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リネンや麻を織る日々をつづっています。
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リネン日記
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2013年10月09日
10月11日に大阪のりそな銀行本店の地下で、繊維の日のイベントが行われます。第一部は記念講演としまして、午後2時から、UA重松理氏とケイオス澤田充氏の講演が行われます。第二部は、午後3時40分から、午後6時30分からの交流会も含め午後8時まで、関西繊維産地の素材企業展が行われます。

関西繊維産地の素材企業としては、泉工業㈱、㈱ヘンプヴィレッジ、㈱林与、オーヤパイル㈱、村上メリヤス、(有)昇苑くみひも、㈱織彦、笹田織物㈱、平山繊維㈱、大津毛織㈱、井嶋織物工業、(有)YS企画、近江織物㈱、かね井染織㈱、福井プレス、Zoo Project。

昨年から参加させていただいた印象が、カジュアルな展示会であるということ。関西の繊維業界のものが集う、懇談会的な場という感じで、異業種交流に近いような場です。林与自身もPRを目的として林与のリネン生地、製品、近江上布など展示を予定しております。
2013年10月07日



珍しく、リネン日記に画像、これは今回のインターテキスタイル上海でのプレス取材用に撮影した、林与の近江上布の見本切のうち20柄ほどの画像です。このような本生産の端を残したものが、一年に何百柄、戦後昭和27年から40年位までの分が、何千枚もののコレクションとして残っています。

質とボリューム的にも驚異的な織物コレクションの一つで、小さな林与でこれらの近江上布が生み出されていたのは驚くべきことで、柄に関しても、よくありがちな和柄から、林与らしい色彩に、十数年で急速に進化をしているのを見ることも出来ます。

これがプリントでなく数千のすべての柄が横絣なのは、日本の織物の力そのものだったと思います。また、50年以上過ぎたあとも、この透明感を残しているのは不思議でしかなく、林与自身にとっては、これが本麻なのだという手本です。着物用の近江上布なので細い糸を高密度に織り上げ、しっかりとしたザラザラとした風合いです。

そのほかにまたの機会にご覧いただくことになりますが、白地の襦袢地などは、紋絽や紗などあり、透明感があってしなやかでサラサラの本麻です。戦争中は麻織物が禁止され、戦後も麻織物に戻るところが少なかった産地でも、とことんなモノづくりを走りました。白絣シリーズなども綺麗です。今ではほとんど見ることのできない日本の麻織物たちです。

これらの柄を生かし近江上布プリント柄として再現、日本人の愛した色柄の世界を今、海外に向けて情報発信していきます。
2013年10月06日
麻を扱うことは、今はリネンが主流になって来ましたので、比較的簡単になってきましたが、昨日はリネンの細番手を繋いで送る作業で、まさに麻糸の如し、です。普通の人だと絶対に無理だとあきらめるようなものでも、端から一本一本直してあげるだけで、たぶん、全体で、100本も直せばよい程度です。

直すときに綺麗に治せる人と余計にぐちゃぐちゃにしてしまう人とでは、織るときの結果に雲泥の差が出るものです。すべて正しい作業を心がけないと正しい状態は続かず、いい加減な仕事だと、その人にとってはそれが意味不明の問題の原因に繋がっているものです。

職業としてする以上、織物というものは織れて当たり前でないとならないのですが、簡単な織物でも手抜きがあると問題として出てきてしまいます。機械が悪いわけでなく、人の問題だろうといえます。正しい織物を作り上げるためには自分の作業の確認だけでなく、他の人の使った織機の状態の確認作業という自分以外の人の作業までも正しくしないとならない、機械だけでなく、人の作業の改善、また、人の仕事に対する考え方の改善が必要なことが多いものです。

正しく織るのに正しい答えを教えてもそれを実行ができるか出来ないかというのは、頭で理解できても作業するのを拒否してしまうことが多いものです。自分のやり方を貫こうとする人は途中で止まってしまうもの。どのやり方でもいわれたとおり素直に対応できて実行できる人が仕事できる人だったりします。

以前、独立された方とお話をしていて、人は自分の思うようには動いてくれないものというのを割り切って居られました。経験上の結論だろうと思います。普通は良い物をつくろうとすると思い通りに動かんと駄目なのですが、できることでも人の問題でできないということも多いものです。まずは自分がやって手本として仕事として当たり前のことだというのを見せてあげる必要があります。

林与と工場でお出会いのお客様というのは、他では見かけないほど林与がボロボロな格好しているのみて、大きく二通りの反応があろうかと思います。いつでも機械の下にもぐったり油仕事できるようにしているとみるのか、もうちょっと綺麗な格好で仕事しなさい、という反応なのか。林与自身が職人に求めるのはいつでも自分が汚れる仕事を出来る人。自分の手を汚して麻埃を取ったり油をふき取ったり、綺麗な布を作るためには必要な仕事です。

麻織物の作業にとって機械化されていても、機械相手でも、目、手、耳、鼻、口など自分の体は、一番の道具。目は糸を通すのに必要、キズを発見するのに必要。手は糸を感じたり、部品のキズなどの問題を判断するのに必要。耳は、織機の問題を聞き分けたり、ブレーキの調子を音で判断したりするのに必要。口は、レピアヘッドの糸屑などを吹いて取り除くのに必要。
2013年10月05日
仕事などでもよく引退ということを聞きますが、引退なんて別にする必要もないけども、次の世代に譲ることは大事だろうと思うばかりです。40歳、50歳で若い人たちに助けてもらうようになって、60歳、70歳にもなれば、黙って助ける側に回れないと駄目だろうとどこの小さな商売を見ていても思います。

東京のデザイナーさんとお話しすると皆さんが20代、30代な感じ、分からないことも多いとは思いますが、それなりに決定権も持って仕事を進める力があるものです。だから、東京は優位性を保っていられるのだと思います。たとえば、力を出す場所もないままに40代になったときに、仕事を譲られたとしても、力のない40代が田舎者が相手にしてもらえるほど業界にしても甘くはないでしょう。田舎であっても若い頃から力を発揮できないと難しいだろうなあとほんと思います。

ヨジヨモン爺さんにしても、16歳ほどで近江上布の機元を立ち上げて、最高級の材料を使っての麻織物作り、ヨジヨモン爺さんの親父さんはお酒のみで、借金で家にはお金もなかったのに、ヨジヨモン爺さんが、若くして気を強く立ち上がったことがすべての勝因。年なんて仕事とは関係なく、昔から実力が大事ということ。また、周りもそれを支えたから当時大きな成功を収めることができたのだろうと思えます。

逆境というのは人を育てるもので、温室育ちというのは分からないまま。今の海外の若い人の能力というのは、新興諸国の人ですら日本人以上に能力が高い人が多い。戦後も、アメリカが日本を経済的脅威に思って、日本人のメンタリティを失わせるようにいろいろと法律まで欧米化して今ではほんと普通の国になってしまった。衣服というのは文化や価値観の象徴で、着物の文化を失ったときに、人々の心の中から日本らしさみたいなものは急速に薄らいでいった。

でも、面白いのは、ファッションのリネンの世界では案外日本というのがヨーロッパの人以上にその価値を評価しているということ。ヨーロッパの人が憧れるのが日本の合成繊維の世界だったりして、ヨーロッパはヨーロッパで大変だなあと思う。日本の本麻手もみをヨーロッパ人が評価できないのは、日本らしいということで、救いなのかもしれないと、そこに日本のものづくりが生きていると感じる。
2013年10月04日
いろいろな見本つくりの時期が終わり、本生産の時期に入っています。見本というのは一般に練習みたいなもので、本生産は本番。実際には練習のほうが時間と頭使っていることが多いものです。

東円堂に来られるお客様が口々に言われるのが、集落にある家々が大きいこと。どの家も平等ほどに大きく、私自身は、東円堂は、弥生時代の渡来人系の子孫の移民地だったろうと思うのです。50戸が田畑を開墾するために移民して開拓してできたような土地ではなかったろうかと思うのです。条里制ができあがった辺りの遠い昔のことです。いわゆる依智秦氏の流れの計画都市です。

大国郷といわれ、大国主命を祭る豊国神社が氏神神社で、仏教に関しては、集落の中にある4つのお寺も規模は普通の家の敷地の広さであることから、寺に関しても、家の規模から始まったと思われます。奈良の寺領であった奈良時代ころに関しては、たぶん、米などを管理するために、お寺が集落内にも必要となったものと思います。お寺の家は、字の中の神社関係の行事からは外れることが許されているのは、新しいことではないかと思っています。というのも、この地域ではお寺も神社も同じような位置づけを感じるのです。愛知川に大きなお寺がありますが宝満寺というお寺がありますが、豊満神社の別寺として奈良時代に大国郷の名前からか大国寺として始まっているようです。その後、浄土真宗に移行したと思われます。

この辺りの歴史になってくると、今以上に国境というものを超えた文化の行き来であることを感じます。仏教にしてもインドのアショカ王がお釈迦様ということで、日本の力強い人が海外まで行って学んだことが布教という形に繋がっていようかといえます。日本の場合は神社では神というのは、祖先を指すものであろうかといえますが、本来の日本の宗教というのは山の神様信仰ではなかったかと思うのです。これが、縄文人が渡来系の弥生人を鬼とみたりしたのと繋がっているかと思います。同じ神信仰でも、縄文人から見たものが山の神様、弥生人から見たものが神社信仰でなかったろうかと思われます。

私が驚いたのが集落の中で、山の神様信仰が神社とは独立して残っていることで、60年に一度くらいそれぞれの家に当番が回ってくるという話です。それほど大きな行事ではないのですが、この山の神様にも、別れみたいなものがあるそうで、豊満に本山があるということで、本山の家には、三又の木があり、それがご神木であるということ。隣村の普通の家の庭にお邪魔してその木を拝むというのも、集落では引き継がれている行事です。村人だけによって運営されるもので、神主やお坊さんがいない宗教で、新鮮でした。
2013年10月03日
織物の問題の解決方法にはいろいろな先人の知恵を見ることができます。縦糸が1本1本交互に動いて横糸がその間を走れば織物ができるのかというと、理論はそうでも、そんなに簡単ではないものです。

麻の織物のの場合には、耳に泣かされることや糸調子に泣かされることも多いものです。ループの問題に泣かされておられるのが相談いただいた機屋さんの事例、レピアだとループの問題は、捨て耳の絡みに届いていないとかうまく行っていないとか。シャトルだと横糸のテンションの問題の可能性。織物の中身の部分とは捨て耳の部分は独立していたりして、それを動かすだけでも織物本体を織るのと同じような機構が別途必要です。

そういうのは無駄じゃなく織物を綺麗に見せるためには必要な仕組み、少しでも完成度の高い織物に仕上げるためにいろいろな工夫が織機には詰まっています。レピアヘッドが正しい位置で糸を取れるように、糸押さえが付いていたり、縦糸がまっすぐに織れる様にガイドがついていたり、職人というものはそういうものが邪魔に見えて外したがるものですが、意味に気がついて正しく使える人でないと、品質の高い織物をつくることが出来ず、仕事を続けることは難しいものです。

経験というのは長ければ上手ということもありません。私自身にも言えることだと思いますが、仕事に対する考え方や癖というのは直すことは難しいものです。仕事自体は簡単でも、それを他の人に仕事をしてもらうとするときに難しいところ。いろいろな織物産地が衰退していく流れの中で、織物に対する需要の低下とか以上にそのことは大きな衰退の原因となろうかと思います。今の日本の織物の現場では、仕事があってもできる人がいないといわれることも多いのです。
2013年10月02日
ここ2日ほど、シャトルのフォークの問題で解決が困難な事態があって、確認すると、フォークの問題起きて当然の答え。横糸切れ検知のフォークを使わずに切れない糸であることを想定して生産しておられるものだというのが分かり、その量産だけを引き受けてしまった立場としては、その方法では横糸が切れた際に、かなりの不良が出るのが当たり前というのを確認して仕事ということになってしまいます。

そうでなければ、人が一人ついて糸が切れるか切れないかを張り付いてみようが、まだ失敗は出るし、手抜きはやはり後を引くものです。見本を作るときに本番を想定して生産しないと、見本なんて自由にものづくりができて簡単ですが、量産の再現性を確保するためには、見本つくりのときに、問題を徹底的につぶしておくことが大事です。

実際には、手織りや手作業でつくるモノづくりというのは自由度が何倍にも膨れ上がります。手織りというのはアバウトでも何とかなるものです。でもその度に人の力を必要とするので再現性と量産には向きません。

解決方法がないとは思えないのですが、糸も準備されているので、その糸を使ってあげることも一つの方法だろうと思うのですが、おもい掛けない大きなリスクを孕んでいる仕事、普通にやったらたぶん、2割から3割の不良率だろうというのが見本作りの時点で覚悟できていればよいですが、その危なさ覚悟できていないと仕事としては成り立ちません。
2013年10月01日
これから本生産が始まる10月に入りました。学生のころにですが、仕事なんてたくさんあるというのが不思議でした。実際に、会社には不要な仕事も出費もたくさん付きまとっているということがあります。会社経営というものは参勤交代のようなものを課せられているようなものではなかろうかと思います。

日本の経済が国際競争に勝つのが難しい背景には、印税などの問題もあろうかと思います。電子取引にして印紙をなくせば、経済が活性化するというものの証拠を残そうとするがために印紙を貼るような圧力もあったり、電子取引にすれば印刷物じゃないので印紙が要らないという実質同じ契約での抜け道みたいな方法が生きてしまうというのも笑えますが、その程度が実際に運用されている法律の解釈水準です。一休さんのとんちクイズなみの答えが通用します。電子取引と印税の問題は、常に大きなお金を動かすところがお金を払わなくてよいような抜け道を一休のとんちで作ったような一例ではあろうかと思います。

消費税値上げの問題にしても輸出還付金などには一休のとんちクイズが隠されています。まともに働くよりも抜け穴探しのほうが確実に大きな富を得る経営戦略では駄目でしょう。消費税値上げ議論にしても、消費税を負担する人の声を聞くべきで、消費税を払わないどころか輸出還付金まで手にする輸出企業の声が大きいとうのも、日頃、社会貢献を謳う大企業がその本質を見せているようで、日本の経営者の資質というものが問われます。一般の国民が消費税負担増で困るときに、日本を代表する輸出企業の経営者が自分の利益にガツガツしているところ見せてほしくないものでせめて黙っていて欲しいものです。

アメリカの株式市場でも一部の証券会社が、コンマ何秒か先に売り買いできるようなシステムで巨額の富を得ていたというのも、まさに壮大な詐欺事件。お金儲けというのは、裏で巨額詐欺を働けばよいだけのことかと歯止めが利かなくなっている状態です。日本でもペニーオークション詐欺とういうのが社会問題になりましたが、アメリカの証券市場では似たようなことが幹事企業により実際に行われていたわけです。ここまで来ると振り込め詐欺の金額の比ではないほどの悲惨な状況で、実際の資本主義経済といわれるものが動いているということもあります。

純粋なものづくりの世界というのは、そういう空しい世界とは別世界で、工場の中に入っていると、事務所の中にいるのとは別で、自分の手を油で汚し、重い思いも、痛い思いもしながら、切れて切れて動かない織機が、突然、布が何事もなかったかのように織り上がる感動があったり。ボロボロになりながらも、心、技、体的な美しさを持って布を作らなければ、ものづくりも表面的なものだけに終わってしまうだろう。他の人からみれば、なにげない布であったとしても、自分で作った布に愛着も感じることは少ないだろうといえます。

今日は、他産地の織物工場の同年代の社長から麻を織ることに関しての問い合わせがありました。その織物工場も私と同じく続けていくことすら大変だろうからこそ新しく麻織物にチャレンジされ実際に麻を織ろうと苦戦されている。100のうち、20、30までは教えることができるけど、残りの70、80は自分で時間を使って見つけ出さないと、将来、その産地を背負っていかれるのに必要な自分自身のノウハウを見出したことにはならない。いろいろと自分の体を動かして試行錯誤し、失敗の経験をとことん積んで、どれが一番良いのか判断できる力が大事だと自分自身の日頃と照らし合わせて思う。
2013年09月30日
一昨日から経て繋ぎをはじめて、何千本の糸を手で繋ぐ作業というのは忍耐そのもので、通常は一週間くらいですると慣れるもので、一時間に400本から500本くらいつなぎます。太い糸だと1時間に600本くらいも繋げる人もいます。

タイイングマシンという糸を繋ぐ機械があるのですが、準備に時間が掛かるので、本数が少ないとスピード的には同じくらいです。麻の細い糸は切れやすいので、タイイングマシンでも自動でなく、目で確認しながら手で回して繋ぐケースも多いので、似たような手間のイメージだったりします。

縦の細い麻糸を忍耐強く正確に繋げるようになると、ようやく半人前くらいで、一人前にみなされるには織機を何台も動かしながら繋げることが必要です。織るだけの仕事では力不足で、繋いで織って織機も調整してが出来る人でないとなかなか通用しないものです。
2013年09月29日
インターテキスタイル上海の最初の日の夜のカクテルパーティへの招待いただき、昨年は、シェラトンでの授賞式に参加したので、インターテキスタイルナイトは始めてなのですが、展示会に参加する各国の出展者が招かれているようです。
2013年09月28日
今日は夕方、倉庫に行ったときに西の空に太陽が沈んでしまって、山が真っ黒に見え、その上が深い赤で、淡いブルーがその上にあり、空気が冷たさをもって透明なのを感じました。なぜかさびしいのが赤トンボがいないこと。子供のころには、秋には空を埋め尽くすこともあった赤トンボすら、この地域では絶滅しつつあるのかと思うと、この何十年かの農地改良などの国家的な事業にも大きな問題があるのを感じるのです。

別に赤トンボがいなくても、トキがいなくても人の生活に与える影響などはないに等しいですが、赤とんぼやトキがいなくなっただけでなく、何十年か前までの自然環境と今の自然環境がまったくことなってきていると言うことあろうかと思います。人が他の生物を消していったのだから、それが人に返ってきても仕方のないことだろうとおもうのです。

あるときに、大学の環境学の先生と話をしていると昭和の頃のほうが薬剤などは強いものをつかっていたといいます。でも、虫などは生きていることができた。今は薬剤は環境にやさしいといいながらも、虫などが消えていってしまっているような、目を向けるべき指標が違うんじゃあないのだろうかと思えたりするのです。実は、稲刈りのころには、大量にスズメが見られるべきはずですがスズメすらも田んぼで囲まれた田舎なのにほとんど見かけることがないのです。
2013年09月27日
そろそろインテキ上海の準備をしないとと思いながらも抱えていることに追われすぎていて、私にとってはインテキ上海は商談の場というよりも、くつろぎの場所。麻に興味をもたれている皆さんとお話しているだけで、その情報発信力というものは十分にあろうかと思うのです。

麻織物に携わる企業さんというのは多いものの、そのほとんどが仕事として行われているので、特別なものというのは作ろうとすると自分のためにつくるしかないのですが、そういう、自分のために作った麻生地なんかを見ていただくこと、見るほうも面白いのではなかろうかと思います。

昨日は、インテキ上海では、リネンブームにあいまって、リネンのコーナーを計画されているそうで、主催のメサゴメッセフランクフルト香港の事務所から、そのコーナーに置くアイテムを提供できないかとのお話を東京事務所を通じていただきました。林与のリネンストール、リネンワンピースやキッチンクロスなどがより多くの皆さんに見てもらえる幸運なお話だと思いつつ画像の準備など。実際に展示してもらえるのかどうかは主催の判断によるとのことですが、インテキ上海に行く楽しみが増えました。

今日は、加工工場の社長と部長から電話で、林与の仕上げの加工工程の詳細に関して細かく説明をしていただきました。普通は語られることありませんが、薬剤をあまり使わずに良い風合いを出すために、高度な処理が高い品質を生み出すのに使われています。林与の素材に関しては、昔はもっと高度な処理を行ってもらってたそうで、理由もあって現在は少し下げての対応だそうです。昔と今の風合いの違いなど糸だけでなくそういう他の要因が絡んで加工も控えめの処理になっているようです。

また、今日はアパレルさんにリネンガーゼストールの色柄などの検討ということで、L60番手のカラーをメールに添付してお送りするなど、アパレルさんのオリジナルデザインのストールの話、進みそうです。
2013年09月26日
ストールの生機をストールを加工上げすると、長さが5%ほど縮みます。これも糸の組み合わせによって微妙に長さの調整が必要です。極端な話、同じ種類の糸でも色が違えば、収縮率というものは変わってくるのです。

特に、リネンの濃色と薄色では収縮率が異なります。これは、麻の染が得意な複数の染色工場に確認をした結果としても、たとえば反応染料では、黒が一番、縮みが少ないのです。このことが麻業界で、麻のものを企画しようとするときには様々な問題を引き起こすことになり、時折、色ごとに対応を迫られることがあるのです。

ストールの長さに話を戻しまして、今日、発生した問題では、一枚ですが長さ確認用のサンプルを作って長さを調べたのですが、それを元に最初の何枚かを織ってみると、最初の1枚とその何枚かの生機の長さが5cmほど異なるのです。原因が不明ですが、こういうことに気が付いたので、至急、別の織機でも同じ設定で違う色を織ってみて、何が正しいのかを再確認しました。最初の1枚の長さがイレギュラーであったようで、最初の織り出しの長さが違うようなことはあったりするものです。

繊維業界の皆さんがよりどころにされる検査結果にしても、反末をカットして使われているので、その数値というのに収縮率一つにしても信憑性があるのかというと、一番乱れている部分での検査になっています。検査数値が悪いときには、反物の3mほど中をカットして再検査すると数値が極端に改善するというのは、考えてみると当たり前のことですが数値に縛られてしまっているとそれに気が付かないものです。

私自身、キッチンクロスなどのパネル的な柄物などは加工での収縮率を計算しながら生機での規格を決定するなどで、生機でどこまで同じに調整をしても、加工ごとに長さが替わったりすることがあったりするのを認識しています。加工工場の中でも、反物を繋ぐときに、どこまでまっすぐにミシン掛けするのかでも変わってきますし、繋ぐ際に使うダミー生地の幅が、加工する生地の幅よりも広ければ、加工する生地というのは最初引っ張られぎみになって最初のほうは生地が伸びて加工されることになります。今回のストールの最初の一枚の長さが不安定なのも同じような要因が絡んでいることがあるのではなかろうかと。
2013年09月24日
今日は休み明けで朝から加工出し、明日もまた加工出し、さらに明後日も加工出しの予定。工場の中は、機の準備、計画ではシャトル織機が8台ほど並行して動く予定。今までは、一台一台、順番に手のかかるものを動かしていたけど、本生産の時期に入って、並行して何台も織機を動かし始めます。

シャトルは現在一杯になってしまいました、まだレピアのほうは生産のキャパがありますので、何かレピアで織られたい方はどうぞ。

林与のリネン生地を使ったエプロンが、伊勢丹さんのショッピングサイトでご購入いただけます。詳しくは、http://www.isetan.co.jp/icm2/jsp/shops/living_more/product_project/index.jsp

いろいろな方のご縁もあって、小さな機屋のものづくりが皆さんの目に留まる。本当に恵まれている。その恵まれている分、自分の日々の自分に対する負荷というものは大きくしておかないと薄っぺらいものに終わってしまうだろうといえる。ボロボロでも、どこまで出来るか試していれば、いろいろなことを自分自身が体験できる。

成功した人の経験を聞くよりも失敗した人の経験を聞くほうが、成功することに憧れるだけのアマちゃんにならずにすむ。失敗した人の経験を聞いて、同じように失敗しないように注意は必要だが、自分で失敗をすることこそ大事だということ気が付くのが遅いと初めての失敗終わり、どんな状況でも立ち直おせる力こそが成功するためには大事。
2013年09月23日
今日は夕方出荷、高速道路に乗った途端、もう一杯の車。連休明けに届けようと思った荷物が、翌日着に。今回は、あきらめるしかない。次のインターまで1時間ほどかかって到着、気持ちを切り替えて次の仕事のことを考えよう。

上島佳代子先生から、パリへのリネンツアー(11月12日から18日)のお誘いがありました。林与は、現在、手が一杯になってしまっていて参加できないのですが、リネン好きのみなさんにもご案内させていただこうと思います。詳しくは、トップページの画像をクリック、あるいは、http://www.hayashiyo.com/page/21 をご覧ください。上島先生と一緒に行くと、本場のおいしいパンが食べられたり、リネン生地を買ったりする穴場を教えてもらえるのだろうと思います。

ミルツルさんからも、この夏に作らせていただいたシルク麻素材を染めておられるとのことご連絡いただきました。素材としては、今は手に入れることのできないカネボウブランドのシルクとロイヤルラミーを掛け合わせて染が可能なようにP下に仕上げさせていただきました。

さてさて、秋も深まり、今年も本生産の時期に入ります。気温も下がって動いていても非常に気持ちのよい日々。暑い夏を乗り切ることができたので、同じ調子で仕事をしても個の過ごし易さが救いです。
2013年09月22日
アパレル以外の仕事で、フランスの工場に生地を発注したけども納期が間に合わないと言う話を聞いて、フランスでも、まだ、おじいさんおばあさんが織機を動かしているんだろうなあと思いました。そういう生地というのは本当に希少な気がします。

林与の倉庫にもたぶん30年以上前の糸だと思いますが、フランスのルブランのリネンの糸が70kgほど残っています。これは本当に金色の糸で、幻のフランス紡績のリネン糸。

事務所の箱の中に、地元の繊維工場さんの名前が絣で入っているリネンのセンスのよいテーブルセンターを見たときに、すごい良いものをその繊維工場さんは昔作っていたのだなあとこの地域の水準の高さに感心をしていて、50周年の祝いに招かれて、その会社から貰ってきたものだと思っていたけども。母親の話を聞くとその繊維工場の社長に頼まれて、林与が作って、お集まりの麻関連のみなさんにお配りになられたものだという。そんな記念品に使ったのがルブランの糸。

上島佳代子先生に昔東京の出版社で見せていただいたのが、フランスのアンティークリネンのドビーの柄の豪華な感じのマングルクロス。まさに、ゴールドっぽい色をしていてフランスリネンの風格が漂っていました。フランスのリネンは、アイリッシュリネンと比べると資材系のリネンなので番手が太い。アイリッシュリネンは同じゴールドでも細くても強いというのが特色。

もし、まだフランスで金色のリネン糸を手に入れることができるなら、フランスの機屋さんがうらやましいなあと思う。エジプトの糸はややマットなイエローなのである。私自身もフランスに行っていろいろと調査してみたいものだと思い当たる節が何度もあったが、北アイルランド以上に紡績が途絶えるのが早かったフランス。フランス産のリネン糸にめぐり合えることがありうるのだろうか。雑貨用の太い糸なら手紡という手もあろうかと思う。
2013年09月21日
今日は太陽が朝から強く照り、外に出るたびに工場の中で仕事しているのがもったいないような気がしました。工場の中の空気と外の空気とではまったく違うというのを特に今年感じます。外に出ると感じるのが空気が透き通っている感じで、外で糸を触る仕事なら一日中していてもそれほど疲れないだろうなあと思います。

この週末は、リネン25番手をアパレル向けに織る仕事をこなす予定。定番のリネン25番手は、シャトルで通常織るのですが、アパレル向けということで、織段の問題や納期の問題があるので、このお仕事はレピアでこなす。使うレピア織機は、カバン用の太い糸を織っていて、縦を残したまま、半年動かしておらず、他の台ので、レピアのヘッドの調子が悪かったので、レピアバンドを交換して、ネジを締めない状態にしておいたら、それを知らないものが、動かしてレピアバンドが左右とも折れてしまって、レピア交換から。

カッターもカバン用の太い糸を織っていたので切れにくくなっていて、これも交換。捨て耳のローラーのチューブも緩んで来たので左右とも短く調整。織り出した時に縦糸のテンションがきつすぎる、ビームの送り出しが怪しいなあと思いながらも様子を見ながら、久々の運転。半年ほど使っていない織機でしたが、動き出すと、計算上の理論値にほぼ近い1時間7mのペース。休み明けの加工出しに間に合いそう。

もしこれがシャトルだと糸のロットの中でシャトルが替わるときのテンション差の問題や、紡績の錐の差、一つの巻きのなかでの太さ加減のゆったりとした変化などが、織り段として現れてくることがある。また、後染めなどに使われると、糸の太さムラによる織り段は染でもより、細いところが濃く染まり、太いところは染まり難いという問題と絡んで段の問題が加速されることが多い。

麻織物って織るのは難しいのですか?と聞かれることがありますが、太い番手の麻糸だと、テンションに関しての違いはあるものの綿の織物のように切れることなく織ることができるので、高密度とかでなければ、良い糸さえ選べば織ること自体はそれほど難しいものではありません。が、細い糸の場合は、普通くらいの企画でも、糸が切れやすいだけでなく、縦も横も本数が多くなるので織るのが難しいこと多いです。

150番手クラスのアパレル向けに密度を上げたタイプは、2ヶ月で100mちょっと織れるかどうかとか、実働が半分としても、一日に3メートル程度しか織れていないことになります。糸切れで織機がとまれば止まるほど織り段などの問題も増え神経を使います。
2013年09月20日
この1ヶ月ほど動いていた案件の最終出荷が昨日の晩遅く。ぎりぎり間に合ってほっとしていたら、今日の午後に電話をいただいて荷物が届かないという状況。お客さんの側で調べて下さるということで、お任せすると、近くの営業所まで届いていたということで助かりました。
2013年09月19日
今日は一つの目標の納期のものを出荷完了。ギアを使うと送り出しがうまく行かない問題などが出てきて、整経を10回以上に分けて繋ぐ、見本のような作業の繰り返しで対応、人の手の感覚で見本と同じものを作り出して行きました。

一苦労の詰まった布というものは、ハギレであっても何か使えるはずだと思って用途を探すと、いろいろなものに使える結果になりました。L25HDのシリーズは非常に好評をいただいておりますが、そのコンセプトを引き継ぐ、より厚いタイプの布です。

今回の仕事も始めての量産ということがあって、通常の2倍くらいの糸を用意して対応したため、様々な問題にぶつかりながらでも、試行錯誤を繰り返し、途中で方法を変えながらでも、必要な長さを用意できました。納期がぎりぎりで失敗ができない、また、問題が起こりうる可能性も考えて安全に準備して足りた話です。

こういう無駄な想定は、否定されることも多い要素ではありますが、必要になって来ることも多いものです。納期のある仕事で難しい仕事をするとうまく行くことなんてほぼないというのが実際の話で、本生産で、1回、2回うまく行ったとしても10回やって1回、2回失敗すると織物の会社なんて回らなくなるもので、経験上、つねに、無駄な想定をしておけるようなスキームは大事だろうと思います。

どうやって無駄を減らしぎりぎりでやるかばかり、それでは、無駄な経験や失敗の経験も積むことが出来ません。失敗をしたくなければ難しいことは避けて通ればよいだけのこと。失敗を避けて通ってこられた方と失敗の経験を積んでこられた方では、失敗の経験を積んでこられた方のほうが何倍も仕事に精通しておられるものです。

デザイナーや企画の皆さんとお話しするときに、こんなことは出来ますかとか、ここをこういう風に変更できますか、という話が多いのですが、話している流れのスピードで、それに答えられるかどうかは、失敗してそれをどこまで乗り越えようとした経験を持っているかどうかが大事だったりするものです。
2013年09月18日
今日は東京でアパレルさんの麻をテーマにした商談会、初めての参加の機会をいただいたのですが、麻関連の企業さんが集まっておられましたが昔からの知り合いの方も多く、商談会の合間もいろいろなみなさんが声を掛けに来て下さり、日ごろは工場の作業に没頭していることが多いのでプライベート的な近況報告などさせていただいたりです。

世界中を動かれている皆さんとお話していると、世界中探し回っても麻でできることというのもどこもが似たようなもので現実的には限られているというのを感じます。それほど日本人のものに対する思い入れというのは世界でも一番くらいに強く、謳いを欲しがるものです。日本以外というのはウンチクをそれほど必要としないものです。

そのウンチクというものが実際のものの良し悪しとは別の部分で、モノの付加価値要素となることも多いものです。林与自身の存在やものづくりのスタイルそのものがウンチクの塊みたいなものではありますが基本はそういう部分を語らずしてもモノから良さが伝わるというのが大事で、商売のスタイルとしても美しい形だろうなあと私自身は思っております。
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