのほとんどが、麻関連素材。1Fには、昭和30年代から40年代の生地が、何百反かいろいろある。

麻がよいのは、昔の反物ほど今にない風格があることで、いろんな布が残っていることは、今のものづくりの参考になるし、過去につくったものがわかって、自社のものづくりの歴史というものが手に取るように判る。麻織物の本場なので、林与のことなのだが、産地のものづくりの集大成的な資料というだけでなく、戦後日本でどのような麻のものが作られたかの生きた資料でもあったりする。

生地だけでなく、別の倉庫には糸の在庫がこれもまた、昔の糸が残っているので、倉庫の布をつくるのにどんな糸を使ったのかの想像がついたりもするので、私が自社の生地を見ると、私が仕事に携わる前に作られた布でも、どの番手の何の糸でつくったのか、大体想像がつくものだ。

糸のなかには、私が管理していて売れ行きがよくなくなった糸で、最後ようやく先染の柄を糸を使い切るように作って、使い切って幸せだったのに、先代が、なくなったので、また、1トン1000万円ほどかけてつくっちゃった特殊な糸などあって、作ってからはやはりその糸を使った布は売れずまったく使っていないアチャーな糸もあって、よい時代の名残を感じたりする。何十年か仕事していれば、また、使えるときがきっと来るだろうと願う。なかには、手績みの糸も残っていたり、アイリッシュリネンの糸も残っていたり、近江上布のアーカイブや、昔の手機が何十台分も残っていたり、よいものも残っている。

なかなか昔のものづくりを辿ることはできないけど、林与には、近代以降の産地の麻織物の歴史が糸や反物の形で残っていて、今も麻を織り続けているので、そこがいいんじゃあないかなあと、自己満足。たぶん、近江湖東の豊国地域は、愛知秦氏は徐福の流れを汲んでいるといわれ、農耕が盛んで、日本でも有数の豊かな地域であっただけでなく、作られていた織物も一番くらいに繊細なものが織られていたのだろうと推測する。近江湖東地域に特色のある赤苧織物は、細美といわれていたものではなかったろうかと思うのだ。そういう歴史も、織機を産地で動かしていることで、形を変えながらもまだ微かに続いている気もし、機の音が止まったら終わりなのだろうと思う。
2014年11月01日
船便で糸が大阪に届いたが、休みに入ってしまって、乙仲が決定しているのかいないのかすら確認が取れず、たぶん、乙仲は自分で用意する必要があるのだろうと思い。休み明けを待つことにする。

飛行機で糸が届くとそれほど難しくないけど船便で届くと荷物のリリースが複雑。DHLやFEDEXなどの空輸が運賃が高いように思うけれども、船便で掛かる諸経費を考えると国際宅配便のほうが安いことも、船で混載便にするよりも安く済むことも多いだろう。

船便のからくりは船の運賃は無料に近く設定してあり、その分、不透明な請求やいい値的な選択肢のない状態がいろいろと含まれること。船便などの場合は、日本からコントロールできるような方法をとったほうが安く上がるというのは日本の業者さんからも説明を受けて聞いてはいたが、今回は、荷物の出荷が私の確認無しに先になされてしまって言われるがままな形でよくない。

フォームAも、紡績工場の説明だと荷物についているという説明だったが、今日、フォームAが届いた。金曜日のタイミングで乙仲を決めてしまって、乙仲がフォームAが荷物についている説明をして、実際、ついていないで通関すると特恵を受けることができないことになっていただろう。リネン糸の場合は、関税は8%だから、それだけでも数百万円の糸を輸入するときに失敗すると、数十万円は消えてしまう。

実際に通関する人も何に特恵が働くかなどは経験がなければ、通常の通関で関税を払うのが当たり前のように乙仲の人でもやってしまうことが多い。運送会社が2つも3つも間に入っていることもあるので、紡績工場にその辺りを運送会社にうまく伝えて通関してほしいと頼んでもうまくいくことはなかった。失敗することが前提というくらいに思っていないとうまく行くためしはなく、余分な費用を被るのは受け取る側だったりする。

まあ、休み明けも5日6日は東京国際フォーラムでの展示会。4日に乙仲に依頼して、港の倉庫に荷物を預かってもらう形で展示会明けに荷物を受け取ろう。
2014年10月31日
今日は、大津のコラボにファンドの中間報告資料を届ける締め切りの日。準備はしていたつもりだが、最後に確認をすると抜けている資料などがあったりして、どこかに保管しておいたはずだがと思って、探したりして時間が過ぎていく。

結局、夕方4時半の出発で、コラボについたのは6時、担当の方は帰られてしまったかと思いながらも、まだ居られて、報告資料を預かってもらうことができて一安心。

助成金がでるとやれることが何倍にも広がるので、報告書のことさえこなすことができれば、小さな企業にとってはよい方法だと思える。日本の大きな企業でも国の助成的な制度を使って競争力をつけている。大手企業の場合は助成金を自分で受けるだけでなく、商品を買う側が助成金を申請するような形にまで法律をつくってもっていっているので、需要をシフトさせ確実な需要を生み出しロスが少ない。

エコカーにしても、太陽光発電用のソーラーパネルにしても、地デジにしても、LEDにしても、需要を生み出すために買い替えざるおえないような基準や法律からつくってしまうのだから、産業が守られるが、それでよいのかと思うところもある。繊維でも昔のよい時代を過ごした分、厳しい時代になると仕事についていけなくなる。

ソーラーパネルにしても補助金がなくなると国内業者は逃げ出すだろうし、地デジのあとは国産のテレビは壊滅状態、LEDも半永久的に使えるものなら一巡したら産業として終わりだろう。半導体産業もそうだったが、脚光を浴びていたものが一気に消え去る。

日本の繊維もよい時代に円安の影響を受けてつくれば売れる時代を経験してしまったがために、世界中からものが安く手に入るようになって店頭には魅力あるものが安く満ち足りている中で、時代に対応することができず、後戻りができず行き所がないようにすら思える。

自分自身で価値をつくりあげていくためには、モノづくりだけでなく、情報発信というのは非常に大事に思う。麻織物の希少性がどこにあるのかを考えると、産地で織物を織り続けるとことが難しいというパラドックスにあろうかといえる。自分が作るのが一番高くつき、買ったほうが安いという状況で、商売抜きに別の価値観を持たないと続けていくことは難しい世界である。極端な話、それが日本製というより、ものづくりの価値観そのものだろうと思える。実際に作っている人というのは強いもので、つくり続けている限り、やはり、その道の第一人者でいることができるもの。経験なんかは関係がないかもしれないと思うのは、仕事なんて短くてもどれだけ深く携わるか。

何十年も業界にいる人が素材の世界で食べていけないのに、若い世代が普通にしていて経験も積むチャンスが少ない厳しい時代に食べていくのは難しいだろうなあと思える。私自身チャンスがあれば、できる限り、チャンスをつかもうと努力をするけれども、それが苦労のもとだったりして、それでも苦労したことが、次のきっかけになったりもする。織物の仕事、一つ仕事を頼まれると、普通、その仕事に関して、頼まれる人の10倍くらいの時間を使う必要がある。素材というのが重要な要素であるのもそういう部分ではないだろうか。
2014年10月30日
地元の繊維産業の中にも、日本の生活水準が上がっているのでそれにつれて自分たちの境遇も合わせて上がっていかないのはおかしいというようなことを聞くのです。でもそれって自分たちが生み出して行かないとならないのに、昔以上に仕事の量も何分の一になってしまっているのに、自分たちの待遇は上がっていくのが当たり前というのは、どこから来た日本文化なのだろうかと考えていくと、戦後出来上がった年功序列型の影響が大きいのだろうと思えます。

日本の産業というのは一般的に30年くらいで衰退していくものがほとんどで、その原因の一つには終身雇用的と年功序列的な制度で競争力がなくなってしまうということが大きいものです。ひと世代が終わるときに産業が終わってしまうという永続性のない構造はなんとかしないとならないといえます。
2014年10月28日
エボラが世界で猛威を振るっているが、ジャーナリストが取材に行ったら別問題で危ないだろう。行かなければ感染しないのに行って、もし感染して日本にエボラを広めたとしたら、それ自体が大きな事件を引き起こす。

そういう危惧を考えないジャーナリストというか、ジャーナリズムって大丈夫なのかという問題。ジャーナリズムというのは、人の不幸をカネに変えることが多いことは病的。ハゲワシと少女というピューリッツアー賞も狂気を感じる。それを賞賛するあたり。別に自分がすばらしいことをするわけでもないのに、人の不幸に立ち会うことで名声を上げるチャンスを探してしまうというところ。

結局、そのピューリッツアー賞の狂気的な趣味が、別の事件を引き起こしてしまうのが、その写真家の自殺だったんじゃあ、なかろうか。なぜか、そういうのも最初からシナリオに見えていたんじゃなかろうかと思うところもある。その写真家すらもがハゲタカたちの餌食だったりもする。
2014年10月27日
リトアニアの生地の会社からメールが届きました。私のリトアニアのリネン印象は、バルト地域で、唯一のリネン紡績を謳うSiulasがつくる糸が麻番手で50番手までということで、それより細い番手の糸がどこから来ているのかというあたりが私にはよくわからない。PVでリトアニアの企業2社の生地の展示なども見ましたが、繊細な細い糸使いのものがなくホームファブリックに近い印象に思いましたが、それはそれで雰囲気が固有でリトアニアらしい印象でした。日本に伝わるリトアニアリネンのイメージは、色からしてもそういうイメージと違うような気もするのです。

ベルギーのリネン糸と呼ばれる糸も細番手の糸は、中国で紡績されているのも同じような状況だと思えるのです。ベルギーで紡績されるものの特長は、太い番手だったりします。それらの糸は、それはそれで味があって良いとは思います。

紡績というものは非常に現実的なものなので、細い糸を引くことのできる技術水準というものは、紡績工場に固有のものだったりするものです。一般的に細い糸を引くことは難しく、流れる量も少ないので利益を生み出すことは簡単ではないものです。

リネンの150番手などの細番手というのは、カシミヤの比ではない希少さなのですが、織り上がった織物を見てその違いに気がつく人がどれほどあるかということも、流通し難い理由だったりするものです。
2014年10月26日
今日は、中国向けの出荷を一つ午前中に済ませました。中国向けというのは中国国内の料金が低いので、ほとんど国内に送るのと同じ感覚の料金で郵便物などを送ることができるのでありがたい。

中国で買った風邪薬を飲む。強烈な眠気に襲われ起きていることができない。でも仮眠して起きると体調がすこぶるよい感じだ。

中国のローカルなスーパーに行って思ったのが、一般の店員のやる気のなさである。現地の通訳に買いたいものを伝えて、店員にどこにあるのか聞くのだが、知らないという答えが帰ってくる。お客さんもそれほど多いわけでもなく、一日、立っているだけで仕事という感じだ。中には、いろいろと知っているひともいてその人に聞くと何がどこにあるのかわかる。

中国のお店の経営というのも大変だろうと思った。
2014年10月24日
浦東空港のベンチで朝を待つ。スーツケースの中には、スーパーで買った醤油卵が数個ともらったパンなどがあって、食べ物には困らない。朝、コンビニで水を買って、東方航空のチェックインカウンターで、中国で知り合いに頼んで仕入れた握りバサミ100個がX線検査に引っかかり、検査室での荷物検査。

こういうのも慣れっこで、こういうときにはパフォーマンスが大事で、小さなはさみを取り出して、小さなハサミで安全ですということを女性の検査官にPR。大丈夫ということになり、予定通りの登場時刻に飛行機にボーディング。MUとは相性が悪いので、何事もないことが不思議だが。

やはり、飛行機に乗って、出発予定時刻の9時30分を過ぎても出発せずに、1時間、2時間、なんと3時間。飛行機に乗ったまま待機の状態が続いて、ほんとうならもう名古屋についている時間。これには何か理由があるはず、やはり、大量の新聞が乗り込んできて、頭上のスペースに収納される。名古屋発の便内で配る中国の夕刊紙が飛行機に届くのが遅れて3時間またされた気配。

飛行機で旅するときはこのくらい寛容になっていないと飛行機の乗務員がぴりぴりしていると大事故のもと。以前も、MUは朝の一番早い大阪行きの便が2時間ほど遅れたが、推測すると同じような理由だろう。浦東発の朝の早い時間のMUは出来る限り避けたほうがよいというのは正解だと思う。

名古屋から車で高速を走って会社に戻ると夕方6時半。もう上海にいたことが遠い昔のような感覚。
2014年10月23日
今日は最終日、最終日なのでお客さんが少ないかと思いきや、案外たくさん来て下さって、着分などの注文も入って細かく話し込んだりしたので、待っているほかのお客さんが詰まって、しまわないといけないのに対応がかなり難しい状況。忙しいときに余計に忙しくなるという良いことなのだが困った状況。片付け途中も、ブースの中にお客さんが入ってこられ片付けているものをもうちょっと観たいといわれる。空港に行くとフライトに間に合わず、東京行きは今晩あるけど名古屋行きはないということで、翌朝の早い時間の飛行機に変更してもらう。

空港でメールや出来ていない資料の整理などを行って朝まで待つことに。どうも、中国でワイファイでメールしていると、届かないことも多く、また、時間差で届くことも多い。コンピュータでは送ったことになっていても、相手にメールが届かなかったという警告メールが届く。

ミラノウニカに続いて今回のインテキ上海では、細番手リネンに近江上布プリント柄を配した林与ジャパンプロジェクトが本格的に始動。まだ、量産への壁がいろいろとあったりはするが、いろいろと理解を得ながら話を進めていける相手との取り組みを気づいていくべきだろう。

注意しないとならないのはストール用の生地とアパレル用の生地との使い分けをしっかりと認識してもらうことで、両方の展示をして、薄いものが必要といわれると薄いものを提案し、しっかりとしたものが必要といわれるとしっかりとしたものを提案できるように考える。ただし、両方とも細番手でもストール用生地のほうが密度が低く、柔らかいので、案外チョイスは多い。

そこで、ストール生地だとアパレルに使うとスリップするなどの説明をするのだが、そういうのが不要であるという方もおられる。が、もし、その辺りに理解がないと後で大きな問題になるので、念には念を入れて、その辺りを説明。とりあえず、今日いただいた注文なども、海外案件ということで振込みを確認してからの入金ということで対応をはじめたい。
2014年10月22日
今日も朝11時くらいから午後4時まえくらいまでは盛況でした。日本の麻関連の何社かの社長さんがブースに来て下さり、お話をできたなどもあった一日でした。日本の方の日本からのインテキ訪問なんかもだんだんと復活しているのを感じます。

午後5時にはお客さんも少なくなったので、展示会全体も足早の切り上げモード、夜は、またホテル周辺まで戻って、また新しいレストランを捜して夕食。食事が来る間に、明日の会社訪問予定のための交通手段や展示会荷物の詰まったスーツケースをどこに預けるかなど検討。

インターストッフ香港が終わることになり、インテキ北京も上海に移行され、インテキ上海スプリングエディションが、ホンチャオ空港の近くのより大きな会場で今のインテキ上海の2倍の規模で開催されるというような情報も教えていただいて超大規模化の兆し。
2014年10月21日
今日は、朝ごはんを、外のお店で食べていると、ちょっとしたトラブルがあって30分送れてタクシーで会場入り。今日は始めお客さんがほんと少なくどうしたことなのだろうかと思ったけれども、午後11時ころから午後4時くらいまでは、林与のブースにお客さんが2組3組くらいがずっといて下さるような鮨詰め状態が続き盛況でした。

壁に展示している非売のオリジナルの近江上布も、美術館状態で、ブースに来られたお客さんが一枚一枚めくってみて下さっていました。何十人もの方に、これは何ですかと聞かれて、昔の日本の着物の生地ですという説明。多くの外国の方が近江上布に興味を持ってくださるというのはありがたいこと。日本の田舎の消えかかっているものづくりが、世界では絶賛されるというのもパラドックス。

今のものづくりにしても、自分自身で発信しなければ、お客さんもほかとは区別がつかないだろう。私自身お客さんの顔を覚えて仕事をしたいと思っているので、何回か観ていただいて相手にも顔を覚えてもらって仕事になっていけば嬉しいと思う。

全体として印象が、中国国内の物価が非常に上がっていて、10年前は10倍の価格差が、半分くらいにまで迫ってきていて、最初、インテキ上海に出たときには何百メートルのバルクで1mが$20から$30の麻生地というのはほとんどの皆さんが高すぎて驚かれていたのだけれども今は普通に見てもらえる。数年でいろいろと変わってくるものだ。
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