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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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2014年02月09日
出荷

今日、夜、クロネコヤマトに出荷に行くと、雪の影響で名神が止まっているとのことで、ドライバーが一般道を使って関東方面に向かわないといけないので、昨日の荷物もまだ東京に届いていないという話で、東日本大震災のときのような物流の状況。

私自身としては非常に困った状況なのだが、一年に一度二度こういう経験をするのも当たり前のことといえば当たり前のことなのかも知れないなあと、よくよく考えると思う。ベストを尽くしていてもすべてが予定通りに回ることなんてないものだ。

雪というのはルーレットで逆の目がでるようなものだ。普通なら逆の目が出てもうまくいくように誰かが働いていてくれるだけのこと。それがうまく働かないケースもあっても当たり前のことなのかもしれない。ドライバーも荷物を届けようと雪のしわ寄せを受けても普通以上に働いていて苦情も多くいわれるだろうけど逃げ出しているわけではない。

クロネコは別としても、今の日本の産業にしても、明日の朝に届くような、ジャストインタイムな生産を守るためには、ドライバーたちが夜中物を運んで、明け方までコンビニの駐車場で仮眠を取りながら荷物を届けているから成り立っているだけのこと。なにも工場が届く荷物にあわせてジャストインタイムで動かしているわけではない。24時間のコンビニが駐車場兼ホテル代わりとなるような役目を果たす。それがコンビニの提供するサービスの一つとなることでコンビニも固定客を確保し回る形。

勝ち組といわれるコンビニですらも過当競争の中で、経営努力。私自身、地場産業的なものにいるけども、コンビニや運送会社などのサービス業の人のほうががんばっているように思えてしまうことも多い。
2014年02月08日
2月に入って寒い日が戻ってきました。節分の頃に雪が降るというのは、10年位前まで毎年経験をしていたので、それが戻ってきたのは懐かしいなあです。自動車で外を動いていても、車の数が少なく、昔の冬の雰囲気です。

今日は、午後、彦根の四番町スクエアのボックスギャラリーに行きました。雪で足元が悪いので観光の人も少なく、春のサクラの頃にならないと夢京橋のあたりもにぎやかにはならないだろうと、春を待つ状態に思えました。

会社に戻って、仕事もいろいろな案件の納期に追われている中、親戚のおじいさんが亡くなられたということで、母親がお葬式の手伝いに、私は会社の仕事を守ります。昔は、親戚一同が織物の仕事を手伝って村では一番にぎやかな家だったといえますが、でも、それは遠い昔の話。

今の時代に、寒さを我慢して織物の仕事に励める人というのがどれほどいるだろうかと考えると、普通の企業形態になり、昔出来たことも出来なくなって最終的には消えていく流れになるのが普通なのだろうなあと思えます。でも、麻織物にここまでどっぷりと浸かるというのも他ではできない経験だろうと思います。
2014年02月07日
今日は久しぶりに納豆。なぜなら、長い間、納豆を食べていなくて、お店でたまたま見かけたから。納豆をみると、一番最初に納豆を食べた高校のときのことを思い出す。それまでみたことはあったけど食べたことはなかった。当時、これのどこがおいしいのだろうかとおもいながらも、京都では同級生たちが普通に納豆を食べているのをみて、食べられないといけないものと思い、そのうち慣れた。

今日食べた納豆は、甘いダシがついていておいしすぎるので納豆らしくない。大手の食品メーカーが作っただけにとことん納豆臭さを消してあるようだ。食べやすいが、納豆らしくない。

こういうのって麻の世界でもあって、麻の良さというのは綿とは違う良さがあるのだけども、綿ライクな麻を求められる方というのが非常に多く。本麻よりも綿麻、リネン100%よりもコットンリネンの風合いをソフトでよいと感じられる方が多い。

リネンに関しても、同じリネン100%でも、昔のリネン糸と今のリネン糸を使って、同じ規格の素材をつくって風合いの比較をしてみたことがある。昔のリネン糸を使ったものは、ふっくらと柔らかい感じがする。一方で今のリネンというのはざらつき感がある。昔のリネンというのは、特別な加工を施さなくても生機を水通しするだけでも、わーっと思うような非常によい風合いに仕上がる。甘いダシなど必要なかったのだ。
2014年02月06日
今回の出荷はアメリカとイギリス。朝、地元のクロネコに行くと窓口の方がかなり苦戦される。地元では、ほとんど扱いがないのでどのように対応してよいのか分からないということ。朝、地元のクロネコに行く前に、送り状の記入方法などを念入りにUPSに聞いておいたので、記入は問題なく済んで、クロネコの方が端末を使って出荷登録をする作業に苦戦。

結局、朝の出荷に間に合わず、自分でまた滋賀主管まで高速道路に乗ってお昼出発のトラックに荷物を載せてもらうことに。最初の1回目というのはこんなもんだろうと思いながら、たぶん、クロネコの人よりも私のほうがこのサービスがどういうものなのかよく理解ができたと思う。

この途中で、興味深いことに気がついた。アメリカ向けの繊維製品に関してはテキスタイルビザというものが以前は必要だったということらしい。これは知らなかった。これって、すごく、非関税障壁になっていただろうといえる。戦後の貿易摩擦の最初のものが繊維製品だったのが最近まで続いていたということだろうか。それとも、90年代の自動車オレンジの影響が続いていたのか。今は、アメリカも自由に繊維が輸出できるようになった。

一方、イギリスはアメリカからの綿や合成繊維に、リネン産業は侵食されてしまって、織物産業は日本と同じく窮地に置かれた状態に近くなってしまっているけど、寛容であるように思えるのは日英同盟の名残なのだろうか。

国境を越えて物が動くというのは、売り手と買い手の合意だけでなく、政治的な問題も絡んで、国同士の力関係のようなものが見えてきてしまいます。怖いのは、そういう力関係で、作り上げた商品がうまく届かないことがある可能性。そういう危なさがある状態では自由貿易や自由競争なんていうものもまだまだ理想論でしかないのかもしれないなあと思えます。
2014年02月05日
この10日ほどUPSで海外に出荷に関して苦戦中。近場では大阪にしか営業所がなく、クロネコが提携をしているそうなのだが、滋賀県ではラベルを手にいれることすら難しい。夜、滋賀主管に出向いて出荷しようとして、1時間以上掛けてようやく着払いラベルにたどり着いた。が、出荷は登録している地元のセンターから出ないと出来ないということ。

UPSやクロネコの本部の説明との食い違い、また、事前に滋賀主管にも問い合わせたときにも簡単そうなことをいっておられたが、地元に戻らないと出荷できないという話が真相のようだ。地元にはUPSの送り状も置いていない。朝を待って地元で出荷する方法をとる。
2014年02月03日
節分の行事の鬼を払う行事が中国由来であろうといわれておりますが、福は内の福というのは徐福の福なのかもという妄想解釈はいかがでしょうか。かつて、渡来人たちは鬼とされました。東京の青島などもかつては鬼島といわれ徐福伝説が残っております。また、瀬戸内海の女木島の紀元前100年とされる人造の大洞窟も鬼が島だとされています。

日本を制した日本人化した徐福の子孫たちが、渡来人同士の縄張り争いの掛け声的な意味も含んで、鬼は外福は内という形だと、一族の繁栄を意味するような掛け声ということになり、神社などに関しても昔からなぜあれほど立派なものが造られることができたのか、また、造るからには儀式的なものにしても相当確立されたものが持ち込まれていたと考えられます。
2014年02月02日
今、アイリッシュリネンハンカチの卸販売に向けてハンカチの箱を含むパッケージを検討しております。今年のバレンタインに間に合わなかったのは残念ですが、プレゼント用あるいは、保存用に大事にしてもらえるようなパッケージにしたいと考えております。

同時に、林与のストールやキッチンクロス用のパッケージも検討をしております。店舗販売に向けて、この春には動きたいと考えております。
2014年02月01日
2月の特別企画としまして、3000円以上お買い上げの皆様にアンドリュース社の80番手のゴールデンアイリッシュリネンの木管巻き300mを1本プレゼントいたします。この糸というのは、80番手なので細番手といえば細番手ですが、それ以上に色が特色で、アイリッシュリネンの銘柄の中でも特に有名だったアイリッシュリネンを象徴する色を持つ糸なのです。

兄のほうのトーマスアンドリュースJrは、タイタニックの設計者です。タイタニックといえば豪華絢爛な贅沢をちりばめた客船ということで、弟の目指したアイリッシュリネン糸もまさに亜麻色のゴールドであったことを考えると、糸の世界で最高に豪華に見えるものを目指していたのではなかろうかと思います。

また、糸の色だけでなく、糸の均一性においても究極的で、フシがほとんどみられません。今の時代のリネン糸と比べると神業としか言いようがないのです。フシがあるリネンというのは、番手以上に織るときに糸をたくさん使い、また、ボコボコと表面がしてしまいますが、均一なリネン糸を織り上げると、しなやかで光沢感のあるシルクのような生地に仕上がります。これは、フラックス原料の毛足の長いことも影響をしていると思います。

この糸も林与に残るだけで、たぶん、世界に200kgほどしか残存していないのではないでしょうか。カシミヤの何万倍もの希少性であるだけでなく、もう、生産することはできないのです。この春には、このリネンを使ってストールを織ってみようと思います。
2014年01月31日
技術的に無理だと思うところにチャンスがあるということが多いものです。通常の作業を超えて物事を行うときに、それは無理という結論を言うことが当たり前に正しいのだといえますが、それで仕事が生み出せていれば問題なかろうかと思いますが、仕事も少なく苦しいというパターンだと、無理なところを手がけていかないとならないと思います。


無理なことをやってみて最初は駄目でも経験を積めば、無理なところでの経験が増えてそれは、普通に仕事をしている何倍もの仕事経験。技術的に無理なこともあれば、作業手順や作業密度的に無理だと思うこともあろうかと思います。仕事をする上では、後者の作業手順や作業密度を成り立つところまで上げるということが、技術以上に採算の面で大事であることが多いのを感じます。

そのときに大事なのは人という要素。厳しい話ですが、品質や生産性を上げようとするときに、それについてこられる人とこられない人の差というのは大きいものです。地場産業というのは分業体制であることが多いので、外部に仕事を頼むとしても無理をしてもらえるかどうかが鍵となろうかと思います。

また、無理をして仕事をしたからといって欲がでると駄目で、無理しても成果がないのが普通でそのときはただ働きどころか持ち出しを覚悟していないと。せっかくの無理も成り立ちません。成功したときにようやく成果があってこそ仕事として成り立つという考え方が基本だろうと思います。
2014年01月29日
もう1月も終わり、外は雨。雨の中に暖かさを感じる。桜が咲く前夜のような力づよい温もり。もう止まらない感じ。止まるとか止まらないとかどうでもよいのだけど、春になろうとするのが止まらない感じ。

工場の中では1月末の納期に向けての複数の仕事の詰め、そのうちの一つ、レピア織機がキューキューと機械が壊れる前のような異音を出す。どこがおかしいのか、数週間前に修理してもらった箇所の留め金具がなくなってしまったのか、付け忘れたのかで、留めピンについたギアがぐらぐらで、ギアの頭が鋼鉄の部品を削ってしまっている。重症。

納期が大事なのに、時間が掛かりそうな問題で、これを解決するためには、他の仕事を遅らせてこれに集中しないといけない。織機を載せ換えることも考えるが、それをやると、また調子出しからはじめないとならない。時間のことを考えると絶望感に陥る。考えた末に、その周辺の部品全体を取り替えることにする。そんなことやったことなかったが、これが案外スムーズ1時間ほどで交換できた。だが、交換後、また別の問題が発生。

レピア織機が動いていて突然13枚目のソウコウ枠が外れる。部品全体を交換したときにソウコウ枠を固定していた金具の調整を忘れ、ソウコウ枠が大暴れして外れたみたいで、ドビーの歯まで外れてどこかに行ってしまった。ドビーの歯ば、余分にあったので付け直して、結局、2時間くらいのタイムロス。でも、途中であきらめるよりは進み続けたので前には進んでいる。

今、作っているものの生産量は少ないけど、どれもがちょっと無理のある規格に自らしたものが多く、この生地はちょっと面白いなあと珍しいなあと思ってもらえるようなものをベースにしているものが多いので、量産となるとトラブルが付き物。

生地が厚いだけで、レピア織機で困るのは、捨て耳の絡む部分が後退して、糸をうまくピックできなかったりとか、カッターがうまく切れなかったりとか、こういう織物を作っていると、一日に何十回もピッカーやカッターを外して調整したり、ぎりぎりの織物というのは、とにかく織る以外の部分で時間を使う。

1反の仕事であるけれども、自分としてもレピアでできるかどうか挑戦したかった仕事。普通ならシャトル織機で高密度なのだけども、いろいろな皆さんから要望があって、シャトルの弱点も克服しつつレピアで高密度の織物に挑戦。できるかできないかわからない仕事を仕事として受けることは緊張する。それはその仕事をこなすためではなくて、これからの将来を考えると自分が持つべきな新しい能力であることも多く、そういう出来るか出来ないかわからない仕事を他人のふんどしでやらせてもらえることに感謝しないといけないと思う。そういうチャンスを与えてもらえることというのは少ないものだ。
2014年01月28日
朝から昨日のシャトル織機の準備の続き、動かすまでに、10数時間は作業が必要というのも予想はできていたことだが時間を見つけるのが難しく、詰め込んでの仕事。

午後からは彦根で、読売テレビの岩田公雄記者の講演会がありました。昭和30年代くらいからの世界的な大事件報道などの流れを聞いて、懐かしいなあと思えることも多く、時代というものは常に安定をしないものだなあと感じました。

政治の話も多かったが、私自身は政治にはほとんど興味ない。政党の争いとか、派閥の争いとか、子供の喧嘩みたいなことをいい年した年寄りがどうしようもない。そんな恥ずかしいレベルのものを日本の歴史と呼ぶには馬鹿すぎる。国家議員として国民の代表として選ばれたなら、集まって脚の引っ張り合いしていないで、自分自身で台頭に一人ひとりが言葉を発するべきだと考える。みんなで渡れば怖くない、みたいなのが多すぎる気がする、国会議員になったものですらも力に弱く、力に縋ろうとする人たちが多すぎるのだ。

その後は、懇親会で、和太鼓の演技、彦根の粋なお店のいろいろな料理で立食パーティで、朝からなんにも食べていない状態だったので、すきっ腹には豪華すぎる味でした。

会社に戻って、夜は、帯の織りの続きと輸出書類の作成など、そのほか、バッグ生地の織りや新規に受けたストライプ生地の生産の案件。あと、アパレル向けの見本の進行などの柄出など。

夜中、帯の織機を動かそうとするが、ヒガエが出来ず杼箱の辺りを根本的に調整しないといけないような状態。部品を位置を正しく取り付けなおしたりしながら1時間くらい掛けて正しく動くようにする。今まで動いていたのが不思議である。ネジも反対から差し込まれていて、しっかりと締められておらず不安定、一見して問題がいろいろなところに見える。

糸のテンションは大丈夫だが、シャトルを叩き出すタイミングも違和感を感じる。何も足りないものはないのだが最適な位置に調整を掛けてあげるだけで織機が正しく動くようになる。他の人が教えてくれるのは大きな基本のところだけで後は仕事をしていく中で見出していくもの。大事なのは手の感覚で、織物を織るときにその感覚があるのかないのかで織機の調整にも大きな差が出てくる。

私自身、織機の調整がすべてみたいなこと偉そうに書いているけど、たとえ、織機の調整ができたところで食べていけるのかという問題も常に感じてはいる。織物屋が織物を織れなければ、誰も仕事をくれないよ、という当たり前の話を働いている人にすることが多いが、仕事ができなくても当たり前に仕事があると思ってしまっているのが働く人の感覚なのかと思うところもある。仕事を探すというか生み出すところから作って納めるところまで完結しないと当たり前に駄目なのだけれども、地場産業というのは分業の中で動いているので、その当たり前のところも難しくなってしまったのだろうと思える。

近くの分野は違うけれども機屋さんが1年ほど前に廃業された。私の同級生のお父さんが社長で、話をしていていろいろと指導をくださったのだが、亡くなられて会社にその仕事を引き継げるほどの強いものがいなかったというのは気の毒な話だろうといえる。設備なども入れられてしっかりとしてみえる会社ほど長持ちしないというのは、設備依存で本来は人の力こそ大事なのだが設備投資で人の力を補ってしまっているというのが理由だろうといえる。

あれもできるこれもできるではなく、あれもできないこれもできないとなるのも、設備依存になってしまうと量産向けの飽きられやすいものしかできなくなるものである。織物でも手品みたいな技法で織ったものは目立つのだが、凝った物でも一度見れ新鮮さは消えて飽きられてしまうのは、一度手品を見た人が次に同じ手品を見るのかという問題もあろうかといえる。本質的なものこそ大事で、ものに恵まれなかった昔に作ったものほど、人の作るものを超えた世界であるというのを感じるのが織物の世界。

昨年の展示会でも、近江上布を眺められたお客様が興奮気味に、ある一番の特別向けに一点ものとして提案したいというようなお話で、展示していた林与の近江上布を初対面の方に慕っていただくが、それというのは人がすべてのことに我慢できた時代のものづくりで、自分が食べる考える前に他の人を食べさせていくことを考えた時代のものづくりだからこそできあがったようなもの。たかだか、50年昔のことだが、今の自分が最初にとることを考える人ばかりのビジネスライクな流れの中ではその何十分の一の手間でできるものづくりでありながら、さらにそれを面倒がって難しいとか手を抜こうとする。
2014年01月27日
本来、おにぎりというのは海苔をボール上のご飯に貼り付ける必要があるので、海苔はしんなりとしているべきなのだが、コンビニなどのおにぎりで直まきタイプのものというのは少ない。

その理由はというと、たぶん、味を犠牲にしてコスト面優先だからだろう。おにぎりなのに握っていないおにぎりがほとんどだと思う。コンビニという需要の大きな分野において、味を犠牲にしてもコスト優先のほうが売りやすいというあたりどうなのだろうか。

しっかりと握ったおにぎりが一個50円から100円高いとするなら買う人がいるだろうか。たぶん、いないだろう。売れ残るリスクで作ると利益どころか損だろう。他にないものをつくれというのがマーケティングでよく言われるけど、他にない理由が成り立たないから誰もしないだけということも多いものである。おにぎりの世界が、家で作るよりも手を抜いたもので商売が成り立つというのも不思議な話。あるいは、海苔はパリパリのもののほうがおいしいという一般的な判断なのだろうか。それとも、衛生面の問題か、それなら薄いビニール手袋をして作ればよいだろう。

今日は午前中、地元の方と一緒に東京からのアパレルのお客様、2015SS向けの商談。午後からは、着物の4mの帯を織るシャトル織機を動かすための準備。ドビーが入るために、ヒガエカード、ドビー、山、豆シリンダーなどをいろいろと組み合わせて織る。夜中までずーっと掛かって準備、手が痛く、疲れるが、これも昔のシャトル織機を動かすためにする普通の作業。複雑なことで時間が限られているので私が担当。
2014年01月26日
今日は日曜日、昨日上がってきた反物を検反して出荷。そろそろこの春の納品の終盤を迎えており、納期に追われての仕事がほとんどではあるものの。来春に向けては定番のシリーズというものを毎年販売していくような方式に変更するべきではなかろうかと思ったりする。

今は仕事がありすぎて出来ないほどの状態。こういうのをこなしていけるのも地元の染色工場さんや加工工場さんの急ぎのときに無理をしてもらえる協力があるからで、そういう協力に対して応えられるように、仕事の規模を大きくしていかないとならないと思う。

一ヶ月というか、いろいろなことをしすぎて、1年すらもが非常に早く過ぎてゆく、最近は、いろいろな方面から声を掛けていただくことも多くなり、陰ながら見守っているテキスタイルマルシェを企画されているグループの方から、トライアルマルシェという企画に参加のお誘いをいただいた。詳細はまだ未定のようですが、2月後半に展示会ではなく、大阪での即売会ということで参加させていただくことになりそうです。

私も十分に年配になってきて、若い皆さんが活発な動きをされているのを見て、今の時代に仕事に一生懸命取り組む、しかも、繊維という成熟してしまった分野に飛び込んで。成熟した産業にやる気のある人材が飛び込んで、実際に経験を積むというのは本当に良いこと。

実際の仕事の難しさも分かるというもので、そういうのは機屋の職人が経験することは少ないので、職人というものはいつも仕事があって目の前の仕事を時間こなしていると食べていけるように錯覚を持ってしまうものだ。若いときに厳しい経験をして現場のモノづくりに向かうことができれば、仕事のある喜びというものも分かるもの。

どこかで書いたかもしれませんが、私も若い頃に仕事にやる気を持って見本を作ろうと仕事が終わってから自分で柄組して整経をして自分で糸を繋いで布を織ったのを、先代が私のやていることをみて、糸がもったいないから止めろということを言われ、それ以来、自分自身で柄組するのを封印し、先代が亡くなったのを機に、社長となり自分自身で自分自身の作りたい生地の企画を再度スタートしました。

アイリッシュリネン、オーガニックリネン、リネン細番手、リネン高密度、シャトル織、ストール、ハンカチ、キッチンクロス、ネット販売、展示会への出展など、自分自身の考えたことを10以上もプロジェクトとして立ち上げ実践して布の形にしてみなさんに見ていただいた。市販のものよりも不出来でもよいが、自分自身が作るのだから違って見えてほしいというのが願いであった。自分で工場と布を織る力をもっているのだから、真似する必要などなく、自分自身で考えて作り上げることが一番大事であるという思い。

売れなくてもいいから、自分の作りたいものをつくり、経験したいことを経験しておこうと、普通の仕事をしながら、プラスアルファで経験できたことが大変だったけど本当によかった。ハングリーな気分でものづくりに没頭できるうちに没頭しておくのが、繊維業界に限らず大事な経験。また、へたくそなものでもお披露目して恥をかくのも大事で、そういう度胸がないと1年なんて何もしない間に終わってしまう。
2014年01月25日
滋賀県米原の伝統文化産業会館にて、2014年2月26日(水)15時から、天池合繊社長の天池源受氏と丸三ハシモト社長の橋本英宗氏の2人の講師をお迎え、ビジネスカフェが催されるそうです。天地さんの「天女の羽衣」の話はお聞きになれた方多いかと思いますが、開発に携わられた社長の話が聞ける絶好の機会です。林与も合成繊維と天然繊維で分野は違いますが、織物の開発での苦労話というのはものの売り買いの話よりも実質的には大事な部分で人のドラマだと思います。

私自身、織物の分野におるわけですが、コンピュータソフトウェアの会社やコンピュータ製造の現場なども経験をしましたが、会社運営というのは、何を作っているかというところではなく、人がどう働いてなにをつくるかで同じ仕事をしていても成り立つ成り立たないのところ決まるのだと思っております。

天池さんにしても、社長であられながらも一番の技術者であられるといえ、ものづくりの面以上に、働く人との人間関係などで苦労された結果が、天女の羽衣であろうかといえます。たぶん、社長の目には、天女の羽衣を見ると、透明感があり軽くて美しい布というものではなく、その開発での日々の思い出がいろいろと浮かんでくるものと思います。

もう一方が、滋賀県の丸三ハシモト株式会社橋本社長。琴の糸を製造されている会社で、日本の技術を海外の楽器向けに輸出することに意欲的で、海外の有名な作家さんとの契約なども結ばれています。琴糸の開発だけではなく、大手楽器メーカーが存在するなか、販路開拓という部分、非常な努力ではなかったかと思うのです。

両氏に共通するのが、従来のものづくりの行き詰まり。自分自身で販路を開拓すべく新しいモノづくりに取り組まれたところだと思うので、林与にしても、従来のものづくりの部分も守り続けてはいるものの、新しい課題を自分自身にぶつけて背伸びの毎日。いつか、背も高くなるのではという思いで、両氏の講演を今後の自身の活動にも参考にさせていただけたらと思っております。

県外の方の聴講が可能なのかは分かりませんが、ぜひ、問い合わせてみてください。(問合せ:滋賀県立文化産業交流会館 TEL 0749-52-5111) 林与は交流会も参加予定ではおりますので徹夜明けでボロボロかもしれませんが、皆さんとの交流も楽しみにしております。
2014年01月24日
今日は織機の調整。織筬の手前にあるはずのレピアバンドがスムーズに走るためのスウェードっぽい感じのもの貼り付けた2mmくらいのベニアで作ってあるライナーがどこかに行ってしまっている。長さが150cmほどあるものなんで自然になくなることはない?誰が捨てたのか。危ない問題。

これを修理するにはスウェードっぽいテープが必要なのだが、それが見当たらず断念。急ぎの分はライナー無しで織り進むことにするが、レピアが宙に浮いたような形で糸の引渡しを行う大丈夫か?レピアの左右のヘッドがぶつかる交通事故が起こらないか心配。

それ以外に、横糸をうまく持っていかない問題がある。糸ピッカーのヘッドを交換したり研磨したり、糸道油を塗ったり、糸調子を揃えるが難しい。全然関係がないのだが、もしかするとある原因だろうと思って縦糸に調整を掛ける。何時間掛けて1mを織るのが難しかったものが、やはり、急に織れるようになって調子よく動き出す。原理としては、織前が下がって強く横糸が打ち込まれすぎて、打ち込んだ瞬間に横糸の耳そばが筬で糸切れを起こしてしまうのだろう。そういうことに気がつくのと気がつかないのとでは、引き受けた仕事ができるできないの雲泥の差となる。織物の仕事というのは怖いなあと思える。

送りが正しく送ることができなくなっていることもなぜなのという問題だが、縦糸のビームローラーの径を図る送り出しレバーの取り扱いなどに問題があり、調整が大きくずれてしまうのではなかろうかと思う。
2014年01月23日
一年で一番寒い時期にさしかかろうとしていて、仕事をしていても寒さを感じる。織物の仕事の原点に帰るとすれば、冬の寒い夜にコツコツと織るのが麻織物の本来の姿。手機の時代は体を動かして仕事をすることで寒さはまぎれたのだろうと思います。暖かい環境がほしい人というのは、織物の仕事では家での内職が向いていたのだと思います。

働く環境というのは、よくすれば生産性が上がるのかというと、よくなった働く環境というのは逆戻りできないという問題があります。常にゼロからでも自分で仕事を立ち上げていく覚悟している人がいないとならず、そういう人がいる会社というのは強いなあといえます。
2014年01月22日
今日はあるブランドでお世話になった方からお電話をいただいて、この3月で会社を去られるというご報告をいただきました。アパレルの業界というのは、仕事をしているといっても舞台の出番が来たかのような状態で、私よりも弊社を担当下さった、お若いみなさんが会社を移り変わられるということを多く経験しています。アパレルに居られた方というのは、アパレルの仕事が好きな方がほとんどで次もアパレルの仕事に就きたいとおっしゃっておられる方が多い分、競争も激しく、移り変わりも激しいのだろうと思います。

ブランドさんでも時代とともにターゲットが上がっていくタイプのブランドさんというのは、中で働いている人も安定しているのでしょうが、特定の年代をターゲットとしたブランドさんだと、やはり、そのブランドで働く人の年齢というのもターゲット層と似通っている層がマジョリティでないとギャップが生じてくるのだろうなあと思えます。たとえば、低価格路線で攻める大手SPAさんは、10代、20代がターゲットなために、お店で働いている人も、20代の方が多いですが、あと10年後、そのお店で働いている人が同じお店で働き続けることが、お店のイメージと整合するのだろうかという問題があります。10年先というのは、アパレルの業界では大手さんにしても常に闇の状態だろうと思うのです。

世代交代をうまくしているところは実際に生き残っていく可能性は高く、世代交代ができないと次の世代が育たずに、主力世代が交代時期を迎えると会社の力ががくんと落ちるということになり、そこで会社は終わってしまうのです。日本的雇用形態といわれた年功序列型賃金制度や終身雇用制度というものにしても戦後の良い時代にみた夢のようなもので、実際に年金制度などと同じで問題を先送りにしているだけのことであるのだろうと思えます。

世代交代にしても、今の世代よりも次の世代のほうが強くなければ、産業も発展するはずがないのですが、今の若い世代というのは最初から失敗も許されないし、働く時間も制限されすぎているので経験を積む機会すらもなく、仕事をしていても昔の人ほども仕事のいろいろなことを知るまもなく仕事を終えるというケースが増えているのだろうと思うのです。

製造業で考えると、仕事を分業化し、マニュアル化してしまいパーツ化してしまうと誰でもができる仕事になるのでしょうが、特別、上手な人もいなくなる原因の一つに繋がり、長年でみていくと現場の人が実際になぜそのような手順が必要なのかがわからないままに仕事しているとか、自分の作っているものに何になるのかすらわからずにモノづくりしているとか素人集団がものをつくっている状態に近づいていくもので、特別なものを作るとかの力を現場の人に求めることすらできなくなってしまいます。
2014年01月21日
今は、世界規模で経済も動いているので、日本人が海外の企業で働くこともあったりで、それほど国を憂うことはなかろうかと思うのですが、日本人で日本の国の将来を心配している人というのは多いかと思います。

国家予算90兆円の半分が足りず(年金基金の計上先送りや特別会計計上で実質は66割り、7割が足りない状況)。既存企業にしても、毎年毎年、国からの徴収額は増して意気、苦しくなっていくことがほとんどで、経営努力という理想的な夢ごとを企業に求められても、温度差というものの大きさを感じることばかり。

バブルのときですらも国というものは経営が成り立たないのですから、厳しい時代には、蟻とキリギリスでいうなら、冬にキリギリスが蟻が働いた部分を横取りするような構造。国会議員にしても、キリギリスのような方が増えすぎて、蟻のような方が国会議員になってほしいと思うばかり。国会議員となっても自らの言葉を発することのできない政党政治の限界を感じます。

小泉政権のときに、赤字国債発行を30兆円に抑えるという目的で、外資優遇、金融が引き締められ、日本の代々やってきた零細企業や商店が次々と潰れていきました。また、アメリカのサブプライムローンに出資した日本の金融機関なども多く。国が国内の支援以上に海外の企業を支援してしまえば、日本国内のぎりぎりでやっている企業の資金繰りが悪化し破綻していくという当たり前のことを国を上げて実践したにすぎません。

モラル的にも、サブプライムローンなどは、低所得者騙しという結論、でそういうもの便乗してモラルハザードがないのも、バブル崩壊を経験した日本の金融機関といえども、アメリカのマネー哲学しかないというのが残念。日本の金融庁すらもがその方向に向いたら、いくら精神でなりたっている日本的な企業経営といえども成り立たなくなってしまいます。
2014年01月20日
大根が安かったので3本買って、1本1cmの厚さに切っておでんにしてみた。一回炊いて冷まして、2回目炊いて冷まして、3回目に暖かくして、ようやく柔らかくなって味が中まで浸透し非常においしい感じ。冬の終わりになると毎年農家で白菜や大根を破棄する風景が見られる。今の時代は恵まれた時代だなあと思う。ハンバーガーショップでハンバーガーを食べるよりも何倍も体によいんじゃあないかと思う。実際、おでん大根、食べた後の体の雰囲気が非常に良い。

今、日本の農業は自由化されようとしているが、決定次第で稲作農家の運命が決まるといってよい。それだけでなく、農地の維持が不要になり社会構造や風景までもが変わることになる。維持するのにも必要以上にいびつな力が掛かっていたとはいえるので、それでも限界点に達していると考えれば改革が必要だろう。でも、農家としてやっていこうという気持ちの高い人がいれば、採算性とかそんなしょぼいものに目を当てないで、もっと大きなビジョンで応援をしてもよかろうかと繊維業界の流れをみて思う。

イタリアやフランスの生地産業が華やかで世界のファッションのトレンドを形成しているのも国の大きな力が働いているから、産業がピークを超えたときにその後というものは、働いている人の能力も年毎に落ちるので、国として雇用を維持がひつようならその対策をすべきだし、産業の中での世代交代を促すような法改正も必要だったろう。今、高齢化で次の世代のないといわれる農業に関してもそのことが言われているなかでの、自由化問題。

別に新しい産業や商品なんてものはいつでも来るもの拒ます去るもの追わずでよいかもしれないけれども、定番的な、昔から続いているものが一旦途絶えるともう戻ってくるということはほとんどない、戻ってきたとしても本来の価値観が失われてしまって、損得勘定ありきのものになってしまっていたり。
2014年01月18日
今日はシャトル織機の調整。捨て耳がどうもうまく行かないので、捨て耳のローラーチューブの緩みをとるため短くしてみる。でも、まだ駄目、捨て耳のカッターが鈍くなっている感じで、研磨が必要と考え研磨してみる。捨て耳は改善したがレピアの横糸のピックアップミスが多い。この原因はピッカーのタイミングのほか、ピッカーのカッターの切れ味が落ちていることが原因だろうと、ピッカーのカッターも研磨。問題なく織れるようになる。

織物というのは織るだけが仕事ではなく、周辺作業もあれば、また、織機の調整なども織物の仕事のうちで、修理なども織物の仕事のうち。部品がなければ部品を自分で作ることも必要。織機の調整や修理のできる人というのは織機を使っても壊すことは少ないけども、織るだけの人というのは織機のバランスを崩していくことが多いので、現場では役に立たない。

昔の現場の人というのは、分業体制が整っていたので、一つの仕事をしていればそれでよかったが、今の人の少ない現場では、複雑な仕事を理解し正確に並行してこなしていく能力の高い人が必要となる。今の時代の織物の現場、つねに自分自身を研ぐことのできる人でないと仕事をこなしていくのは難しい。
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