for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記
リネン日記
リネン日記:3680
«前のページ 1 ... | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | ... 184 次のページ»
2014年01月17日
三越伊勢丹新宿本店、銀座店、日本橋店のキッチンコーナーで、この2月から林与が織らせていただきましたキッチンクロスをくらしものさしプロジェクトで取り上げていただき、販売がスタートします。やや厚地のハニカムキッチンクロス。私、林与自身が一枚一枚をシャトル織機を動かしながら織るという形。

私自身が織るときも、他のことを忘れてゆっくりとシャトル織機に向かいながら、キッチンクロスが一枚一枚織りあがっていく達成感を味わいながらのまったりとした時間です。私自身は、仕事という言葉よりは作業という言葉のほうが好きで、仕事という言葉、仕事だから仕方ないみたいな味気なさ好きじゃないのです。時間という言葉のほうが素敵に思うのです。

実は私は仕事を仕事と思ったことはほとんどなく、私にとっては織物はライフワーク、ご飯を食べる以上に大事な部分で、蜂が巣を作るのと同じ本能的なものでなければならないと思うのです。私が本来、職人たちに期待するのもその域でですが、作業に無心で没頭できるようなタイプの人というのは本当に少なく、30年、40年、携わった職人ですらも通常は、その域には達することはなく、まだ、逆に学生で気持ちを持った人や、夢や情熱をもって取り組める人のほうが経験をしっかりと積めばよいものが作れるものです。

己惚れるでもなく、外から見て自分に力がなければそれまで、仕事もなく食べてもいけないので、本業が成り立たなければ、外の仕事でお金を稼いで材料や試作する費用をつくって、夢を実現するというのが、なんとしても本業を成り立たせるあり方だと思っているので、自分で覚悟がない人との取り組みはやったとしても後味の悪いだけのこと。
2014年01月16日
あるプロジェクトでアイテムを作りました。もうちょっと煮詰める必要があろうかと思うのですが、ドラフト的なサンプルは自分の中では70点くらいまで到達していていい感じです。

今日は、滋賀県の方から補助金の案件でお電話をいただきました。海外向けにリネンの細番手のプロジェクトを展開していこうと考えており、今の仕事が落ち着いた時期に、ビンテージアイリッシュリネン生地なども生産をする予定です。

昨年の原材料のフラックスの作柄は良いと聞いているので、この春からのリネンの細番手を思い切って展開できると考えております。今年は、5月のプレミアムテキスタイル、9月のヨーロッパ、10月の上海、12月のハーベスト、2月のヨーロッパの展示会に向け、この3月から自社の細番手サンプルをつくる時間を見つけて動きます。
2014年01月15日
今日は午前中、糸商さんが来られて、普段は電話で、2年ぶりくらいでしょうか。近況報告などのあと、仕事の案件で解決方法の提案と、新しいアイテムに関しても相談など。

午後から、デザインに関して滋賀県の発明協会のかたのご紹介で、デザインに関しての専門家が東京からお二人お越し下さいました。国際的に意匠を保護しようとすると、非常にコストが掛かるというお話などを聞きまして、どのように対応すべきかというアドバイスを受けました。

展開する展開の仕方で、準備しないといけないことも違ってくるし、結果も違ってくるだろうといえ、ものづくり以外の部分で準備が必要だろうといえます。海外との仕事をするときに、すべてを用意しておくということが大事だなあと思えることが多いのです。すぐに同じものが出せるような体制でないと、その仕事だけに追われるということになりかねません。

今日は、テキスタイルマルシェを運営されている方からの、2月に計画されています大阪でのトライアルマルシェのご紹介をいただきました。テキスタイルマルシェは若手の皆さんが力強く展開をされている即売会企画でなかなか布の世界で販路開拓が難しい中、非常によいイメージで展開されているので遠巻きに関与せずとも応援の気持ちで見守りたい気分でおりました活動です。参加できることになりましたら、自分でどう応援できるのかも含めて考えていければと思います。
2014年01月14日
今日は朝一番で銀行の方が新年のご挨拶に来てくださり、近況報告など。その後、東京と大阪からお客様で、2015SSに向けての企画が始まりました。1年を掛けて企画を練るというスタイルが業界の中でも珍しくなり始めている流れの中でも、やはり国内でも老舗のアパレルメーカーさんだけにしっかりとしたスタイルを保っておられます。

今日は、企画のお話の後の雑談で、ヨーロッパでアンゴラウサギの製品ボイコットの話を聞きました。毛足の長いアンゴラウサギの毛は、アパレルなどにも使われるのですが、その毛を取るときに、毛を毟り取るということが行われているそうで、その動画がインターネットでも広がりボイコットに繋がっているとか。

バリカンを使って毛を取るよりも、効率良く長い毛がとれるでしょうから、経済的にはベストな方法なのでしょうが、苦痛に悲鳴をあげるウサギの姿というのは可哀想すぎで、そこまでしてアンゴラのもので製品をつくって商売をすることがモラル的に大丈夫なのだろうかというところだろうといえます。

ウサギが可哀想という問題を超えて、自分のスタイルと他の人のスタイルとの違いのぶつかり合いなのかもしれないなあと思ったりもします。オーガニックなプロジェクトに関しても、仕事を生み出すものの農薬を使わないことで人に過酷な労働を強いる結果になります。生産現場となる途上国での残虐な行為に思われるかもしれませんが、それは違って、先進国の需要から生み出されるものなので、結局は、先進国の中でのモラル対決なのだと思います。

高校のときに、キリスト教の授業で、その先生は夏に自分の教会でのキャンプで鶏を殺して食べるという経験を子供たちに体験させることで、スーパーで買い物する文化的な生活の裏で隠されてしまっている部分を考える機会を持っているという話をしておられました。誰かが動物を殺して解体するような仕事をしないとならないのも避けられない現実です。そこに動物を苛めて喜ぶような要素が入ると別問題だろうとは思いますが、動物を殺すという残虐に思われる行為の上に、人の食生活が成り立つのも事実で、そういう部分は隠されがちでそれを知るチャンスというものは少ないものです。ものづくりの現場にしても作り手は伝えようとするものの、知ると消費される方の考え方が変わることは多いものです。
2014年01月13日
今日は成人の日の祭日。朝の7時ころまで仕事で、東京からのお客様の時間まで仮眠を取ろうとするとお客さまからの電話で目が覚め、寝過ごしました。駅に迎えにあがって普段は電話でやりとりながらもお久しぶりに対面。

東京からのお客様を駅までお送りしたあと、会社の年末調整の書類を公認会計士の先生に教えてもらいながら自分の会社で作る。今回は自分の会社の中でやってみようと指導を受ける。納税に関することは基本的で大事なことながらも、複雑化だらけのままというのも、行政と民間とのサービスの大きな違いだろうと思える。今でも源泉徴収のシステムはすでに複雑だが将来はもっとつぎはぎだらけになってしまうのだろう。

一方で、日本でもアメリカをはじめとする大手企業のタックスヘブンを利用した脱税行為が指摘されているが、そういうのは、国をしてもアンタッチャブルな世界なのだろうと思える。法の目に引っかかる企業と引っかからない企業の差は大きいといえる。引っかかるか引っかからないも力関係の匙加減で法の沙汰も力次第なことも多い。

消費税に関しても、輸出企業は法の目を逃れる恩恵を受ける。輸出に関しても販売税という名前にすれば不平等がなくなるならよいと思う。
2014年01月11日
東京ではいろいろな皆さんとお会いできて充実。東京から戻って、シャトル織機の調整。シャトルが噛んでしまうということで、シャトルのステッキの角度を調整し、バッファーの長さを長くして調整が完了。シャトルを打つスピードも片方が弱いので強くする。モーターのVベルトの3本のうち1本が緩んでいるのが原因かモーターの回転の伝わり方が不規則でシャトル織機の動きが不安定。

シャトル織機の縦糸がよく切れるので、縦糸に2つの調整を加えて縦糸切れを改善。べつのシャトル織機も、一部の箇所、糸切れを起こすというので、何が原因なのか確認してみると、4枚目のソウコウ枠から片側のロッドバーが外れているし、シャトルもキズが多く手入れが必要、これじゃあまともには織るのは難しい。開口が左右で異なるのも非常に気になる。

私自身が織機と向かえる時間はほんとうに限られていて、短時間でいろいろな問題を見つけて解決しないといけないのは、危険だったりもする。問題がある箇所を調整することができなければ、問題のない箇所を調整してしまい、織機のバランスが余計に崩れ始める。調整を掛けるときには必ず、自分が調整をかけた分を元に戻せるように、記憶しながら調整をする。それが出来ないと勘で調整するようなもので微妙な調整は難しい。

いつも織機に調整を掛ける前には自分が調整をして他の人に迷惑が掛からないよう、はじめの状態を覚えておくということが、基本中の基本。多くの人はどこをどう調整したのかということを説明できないので、織機が不調になった原因を探ることが難しい。織機を修理する仕事というのはお医者さんの仕事と似ているところがあるのかもしれない。
2014年01月10日
テキスタイルツリーの成田典子氏が編集長をつとめておられる「つなぐ通信」の第四号が年末に創刊されました。今回も興味深い、タネ屋さんの話から始まります。小さなタネ屋さんの裏にドラマがあるのが面白い。トマトの話は、最近他の寄り合いで農業に詳しい方から聞いたこともあって、みんなトマトの違いに気がついているんだなあと。

他に、東京の澤井織物さんの工場の紹介があり、東京で織物に興味のあられる皆様にも興味深い内容であろうかと思います。同じ織物の業界にいて、お若い皆さんが働いておられるのを見てうらやましいなあと思いながらも、実際には生産するのは一つ一つが大変だろうなあと。その大変なものを乗り越えておられるのがすごいのだろうと思えます。生み出すとか残していくって言うのは気持ちのある人の力そのものな気がします。

つなぐ通信は年間4回の発行で、フリーペーパーで、東京都内だとお見かけになられるケースも多いかと思います。興味のあられる方は、年間4回を送料分1000円で、購読できるシステムもあるので、ぜひ一度手にとって見てください。昭和の時が流れています。
2014年01月09日
昨日は、朝二番目に、銀座メルサ4Fにある久留米絣の藍木野さんのお店を拝見させていただきました。地下鉄の銀座の駅でどの出口からでるべきだろうかと、立ち止まって出口の案内を検討していたところ、滋賀の麻糸商会さんの中保さんが後ろから声を掛けてくださりびっくりで、出口を教えていただいて助かりありがたいこと。

また、藍木野さんにいるときにはファブリカ村の北川陽子さんからお電話いただいてお客様をご紹介くださるとかで、あいにく東京ですみませんという形になりましたが、私自身も、藍木野さんにもファブリカ村のことをご紹介するとすでにご存知で、先月お会いしましたということ。

藍木野さんの銀座のお店では、お店にある久留米絣のいろいろなものを見せていただきました。しばって防染することで糸に絣を出す手法で、四軒の機屋さんの生地をお使いということですが、久留米絣であってもそれぞれ作風が違うといえども、色柄に久留米絣としてまとまったものを感じるのは産地というものを感じます。

生地の感じとしては着物生地らしくしっかりと織り上げてあり、素朴ながらも味わいのある仕上げ、そういうものに高級感を感じることができるのが実際には日本人が布に求めてきた世界。最近では、展示会でも感じるのは、世界中が日本の着物の素朴ながらも手の込んだ布というものに布に詳しい人ほど畏敬の念を持って接して下さること。

藍木野さんのお店に並ぶのは、久留米絣を使った洋服で、着物用の小幅の生地が使われています。小幅ながらも縫製職人さんの柄合わせで、継ぎ足しているのが分かりにくく、布を大事に手仕事で仕上げておられるのを感じました。
2014年01月08日
今日は、朝一番で東京早稲田にある富田染工芸さんにお邪魔しました。ルーブル博物館などでも型紙で捺染したストールを販売されているのですが、麻のシリーズも展開されたいということで、林与のリネン素材や本麻素材を検討下さっておられます。私自身も近江上布柄の展開を考えたときに、シルクに捺染ということで分野が違うものの型紙捺染に関してはネットで調べて、日本の型染の世界で一番気になっていたのが富田染工芸さんでした。

今回、特別のストール用の麻生地を探しておられるということで、JETROさんからのご紹介をいただきお会いする機会をいただきました。お会いしてお話をお聞きするとものづくりに対する考え方というものがまったく同じで、仕事に対する姿勢や繊維業界を見つめる目も仕事における価値観を守っていこうとされるときに目指される方向性も同じなのです。

お話をしていて、やはり、親方の大変なのは技術的なことではなく、仕事があっても成り立たせるということだろうかと思うのです。お話を聞かせていただいた後で、工房を見学させていただきました。普通は型紙の多さに目がいくのでしょうが、私が興味深かったのは、蒸し器や糊抜き機、加工までも自社で持っておられ、社内で一貫した生産ができること。

型紙を使って捺染するだけじゃなく、すべてに精通されているところがまさに魅力。わたしも、子供の頃の近江上布を生産していたころの家の現場と似ているのです。ものづくりするということは、やはり自分のなかにすべてを持っていないと難しいのだろうと思いました。人の力を感じるのです。給料なしでも弟子入りしたい気分になるような世界です。
2014年01月07日
今日は、朝、加工工場に加工出し。年明けを感じるのは、年明けの第一週、第二週が行事やお客さんで埋まってしまって、今年の秋冬やすでに来年の春夏に向けての企画の話。

一般のお客様も秋冬素材探しから春夏素材探しに動かれて問い合わせなども多く、業者さん関係でも3月だとまだ生産のキャパが空いているので、3月の生産の検討をお願いする。この2年ほど、新しい見本も作れないほどに忙しく仕事に追われている。

この忙しさというのは、会社の中においても仕事のできる出来ないの偏りから生まれていることも多いと思う。織物会社が織物を織っていればよいというのが本来は理想の形だろうが、材料から販売まで、他の部分でできないといわれることを不本意ながらもしわ寄せを吸収することで、自分のやった仕事というのが売れるものがつくれ、売れる形となっていく。

自分自身で仕事することを増やすことが仕事の獲得に繋がっていくのだが、それをされる人というのは世の中見ても少ないもので、自分が仕事をせずに他の人に頼むと結局、そういうのは長続きせず自分自身の仕事自体がなくなっていく。日本企業が海外で生産をし始めると結局、海外メーカーが仕事をしているということになるのと同じだろう。
2014年01月06日
この3日間、正月ということで京都の染工場に無理をいい、現場を借りて詰め込みでの後染の作業。一度ではうまくいかないばかりか、何度も色を出しなおして、浴比の問題なども含めて、簡単ではない問題を乗り越えないといけない。

日本の染色も含めて織物の世界というのは引退間際の方が指揮されていることが多く、どこの工場に頼んでも5年先に同じものができるのかという確約はないもの。この案件以外にも見本を作って本生産のところに差し掛かって、引退されてしまわれるというようなこともあったりで同じものが出来るという約束がひっくり返って大変なこともある。

1着が100万円を超えるような高級な絞り染めの染め工場で3日間仕事をしたことで、染色工場の社長の話を聞きながら、京都の染工場の中での作業というものの流れも勉強が出来たという大きなメリットもある。普通の家に見える建物の中に、染浴が並べてあって作業が行われている。

京都で仕事をするということは、滋賀県で仕事をするというのとは違った制約がある一方で、京都の人のほうが仕事しないと生きていけないという感覚を持っておられるのも感じる。田舎は広く裕福ということで働いている多くの人に焦りがないというのもあるのだろう。
2014年01月02日
年末に、菱沼良樹氏からメールをいただき、林与の生地をプリントベースにお使いいただいたアヤメのグリンのドレスが、シンガポールでのクチュールコレクションでの新聞記事に掲載されたことを教えていただきました。

シンガポールでのクチュールショウでは世界から40名のデザイナーが招待され、日本からは菱沼氏の他、丸山敬太氏、小篠順子氏、桂由美氏が参加。高級ラインでの日本人デザイナーの存在を発信されています。

私自身の今年の目標は、国際展を含む4つの展示会に出展することで、仕事以上の力を展示会に使うことになろうかと思えます。私自身は展示会で見せるものと売るものは別であってもよかろうという気持ちが多く。デザイナーのように自分の作りたい生地を提案するという一番の基本の部分を大事にしつつ、その布がどこまでデザイナーの皆さんに語りかけることが出来るのかというあたりを、信じています。

実際には、布を作る工程や技法などよりも、人生観とかが大事で、布というのはそれを表現するための言葉のようなものに過ぎません。たぶん、織物を作るものとして力を注ぐという部分大事にすることが、デザインとかよりも大事に思うところで、それを抜きにした色柄風合いなどの見たくれだけのものに偏り手を抜いてしまうなら、古い織機に頭を悩ませながら織物を作り上げる意味などなかろうかと思うのです。

自分が何をしたからどんな風に考えて、どんな織物をつくることになったのかとか、誰とであったからこんな織物を作ろうと考えたとか、織物の本質を考えたときにどんな織物を自分自身で経験しておくべきだろいうかとか、他の人には関係のない制約などがあってこそ自分らしい布が出来上がってくることになり、そこに意味があるのだろうと思えるのです。
2014年01月01日
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

ジャガード織機の調節を繰り返しながら年を越しました。年末年始というのがピークのときなので、仕事をしなければピークのときに仕事をしないお店を開かないようなものなのかなあと思うのと、私自身は普段時間におわれて仕事をしているので、外の世界が止まっている時間に時間のかかる仕事をできるのはよいことだなあと思えます。

私自身はこういうのが織物の世界での職人的な気質ではなかろうかと思うのです。普通にしていれば織物なんて特別なものは出来てこないし、技術にしてもタイムオーバーばかり。自分自身で覚悟の努力しなければ人よりも上の技術は身につかないだろうと思います。

昔は、織物の世界にも神とか鬼のような技術をもつ人がいたのだろうと思います。たとえば、昼に田畑、家の仕事をして、夜に時間を費やしながら手機を動かしたようなおばあさんにしても、仕事は今の時代以上に厳しく美しいものです。そんなおばあさんが今の時代にいるのかというといないだろうと思います。

私自身はメンタリティの面でもそういう昔のおばあさんを当たり前に超えていないと、らしいモノづくりはできないと思うので、普通の生活とは違う生活の中でのモノづくりというものの中で、普通とは違うデザイン的な感性も高まろうかと思えます。仕事に対する感覚も特別であるのが大事だろうと思っています。

展示会などでも、70歳手前あるいは超えておられるであろう機屋の方が、毎回何件か、はじめましてとご挨拶に来て下さることがあるのです。40半ばの人間の話をわざわざ聞きにこられても得るものは少ないでしょうが、意気込みみたいなものを見守りに来て下さるのだろうと思うのです。

数ヶ月の経験が一生の経験を上回ることも普通にありえるのが織物の世界で、そのためには素直さが一番大事だろうと思います。お話をしていて競争心むき出しの方が居られたりするのですが、自分のできる範囲がすべてですので、出来上がったものにしても他の人と競争をする必要はないと思っております。

自分がつくるものが自分のつくったもの、人がつくったものは人のつくったもの、価値はまったく別物で、人の作ったものがよく見えて真似ようとすると自分を失い、邪の道に入ります。たまたまでありますが、林与がテレビを見ないのも、流行を追わない自分のスタイルの発信に繋がっているだろうと思います。麻織物の価値観というものは麻織物を作るものが自分の中にもってこそ一番意味があろうかと思うところです。また、そこに家ごとの布の特色もあらわれてよいんじゃあなかろうかと思います。
2013年12月31日
今日は、大晦日。昨日、工場の外で水の落ちる音がするのでどこかの水が出しっぱなしになっているのかと心配になって調べてみると、工場の屋根の上の雪が解けて、トユから水道の蛇口一杯に開いたくらいの水が流れている。それほど雪が積もっているようには思えないのだが、やはりたくさんの雪があるのを見えないけど感じる。

年越しながらも寒くないのが救い。いつも冬に思い出すのは、子供の頃、工場にたくさんあったツララ。笑えるほど大きく、長さ1mほどの巨大なツララが工場の屋根の淵に冬の間いつも何十本もぶら下がっていた。一つの重さは5kとかあったろうと思う。子供のいたずら心というのはそういうものを破壊するのを楽しむ。一方で、壊さずにそれをどうやって取るか考えたり。

あんな大きなツララは他の場所では見たことがあまりない。工場の熱が屋根に伝わり、ツララが巨大化していたのだろう。冬にそれを見るとなんとなく嬉しかったのを思い出す。他の冬の思い出といえば、冬に織物の仕事が忙しかったこと。今の忙しさとは違う忙しさで、景気が悪いといっても当たり前に、毎日何十反もの出荷。

家の中での生活といえば寒い。火鉢に当たりながら、外を見ると雪だらけの前栽。でも、時々、来る小鳥を眺めたり、時間が止まっているかのような感覚。それでいて、キーンと張り詰めたようなものがあるのが冬らしさ。この冬の厳しさがあったからこそ、麻の織物が近江の湖東地域で昭和の時代にも残りえたのだろうと思う。今は、それほど厳しい冬ではないので、麻織物の産業の存続すらも難しいのかも知れない。
2013年12月30日
今日は夕方に大工センターに織りにくい織物の問題を解決するために道具の手配、加工してセットすればたぶん改善されるであろうと思う。難しいようならまた別の根本的な解決方法を考える。

また、別件で綿麻の整経。委託的な仕事で糸を支給してもらったのですが、毛羽がひどくて整経の筬に糸が詰まる状態。糊が付けに関して問題を感じるものの、助けながら織るということでの解決方法を選ぶ。すべてにおいて昔とは違って上手な人が減って一筋縄ではいかない問題が潜む。

織物は整経のときに糸の違和感に気がつくことで全損の問題など防ぐことが出来る。以前も、糊のついていない糸を、糊がついていないと感じ至急先に確認したところ、糊は付いてますといわれて整経して織り始めて糊が付いてないでした、といわれて、ほんと困ったことがあった。他でも糊をつけずに仕上げてきて触って糊が付いていないのに気がついて尋ねると、「分かった、糊付いてないよ」みたいな、正直ながら、いい加減な話もある。

そういう委託仕事での責任のなすりあいみたいなものには、嫌気がさしているので、自分自身が仕事を受けたときには自分のできるベストで助けようとは思うが、いろいろな点で、委託的に仕事を出されるところも仕事を理解しておられずに準備されていたりして、そのしわ寄せをかぶってしまって、その問題の解決に会社の仕事がとまってしまうこともある。
2013年12月29日
こぎん刺し作家の角舘徳子氏から「津軽の伝統XDESIGN展」のお知らせが届きました。青森県の津軽塗の木田明子氏、花田昌子氏、北畠江理子氏、津軽塗の増川泰治氏、打刃物の吉澤剛氏、こぎん刺の角舘徳子氏、黒田美里氏、あけび蔓細工の西東幾子氏、デザインの古川智穂氏という伝統的な技術をお持ちの若手の9人の作家さんたちの展示会です。

2013年12月27日(金)から2014年1月6日(月)までの11:00-20:00(最終日は18:00)、場所は渋谷ヒカリエ8F 住所は渋谷2-21-1です。林与も1月8日には東京に行くのですが、今回タイミング会わず残念です。
2013年12月28日
後染の案件で、自分で染めることになったことがあります。私自身が染めるというのが決して悪いこともなく、基本に忠実にしかも安全に染めるので、うまくいくのではなかろうかと思っています。

織物というのが通常2ヶ月程度時間をかけるのに比べると染める作業は数時間で終わる仕事なので織物をしている人間が染をするというのも知識と環境さえ揃えば問題はありません。昔は、家の中で染めやっていた林与なので馴染みのない世界でもありません。

ある専門家の方に会社で染をするよりも他の会社で染めたほうがよいとのアドバイスを受け、染めの見本を作ってもらいましたが、いざ本番となるとその専門家の方も引退をされて、本番は自分で染めることに、やはりやりたいことがあったら自分でやったほうが良いと言う結論ではなかろうかと思ったりもします。

自分自身が行動力のあることが大事で他人任せだと思うようにいかなくなることが多いもので、問題に当たったときに解決する力も大事です。
2013年12月27日
展示会でも、一人で対応しているので、ほとんど自分のブースに居るのですが、最近は、麻関連の皆さんだけでなく、天然繊維の織物の機屋の皆さんが、毎回何件か弊社ブースにご挨拶に来てくださいます。仕事のお取引云々のことではなくて、誰かから林与のことを聞かれたりして、話を聞こうときてくださるのです。

来て下さるのも、お若い方もたまに居られますが、ほとんどが60歳から70歳のベテランの機屋さん、私自身よりも経験も長く落ち着いた感じの方が多いのです。そのほとんどが企画機屋と呼ばれる企画力を持った機屋さん、熟された感じの中に強いものを持っておられ、仕事にも自身で精通されていて、お話していても仕事のことを散策されるでなく、がんばっているだけの話をしていてもそれを本当に喜んで聞いて下さるのです。

日本の機織の現場では後継者の問題が付きまとっています。年配の経営者自らが機を動かしておられる話を聞いて立派だなあと思うのです。年を取ると技術はあっても面倒くささが出てしまうタイプの人がほとんどで、残念な話ですが、後継者がいても仕事が面倒くさい職人たちに食われてしまうというのがほとんどのケースだろうと思います。

いくら技術を持っていても自分自身が売れるものの形にしないと誰もお金を払ってくれないというところがなかなか理解の難しいところだろうと思います。売れるものの形にするというのは、サンプルを作って、しかも本生産も対応するようなことができないと仕事する最初の土俵にすらも上がれない。

長年の国の政策の煽りを受けて、海外大規模な生産基盤に勝てるような力が小さな機屋にも求められているのも事実。そのときに協力をいただくのが、糸商さんであったり、染色工場であったり、加工工場であったり、どこかの協力、それは単に仕事するだけでなく新しいものを作るために持ち出しして新しいものをつくらないとならないのだけど、それが難しくなると売れるところまでもっていく、新商品開発の製造基盤というものもないことになる。

嘆いても仕方なく、これは国内の製造業全般にいえることで、大手メーカーの家電や自動車製品ですらも流れる規模は非常に小さくなってしまっていることを考えると、物をつくる以上は、海外企業に負けないような物を生産して流す基盤の整備からが必要だろうと思える。
2013年12月26日
会社の経営者というと、資金繰り表をつくったり、試算表をつくったり、金融面のことも仕事をする上での要素の一つ。今日は、会社の中の経理を遅ればせながらもコンピュータ化しようと公認会計士の先生と滋賀県のアドバイザーの方にお越しいただいてアドバイスいただく。

今日は、届いたばかりの会計ソフトのインストールと基本的な使い方の説明を受ける。実際には仕分けの入力作業。現実的には、仕分け入力作業が正しく出来るかできないかがポイントになってくる。仕分入力以外に仕入れの管理と売り上げの管理が大事で、管理簿という形で、こちらはソフト以外の見える形で管理していくのが良さそうだ。

基本的に、今までは税理士の先生に任せていた試算表と決算書を自分の力でつくり上げるようになることがこの一年の目標である。減価償却などの処理も会計ソフトに入力すると自動的に減価償却が行われるという便利さ。織物の会社というのは機械設備などが多いので、そこも正しく処理していく必要がある。どこまで簡略化できるかも、モノづくりに時間を割くために必要な要素で、今まで税理士の先生にまかせていたことを、滋賀県のアドバイザーの制度を使って、自分自身でできるようになりたいという目標。
2013年12月25日
今日は小幅織物のシャトル耳の調整、一台の織機の耳が汚いので調整をする。テンプルがキツ過ぎるので片側の糸がゆるい。私が整経の巻き取りなども確認をしたビームなので、ビームには問題なし織の問題。テンプルを緩くして、シャトルの糸調子が弱いのでそれを強くする。これでかなり耳が綺麗になる。10分ほどの簡単な調整だが、こういうのを調整ができるのとできないのとでは、織り上がった織物の綺麗さが相当変わってくる。正しく織れば正しく織れるという話。

整経が駄目で綺麗に織れないこともある。山の角度を間違って巻いたり、巻き取る場所が悪かったり、巻き取り幅が正しくなかったり、作業するものが正しく仕事をしないと、大きな失敗に終わる。織物工場の作業の中で織るという工程は一番単純な作業の部類に入るのも事実で、一番素人の人が担当をするところだったりもする。織機の微妙な調整をして綺麗に織れるようにしたり、企画を理解して糸の準備をしたり記録をつけたり、反物を検反して修理したりの作業のほうが高度な仕事で織りながら他の仕事をするのが一人前の仕事。整経も、巻くだけなら素人でも出来るが、糸量の計算や、糸の管理や在庫糸の管理となると少し高度な仕事になる。

たとえば、今日の問題、こんにゃくの糊を付けた織物が糸が滑って作業がうまく行かない。作業しているものが苦戦せいているので、林与先生登場。まず、糸を結ぼうとすると糸が壊れる。出てくる糸が張って重い。光沢感があっていい感じに見える糸なのだが糊加減がきついというのが分かる。糊付けに問題を感じる。こんにゃく糊加工糸というのは作り方に大きく分けて、タイプAとタイプBの二通りあるが、この糸はタイプBだろうと思う。タイプAの糸だと糸にしなやかさがあって、一般の糸に近いしなやかさを持つ糸に仕上がる。タイプBは扱いにくさがどうしても残ってしまう。これはこんにゃく糊だけでなく、PVAやビス加工糸などの一本糊加工にも共通していえること。糊が強すぎて糸の弾力性が無くなると、糸が切れて切れて織れない事もあるので、糊付けは加減が大事。

今日は他にもレピア織機のドビーのピックファインダーの操作する棒の付け根のピンが消耗して落ちたので、交換。ピックファインダーを操作する場所が少しずれているとピックファインダーが無理をする。織機が無理をしていても自分は悪くないと機械を壊すのを楽しみにするタイプの織手もいるが、そういう人というのは上手になることはなく、次々と織機を自慢げに壊していくタイプなので仕事には向かない。何十年持つ機械が、数日で壊れるのも、作業する人の上手下手の差。

気の毒な話なのだが、加減というものを厳しく教えられたことのないタイプの人というのは、なかなかなにが良いのか正しいのか分からないもので、作業をしても駄目、駄目といわれるが、一向に、良い加減の状態というのをつかむことが難しい。スイッチのオンとオフはわかっても、作業する人の中にないといけない微妙な調整というものの加減が出来ない。これは育った環境というものが大きく影響をしてしまうので、綺麗な織物ができる文化というものは、厳しい文化そのものの存在が必要。機械がどうこうじゃなくて、人の中に微妙な加減をコントロールできる力が必要。

私自身、作業に携わる時間というのは全体の時間からすると短いが、医者がオペをするような感じ。現場の職人たちが解決できない問題を解決するのが私の仕事であることが多いが、織機の問題というよりも、人の中の加減の問題であることが多いので、これは人の心理面の問題を解決しないと直らない問題。仕事暦40年とか50年とかの熟練工の人でも仕事が何であるのかということを理解してもらう必要があったりする。少し難しい仕事をしないとならないときには、簡単な仕事を適当に長くやってきた経験が正しく仕事をする邪魔をすることのほうが多いものだ。
«前のページ 1 ... | 108 | 109 | 110 | 111 | 112 | 113 | 114 | 115 | 116 | 117 | 118 | ... 184 次のページ»