for English speakers: Welcome to HayashiyoWelcome to Hayashiyo
リネンや麻を織る日々をつづっています。
ホームリネン日記
リネン日記
リネン日記:3680
«前のページ 1 ... | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | ... 184 次のページ»
2013年04月25日
今日は、中国では記念日なのでしょうか?ホテルにいると近くで花火の音が聞こえます。通訳のものに尋ねると、中国の花火というのは個人が打ち上げるとのことで、日本の花火大会の半分くらいの規模のものを個人がボンボンと打ち上げたりするのが当たり前ということです。結婚式があったのか、あるいは、お店の新規オープンなのか、誕生日なのか。

しかも、ビルが密集する街中の公園で打ち上げてしまうので、やりすぎじゃあないのかと思えます。夜、10時を過ぎていても花火をまだ上げていて、警察なんかもそれを止めようとはしないので許容範囲なのだと思います。

中国の家が石で出来ているというのは、火事を防ぐ効果もあろうかと思います。日本の家というのは木で出来ているので火事が起こりやすく、火の用心の文化が根強くあって、そういう用心深さが日本人の品質意識にも結びついている気がせんでもありません。台所に火の神様の文化も、木の文化と強く結びついているものと思います。

日本の文化で大事だったのは、火鉢の文化や蚊取線香、今ではすごいなあと思えるアンカの文化。燃えやすい布団の中に火のついたもの封印して持ち込むというリスクも覚悟で暖を取っていたというのがほんの40年ほどの前の日本。
2013年04月24日
今日から上海です。今日は上海の高級カジュアルブランドの事務所にお邪魔しました。ブランド兼オーナーのデザイナーさんと、通訳兼PR担当の方、ならびにアシスタントの方との打ち合わせ。

打ち合わせの前に、ショウルームを見せていただいてブランドさんに流れる嗜好的な部分が、やはり素材の選択にあるのだろうなあと思いました。ブランドの立ち上がりから10年数年ほどで中国全土に100店舗ほどになっておられ、急激なスピードで成功を納められて。ブランドを立ち上げられたときのコンセプトが流れ続けているのがよいところなのではなかろうかと思うのです。

インターテキスタイル上海でも、そのブランドさんの若いデザイナーさんたちも毎年林与のブースに来てくださって、昨年サンプルとして買ってもらったストールを首に巻いて来てくださるなどもビジネス以外の部分で特別の意味をもって、接して下さっているのにありがたさを感じます。
2013年04月18日
才能というものが一番表れるものに絵画の世界があるのでしょうが、私の場合は、書いているうちに絵らしくなっていくくらいで、頭の中に絵が浮かびませんので駄目かもしれません。

ミルツルさんから新作展のご案内状をいただきまして、案内状にあった「つばめダンサーズ」というテキスタイル、かわいいです。弊社の生地をベースに刺繍を載せた生地だということで今度見せてもらえるのが楽しみです。それにはすごく才能を感じたのです。布が人々を幸せな気分にさせるというのはいいですね。手の落書きっぽい味のあるもののほうが面白く思える。

織物も頭に織柄が浮かぶタイプの人というのもあるでしょうし、単に織物というだけでなく洋服にしたときにどのようなイメージになるのかまで瞬時に頭の中で描けるひともあります。デザインというのは、実際にはスタイルの問題なので、どんなデザインが良いというのは美人投票みたいなもので、時代にもよりますし人にもよろうかと思います。

売れる柄を狙うなら柄を組んだりしないほうが良いのです。日本の場合は、まず、シンプルな白無地で風合い勝負、次に、ベージュ、紺、黒などのベーシックカラー。こういう傾向というのは店頭では特に大事。クリエイティブなデザインのものを創造するのがデザイナーの仕事であるように思いますが、商売を考えるとベーシックな柄で攻めるのが王道であることが多いものです。
2013年04月15日
今日は午後から長浜にある東北部工業技術センターに行き、試料の分析を行ってもらいました。生地がコットンなのかリネンなのかという分析です。顕微鏡で見るとコットンの場合にはリボンがひねれたような形状をしていてリネンは糸が丸くストレートです。

普通では糸の一つの織目すらも数えるのは大変ですが、顕微鏡を使うと、10000倍くらいに拡大されているでしょうか、糸を構成する繊維の一本一本ひねれた状態までもモニターに綺麗に映し出されます。

顕微鏡というのは大きく見えても万能ではないというのは、光の屈折を利用して拡大しているので、焦点距離というのがあるために、ひねれている一本の糸でも同じ距離にないとくっきりと見える部分とくっきりと見えない部分があります。

コットンもリネンもセルローズ繊維と呼ばれ、原料は同じで外観が異なるみたいなものですが、見た目の光沢観や風合いなんかも変わってきます。コットンがマットな感じに見えるのは、一本の繊維が扁平気味で、屈折しているから、光がコットンの繊維には均一にあたりにくいということになろうかと思います。
2013年04月13日
今日は細かい作業が必要なことがあって、お友達の電子部品製造工場に拡大鏡を貸して貰うことにしました。この工場というのも、実は英語関連で奥さんとお知り合いだったのですが、ご主人が工場を経営されているということで分野は違えども参考にさせていただくところが多く、才覚を感じるものづくり。半田付けでは世界屈指の技術をもたれています。

大きな製造工場というのは設備依存で人の技術や作業が伴わないことが多いのです。製鉄でも今の製鉄技術よりも2000年昔の渡来人が日本の鉱資源と結びついて発展させた「たらら製鉄」のほうが何十倍も技術が上というのも面白いものですが、当たり前といえば当たり前。製鉄技術にしても最高峰のものを考えると一番最初の技術に戻ってしまうというのが面白いところです。織物の世界も同じで、エジプトのミイラのリネン布が今の時代の布を超えているというのも同じです。製鉄技術にしても織物技術にしても2000年昔の技術を今の技術が超えるのかというと、人の要素が一番大事ですので、その面で、超えることはないと思います。

小さな工場というのは、人の力が命だなあと今日も社長ご夫妻とお話をしていて思いました。
2013年04月12日
今、ある生地開発に伴いリネンの伸縮の問題を考えています。よく、お客様からリネンの通しが必要ですかといわれます。一般的に市販されているリネンというのは水通しすると縮む傾向にあるかと思います。なぜ、リネンが縮むのかというと、それは引っ張り出して仮に幅を出しているからです。イメージからしますと引っ張りながらアイロンを掛けた上体というのが、市販されているリネンの一般的な状態です。

そのためリネンショップでは使用する前に水通ししてくださいという表記が良くされています。水通しすると、仮に幅を出していたものが解け、生地がリラックスした状態になり、それをまた乾かすと通常は縮むのです。時折ですが、縦に引っ張って加工したリネンというのは横が入っている傾向にあるので、水通しすると幅が広がるようなこともあったりします。横に引っ張り出しすぎると縦が縮んだ状態なので、生地が伸びるということです。仕上げのときに横を引っ張り出しすぎると縦が詰まっている状態なので、水通しすると縦伸びすることになります。

収縮検査というのは、絶対的なものにとらわれがちなのですが、一般に水通ししてそのまま乾かすと収縮物性は極端に改善をいたします。加工工場の方も、こういう理屈をご存じないケースが多く、生地を同じに織って投入をしても、加工時の布に掛かるテンションで物性というものは揺れ動くものなのです。

また、検査機関の方もご存じないのですが、検査に使う試料というのは一番端を落とすことが多いので一番物性が不安定を検査していることが多く、最初から物性の悪いところを検査しているので検査に引かかるのも当たり前のようなことも多いのです。
2013年04月11日
今朝、東京から帰り、午後からは京都からお客様でした。今回の東京は、非常に充実していました。いつもの展示会での印象と違う印象を受けたのが今回の東京でした。展示会は力任せのスケジュールで行くことが多いのですが、今回は、詰め込みながらもそれなりの計画を持って動けました。

動くのはものなのですが、そのものを動かすために大きな設備空間が必要だったり、お店が必要だったり、人がたくさん必要だったり、して、一つのものに人が出会うということになります。一般にものづくりという話になると、ものをつくることに主点が置かれますが、小さなものをつくる以上に大変な部分はどうするのですか?というところから始まるのです。

物だけが単に出来上がることはなく、物が出来上がると同時に、人々に仕事が生まれ、より大掛かりな設備や、文化や人の流れも出来上がってくるものです。また、ものづくりというものは新しいものを捜しがちですが、蓄積されたものを生かすような動きから新しいものを生み出すほうが真似のしにくい世界だったりします。

そういう中で、文化に広がりができるもので発展もありえるのだといえます。時々、宇宙というものを考えます。宇宙の果てがあるのかを考えるときに、宇宙というのも無限ではないだろうと思うのです。発展というものも元に戻るような限られた空間の中で作り上げていくものであるのが自然じゃないかと思います。
2013年04月10日
今朝は、東京、新宿伊勢丹さんのリビング雑貨コーナーを見学、林与のリネン生地を使ったエプロンをコーナーに展示いただいていて、これからリネンの季節、他のプリント生地などに負けないくらいに素材感が出ていました。

午後には表参道のお店を覗いて、渋谷のお店に立ち寄り、夕暮れに二子多摩川のリネンバードさん。今回はリネンバードさんの10周年ということでお伺いすることがきっかけになりました。リネンバードさんというとリベコさんの生地がほとんどなのですが、このイベントのタイミングに合わせて林与がシャトルで小幅に織らせていただいた生地もお店で扱って下さってます。10周年の鳥をデザインしたオリジナル生地も見せていただき、デザインされた方にお話伺いました。

夜、レンタカーを返す前にアポを取って工房さんに立ち寄りました。職人さんたちが帰られたあと、外のデザイナーの方が作業をしておられ、自分自身の作品を自分で仕上げる姿勢というのは理想的で美しい。工場も戦後のレトロで、林与が失ってしまった世界、作業現場も味のあるまま残したほうが良いというのが、昔の作業現場の建物を片付けてしまった林与の感じるところ。

作業環境というのはものづくりする上で大事だなあと思うのです。作業現場にしても恵まれたものを求めようとするとできないことが増えてしまう。あるものを造るときに作られた道具など必要なくなっても、そういう道具や材料などが捨てられずに残っているのと残っていないのとでは大きな違いです。

今の時代、自分で道具や機械を作って、ものを造ろうとする人というのは少ないものですがそういうのって本当に大事。ものをつくるときにものを造る道具から自分で造ったり、修理したり。林与も昔の倉庫の道具を見ていても、おじいさんが自分でつくったり、鍛冶屋や大工さんに指図して造ってもらったものがほとんど。自分でものを考案して造っていくというところ、日本の織物の文化の形成と深く関わっています。
2013年04月09日
今日は、海外輸出の生地の出荷、神戸の保税倉庫に搬入する途中、税関の想定価格よりも高いということで理由が必要とのこと。長期的に続いた円高のトレンドの中で海外のバルク向けにドル建て価格を落としてはいるが、通常の3倍重い超厚織タイプで、使う糸だけでも織る前の段階で普通の生地の値段を超えてしまっている。値段も正直なところなので高く思われてもどうしようもない。

午後に会社に戻って、今月、来月の出張や展示会の飛行機やホテルを段取り、今日の夜出発する東京行きも、午前、午後、夜と、いつもなら展示会だけでとんぼ返りが多いので、今回は比較的じっくりと予定を組んでの東京。訪問先も駅から離れているところもあるので東京でレンタカーを借りて回ってみようと思う。新しいことを試してみるのは楽しい。
2013年04月08日
今日は夕方加工工場の社長さんがキッチンクロスを探しに来て下さり、いろいろと加工のことを尋ねてみる。昔の反物を引っ張り出して、同様の加工ができないのかとか、私自身が良いと思うイメージのものを生み出せればと思うところ。

技術的なものに関しての相談なども最大限の柔軟性での対応で、私自身の中で煮詰めてきた加工がバルクのものとしても実現が可能になりそう。展示会でもリネン関連のトレンドとしてエコやナチュラルなものを林与の主流としてご覧いただいて、そういうのも海外で非常に好評で、トレンドとして出来上がり整合性が増してきた気がする。

林与の特徴的な両極、超細番手ガーゼ+ナチュラルと、超高密度HD+ナチュラル。織の技術でプレーンな平織ながら新しい感覚を引き出す。そこに、リネンらしい素材の良さが出たり。日本の麻織物がどんどんと綺麗に進化した後に、たどり着くのは、廃墟の美学的な、木の文化を思わせるワビ、サビ、味の世界。高級ブランドには厳しいところありますが、高級ブランドのデザイナーの方なども自分のブランドのテイストとは違っても、普通の綺麗に仕上げたものより、リネンの表情としては良い感じだとおっしゃって下さる方が多いのも事実です。

ブームとしてのものではなく、本質的なものの良さを打ち出したいと思う。今年はアイリッシュリネン140番手の風合いを目指した、リネン150番手ストールのシリーズを拡充する。リネン25番手HDシリーズの拡張的な、厚織のリネンのシリーズも新たな顔の生地が誕生。後ろでいろいろと試してできた、自分の良い感じのものを販売できるように生産することなんですが、試作で満足して皆さんに見てもらっているうちにどっかに行ってしまったみたいなこともよくあります。
2013年04月07日
見本つくりに莫大なお金が掛かることは、業界におられる方でも、川上、川下含めて、ご存じないケースがほとんどです。ずいぶん昔のことで、2週間ほど掛かって20柄くらいの柄と色を掛け合わせた、100mほどの枡見本で、見本代を払って本番の単価を落としたいといわれて、7万円を請求させていただいたことがあって憤慨されたことがありました。

それは見本を織るために働いた職人さんの織る分の2週間の人件費の半分程度。織る人件費のほか、糸のお金、糸の染代、整経、ドビーカード代、加工代と、他に払う分を足すだけでも25万円ほどの直接的コスト。間接的な僅かは省いて見本なので私自身が無料の想定としても掛かるだけで大きな費用です。なぜ、ものが作れ流れるのかというと当たり前にそういう費用を認識して負担して動いて、そういうのを理解することは難しいだろうというのも分かっているからで説明もなるべくしないようにして伏せていますが、何分の1かの費用であっても大きいと思われるほどの大きな費用は当たり前に存在し、人や技術を養う経営者感覚的でないと新しいものを作ってその費用を回収するというのはアンタッチャブルな世界に思えるかもしれません。

見本をつくる工程の中では売り手と買い手のお金の流れも実質逆転していることがほとんどで、そのときにお金の流れは伴わなくてもそのあたりが理解できている循環の中にいるとトータルでの成長というのもありえましょうが、それが理解できていない流れの中だとどんなに良い物を作っても逆にどんどんと収縮する循環の中にいることになります。

カードをパンチしたり糸を準備したり規格の密度決定、再現性のためのすべての糸の準備とノート1冊の半分ほどのデータ記録を管理していますが、自分が無料で働いたとしても、新しくものをつくるというのは持ち出しでお金のかかるものなのです。そういう意味で、働いてお金を払うということが常識なのが経営者的な考えなのだろうなあと思うこと良くあります。経営者的に、お金の動きを抑えたければ、リスクを張るとか、とことん自分で時間を費やすとかしかないものです。

それをしないと新しい形のものが見えてこない場合が多いので、必須のものではあるのですが見本をつくるということは、まさにマイナスの仕事なのです。林与にある10数メートルから1反ほどの見本で作ったいろいろな反物というのは損の積み重ねで、作り続けている部分があるので、そういうのが生地を作る上での財産なのです。好意的に残布の処理のお手伝いを考えてくださる方も多いのですが、見本布の価値というのは通常の布の何倍ものコストを掛けた分の価値を持っているものです。

今の時代、商売は、リスク回避が仕事になりがちで、同じ年月を使っても大きなことはできず。昔の商人のように自らの命を掛けて行商に出るのがあたりまえ、自分の歩む道が平坦であるよりも険しいものを良しとするのとは対極的。近江商人の三方善のような理想を支えようとするとその自分に対する厳しさがなければ、三方善すらも三方偽善に終わります。

繊維の世界では、大手のSPAが、リスクを覚悟で海外でものづくり、それはそれで天晴れなことだと思います。そろそろ、日本国内でも大学卒業したような恵まれた人たちが集まって、そういう満足に教育も受けることのできないといわれる国の人たちのものづくりに負けないものづくりを考えてみてはどうかと思うのです。人のスケールの問題にしても、日本人と外国人と立場が逆転していること多くなってきて、日本ではものが作れないというのも現実的な話になってきました。

海外から新規参入されて競争を挑まれていて、日本的な高コスト体質や為替の問題などあって同じレベルで仕事をしていたら勝てるはずもなく、単純に3倍どころでなく10倍の仕事が要求されますが、同じレベル未満の仕事であると成長も見込めず負けは必至です。まだ、言葉や国境という壁に救われているだけ、国内でも、繊維の産業も共栄共存が成り立つように考えていくべきではなかろうかと思うのです。
2013年04月06日
朝から、テレビニュースを見た70過ぎの母親が、今日は台風みたいな風と雨がくるので、会社周辺をそれに備え片付けようとしています。仕事のほうが詰まりきっていてそんなところに頭が働いたことがなく、そんなのは気にするほどのことじゃあないからというのが、一年に10回くらいはあるでしょうか。

昨日は徹夜に近い状態で、お昼過ぎまで作業を積み重ね。春の暖かさの中で全身脱力感に襲われ、3時間ほどの睡眠で回復し、そういうところから通常の状態に戻ったときに、すごく元気に仕事ができるものです。

カリフォルニアに居たときのクラスメートから今年の冬は久しぶりに一緒に長野でスキーをしよう連絡がありました。そのクラスメートもパワフルな人生、半導体製造メーカーの執行役員ながらも相部屋で泊まるスキーツアーで友達を見つけ日本に来るタイプで、山があれば山に上りたいタイプのアメリカ時代からの親友の一人。頭じゃない行動力やハート的なものがいい感じなのです。

日本のスキー場も昔と違って、スキーブームも去ってしまい、海外からの観光客に支えられているというのは、どうやったら昔のようなブームをブームで終わらせることなく、今も同じようにやっていけたのだろうと方法を考えるところ、ブームをつくるでなく、ブームをつくらないことも最良の経営手法の一つだろうと思います。
2013年04月05日
今日は、午前中、東京から糸関係のお客様。林与が何年か掛けて本腰を入れて取り組めそうなプロジェクトの種を植えにきてくださいました。非常に特殊なものなので、やるからにはやるで思い切ってやってみるのが、楽しい。

連日、非常にポイントを絞ったお客様が続き、具体的に何をつくるのかという話が進んで行きます。ものづくりしていると問題なんかもいろいろと起こるとういのは、サンプルなんか作っていると当たり前のことで、今回の新しいプロジェクトもいろいろな問題と遭遇するのだろうなあと楽しみなところです。

夜は、がんばって織ってますが、なかなか安定して織るということが難しい。デゥーレッティングとウォーターレッティングの差というものは、明らかなる織りあがりの風合いの違いに出てきており、ウォーターレッティングで苦戦中。

そのほか、変則組織の織物を巻き戻して織ってみたり、なんか、織っているものはほんと少ないですが、できるできないということの壁を無理やり越えてのモノづくりが多く、一日に何十倍もの重みを感じます。どう考えても織れないと思っていたものが、覚悟の深い一日の仕事で解決方法が生み出され織れて行く、これって、時間が戻るような感覚に陥ります。
2013年04月04日
今日は午後から滋賀県で機能性糸を手がけておられるお客様。麻織物と掛け合わせての開発となりますが、普段の麻織物の世界とは別の切り口になりそうです。いろいろなアイテムに応用ができるのではなかろうかと試織と並行して用途の模索に入ります。

今、今年の春のものづくりの最後の追い込みに入っています。仕事がピークを過ぎるのですが、やはり最後まで残る仕事というのは難しい仕事が多いもので、仕事の量は減っても質的には負荷が大きいこと多いのです。まあ、丁度仕事量が減って最後の締めくくりに時間を使えるので悪くはないのですが…。

人を抱えてする作業が少ない会社というのは気の毒に思います。経営が苦しいだろうに見えるから気の毒というのではなく、会社に来てもする仕事がないので、それを続けていると、働く人の能力というものが落ちていくのです。仕事がなくても給料がもらえるのが当たり前みたいな、最後には、給料を貰っていても仕事をするのが苦痛になる。

仕事があると嬉しくないとならないはずなのですが、逆の心理に陥ってしまいがちなもの。忙しくなったとしても、仕事の出来る人というのは常に仕事に溢れていて、仕事の出来ない人というのは常にできる仕事がないというような両極に分かれることになります。仕事のないときに仕事を生み出す能力を持たないとそのときに仕事がないというだけでなく仕事があっても仕事ができない体質に陥ってしまいます。
2013年04月03日
最近は、地球環境を守るためにサステイナビリティが口にされることも多くなりました。サステイナビリティというのは、「持続性」と日本語化されることが多いのです。今のリサイクル法の概念は使えるものもリサイクルしてしまうというもので、反サステイナブルな発想で、営利目的で動いているものがほとんど。

半永久的に使えるものをつくることのほうが大事です。ものが満ち足りたときに需要と供給の関係で安くなるというのは経済学の基本的な理論ですが、それは、サステイナブルな状況を生み出すわけではなく、逆に地球環境にとって、一番危ない状況です。リサイクルシステムなども経済原理に法ると、結局、エコなものではなくなります。

日本でも、もののない戦後はものを作るために生産設備や工場をつくるところから始まりました。ものが満ち足りたときに、そのすべてが必要でなくなることをすれば、サステイナビリティは失われるのです。日本の場合は、中古の商品の価値がないとするのではなく、マイナスの価値を与えました。そのことは、エコの原理からすればまったく逆の理論です。

昔からある、コーラのビンの回収や空き缶の回収などで、数円の価値をもたせるようなことこそ、ものすべてに価値があり、ものを大事にするという基本的なエコの精神を育むのです。マイナスの価値を持たせるというのは、金満な日本を象徴するようなところあろうかと思います。
2013年04月02日
今日は、午後からお客様でした。あるテーマの企画を考えておられ、それに合うようなリネンの生地を探しに来られました。最近は、アパレル用途よりも、雑貨や資材系の用途のお話も多くいただくようになり、ほんとこの5年ですがいろいろな経験が増えて、経験の成果としての生地が事務所にたくさんあります。

工場の中では今、ウォーターレッティングの生成の糸を織っているのですが、シャトル織機の無地を織るときなど、生成の糸など、シャトルの管の終わりごとに色段ができることがあります。また、チーズ染色された糸というのも内外差の問題を持っているので、どのように糸を使うかで結果が大きく違うものです。

シャトル織機でもレピアと同じに近い感じで、一本の糸を使うように織る方法もあります。
他にも、多丁使いにして、色むらを散らす方法もあります。自然の要素を取り入れたウォータレッティングの糸というのは、カプリシャスで、色段も起こりやすいもので、今日も30番手の糸で問題が発生し、糸の使い方で問題を改善しました。

糸屋さんが、このウォーターレッティングの糸を廃盤にした理由というのも使うと一目瞭然で、この糸はいろいろな意味でやばいです。これを織るためには相当の技術が必要で、普通だと糊をつけても縦糸として使うことは非常に難しく厄介な糸といえます。私は、糸の色にほれ込んで織る覚悟をして使うことに決めました。
2013年04月01日
今日は、袋に入ったパンを午後に食べて、荷物を運ぶ少しの運動で、アナフィラキシー症状が起こり、体中に水ぶくれのようなかゆみを伴う疱疹が起こり、放って置くと血圧低下、呼吸困難を伴う非常にまずい状態になるのが見え、すごく危ない状態にまで陥るのです。

一般に治療法は安静にして症状が治まるのを待つしかないといわれるのですが、この機会に、治療方法を考えてみようと思いました。一万人に一人といわれる症状ですが、放っておくと死にいたるケースもあるアレルギー症状なので、悪化する前に自分で水泡の症状を抑えるような治療方法が見つかれば多くの人が救われると思います。

私の場合ですが、水泡症状が起きた場合、特に服と接触している部分の水泡が連鎖的に広がります。お風呂に入って、お湯というか水でも構いません、かゆみも止りますが、本当に水泡が水で治癒されるのかを試すために、水が体に刷り込まれることが大事と信じて、水につかった状態で水泡の箇所を思いっきり手でこすってみました。水に浸かっていない状態だと掻いたりすると水泡は急速に広がるばかりですが、水に浸かった状態で水泡を擦っても痒みも落ち着くのです。

水に浸かって10分で、アナフィラキシーのかゆみなども収まり、不思議ですが、水の中で思いっきり擦ったところほど水泡も落ち着いています。私の場合の結論として、かゆみを伴う水疱性の運動誘発性小麦アナフィラキシーは水に浸かって水泡を擦ることで症状が劇的に治まります。

一万人に一人といわれるアレルギーですので、病院でもショックを抑える方法などは発表をされていませんが、通常は、かゆみを伴う運動誘発性アナフィラキシーは加速度的に救急車を呼ばねばならないほどの危ない状態になり、いくら布団の中で安静に横たわっていても症状が悪化して危ない状態まで行くのですが、水に浸かって、あえてアレルギーの出た箇所を擦っても急激に改善する方向に向かいました。

これは、運動誘発性小麦アナフィラキシー症状の多くの人に適用する方法であるかどうかはわかりませんが、私の実験では有意な方法ですので、家で突然アナフィラキシーで危ない状態になりそうなら、ほかに方法がなければ試してみてください。

私自身は、同じような症状で苦しむ人や、そういうお子さんをもたれているお父さんやお母さんのためになればよいと思って、自分の治療法方を公開しています。どうしようもないときに試す手段として同症状の方に参考にしていただけたらと思います。

小麦を食べて運動すると静電気ににた電気的なものが、特に服との摩擦で皮膚の表面で起こる気がします。アレルギー症状が起こると電気的なものが広がる感じです。それが水に浸かることで静電気的なものが消え症状が治まるのではないかと、私自身は考えています。運動誘発性小麦アナフィラキシーはメカニズム自体が解明もされていませんが、もしかすると他のアレルギーにも有意な治療方法ではなかろうかと思うところです。温度的には、37度から40度くらいの温度が熱さも皮膚に良い刺激で水も皮膚に浸透しやすく一番良いようです。

この林与アナフィラキシー治療法は、病院にいく必要もなく、薬も必要ありません。アトピー症状も同じような症状なので、私はアトピー体質ではないので実験できていませんが、この手法アトピー症状の方のかゆみが収まらないときの症状の改善にも有意ではなかろうかと思うのです。体内のイオンのバランスが崩れるのが問題で、水の中には水素イオンと、水酸化イオンが含まれそれが必要に応じて体内に取り込まれることで症状が改善するのだと推測をしています。あるいは、あるいは水中にアレルゲンが流れ出し体内のアレルギー物質の量が薄まるのかもしれません。アトピーに関しても同様で、乾燥するとアトビー症状がひどくなられる方も多いので、水がアレルギーの改善に結びつく可能性は高いかと思います。

ただし、人によって体質は異なるので、あくまでも林与アナフィラキシー治療法として、すべての人に効くということもありませんし、逆に症状を悪化させる場合もあるかと思います。重度のショック状態に陥りそうな場合で、ほかに方法がない場合に最後の手段として試してみてください。リネン日記で書くには場違いですが、私と同じ症状に悩む人の命を一人でも救えたらと思い、憶測的なことも多いですが書きました。
2013年03月31日
年度末ですね。今日で冬は終わりみたいなイメージで、今日は京都にも立ち寄り、桜が綺麗に咲いているのを眺めました。京都の場合、この季節の桜は昼に見るよりも夜に見るほうが綺麗なのかもしれないです。昼間は観光の人で一杯になって桜を観に来ているのか人を観に来ているのか判らないところがあります。

私が一番好きなのは、軒並みかもしれませんが、京都祇園の桜、古い旅館をバックに古木が闇夜に美しく照らし出される様というのは、作り出された風景の一つであるかもしれませんが良い感じです。夜だとそれほど人も居ませんので、桜を見て余韻みたいなものに浸ることができます。

春休みということと花見のシーズンで、国道が混みすぎていて会社に戻ると8時すぎ、今日は年度末ながらも日曜日なので、それほど年度末らしさもないですが、麻織物の本生産のシーズンも終わりを迎えるときで、これからは見本つくりなどに向かっていくことになります。

今は、現物の注文などもいろいろなお客様からいただいており、4月もいろいろな生産の予定でそこそこ埋まってしまって、ゴールデンウィーク明けのプレミアムテキスタイルジャパン終了くらいまでの計画がほぼ出来上がりました。

ネットショップのほうもほとんど在庫がない状態で、すみません、暖かくなる5月末くらいを目標に在庫も2年分くらい大丈夫なように生産に着手し始めています。
2013年03月29日
近くの金襴織物の工場が、この月末で辞められるという話を聞いて、私の同級生の親父さんが社長をしておられた会社で、合うたびに元気になるような話をしてくださっていたのに、最近は入院され長引いていたようで、一つの工場のことというよりも、そういう地域に一つの文化を作り上げてこられたものが消えていくというのは惜しまれることです。

他の現場の誰かがそれを背負ってやっていけるかというと、社長である親方以外では無理だろうというのが普通だと思います。繊維関係も不況で会社のリストラなどで働いておられた方が同じ業種で独立をされるのをたくさん見てまいりましたが、よほどどこかのバックアップがない限りは、仕事をするお金を準備していくところから始まりますので、一つの企画を今までどおりに流していくことも難しいものです。
2013年03月28日
今日は、午前中、彦根市民会館での会議に出席。戻るとシャトル織機のヒガエがトラブル、調整しました。隣の台は、ニュービッグチェックを織っています。ニューといっても、ボーダーの柄を色違いにしただけですが、人気のビッグチェックに新しいバージョンが出来上がりました。グリンとか綺麗です。

日本の文化というのは、木の文化だといわれます。他国の文化に比べて、衣食住が植物で成り立っている部分が大きいというのが特色で、風呂敷のように包む布の文化が発達しています。風呂敷なんかもシルクのものが一番有名ではありますが、シルクも蚕ということで桑を育てるということが大事なのです。

よく展示会などでもたずねられるのが、麻に関しても原料から国産ですか、という質問です。現在、本来自生しているべき苧で糸を作るというのは難しく、一部国内でも青苧を育てて績んでの生産が行われています。上布と呼ばれる着物向けの糸の世界になります。リネンに関しては国内で生産されているものは、リネンの種を取るためのもので、繊維を取り出すためのものではありません。

苧なんてものは現在でも自生しているので、それを活用すればよいのですが、自然にあるものは背丈があるので大概、雑草として刈り取られてしまいます。大麻に関しては、昔は日本だけでなく、世界中のいたるところに自生していたといわれますが、それが今はどこにも自生していないということで、人の力というのはすごいものだなあといえます。

1年前にパリの展示会に行ったときに、オランダのアムステルダムでトランジットしました。面白いことにオランダもリネンの産地としてノミネートされ、一般には知られていますが、花屋さんに聞いても、フラックスの種というものの存在、知られないことが多く、オランダではリネンはマイナーなもののようでした。逆に空港にヘンプの絵葉書などが目立ち、普通、空港といえば大麻とかを取り締まるような場所なのに、ヘンプ文化を発信しているオランダというのも治外法権的な存在だからこそ、アムステルダムが世界のハブとして存在しうるのかとも思います。空港にカジノまで作ってPRしており、オランダというのは国を挙げて思考回路の違いというのを見せ付けます。

日本とオランダという国も遠くて近いのは、鎖国が敷かれた江戸時代にですら日本は中国とオランダとだけは出島を通じて貿易をしていたのです。それって、オランダがヨーロッパでも特殊な存在だったということだろうといえます。日本って、無資源国だといわれますが、日本が鎖国しながらも独自の特色のある文化を形成していたところを考えると、自然の恵みを生かしながら生きていくことできるんじゃあないかと思います。
«前のページ 1 ... | 119 | 120 | 121 | 122 | 123 | 124 | 125 | 126 | 127 | 128 | 129 | ... 184 次のページ»